おかしなことの始まり
目が覚める。
体を起こすと陽の光が目に入る。
相変わらず遮るものなく入ってくる光に辟易している。本来の役目を忘れた天井を睨むが、そこで楽しそうに明滅する精霊の光を見ると湧き上がりかけた怒りも鎮まっていく。
ゆっくりと、自身の髪を踏まないようにベッドから起き出す。
木の板の上に申し訳程度の藁とその上に掛けられたシーツのベッドなので、起き抜けに腰回りかポキリと鳴る。
この暮らしにも随分と慣れたつもりだが、時々このポキリという音を聞くと柔らかなベッドの感触が懐かしく感じる。
「ふふっ」
とうに捨てたと思っていた、いや、思い込んでいた郷愁が自分にもまだある事がおかしくてひとりでに笑ってしまう。
もう一度天井付近から漏れる明かりを見るが、もう煩わしいと思える感覚は無い。
それを再確認してから、今一度自身の特徴でもある長い銀髪に気をつけつつ台所に向かい、昨夜の内に手桶へと溜めていた水で顔を洗うと、顔が濡れた状態のまま傍に置いてある櫛を手に取るとバルコニーの方へ向かった。
所々床板が外れたパルコニーを軽く巻いた銀髪を片手に進む。途中風の精霊が足元で渦巻いているのを見つけたのでその場にしゃがむとゆっくりと外に吹いてあげる。
風に乗る精霊を見送りつつ、パルコニーの端に置かれた、あばら屋には不釣り合いのクッション付き長椅子にゆったりと腰掛けると手に持った銀髪をそっと長椅子の上に広げた。
キラキラと陽の光に反射する銀髪を端から一房ずつ手に取り丁寧に櫛を通していく。
時々歌を口ずさみつつ、手に持つ銀髪から小屋の周りを囲む森の中に目を移す。
やはり、今週いっぱい森が騒がしかったが、昨日のより一層の騒がしさの後はそれまでが嘘のように静まってしまった。
森の魔獣も、精霊すらその数を大きくへらしている。この森始まって以来の出来事ではないだろうかと思いを巡らす。
「あ痛っ…」
よそ見をしていたら髪の根本付近の毛を無理矢理引っ張ってしまったらしく、その薄紅色の唇の間から鈴のなるような声が漏れた。
「んー」
櫛を横に置き、引っ張ってしまった毛の部分をゆっくりと手でほぐした。
「んもう」
昔から、この特徴的な髪との付き合いは長い。当時はいちいち手入れをしなければいけないというのが煩わしくて仕方がなかった。だが、お母様は毎夜この髪を櫛で解いては綺麗ね、と褒めてくれたので、そのうち段々と朝のお手入れは習慣となっていった。この長く、魔力を非常に多く含むこの髪は特別だとしったのはお母様が亡くなった後である。知った時のことは嫌な思い出だったけど、今では気にする事も少なくなってきてはいる。
ふいに、森の奥からざわめきのようなものが聞こえた気がした。
この世界には精霊と呼ばれる特別な存在が居る。いや、世界そのものと言っても過言ではないかもしれない。私たちの種族はその精霊を知覚出来る。精霊と同じ世界を見れるからこそなのだろうと長老の1人が言っていたのを覚えている。また、そのため私たちは虫のしらせとでと言うような感覚を幼少期から大切にするように育てられるが、その虫のしらせが今あった。森の奥をじっと見つめる。手前側から段々と暗くなり奥が見渡せない森。私たち、いや、私はもう関係無いから、彼ら彼女ら森人、人間曰く耳長種族の聖域をじっと見つめる。
人間が言うに、耳長の種族は須く美男美女揃いらしい。みな一様にスラリと高い背に小さく纏まっている顔、耳長、という言葉が象徴する顔の横から真っ直ぐ外側に伸びる耳。肌は白くきめ細かなモチモチ感…があるとは私の人間の友人が私の二の腕を触りながら言った言葉だった。
櫛を動かす手を止めて、ジッと森の奥を見た。時折精霊が移動する様子に合わせて、獣の声も聞こえてくる。暫くすると、遠吠えが聞こえた。この声は魔獣ディリーのものだ、声の感じから随分近いように思えた。
この場所に魔獣は近寄れないとは知っているが、森の奥から目を離さないよう、ゆっくりと椅子の上に上げていた足を下ろして家の中へと急いだ。
後ろ手にドアを開け、すぐ横に置いている弓と矢を手探りで手に取ると素早く腰に矢筒を取り付けようとするも、いつものハードポイントが無い自身の格好を思い出し仕方なく外壁に立て掛けるように矢筒を置いた。
その時、ガサガサと庭の奥、森側で下草が揺れた。
ゆっくりと息を整え、素早く矢を引き抜くと弓につがえて物音の方向を狙った。胸騒ぎに慌てたのか、ふと精霊の力を借りる事を忘れていたら事に気が付く。ガサガサと先程よりも激しく揺れるのを見て、もう間に合わない事を悟るが次の行動のために口内で精霊への助力を乞い始める。
同時に弓をゆっくりと引き絞り、何が来ても良いようにいつもより強く、弦がギシギシと鳴るまで力を込める。
より一層草が動くのを見て、ここだというところで今一度鼻から大きく息を吸い、吐き出さずに息を止めた。
ガサリと草から白い四足のものが斜めの方向に飛び出した。飛び出したものの正体を確認し、おおよそ前足の少し後ろ側、心臓に突き刺さるように狙いをつけ、弦を手放した。
矢は一直線に飛び出すと、その四足の獣、森の生態系の最底辺近くにいる薄茶色で僅かな音も聞き逃さまいと発達した長く大きい耳と、同じく跳ぶように素早く動くために長く発達した後ろ足を持つ草食獣を射抜いた。
エルフちゃん視点ですッ
次もエルフちゃん視点続きます。
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