戦利品
死体の上空を大きく旋回している複数の飛竜。血の匂いを嗅ぎつけてきたのだろう。奴らは生きた動物を襲わない。極度の空腹でもない限り。昨日の戦で発生した大量の敵兵だったモノがあるため心配は必要なさそうだ。
早朝。職人等は金属製品などを漁りに行く。
と言っても、金属製のものと生者は軍が殆ど回収していったため、死体くらいしか残っていない。いつもなら、死体が身に付けているものを掻っ攫っていくのだが、、、
「なぁ、リク。こいつら奴隷か?」
ルガルとキリクは幼馴染で19年の付き合いで、隣人だ。今日は二人で来ている。
「本当だ。どの死体も隷属の首環を付けてる。亜人種もいるな。」
さすが大金持ちの国『ラチェット公国』である。捕虜として軍に連れていかれた奴隷を抜いても死体が数ヘクタールにわたって広がっている。死臭で鼻が曲がる。
軍のやつらも、流石に首輪を外して持って行こうとはしなかったようだ。
しかし、残っているのは、大量の死体と布に穴を開けただけの服と隷属の首環のみ。
愚痴を溢しながらも、仕方なく、材料になりそうな首輪を鹵獲していくことにした。
「うぉぉ! 剣ゲット! 作業効率アップだ。」
「リク、ズルいぞ。」
「いいだろ。ルルは昨日、軍から報酬貰って んだろう。」
「銀貨は材料にならねーよ。溶かすか?」
「「クククッ」」
できるだけ沢山の資材を持ち帰るために軽装備で来ている。
そのため、素手で胴体から頭を取り外すのはかなりの重労働だ。
だんだんと会話が増え、手が回らなくなってきた。
500mほど離れた崖が蜃気楼で揺れている。
初め、ルガルは気のせいかと思ったが、ふと、自分が掴んだ死体が温かいことに気づいた。太陽の熱のせいではないことはすぐに分かった。生命の熱だ。
その時、大きな影が視界を過ぎった。
逃げろ!! と、周囲の職人等が叫んでいる。
上空を見上げ、二人は青ざめた。
掃除屋のひとまわり、ふたまわり大きな巨体。ドラゴンである。ドラゴンは飛龍と違い生きた人を平気で襲う。ここが魔樹の森から1km圏内だろうが関係ない。
二人は顔を見合わせるや否や、戦利品を抱え一目散に走り出した。
「ドラゴンってあんなデカイの? って、
ルル、それ何⁉︎ 首環は?
死体持って帰ってどうするの。もしやHな
ことをw、、?」
「何もしねーよ! 生存者!
首環は置いてきた!」
「はぁぁーーーー⁉︎」
<><><>
生存者は、垂れた犬耳の少女だった。
土や血で汚れた身体を洗いベッドに寝かした。
少女の体には、太腿に大きな傷跡があった。先の戦でついたものではなく、古い傷。ただ、それ以外には傷ひとつない。ルガルは違和感を覚えた。
ちょうど1時間が経過した頃、突如、戦闘が始まった。
2秒前、少女を寝かしていた部屋へ、ルガルが入った時のこと。
ベッドの上に少女はいなかった。
部屋を見渡す前に体が反応した。
部屋の隅から黒い塊が飛び込んできた。爪が光る。
その時、ソレと目が合った。
ヘルハウンドのような赤い目。敵意に満ちた目だった。
ルガルは拳をソレの腹部に突き上げようとした。空中にいるソレは身体を捩る。それでも拳を避けること分かり、腹に力を込める。だが、ルガルは既の所で拳を引っ込めた。
次の瞬間、少女の爪がルガルの頰に当たった。血が滲み出る。
ルガルは気にせず少女の両腕を掴んだ。暴れる少女を居間まで持っていき、サンドイッチを口に放り込んだ。はじめはモチャモチャとゆっくり咀嚼していたが、だんだんと勢いづき、あっという間に一皿平らげてしまった。
蕩けた顔で満足気に腹を摩る少女。
「・・僕はルガル。君は?」
少女は、慌てて正座をした。
「ごめんなさい。・・・ その、名前は言えません。首環が、、」
つまり、本当の名前を言うと首環により何かが起きる。ということらしい。
「これなーんだ?」
ルガルは、古びた首環を摘まんで見せた。
少女の首に付いているのはルガルが作った、真新しいレプリカ。
少女は目を見開いて驚いた。
「どうやって取った!?」
「そりゃあ、糸ノコで。」
実際に糸ノコを見せてみた。
「そうじゃなくて、首環の魔法は?」
「え。魔法?・・今生きてるんだから良いじゃん。」
ルガルは、はぐらかした。魔樹に関する事を国外に漏らすことは出来ない。してはいけない。そんなことしたら、頭と胴がおさらばだ。
少女が国外に行く可能性がある今、教えないほうが良いと判断した。
「じゃあ、これは?」
少女は、自分の首に付いてる環を指差した。
「安心して。僕が作ったレプリカだから。試しに何か言ってみる? 」
「え・・」
ルガルは手を差し出した。
「御手。」
「あんた、馬鹿にしてる? 私が主人と認めないかぎりそんなことしない。」
「あ、ごめんなさい。でも、御手しなかったでしょ、、」
ルガルは見てしまった。少女が尻尾を振っていること。右手を左手で抑えていること。
もちろん首環は何の効果も無いレプリカ。
「うん。まあ、とりあえず名前教えてくれ。」
「あ、はい。申し遅れました。ヴェル と言います。さっきはすみませんでした。」
「さっき? サンドイッチ一皿食べたこと? 大丈夫、もう食べてたから。」
「そうではなくて。いや、それもですけど。顔の傷・・」
「ああこれか。心配してた?ありがと。気にしなくていいよ。」
「あの時、何故殴るのをやめたのです? 殴っていればあなたは怪我をしなかった。」
「ん?だってヴェルって女の子でしょ。女の子のお腹を殴るのは流石にダメかなと。」
ヴェルは赤面した。尻尾も振っている。
「・・・・さまだ。」
「ん?」
声が小さく聞き取れなかった。
「今日からお前は私のご主人様だぁ!」