芙美と大倭 その6
台所へ向かうとダイニングテーブルの上には2人分の朝ご飯が並べられていた。芙美は自分の席に着くと手を合わせる
「いただきます」
箸と茶碗を手にすると、こんがりと焼けたソーセージを口へと運ぶ
「あら芙美、大倭は起こしてくれた?」
芙美と大倭の母親である景子が2人分のお弁当をテーブルの上へと置きながら心配そうな声を向ける
「ちゃんと起こしたから大丈夫だよ。そろそろ来ると思うよ」
「そう、ありがとう。あの子ったら本当に寝起きが悪くて困っちゃうわ」
景子は大きな溜め息と共に愚痴をこぼすと、廊下から大きな音を立てながら大倭が台所へ姿を現した。
「お父さんは?」
「今日は幾つか予約が入っていて仕込みがあるからって、もうお店に行ったわよ。お母さんも支度が済んだら準備しに行かないといけないから朝ご飯を早く食べちゃって」
景子はグラスに冷えたお茶を注ぎながら時計を確認する。
芙美の両親は仲見世通りで懐石料理の店を経営していた。両親と数名の従業員の小さな店ではあるが、季節の食材を活かした数々の料理は手頃な価格で提供されており、味・価格・店の雰囲気と地元住民に評判の良い人気店だった。
その他、冠婚葬祭用の仕出し弁当なども扱っており地域の生活に密着した経営を行っていた。
「あぁ~くそっ!!ちっとも治まらねえぞ!!」
「ど、どうしたの、その格好は?!」
現れた大倭の姿のあまり異様さに景子は目を丸くさせる。驚くのも無理もな、大倭の姿は7月だと言うのに厚手のパーカーを頭まですっぽりと被りその上からタオルケットで全身を包むよう覆っていたのだった。
「どうしたもねぇよ!いったい俺に何したんだよ!!」
自分の椅子へ腰を下ろすと、大倭は憎々しげに芙美を睨み付ける
「芙美…あなた何かしたの?」
「私は大倭がどうしたら、ちゃんと起きるのかを考えて行動に移しただけよ。何も悪い事なんてしてないわ」
母親の不安気な言葉と弟からの怒気を含んだ視線を受けても、芙美は素知らぬ様子で食事を続ける
「俺に怪しい毒を盛ったんだろ!だからこんなに身体がおかしいんだ!!」
「毒って、芙美!!」
大倭の言葉に景子の顔が青ざめる
「そんな訳ないでしょ!ただの女子高生の私が毒なんて入手出来ないわよ。ハッカ油よ、ハッカ油」
「ハッカ油?!」
「まぁ~ちょっと分量を間違えて大量に入れちゃったかもしれないけど、毒じゃないから」
「そうハッカ油なら良かったわ~分量には気を付けないと駄目よ」
「は~い」
「違うだろ!!!」
呑気な母親の言葉に大倭は不満を表す
「気を付けるとかじゃなくてワザとだから!ワザと分量を間違えたんだよコイツは!!」
芙美の顔前に指を突き付けると大きな声を張り上げた
「こら、お姉ちゃんの事をコイツなんて言ったら駄目でしょ!それに、そんなに大きな声を出してご近所の迷惑になるでしょ」
「近所迷惑より俺の迷惑を考えてよ!」
「せっかく起こしてあげたって言うのに、大倭ってば文句ばっかりなんだから」
嫌みを含んだ芙美の口調に、大倭は一層ムキになって反論する
「こっちは寒くて寒くて仕方がないんだぞ!文句を言われて当然だろう!!」
あれだけ着込んでも全く寒さが治まらない様子に、芙美はハッカ油の効果に感心した
「そんなに寒いなら熱いシャワーでも浴びてくれば良いじゃない。ハッカ油も洗い流せるし調度いいでしょ」
「……」
芙美の言葉に大倭は一瞬考え込むと即座に立ち上がり無言で風呂場へと向かって行った。辺りにはハッカの強い匂いが残されている、芙美はその匂いを吸い込むとこれから起きる更なる出来事に胸を高鳴らせた。




