職業適性が『聖女』だったけれど、ボクは男なんですが
――《聖女》が職業として認知されるようになったのは、いつからだったろうか。
《聖なる魔力》を持つ彼女達のことを、古くから聖女と呼んでいた。
浄化の魔力とも呼ばれるその力は、強い魔物の残す《魔素》を消し去ることができ、また癒しの力にも優れる。故に、今もなお聖女は必要とされ、《聖女組合》というものすら立ち上げられることになったのだ。
「昨今は聖女不足の中、貴方のように優秀な聖女が来てくれたこと……とても嬉しく思います」
純白の霊装に身を包んだ女性――アレア・リクトーが微笑みを浮かべて言う。
そんな彼女の前に立ち、レイ・フィ―ルマンは気まずそうな表情で言う。
「そう言っていただけるのは嬉しいんですが……」
「ですが?」
……威圧感があるわけではないが、レイの言葉に首をかしげるアレア。それだけで、レイからすればプレッシャーになる。それでも、今後の人生に大きく関わる問題だ――レイは迷いながらも、はっきりとその事実を告げる。
「……ボクは――男なんですよ?」
「そこに何か問題が?」
意を決したレイの言葉に対して、さらりとアレアは返してくる。受け入れる態勢は万全、といった様子だ。
――事の発端は数日前のこと。『魔法学園』の卒業を控えて、レイが『職業適性検査』を受けたときのことだ。学園唯一の『聖女適性』――それが、レイの受けた診断であった。
気付けば、あれよあれよと言う間に学園から離れたところにある聖女組合から呼び出されて、今のような状況にあった。すでに、レイの聖女への道は準備されているようなものである。後は、レイがそれを受け入れられるかどうか、というところなのだが。
「問題って……だ、だって、聖女で女性の方しかいらっしゃらないですよね? ボクには確かに『聖なる魔力』を使える才能がありますが、《魔導師協会》が第一志望なんです」
「ご心配なく。攻撃魔法も使える聖女はとても需要があります。貴方はとても才能に溢れた聖女になりますよ」
「い、いや……だから男のボクが聖女になること自体――」
「レイさん、貴方は多様性という言葉を知っていますか?」
「……多様性?」
レイの言葉を遮ったアレアが頷き、言葉を続ける。
「今の時代、『女だから騎士になれない』だとか、『魔力がないから魔導師』になれないだとか、そんなことはないんです。女の子の騎士もいれば、魔道具を極めて魔導師になった人もいます。それならば、『聖女の男の娘』がいてもよいではありませんか?」
「それは……」
レイは言葉を詰まらせる。ここで重要なことは、『聖女の男の子』と解釈したレイと、『聖女の男の娘』と断言しているアレアの価値観の違いである。
だが、そんな事実にレイが気付くことはない。
「確かに女性ばかりの……というか女性しかいない職場ではありますが、聖女は色々な方と交流を持つ職業でもあります。貴方の望むものも、きっと得られるはずでしょう」
「で、でも――」
「ああ、それとご心配なく。没落したフィールマン家の借金については、こちらで全て肩代わり致しますから」
「っ!」
……それは、レイにとっては突かれるともっとも痛いところだった。
レイの家――フィールマン家はレイが幼い頃に没落している。借金を背負ったレイにとっては、今後仕事で返していく他なかった。そんな借金を返す必要がなくなるというのは、レイにとってはとても大きなメリットになる。
それほどのメリットがあったとしても、レイの中ではまだ決意ができていなかった。
「他に何か気掛かりなことが?」
「た、たくさんありますよ。だって、男のボクが職場にいたら変じゃないですか?」
「なるほど。では、これを着てみては?」
差し出されたのは、アレアが着ているものと同じ聖女の霊装。基本的な装備であるが、魔力によって強化された外装として、高い能力を誇る作りとなっている。問題は、その見た目だ。
「いや、これ……スカートですよ。女の子が着る感じの……」
「大丈夫です。きっと似合いますよ」
そう言われても嬉しくはないが、レイは促されるがままに霊装へと着替える。――純白の霊装に身を包んだ少年は、どこからどう見ても『聖女』として完成された姿となった。
「! ああっ、とても素晴らしいです! やはりわたくしの目に狂いはありませんねっ! 貴方はどこからどう見ても聖女ですっ」
嬉々として言うアレアに対し、少し目に涙を浮かべるレイ。女の子の服装が似合うと言われても、別に嬉しくはなかった。……昔から、女の子と間違えられることは多かったが、いよいよ女の子の服を着て仕事をするというのには、どうしても抵抗感がある。
「はぁはぁ……とりあえず、写真を一枚撮らせてもらっても?」
「しゃ、写真……?」
何故か息を荒くしているアレアから、そんな問いかけがくる。
「はい。記念に――ではなく、聖女としてこれから働く貴方のことを周知せねば」
「ま、まだ働くと決めたわけでは……」
「一月」
「!」
「まずは一月、様子を見てみましょう。何も、無理やり働かせようとしているわけではありません。わたくしは貴方に聖女としての適性があると踏んだから、ここに呼んだのです。もちろん、男であることに抵抗があるのならば――配慮しましょう。貴方のことは、女の子として扱うことにします」
「それって配慮なんですか……?」
「働きにくさを感じるのならば、それは必要なことです。それで合わないと言うのであれば、貴方を『魔導師協会』へと斡旋します」
「……」
何も理由なく、レイを聖女にしようとしているわけではないと言う。
アレアという、聖女としてもっとも位の高い女性から、このように頼まれる機会などないだろう。レイは今、この場において必要とされている。
……多少脅しも入っていたが、そうまでしてレイのことを引き入れたいのだろう。
「分かり、ました。まずは一月……ですね?」
「! そう言っていただき助かります。では、早速写真を撮りましょう。五十枚くらい別角度から撮りたいので、まずは両手でピースを作ってもらってもいいですか?」
「えっ、両手で……? こ、こうですか?」
「そんな感じです! レイ君可愛いよレイ君っ」
「アレアさん……?」
「はっ、失礼。少し取り乱しました」
本当に大丈夫なのだろうか……そんな不安を尻目に、レイは聖女としての活動を始めることになる。
――後に撮ったこの写真が、『聖女になるのノリノリでしたよね?』と脅しに使われることになるとは、この時思いもしないことであった。
ここからは聖女となった主人公が男であることをばれないようにするけど余裕でばれないし、一人くらい気付きそうな人がいるけど真っ当に聖女として活躍してしまう男らしい男の娘ファンタジーになる予定です。
ちなみに聖女組合のトップであるアレアさんは、男の娘が大好きなので引き入れたとんでもないほど邪な考えを持つ聖女です。