謎の美女
テンポってどうやったら早くなるんでしょうね。
罪悪感はあると言えども前衛芸術に触れるのは噛みつかれる心配も頭の片隅にあるため、フードから溢れるとてつもない量の銀髪を避けつつ近づき、ある程度の場所で止まるとゆっくりと足をくの字の頂点にあてる腰部分に側面からぴたりとくっつけ、あまり勢いが乗らないように力を少しづつ込めて向こう側に倒した。
ドサリ、と思ったよりも勢いがついてしまった事に慌てたがよく見ると苔がクッションになっているので大丈夫そうであった。
「さて、と、お前はちょっとココで待っててくれよ」
横たわっても浅く上下する胸以外はピクリとも動かない前衛芸術もどきを横目にして、数歩はなれた場所に赤ん坊を置いた。赤ん坊は特別ぐずる事もなく、静かに座りながらもどきのことをジッと見ていた。
(さぁ、どうしようかね…)
フードを剥いで取り敢えず顔でも拝もうかと思った時、未だ意識は無さそうではあるが、投げ出す形であった腕を動かし、そのまま両二の腕の辺りを抱く形で固定すると微かに震えていた。
それを見て、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出すと辺りを見渡した。
(布団なんて、ないしなぁ…)
そんな便利なものは無いなんていう事は分かりきった事ではあるが、何か団が取れる場所はないかと探していると、ふと自分の居る場所に陽が差している事に気が付いた。
何も無いよりは良いだろうという思考のもと、どう運ぼうかと考えながら銀髪を踏まないように気を付けて横たわる人物に近づいた。
(やっぱり、こう見ると細っこく見えるな。やっぱり、女かね)
「よっこらせっと」
近づくに連れて銀色の輝きは足の踏み場もないほどに広がっているため、一度腰を落とすと流れる銀髪をひとつかみ手に持ち、引っ張らないように気を付けながら道を確保した。
「サラッサラだなぁ」
手に掴んだ銀髪はしっかりと掴んでいないと手から零れ落ちそうになる程に艶がかっていた。
手に掴んだ銀髪を脇の方に落としては進み、掴んで脇に落としては進みと数度繰り返し、流れの源泉にたどり着いた。横たわるままだと何をするにもしにくいと、上側の方を掴み、フードの切れ込みが上を向くように、つまり仰向けになるように力を込めて転がした。
瞬間、光が弾けた。と思える程の光の乱反射がフードの中から現れた。
仰向けに倒した事で背中で踏まれた状態だった該当が引っ張られ、それに伝えてフードが後ろにずれていった。そこからは後は艶と弾力を持った銀髪が脱げかけたフードを弾き、塊の銀髪が宙に舞った。
そこに、小さな点の形で木々の間を抜けてきた陽の光が入り込み、銀髪の間を乱反射する事で辺り一面に光を撒き散らした形だ。
「うおっ」
「ばぁーうー」
青年と赤ん坊はその眩しさに驚き目を瞑る程だった。
ゆっくりと目を開けると、銀髪が重力に従い地面に落ちたからか、光の乱反射はなくなった。ただ、足元に広がる銀髪はどこかキラキラと時折光を反射させている。
そして、その大元には息を呑む程の美女が露わになっていた。
真っ白なシミも無い肌にスっとが芸術家が生涯をかけて引いた線のような眉があり、その下にはうっすらとピンク色に染まる瞼、そしてすっきりと綺麗に伸びる鼻梁に、そこから続き終点の抜けがとてもきれいな鼻尖が続いている。その下には厚みは無いが、薄ピンクに色づき自己を主張する唇がある。頬から顎までのラインはゆったりとしているように見えるが、非常に小顔であり、もったりとした悪い印象は無い。また、顔の両脇の耳にはその陶磁器のような肌とは不釣り合いな鈍色のイヤリング?がはまっている。両耳の上半分、耳の縁を顔に近い根本部分から縁に沿って半分程に至るまですっぽりと覆っていた。その正反対の性質を持つアクセサリーが彼女の美しさを更に際立たせていた。
こんな美女は見た事が無かった。しばらくその場に立ち尽くして見惚れていると、赤ん坊の泣き声が聞こえてきて我に返った。
「え?」
振り返ると赤ん坊が座った体制のまま大きく泣き声を上げている。
「なんだよ、どうした」
所詮独り言ではあるが、呟かずにはいられない。ちらりと浅く息を繰り替えす美女をちらりと見てから、今先ほどに自分で作った緑の道を戻り赤子を抱き上げた。
「俺があの子に見惚れてて嫉妬でもしたか?」
赤ん坊に語りかけつつ泣き止んでもらおうと身体ごと揺らしてみたりと試行錯誤するが、一向に泣き止んでくれる気配が無い。あの美女には悪いがと完全に美女に背をむけて赤ん坊の機嫌取りに集中したいった。
数分程そのまま試行錯誤していただろうか、眠れる美女の事など頭から抜け始めた頃、不意に後ろから気配がした。
振り向く暇もなく、するりと身体の横から伸びた白く長い腕が赤ん坊を取り上げ、後から続いた銀髪を揺らす美女が俺の脇を抜けると、その胸元に赤ん坊を抱きかかえ、ゆっくりと歌い始めた。
まるで絵画の世界を見ているようだった。
しばらくして、赤ん坊が泣き止むと美女は少しだけ俺より低い位置から目線を合わせるように目をのぞき込んできた。
「あなた、子供の抱き方もわからないの?とても見ていられなかったわ」
何かを俺に言っているようだが、もうそれどころではない。こんな美女が、とても近く、いい匂いが息を止めていても鼻から侵入して来る位の距離で俺に話かけている。
そんな状況だけでもういっぱいいっぱいだ。
かわいい、きれいだ、いい匂いだ、近い、近い、近い、近い。
出不精で仕事以外半引きこもりの現在童貞にはとてもじゃないが刺激が強すぎる。
頭の中でまとまらない考えをぐるぐると反芻させながら意識が遠のいていった。




