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通り雨の旅行士《トラベラー》  作者: 赤黒伊猫
序章:草原騒乱四重奏
6/41

シーン5:小休止、あるいは騒動への序奏



 -§-



「おお……っ」


 出入り口をがっちりと閉じられた防柵の内側で、けっして小さくはない規模のどよめきが巻き起こった。外の騒ぎを聞きつけて集まってきたオープスト村の住民たちが戦闘の一部始終を見終え、一斉に感嘆とも安堵ともつかない声を上げたのだ。


 防柵の間近まで詰め掛けた人々の視線は、組木の隙間を通して戦いの勝利者へと釘付けになっている。口々に驚きを表明する皆の中でひとり、年老いた男性が唖然とした表情で呟いた。


「〈骸機獣(メトゥス)〉を……た、倒した……?」


 白昼夢でも見たように目を擦る老人の髪は白く、その顔には半生の労苦を物語る皺が深々と刻まれている。彼は何度も目を瞬かせ、改めて若き旅行士(トラベラー)たちが現実の存在であることを確かめると、身と声を震わせて言う。


「あんな若い少女たちが、は、八体もの〈骸機獣(メトゥス)〉を……」

「あ、おい爺さん! 大丈夫か?」


 よろめき倒れかけた老人の背を、咄嗟に周りにいた男たちが支えてやる。


 この老人は〈災厄の禍年(カラミティ)〉の生き残りだ。

 〈骸機獣(メトゥス)〉の侵攻によって故郷を奪われた彼は、被害を免れたオープスト村に逃げ延び、そのまま定住したという経歴を持っている。

 やがて彼は結婚をし子供を得て、今では平穏な日々を享受しているが、心に深く刻まれたトラウマが癒えることはなかった。迫る脅威を前に戦うこともできず、ただ怯えながら逃げ惑った過去の記憶に苛まれては、失われたものに想いを馳せる半生をこの老人は送ってきたのだ。


 故に、これまでの彼にとって〈骸機獣(メトゥス)〉とは、絶対に抗いようのない恐怖と破壊の象徴であったのだが――


「信じられん、信じられんが……」


 ――しかし、その認識が今日、覆された。


「夢では……、ないんだなぁ……」


 喜びか、開放感か。恐らくは彼自身も理由の分かっていない感情から生まれたものが、皺だらけの頬を伝って流れ落ちていく。

 自分の孫娘にも等しい年齢の少女たちが、あの恐ろしい化物共を真っ向から打ち破った光景は、彼に途轍もない衝撃を与えていた。

 そのまま嗚咽を漏らし始めた老人を、彼の伴侶と子供たちが涙ぐみながら慰めた。皆でその震える肩や背を擦りながら、何度も頷いて見せることで。


 やがて他の者も、危機が去った事実を受け入れ始めた。それぞれ深い溜息を吐いたり、強張った身体を伸ばしたり。

 そうして緊張の糸が解れたならば、皆の口の端に上るのはやはり、若き旅行士(トラベラー)たちについての話題だ。


「なあ、見たかよあのどでかい爆炎? あんな空素術(エーテル・ドライブ)を使えるのなんて、首都の軍人さんくらいだと思ってたぜ」

「青いパーカーの女の子も凄いぞ、剣で〈骸機獣(メトゥス)〉を倒しちまうんだからな。それもあんな小さな身体でだよ……」

「オレンジ色のジャケットを着た女の人は、いったい何をしたのかしらねぇ……? 手で〈骸機獣(メトゥス)〉を掴んだと思ったら、粉々にしてしまうなんて……」

「それより青い髪の子だよ。もしかしてありゃ、()でエーテルを整調したのか? そんなの、大昔の御伽噺くらいでしか聞いたことねぇぞ……?」


 内容に関しては、どちらかと言えば興味や好奇が先に立つものが大半だ。


 先述の老人ほどではなくとも、彼らもまた〈骸機獣(メトゥス)〉に対する恐れと嫌悪を根強く残す人々だ。それを倒した相手に対しては自然、賞賛に近い感情が湧き上がるというもの。


 しかし、それはそれとして――


「……おい、あの子ら、こっちに来るぞ」


 ――()()()()()()()()()もまた、同時に生まれるのが常だろう。ひとりの男性が旅行士(トラベラー)たちの接近に気付き声を上げたことで、住民たちの間に緊張が走った。


「……どうする?」

「どうするったって、お前」


 端的なやり取りには、ある選択肢の可否を迫る意味が含まれていた。すなわち、彼女たちをオープスト村へと迎え入れるか、それとも拒絶するか、である。


「ねえ、村に入れてあげましょうよ。きっと長旅で疲れ切ってるわ」

「そうは言っても旅行士(トラベラー)だ、不用意に招き入れて良いのか?」

「けど、どう見たって子供じゃないか、なにか悪さをするとは思えないぜ」

「そうやって後で問題が起きた時、誰が責任を取るんだよ……?」


 彼らが悩むのも無理はない。ただでさえ旅行士(トラベラー)とは、その肩書を負う各々の性質により評価が大きく分かれる存在なのだ。


 無法を悦び略奪を生業とする外道もいれば、自分なりに課した正義の下で仕事を請け負う者もおり、ただ気ままに世界を渡り歩くことを楽しむ楽天家がいる一方で、何かしらの強い決意と目的の為に荒野へと挑んだ挑戦者もいる。


 千差万別、総称としての呼び名以外なにひとつ共通した括りを定められない旅人たちに対し、どのように接するかはあくまで個人の裁量に委ねられている。

 都市から一歩でも外に踏み出せば、そこはもう法の庇護から外れた世界だ。

 もちろん無法の地にもある種の“掟”は存在するが、結局はそれなりの力を示さない限り、平穏を勝ち取ることはできない。


 つまり、まだ幼い少女にしか見えないあの彼女たちは、この危険に満ちた世界を旅するに足る実力――具体的には〈骸機獣(メトゥス)〉の群れを殲滅するほどの武力――を有していることになる……。


「おい、結局どうするんだよ……?」


 皆が対応を決めかねる間にも、素性不明の旅行士(トラベラー)たちは、閉ざされた村の入口へと接近しつつある。

 やがてお互いの表情さえ判別できるほど彼我の距離が詰まった時、未だに悩み続ける住民たちの中から、ひとりの青年が抜け出して行動を始めた。


「あ、おい!? 何をしている!?」


 咎めを受けたのは、さきほどレーゲンの呼びかけによって村の中へ避難した、あの見張り役の青年だった。


 彼は振り返りもしないまま、黙って出入り口の閂を外そうとする。彼女たちを迎え入れるつもりなのだ。慌てて何人かの男たちが駆け寄り、青年の肩を掴んだ。


「まだ素性も分かっていないのに、お前……!」


 勝手な行動に対する憤りを滲ませた声に対し、青年は静かに首を振った。否定の方向。そして己の肩を掴む手を外してから言う。


「少なくとも、あの子たちは悪人じゃない」

「どうしてそんなことが分かる!? 見掛けだけで判別がつくか!!」

「だってあの子たちは、この村を守るためにも戦ってくれたんだぞ」


 告げられた言葉に、一同が押し黙った。そのまま青年は周囲の人々を見回し、苦笑しながら言葉を続ける。


「あの青いパーカーの子は〈骸機獣(メトゥス)〉が現れる直前、俺にこう言ったぜ? 逃げ込んで、出てくるな、と。自分の身よりも見ず知らずの俺に危機を知らせるのを優先したんだ。それが悪意に基づくものなら、意味が通らねぇよ」

「……自分たちを売り込むための、打算という可能性もあるぞ」

「そんなことしなくても、強引に入り込むくらいはできただろうに。なにせ、この村を一発で焼き飛ばせるような空素術(エーテル・ドライブ)を、あの子たちは使えるんだぜ?」


 その指摘に反論者は息を詰め、やがて納得したように肩を竦めた。


 確かにあれだけの力を振るえるならば、そもそもこちらに抵抗の術はない。上辺を取り繕う必要もなく、ただ暴力に訴えかけた脅しを用いて侵入し、住民たちを囮代わりにさっさと逃げ去れば良いだけだ。


「……確かに向こうがその気になれば、こちらはなにもできない、か」

「そうさ。なら、素直に出迎えてやる方が、理にも適ってるだろ?」


 言いつつ、青年は閂へと手を伸ばした。今度は止める者はいない。皆も心の内では分かっている。ここで彼女たちを迎え入れてやることが正しいのだと。


「……入れてやろう。そして、できる限りの礼をしてやろう。それが命と村を救われた者の務めだ」


 その言葉に異論は出なかった。


 軽い音を立てて閂が外れ、オープスト村の門がゆっくりと開いていく。すでに村の正面まで辿り着いていた旅行士(トラベラー)たちは、自ずから開かれた門へ驚いたような表情を向けていた。


「あ、あれ? まだ、なにも言ってないのに……」


 戸惑ったように互いに見つめ合う彼女たちの反応に、オープスト村の住民たちは相好を崩した。なるほど、悪意の類は微塵も感じられない。

 だとするならば、村の恩人に等しい彼女たちへ送るべき言葉はひとつだ。

 閂を外した青年が代表として進み出る。彼は可能な限り友好的な笑みを浮かべ、口を開いた。


「ようこそ、オープスト村へ。大したもてなしはできないかもしれないが、まあ、ゆっくりしていってくれ。歓迎するよ」



 -§-



「……なんだか、思ったよりあっさり入れたわね」


 釈然としない。ひと悶着くらいはあると思っていたのだが。


 そんな気分で眉を顰めつつ、エメリーは正面に置かれた食卓を見つめる。

 長年使い込まれてきたことが一目で分かる卓上。五、六人が同時に使っても十分なスペースを持つそこには、様々な料理の盛られる皿が所狭しと並べられていた。

 主に芋と穀物、キャベツや豚肉で構成された品々は見た目にも素朴だが、腹を空かせた年頃の少女たちの食欲を満足させるには十分な量があった。


「んがんがんがんが、むぐむぐむぐむぐ」


 それらの料理にさっそく手を付けているのは、誰であろうヴィルだ。

 エメリーの右隣に腰を下ろした彼女は、片端から手当たり次第にかき込むような勢いで、次から次へと口内へ食物を詰め込んでいく。

 一行にとっては見慣れた光景だが、その凄まじさたるや筆舌に尽くしがたい。

 栗鼠のように頬を膨らませながら、なんとも幸せそうな表情で料理を咀嚼する彼女の姿に、エメリーはじっとりとした半目を向けた。


「……アンタね、少しは遠慮したらどうなの?」

「ふぇほほはははふひへはふひ、ほへひへっはふひょふひひへふへはふへふはら」

「飲み込んでから喋んなさい!! はしたない!!」


 二人のやり取りを酢漬けキャベツ(ザワークラウト)を摘まみつつ食卓の反対側から眺めていたレーゲンは思わず苦笑いを零す。


 流石にヴィルほどではないが、彼女もすでにかなりの量を胃に収めている。それでもまだまだ食べるつもりであったところに、太い釘を刺されたようなものだ。いまさら遠慮するのもおかしな話なので、食事の手を止めはしなかったが。


 そこでレーゲンがふと横を見れば、同じような表情のリウィアと目が合う。彼女はいつもの眉尻を下げた笑みで一度頷くと、懐から取り出したハンカチを手に、ヴィルへと身を乗り出した。


「ヴィルさん、そんなに急いで食べると喉に詰まっちゃいますよ」


 その呼び掛けに、ヴィルは豚肉のローストに伸ばしかけていたフォークの動きをぴたりと止めた。そうしてから口の中のものを「んぐっ」と一息に飲み込み、胃の腑へ落とす。驚嘆すべき嚥下能力である。


「いやどうも、これは失礼。空腹のせいでついつい、衝動のままにがっついてしまいました。お恥ずかしい」

「……空腹関係なしに、アンタ普段からそうでしょうが」

「いやいやエメリーさん、食事時にそれ以外のことへ注力するのは非効率的ですし、それ以上に失礼でしょう。出されたものには全力で、そして真剣に向き合うのが、料理に対する者としての誠意であり義務ですよ」


 真顔で宣ったヴィルに、突っ込みを入れた側のエメリーはげんなり顔。これで料理自体はきちんと味わっているらしいのが、なおさら始末に負えない。


「……その誠意とやら、例えば他のことにも適用できないかしら?」

「と、言いますと?」

「戦闘とか、あるでしょう」


 言われ、ヴィルは「なにを言っているのだろう」とばかりに目を丸くした。


「あの、エメリーさん」

「なによ」

「……食事と戦闘は、まったく違いますよ? 急にどうしたんですか? 熱でもあるのでは?」


 エメリーは一瞬だけ硬直した後、がくり、と頭を垂れた。飯時のこいつになにを言っても無駄だと、改めて思い知らされたらしい。

 一方のリウィアは、深々と溜息を吐くエメリーを気にしつつも、腕を伸ばしてヴィルの口元についたソースをハンカチで拭ってやる。


「むぐ。ああ、リウィアさん、お手数お掛けします」

「どういたしまして。それと、いくらお腹が空いていても、急いで食べると身体に悪いですよ?」

「私の場合、あまり関係ないんですがねぇ」


 首を傾げるヴィルに、リウィアは「そうですけど」と首を傾げつつ、


「でも、ちょっと心配になります。押し付けがましかったらすいません」


 困ったような笑みを向けられたヴィルは、数秒ほど沈黙してから応じた。


「いえいえ、確かに御尤もです。今後はなるべく気を付けましょう」


 そこでエメリーが顔を上げた。目を眇めた表情で冷たく言う。


「リウィアの言うことは素直に聞くのね」

「え? ええ? いや、その……」


 思わぬ指摘に面食らうリウィアに、それまで仲間たちの会話を眺めていたレーゲンが「まあまあ」と助け船を出す。


「リウィアはなんというかさ、優しいから。ほら、言い方とか物腰が」

「――へぇ? それ、まるで私がキツイみたいじゃない? レーゲン?」

「うん、そりゃあ……」


 思わず即答してしまい、レーゲンは顔を引き攣らせた。

 リウィアは硬直し、ヴィルは相変わらず食い続けている。

 エメリーはゆっくり視線を巡らせ、無言でレーゲンを見つめた。


 気まずい沈黙。しかし意外にもエメリーは声を荒げたりはせず、一度鼻を鳴らしただけで目を逸らした。


「自覚はあるわよ、悪かったわね」


 呟くように言い捨て、エメリーは料理に供されていたコーヒーに口を付けた。小声で「苦っ」などと言っているあたり、あまり慣れていないらしい。

 彼女は砂糖壺を探して食卓の上を見回すが、それらしいものを見つけることはできず、結局諦めたのか渋い顔でカップを傾けていく。


「……怒った?」

「ドインケンなんでしょ、私は」

「……もしかして、根に持ってる?」


 問い掛けに対してエメリーは口を閉ざしたまま。リウィアはおろおろと仲間たちを見回している。ヴィルは相変わらず料理にしか目が向いていない。なんだかんだと良くあるパターンの光景だった。


 参ったな、と頬を掻くレーゲンの傍らで足音が鳴った。そちらを振り向くと、温和な笑みを浮かべた年配の女性が立っている。この家に住む、おかみさんだ。割烹着を着た彼女の手には、湯気を立てる追加の皿。


「どう? お口に合うかしら? はい、おかわり、これね」

「おおう、これはこれは、有難う御座います!! 大変満足しております!!」


 ヴィルはここぞとばかり手を伸ばし、大喜びで皿を受け取るや否や、盛られた鶏肉のクリーム煮を食べ始めた。一応はリウィアの忠告が効いているのか、さきほどよりも多少はゆっくりとしたペースである。


 なんとなく場が解れたのを感じ、レーゲンはおかみさんへと向き直った。


「あの……すみません、こんなご馳走になっちゃって」

「あら、良いのよそんな! 若い子が遠慮なんかしなくたって!」


 張りのある笑い声を響かせた彼女は、レーゲンたちに料理を作り与えた当人だ。オープスト村に迎え入れられたレーゲンたちは、ちょうど食事時という事もあり、〈骸機獣(メトゥス)〉討伐への礼も兼ねてこの家の昼食に招待されたのである。


「あはは、ありがと……ございます。でも、急に押しかけて騒がしくない、ですか? それに、こんなに食べ物を貰っちゃって、えっと、蓄えとかは……」


 慣れない敬語口調に難儀しつつレーゲンが問えば、おかみさんは「そんなの気にしなくていいのよ!」と笑顔で頭を振った。


「むしろ賑やかで嬉しいわ! ウチは今、どうせアタシだけなんだしね!」


 聞けば、彼女の夫と息子は首都へと出稼ぎに行っているらしく、現在ここで暮らしているのは彼女だけなのだとか。実際、この家の間取りは明らかに、女性ひとりで暮らすには広過ぎる。


「月に二、三回は帰って来るんだけど、やっぱり寂しくてねぇ……。だから、貴方たちが来てくれて良かったわ!」


 その言葉にふと、レーゲンは棚の上に飾られた写真立てに目を留めた。写っているのは、目の前にいるおかみさんと並び、同じくらいの年頃の男性。そして二人の間に挟まれて、照れ臭そうな笑みを浮かべる若者の三人だ。


「良いなあ……」


 幸せな家庭の情景を想起し、レーゲンは目を細めた。

 故郷の村を出てきてからそれなりの時間が経つが、父は元気だろうか。

 心に幾許かの寂しさが生まれるが、旅立ちは自分で決めたことだ。いつか必ず帰ろうと、改めて思う。


 そんなレーゲンの内心を知ってか知らずか、おかみさんは続けて言う。


「食べ物のことも大丈夫よ! 他の家からも分けてもらったし、もうすぐお祭りがあるから、それ用に備蓄がたっぷりあるのよ。それに元々ウチの村は豊かな方だし、なにより命の恩人相手に出し惜しみなんてできないわ!」


 実際、首都と盛んに交易を行っているオープスト村の台所事情は、昨今の世相においても大分裕福な方である。この家に来るまでにも、レーゲンたちは住民たちから口々にお礼を述べられ、食べ物やらなにやらを手渡されたりもしていた。


「さあさあ、どんどん食べてちょうだい! 若い女の子にはちょっと野暮ったいかもしれないけど、味は良いはずだから!」


 初めて顔を合わせた時からまったく変わらない、おかみさんの気風の良い態度につられ、レーゲンの顔がついつい綻ぶ。

 実際、出された料理はどれも茶色い地味な見た目をしているのとは裏腹に、素朴な味付けながら口に合うものであった。

 特にジャガイモと玉ねぎをバターで炒めたものなどは、故郷で親しんだものにも近い味付けで、懐かしさも相まって食は進む。なにより空腹は最大の調味料だ。


「うん、すごく美味しい! ね、リウィア?」

「はい、なんだかほっとする味です」


 四人の中ではペースの遅いリウィアも頷いた。

 風貌から食が細く見られがちな彼女だが、実際にはそれなりに食べる。行儀良く木製のスプーンで豆の煮物を掬い、口に運ぶ動きは止まらない。

 彼女は香ばしく焼き目の付いたソーセージにも手を伸ばし、塩の効いた肉と脂の味が舌に染み渡るのを楽しんだ。


「あ、これ、凄く好きです」

「あら、そう? 喜んでくれたなら嬉しいわねぇ! それはウチの村で作ってる商品でね、首都の方でも売ってもらってるんだよ」

「そうなんですか! 向こうに着いても食べられるなら嬉しいです!」


 リウィアの言葉に、おかみさんは目を丸くした。


「あら貴方たち、首都に行くつもりなのかしら? ああ、そういえば旅行士(トラベラー)なんだっけ。若いのに大変ねぇ……」


 口調には厭味はなく、感心と心配だけが強く滲んでいた。善良な人柄なのだ。故に、続けて発せられた質問も、純粋な興味によるものであった。


「いったいどうして、旅なんてしてるの? それも女の子が四人だけで……」


 問われた一行は顔を見合わせる。言っていいものかどうかと考える表情だった。なにせ各々それなりに込み入った事情を抱えているのだ。特にリウィアとヴィルに関しては、素性を明かすだけで面倒な事態を招きかねない。


「……まあ、なんというか、成り行きです」


 ややあってから、レーゲンが口を開く。背景に後ろ暗いものがなく、抱く目的に関してもなんら特異性のない彼女が、自然と場を代表する流れになった。


「と、いうか。そもそも最初は、私一人で旅をしてたんですよね」

「あら、貴方だけで!? 親御さんは心配しないのかしら」


 大袈裟に驚くおかみさんに、レーゲンは曖昧に首を傾げてみせた。


「あはは。まあ、心配してくれてるのかなあ、とは思いますけどね。父さんはそういうの、あんまり表情や言葉には出さないタイプだったし……」


 もちろん目に見える態度だけが、その人物の性格すべてではない。父は父なりに自分を気遣い応援してくれたのだと、レーゲンは重々承知していた。


「私が旅に出た理由は、自分の力がどれだけこの世界に通じるかを試したかったから、というか……いわゆる武者修行が目的だから、心配かけるのはどうしても前提になっちゃうんですよね。親不孝者だなあ、とは自分でも思います」


 それでも父は旅立ちの直前まで、道中の危険を避けるための手段と心構えを説いてきたし、差し迫った害意と戦う手段としての銃を持つことも――極めて厳しい訓練の末に――認めてくれた。本心では不安だったはずなのに。


「それでも、夢があるから」


 レーゲンは思い出す。かつて見た頼もしい背中を。かつて聞いた暖かく力強い声を。自分が師と仰ぎ尊敬する、そんな彼女にいつか追い付きたいと夢見て、心と体を鍛えてきた日々のことを。だから今はまだ道半ばだとしても。


「あの人を追いかけて走り出した気持ちは抑えられないから。だから、足が進む限りはどこまでだって行ってやろうって、そんな気持ちなんだ、……です」


 言い終えて、再び苦笑。思いの丈を語るうちに敬語を忘れていた。そこに嘴を突っ込んできたのはエメリーだ。眇めた眼差しの彼女は、冷え切った口調で。


「ほんと、よく今まで五体満足で生きてるわよね、アンタ」

「頑丈なのが取り柄なもんですから! いぇい!」

「褒めてないから。……腹立つから止めなさいそのドヤ顔」


 続けて漏れた深い溜息には、皮肉だけでなく本心からの疲労感が滲んでいた。


「アンタと出会っちゃったのが私の運の尽きかしらね。こんなんじゃ、いつまで経っても目標には届かないままだわ。ああ、気が遠くなってきた」

「そんなこと言うけどさあ。エメリーの目標って、私と似たようなもんじゃん」

「あのね。私が目指してるのはアンタみたいにゴールすら曖昧なものじゃなくて、正真正銘この世界で一番の空素術士(エーテル・ドライバー)だって認められることなの。そのためには明確な達成基準と、そこに至るまでの明瞭な道筋があったのに……」


 恨み言をぶつぶつ呟き始めたエメリーから、レーゲンはそっと顔を逸らした。日頃から迷惑と苦労をかけている自覚は一応あるのだ。


「わ、私はレーゲンさんと旅をするの、すごく楽しいですよ? おかげで知らなかったことや、見たことないものにもたくさん触れられて、毎日が新鮮な驚きでいっぱいですし。だから、その、本当に皆さんには感謝してて、えっと……」

「うう、リウィアは優しいなあ……」


 薄青髪(アイスブルー)の少女から向けられたフォローに感激するレーゲン。「馬鹿が付け上がるから甘やかさないの」というエメリーの突っ込みもどこ吹く風だ。


「はいはーい。ヴィルちゃんも同意見ですよー。なにせレーゲンさんと一緒にいれば、こうして美味しい食事にもたくさん出会えますしね。食べることは生きること。いやあ、いい言葉です。私の人生、食で拓かれちゃいましたからねえ」

「アンタは徹頭徹尾それだから逆に羨ましいわ」


 ひたすら食欲優先のヴィルに、エメリーはすっかり呆れ顔だった。


 そんな一行のやり取りを、おかみさんは朗らかな笑みを浮かべて眺めていた。もうこれ以上は事情を掘り下げるつもりはないらしい。


「なんにしても、若い内は身体が資本だよ。たくさん食べて、しっかり休んで行きなさいね」


 暖かい言葉に、若き旅行士(トラベラー)たちは揃って返事をした。


 ますます笑みを柔らかくしたおかみさんは、そこでふと、物憂げなエメリーの様子に目を留める。実のところ、始めから彼女はパンを小さく千切っては口に運ぶだけで、それ以外の料理に対してはあまり手を付けていないのだ。


「……あら、そっちのお嬢さんは口に合わなかったかしら?」

「え、あ!? そ、そんなことはないです。すみません、頂きます」


 慌てて料理を小皿に取って食べ始めるエメリーに「無理はしなくて良いんだよ」と、おかみさんはあくまでも優しく語り掛けた。


「お嬢さん、多分だけどクラースヌィ……はもうないんだったね。そう、()()()()()の人でしょ? こっちの料理は少し味付けが違うかもね」

「いえ、その……?」


 と、そこまで言いかけてエメリーは口籠った。語ってもいない自分の国籍を言い当てられたことに驚いたためだ。警戒から顔が強張るのを自覚しつつ、彼女は恐る恐る問い返す。


「……分かるんですか? 私があっちの人間だって」


 エメリーの硬い声色にも構わず、おかみさんはあっけらかんと言う。


「なんとなく顔つきと喋り方の感じでね。昔は良く向こうの人とも会う機会があったし。それに、コーヒー、飲み慣れてないんでしょう? クラースヌィの古い知り合いが居るんだけど、彼女も良く言ってたから。こんな泥水飲む奴の気が知れない、って。まったく、酷いこと言うわよねえ」


 明け透けな物言いにエメリーはなんと返して良いのか分からず、戸惑う。


 そうこうしているうちにおかみさんは厨房の方へ引っ込んでしまった。気を悪くさせただろうか、とエメリーが俯きかけた時、彼女は再び姿を現した。

 咄嗟に謝罪を口にしかけたエメリーは、戻ってきたおかみさんが、コーヒー用のものとは別のポットを手にしていることに気付く。

 ポットから漂ってくる甘く香ばしい香りは、エメリーが故郷でよく飲んでいたものを連想させる。そして熱い湯気を立てながら、新しく用意されたカップに注がれる琥珀色の液体は紛れもなく、


「紅茶……?」

「そ、茶葉はシュタルクのものだけどね。こっちでも地方によっては、コーヒーよりも紅茶を飲む人が多かったりするし、それなりに歴史もあるのよ? ……さ、どうぞ。久しぶりだったけど、淹れ方は間違ってないはずだから」


 エメリーは半ば呆然と、差し出されたカップを受け取った。琥珀色の水面に、呆けた顔の自分が映っているのを見る。

 どうしたものか、と黙っていると、おかみさんがさらに何かを差し出した。

 テーブルの上に置かれたのはスプーンと、小さな器に入れられた深紅のペースト。おそらくは自家製であろう苺のジャムだ。


「クラースヌィ、じゃないわね。昔の癖が抜けないわ、ごめんなさいね。セーヴェルではそうやって飲むんでしょう? ふふ、さっき話した知り合いに教えられたのよ。でも、一度ジャムを紅茶に溶かして出したら『邪道だ』って怒られてねぇ」

「……ジャムを入れると、紅茶の温度が下がってしまいますから」

「ああ、そうなんだってね。向こうは寒いから、身体を温めるのに生温い紅茶じゃ仕方ないものね。さあさあ、冷めないうちにどうぞ」


 その言葉に押されるようにエメリーはスプーンを掴むと、苺のジャムを一匙掬い、口に含んだ。途端、鮮烈な甘酸っぱさが口内に広がり、思わず頬が緩まる。


 と、そこで仲間たちが珍しいものでも見たとばかり、自分の顔を眺めていることにエメリーは気付いた。


 エメリーは慌てて、口元を隠すようにカップを傾ける。

 火傷をしないよう、そして音を立てぬよう意識しつつ、一口、二口。

 調和した渋みと甘みが一体となって口内を満たす。熱さを伴う香りがふわりと広がり、やがて鼻から抜けていく。


「美味しい」


 エメリーは思わずそう言っていた。身も心も解れる気分だった。

 ほう、と吐息を漏らした時、自分が微笑んでいることを知る。照れ臭さが頬の朱として現れるのを、紅茶の熱によるものだと誤魔化すため、さらに一口を飲む。

 そうしていると紅茶がなくなってしまい、


「あ」


 まだジャムは残っている。失策を悟り残念と共にカップを置いた直後、おかみさんの手で再び紅茶が注がれた。


「ふふ、気に入ってくれたなら嬉しいわ」


 真正面から笑みを受け、エメリーはつい顔を伏せてしまう。それでも与えられたものを退けることはせず、ジャムを舐めては紅茶を飲む。二杯目を飲み干したところで、エメリーは躊躇いがちに切り出した。


「……どうして、見ず知らずの私たちにここまで親切にしてくれるんですか?」



 -§-



 これまでエメリーの食が進まなかった理由が、まさにその疑問のためだった。そして一度口端を切った言葉は、もはや止め処なく溢れ出していく。


「大した抵抗もなく余所者の私たちを受け入れて、おまけに無償の食事まで与えてくれた。有難いとは思っていますが、……何故です?」

「何故って……、若い子たちを助けるのは、年長者の務めでしょう?」

「そういう曖昧な答えじゃ納得できないから、聞いているんです」


 固い声色でぶつけられた問いに、おかみさんは首を傾げ、言った。


「……強いて言うなら、そうねえ。さっきも言ったことだけど、貴方たちのおかげで、この村が助かったからかしらねぇ」

「それは……」


 目を見張るエメリーに、おかみさんは微笑んだ。


「〈骸機獣(メトゥス)〉を倒してくれたでしょう? もしも貴方たちが居なくて、奴らがこの村に辿り着いていれば、きっと恐ろしいことが起きていたでしょうね。なら、私たちの代わりに戦ってくれた貴方たちに感謝するのは当然じゃないかしら?」


 語られた内容は事実だ。

 レーゲンたちが逃亡を選んでいた場合、獲物を求めた〈三眼狼〉がオープスト村を襲撃していた可能性は高い。

 ならばオープスト村の住民がレーゲンたちを「恩人」と定義するのは、それほど不自然な帰結でもない。


 しかし、エメリーの認識にとってそれは、あくまで偶然の結果に過ぎない。彼女は頭を振り、レーゲンを指差した。


「……この、直情径行考えなしのお人好しはともかく」

「ねぇちょっと、酷くない?」

「黙ってなさい」


 レーゲンの文句を封殺し、続ける。


「……ともかく、私たちは自衛のために戦っただけです。この村を守ったのも、あくまで結果的にそうなっただけ。なのにそれを感謝されるのは、筋違いだと思います。なら、こうやって謝礼を受け取るのは、……道理に合ってない」


 言い終え、エメリーは目を伏せた。それにレーゲンが肩を竦めて言う。


「ぶきっちょ」

「うるっさいわね」

「そういうのはさ、律義ってより偏屈って言うんだよ」

「相応しい意志と行動が伴わないまま対価を得るのは主義に反するのよ」


 突き放すような口調に、レーゲンは小さく吐息。


(頑固だなあ……)


 エメリーと初めて会った時から、今日までの出来事を思い返しつつ、レーゲンはそう考える。


 なにに付けてもプライドが高く、少しも素直でないこの家出少女は、「他者に借りを作ること」をとにかく嫌っている。例えそれが純粋な善意と好意から与えられたものだとしても、自分の中で納得が定まらない限り頑として受け取らないのだ。

 村に入って以降住民たちから渡されたお礼の品々も、素直に受け取ったレーゲンたちとは対照的に自分の荷物に加えることはせず、袋に包んで脇に避けて置いてあるほどの徹底ぶりである。後で機を見て返却するつもりなのだろう。


(……悪い子じゃ、ないんだけどなあ)


 エメリーのこういった頑なな態度が、彼女の過去に起きた「とある出来事」に起因していることをレーゲンは知っており、そのあらましについても共に旅路を重ねる中で断片的にだが聞き出していた。故にレーゲン自身、エメリーのこだわりを否定するつもりもなければ、その権利がないということも弁えていた。


 が、しかし。それはそれとして――


「だったらさ、なにか働いて返せばいいじゃん」


 ――相手の善意を拒絶してまで通す意地でもないだろうとも、思うのだ。だからこそ、レーゲンはこう提案する。


「順序は逆になるかもしれないけどさ、エメリーが納得できるような行動を代価にすれば? それなら良いでしょう? 例えば、ほら、村の仕事を手伝うとかさ」


 要はエメリーがお礼を受け取るのを納得できるような理由があればいいのだ。レーゲンはそう考えるのだが、


「あのね、レーゲン……」


 しかしエメリーは顔を顰めた。


「……確かに私たちの旅は、ほんの少しの寄り道もできないほど切羽詰まってはいないけれど、いつまでも一ヵ所でのんびりしてるわけにもいかないのよ。アンタはそれで構わなくても、私はこれ以上足止めを食らいたくないの」


 こうなるとエメリーは頑なだ。彼女は紅茶を飲みながら、つんと澄ました表情を顔に貼り付けて、言う。


「……食事の提供は感謝します。せっかく作って頂いたものですから、料理を残したりもしません。でも、後でお金は過不足のない額を支払いますし、これ以上の親切は遠慮させてください。そういうことでお願いします」


 エメリーは返答を待たないまま、一方的に言い切ってしまった。


 おかみさんが悲しげに笑った時に一瞬、エメリーは苦く表情を歪めたが、改めて言葉を付け加えはしなかった。彼女自身、自分があまり人好きのするような性格でないことくらい、重々承知しているのだ。


 レーゲンもまた、そこに彼女の譲れない拘りがあると理解しているので、もうなにも言わない。ただ、少しばかり重くなってしまった雰囲気は、どうしたものか。


(……いっそなにか、一発芸でもしてみようか)


 即座に却下した。


 あれは故郷ではそれなりに受けたが、このタイミングでやったら間違いなく逆効果だ。エメリーをますます不機嫌にするだけだろう。

 それでも状況をまったく気にせず食事を続けているヴィルあたりは、暢気に大笑いしてくれるだろうが、それはそれで居た堪れない。


(どうしたもんかなあ)


 漏れそうになった溜息を抑え、結局レーゲンは食事を再開することにした。

 兎にも角にもまずは食べることだ。旅のためには体力が必要なのだから。

 諸々の思考を振り捨てると、レーゲンは野菜と豚肉の切れ端を浮かばせるスープへと、スプーンを差し入れようとして。


 そこで、俄かに表が騒がしくなっていることに、気が付いた。



 -§-



「……どうしたんだろ」


 スプーンの先端が戸惑うように水面上を彷徨う。


 すでにレーゲンの関心は食事でなく、外で起きている事態へと向いていた。彼女は椅子を引き、立ち上がろうとする。自分の目で状況を確認するために。


「何か、あったのかな」

「止めときなさい、レーゲン」


 その動きを咎める一声が飛んだ。出鼻を挫かれたレーゲンが振り返れば、厳しい顔つきのエメリーが腕を組み、レーゲンを睨んでいる。彼女は玄関の方へ視線を向けようともせず、


「私たちが出る幕じゃないわ。さっき私が言ったこと、聞いてなかったの?」

「だけどさ――」

「まあ、お待ちなさいな」


 食い下がろうとしたレーゲンを再び制したのは、エメリーではなくおかみさんだった。彼女は徐々に大きくなる騒ぎの声に不安げな表情を浮かべつつも、席に着く少女たちへは笑顔を見せた。


「様子は私が見てくるから、貴方たちはご飯を食べてなさいね。大丈夫、まさかまた〈骸機獣(メトゥス)〉が出たというわけではないでしょうし……」


 言うが早いか、おかみさんはさっさと外へと出て行った。


 残された四人は顔を見合わせる。沈黙に満ちた食卓に、食器が立てる音だけが鳴り響く。やがて最初に口を開いたのはリウィアだった。


「……もし、本当にまた〈骸機獣(メトゥス)〉だったら」

「戦うよ」


 レーゲンが即座に応じる。こればかりは否応もなしと、強い口調で断じる。


「この村を守らなきゃならないしね。一度世話になった以上、放っておけないよ。エメリーもそうでしょう?」


 問われ、エメリーは少し考えたが……頷いた。


「……まあ、その場合は吝かでもないわ。差し迫った危険には対応しなくちゃならないし、借りも返せるでしょうしね。ただ言っとくけどそれは、あくまでも合理的な判断としてだから、アンタみたいな人助け優先じゃないわよ? いい?」

「ああ、うん、今はそれで良いからさ」


 苦笑を返しつつ、レーゲンは事態の推移を見守った。悲鳴の一つでも上がろうものならば、すぐにでも飛び出していく腹積もりだ。


 それから数分もしないうち、おかみさんが戻ってきた。


 ひとまず、負傷したような様子はない。顔色は悪いが恐怖を感じているというよりは、不安や戸惑いの印象が強い。

 どうやら荒事の類ではなさそうだ。レーゲンが安堵めいてそう思った時、おかみさんはすっかり狼狽えた声色で、こう言った。


「ねぇ、貴方たち。この村に来るまでに、十歳くらいの女の子をどこかで見かけなかった?」

「え? 女の子って……?」


 あまりに唐突な問いに、レーゲンたちは揃って疑問の声を上げた。


「……特に、会わなかったよね?」


 各々記憶を探るが、そんな人物を見た覚えはない。レーゲンがそう答えると、おかみさんは動揺も露わに口走った。


「この村の子がひとり、森に行ったまま帰ってこないのよ……!」



 -§-



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