エピローグ:去りゆく昨日に虹を描いて
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晴れ渡る青空の下を、高速回転する空素機関の甲高い嘶きが四重で響き渡る。
全速力で疾駆する走鋼馬には、数十分ほど前に小隊から分かれてオープスト村を目指していた、あの小隊長率いる四人の騎士が跨っていた。
「いったい、何が起きているんだ……!?」
陽光を照り返す頭部装甲の内側、四人の騎士の表情に浮かぶのは色濃い焦燥だ。
もっとも「すでに脅威は排除された」と安堵していたところに、寝耳に水で“恐嶽砲竜”出現の一報を受けたのだから、彼らがひどく慌てるのも無理はない。
それでも騎士たちは瞬時に心構えを「戦時」に切り替えると、無辜の民と同胞を救うため、いまだ出撃準備中の軍本隊に先行して現場を目指すことにしたのだ。
そうして往路を急ぐ四人は途中、大勢の避難民を引き連れた“シュレーダー隊”と行き合った。彼らは道中で街道沿いの村々にも避難を呼び掛けたのだろう、不安げな表情を浮かべる避難民の数は、街道を埋め尽くさんばかりだった。
「現場では、まだ、隊長たちが戦ってるはずなんだ……!」
手短な状況報告の結びに、“シュレーダー隊”の面々は深い後悔を滲ませてそう言った。一方、告げられた内容に四人の騎士は改めて戦慄する。
やはりさきほどの報告は誤りではなかったのだ。そのうえ現場に残った者たちは、たった二十四人だけで、己が身を投げ打ち足止めに徹しているとは!
「急がねば……!」
避難民の誘導を“シュレーダー隊”に任せ、四人の騎士はオープスト村へ続く街道をひた走る。その過程で彼らは、彼方で巻き起こる激戦の余波を感じ取った。
天を貫いて立つ大山の如き影を。
大気を揺るがし響き渡る鬨の声を。
空を爆炎で覆い尽くすほどの一斉射撃を。
それを貫いて駆け抜けた幾千筋もの眩い雷を。
そして、視界すべてが一瞬白失するほどの凄まじい極熱閃と、応報として撃ち返された極雷閃を。
現地の修羅場を四人の騎士は予感した。行く先に待ち受けるはまさしく死の顎。今辿るこの道は地獄への旅路にも等しいだろう。
怖気る心を支えたのは偏に騎士としての誇り。そして、所属を違えどその本分を堂々務めあげようとする者たちに対する、心からの敬意と共感だ。
故に彼らは決意する。誇り高き真の騎士たちを孤独に死なせるものか、と。
やがて、四人の騎士がそろそろ現場に辿り着こうとする頃、遠目に見える大山の如きシルエットが不意に崩れ落ちた。
「“恐嶽砲竜”が、……まさか、倒されたのか!?」
〈巡回騎士隊〉一個小隊独力での“恐嶽砲竜”撃破。それが事実ならば前代未聞の快挙だ。驚愕する四人はさらに、続けて巻き上がった巨大な竜巻嵐を目撃した。
「あれだけの空素術を、いったい誰が!?」
明らかな異常の気配に、四人の騎士は言いようのない不安を覚える。加えて唐突に訪れた静寂が、いっそうの混乱と疑念を彼らに与えた。
戦闘は続いているのか、それともすでに終結したのか。
仮に後者であるならば、その末路は如何なるものか?
あらゆることが不明瞭な状況下、それでもなお不退転の覚悟を胸に現場に辿り着いた四人の騎士が目にしたのは、まさに「惨憺たる」以外に表現しようのない凄まじい光景であった。
まず、至る所に小山を積み上げる〈骸機獣〉の屍体が目に付いた。
ざっと数えただけでも総数百体を優に超えるそれらは、いずれも全身を無残に砕かれた状態で永遠の沈黙に沈み込んでいる。下手人が誰かはあえて論ずるまでもない。〈烈刃〉リーンハルト・シュレーダー中尉の手並みに違いなかった。
続いて、完全に崩壊した草原の無残な有様。
かつては青々と茂っていただろう草群れは、ほとんどが千切り飛ばされるか大地ごと大きく抉られ、そうでなくとも瘴気の影響を受けて枯れ果てていた。
東の彼方に望む森林地帯の惨状、薙ぎ倒された木々と砕け割れた地面は、何か巨大な物体が暴れ回った痕跡であることは明らかだ。
血で血を洗う激戦が、ついさきほどまでこの場で繰り広げられていたのは、もはや疑いようもない事実であった。
そして、そんな地獄めいた景色の片隅に、半死半生の姿を晒した“シュレーダー隊”の面々が一塊となって倒れ伏していた。
四人の騎士が急ぎ駆け寄ってみれば、驚くべきことに全員に息があった。
隊長であるリーンハルトは右腕を二の腕辺りから喪失しており、その副官であるイーリス・アーベライン中尉は意識を失っているが、命そのものに別状はない。
さらに隊員たちの何人かは、苦悶しつつも意識を保っていたほどだ。
まさか本当に彼らだけで“恐嶽砲竜”を、しかも死者も出さずに打倒したのか。心底驚嘆する小隊長に、ふと、隊員の一人が震える指先である一点を示した。
どうしたのだろう、とそちらへ首を向けてみれば――
「あ、あの……っ!! 増援に来てくれた、軍人さんたちですよね……っ!?」
――汗と砂埃に乱れた薄青色の髪を持つ少女が、安堵に泣き崩れかけた表情で座り込んでいたのだ。
「君は、いったい……?」
改めて確認すると、彼女の周囲には他にも三人の女性が横たわっている。
黒檀の杖を握り締めた黒髪にロングコートの少女。若草色の髪にオレンジ色のジャケットを着た女性。そして、空気が抜けて萎んだ気球のような物体に包まった、灰白色の髪に空色パーカーの少女。
背格好から顔つきまで、まったく共通項のない取り合わせだった。
「……彼女たちは、何者なんだ?」
“シュレーダー隊”の隊員に誰何すれば、掠れ声で「現地協力者だ」との端的な答えが返った。さらに付け加えて「命の恩人なんだ、助けてやってくれ」とも。
状況と装備から察するに、居合わせた旅行士の類だろうか?
そう言えば、オープスト村を襲った“三眼狼”を撃退したという者たちと、追加報告で聞いた特徴が一致している。
ならば、素性はさておき救助対象であることに間違いはない。そう判断した小隊長は“シュレーダー隊”の世話を一先ず部下に任せ、彼女たちの元へと歩み寄る。
近付いて容態を窺ってみれば、どうやら地に伏せった三人は死んではおらず、単に疲労困憊して気を失っているだけのようだった。
中でも空色パーカーの少女が特に衰弱が激しかったので、小隊長は応急処置として最優先に治癒術を施してやった。そうして彼女の苦し気な呼吸が和らいだことを確認してから、小隊長は唯一意識を保っている薄青色の髪の少女へ訊ねた。
いったい何があったのか。
どうしてこの場にいるのか。
君たちはそもそも何者なのか。
対し、彼女から開口一番飛び出したのは、謝礼でも説明でもなく――
「あのっ! お、女の子が一人、森の中に取り残されているんですっ! どうか、迎えに行ってあげてくれませんか……っ!?」
――この場には居ない第三者へ向けた労りであった。
「そうか、君たちは……」
必死に懇願する口調を受け、小隊長は直感めいて理解した。
理由や経緯、はたまた素性はどうあれ、この少女たちは「ここに居る者たちを守るため、全身全霊を掛けて戦ってくれた」のだと。
ならば騎士として、否、一人の男として返す言葉は決まっている。
「分かった。準備が整い次第、すぐ助けに行こう」
すると、ようやく少女の顔から強張りが解け、代わりに笑みが現れた。為すべきことを成し遂げ、心の底から安堵した者だけが浮かべられる、柔らかで達成感に満ちた笑みが。
「お願い、します……」
「お、おい! きみ!」
が、そこで体力の限界が来たのだろう。少女は上半身をゆっくりと傾がせ、こてんと倒れ込んでしまう。慌てて受け止めた小隊長は、華奢な外見から想像できた通りの軽さと、懐炉めいて熱を帯びた身体に眉をひそめた。
「……どうやら、随分と無茶をしたようだな」
彼女たちは何者なのか、それを考えるのは後回しにすべきだろう。小隊長は三人の部下に呼び掛けた。まずはこの傷付き疲れ果てた少女たちに、柔らかな寝床を与えてやらねばならない……。
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……その後、しばらくして駆け付けてきた増援に負傷者の救護とオープスト村の補修を任せ、小隊長以下三人の騎士は森の中へ踏み込んだ。
完全に崩壊した風景の最中を慎重に駆けて行けば、果たして薄青髪の少女に言われた通り、簡素ながらも非常に頑強な造りのシェルターがぽつんと存在している。
外から呼び掛けても返事がなく、やむなく外壁を切り開けて踏み込んでみれば、そこには幼い少女が寝息を立てていた。傍には包みが開けられた携帯食料と空になった水筒が転がり、少女の小さな手の平には「護符」めいたものが握られている。
と、物音に気付いたのか少女が目を覚ました。少女は目を瞬かせると、こちらの姿を認めて小さく悲鳴を上げた。しかし数秒後には「……軍人さん?」と呟き、
「……私を助けてくれた、お姉ちゃんたちは? どこ?」
そう、不安気に首を傾げてみせた。
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……こうして、首都ゲルプ北部の平原地帯で発生した〈骸機獣〉騒動は、状況推移に幾つかの不明を含みながらも終結した。“恐嶽砲竜”との直接対決による討伐成功、及び「死者ゼロ人」という、まさに驚嘆すべき大戦果を残して。
一連の事案における功労者である“シュレーダー隊”には、隊長であるリーンハルト・シュレーダー以下、全隊員への名誉勲章の授与が決定された。
また、彼らの体力が回復した後に王城で行われる叙勲祝賀会には当代“褐色皇帝”も出席することになり、直接の賛辞に付随して様々な賞与も予定されている。
未曽有の大惨事を防ぎ切った英雄たちに対して、国内外から寄せられた賛美の声は、数ヶ月間鳴り止むことはなかった。
オープスト村の住民たちに関しては事後調査が済んだ後、事案発生の一ヶ月後になって、ようやく全員が故郷への帰還を許可された。
荒れ果てた草原と徹底的に破壊された森林の姿は、故郷に帰りついた彼らに、けっして少なくないショックを与えたようだった。
しかし、家畜や家屋などに多少の損害を被りはしたが、オープスト村そのものが形を留めていたこと。失われた食料や飼料などの生活必需品を、首都や周辺の村々がそれぞれ折半し、かつ積極的に補填しようとする動きが起きたこと。
なにより一人の犠牲者も出なかったことが、彼らの再建の意気を極めて高いものにしていた。オープスト村は遠からず、元通りの暮らしを取り戻すだろう。
〈骸機獣〉発生の原因については様々な憶測が交わされたが、最終的に「長期間放置された地下空間に充満した瘴気が、遺跡の老朽化に伴って自然発生した亀裂から漏出したため」と、首都から派遣された調査団が結論した。
一部の報道機関は“フェーデル市”の惨劇を引き合いに出して「何者かによるテロ行為の疑い」を主張するも、その確たる証拠がないことや「英雄たちの活躍」に市民が連日連夜に渡って熱狂するうち、何時しか忘れ去られていった。
そして、現場に居合わせた四名の旅行士は、それぞれに負傷や極度の疲労が見られたことから首都の王立病院へと搬送された。
彼女らの素性は公にされず、その出自を巡っては出所不明のものも含めて様々な噂が流れたが、王城政府の方面から各報道機関へそれとなく圧力がかかったため、それほど時間をおかぬうちに多くが沈黙することになる。
最終的には“シュレーダー隊”副長、イーリス・アーベライン中尉が主張する通り、「偶然現場に居合わせた現地協力者」との見方がおおむね受け入れられた。
以上が、シュタルク共和国を震撼させた大事件の、市民一般が認知する限りにおいての顛末である……。
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目覚める時の感覚は、いつものようにゆっくりと意識が浮き上がるようなものではなく、重石を付けられた身体を強引に海の底から引き上げられるような、息苦しさと虚脱感を伴ったものだった。
「……っ、……ここ、は?」
瞼を開いた瞬間、眩い白色光が視界を満たした。
「うぅ、……!?」
刺すような痛みに思わず呻いてしまい、それでも何度か瞬きを繰り返せば、徐々に周囲の風景が鮮明になってくる。やや手狭な空間だ。どうやら個室らしい。
(……どこ、だろう)
一言で表現するならば、白色の空間だ。
四方を覆うのは染みひとつない白磁の壁。棚や物置など、配置された家具は等しく清潔に保たれているが、生活臭が一切感じられない無味乾燥な代物ばかり。
そこでふと、自分の身体に掛けられているものが真っ白いシーツであることに気が付き、また鼻腔を擽る消毒液の微かな匂いを嗅いで、
「……病院、かな?」
思わずそう呟いた。その時、傍らで誰かが身動ぎするような気配を感じ、何の気なしにそちらを向けば――
「……やっと起きたか、レーゲン。この寝坊助め」
――椅子に腰かけ腕組みをした、父がそこに居た。
「……父、さん?」
口に出せば疑問が湧く。彼がこんなところに居るはずがない。
レーゲンは咄嗟に起き上がろうとして失敗する。身体にまったく力が入らないのだ。どうしたのだろう、と不思議がっていると、父は「安静にしておけ」と彼らしい低く落ち着いた声音で告げてくる。
「なにせ、三日三晩寝っぱなしだったらしいからな。ただでさえ戦闘の疲労もまだ抜け切っていない状態なんだ、元気になるまでそのまま寝ていろ。……まったく、いつかやるだろうと思っていたら、本当に命がけの無茶をしやがって」
半ば忘我の状態で声を聴きながら、改めてレーゲンは父の姿を見つめる。
自分とまったく同じ灰白色の髪が、真っ先に視界に入った。こちらが直毛長髪なのに対し、向こうは緩い癖毛を短く刈り揃えている。
薄く暗色が入ったレンズの奥に潜む黄土色の静かな瞳は、よく観察すれば僅かに焦点がブレている。過去のとある戦いが原因で視力が衰えてしまったらしい。
そして全身から放つ枯れた気配と、どこか斜に構えたような影を帯びた顔立ち。奇麗に剃られて髭のない顎。傍らに立て掛けた年季の入った松葉杖。
ここまでは完全に記憶のままなのだが、常ならば仏頂面を張り付けているはずの父の表情は、今は大きな安堵と僅かな呆れの感情に占められている。
紛れもなく実父の、ヴォルケ・アーヴェントであった。
「……どうして、ここに?」
レーゲンは首を傾げる。
父は故郷の村に残っていたはずだ。自分が旅立つ時もいつも通り、平然を通り越して冷然とした面構えで「家が恋しくなったら帰ってこい」と送り出してくれた彼が、何故こんなところにいるのか?
問うと、父はわざとらしい苦笑いを浮かべ、溜息交じりに答えた。
「軍の連中にいきなり呼び出されたんだよ。どこかの馬鹿娘が、無茶に無茶を重ねた挙句、なにやら面倒なことをやらかしたせいでな」
吐き捨てるようなその口調は、平時の父とまったく変わらなかった。
「……俺はな、面倒臭いからそっちで適当に済ませておけと言ったんだ。にも関わらず、あの糞真面目の騎士団長サマがわざわざ迎えまで寄越しやがったもんだから、一日がかりで仕方なくゲルプまで来る羽目になった」
言っているうちに苛立ちが込み上がってきたのか、父は舌打ちを漏らす。
「そうしたらお前は暢気にぐーすか寝てやがるし、軍の馬鹿どもには根掘り葉掘り質問攻めに合うしで、……ったく。俺はとっくに退役してるんだぞ? 隠居暮らしの一般人を、こんな馬鹿げたことでいちいち駆り出しやがって」
昔から愚痴と皮肉が多い父ではあるが、どうやら今回は過去に例を見ないほど、甚く機嫌を損ねているようだった。
そして、その原因がどうやら自分にあるということをレーゲンは察し、
「……ごめん、父さん。心配かけた」
できる限りに謝意を込めてそう言うと、父はしばらくの間むっつりと黙り込んでから、深々と溜息を吐いた。
レーゲンはこの仕草の意味を知っている。それは父が本音を吐露しようとするときの前振りなのだ。そうして父は苛立たし気に髪を掻きながら、さきほどまでの皮肉っぽさを消した静かな口調で言った。
「……旅行士なんかやる以上、多少の危険はあって当然だ。そこはいい。だからアイツもお前にきっちり修行を付けたんだし、俺も最終的には納得してお前を送り出したんだからな。いまさら文句を付けたりはしないさ」
だがな、と。父は一息ついてから、続けた。
「……それでもな。半死半生になるまで無茶した挙句にぶっ倒れるようなことを繰り返されたら、こっちは堪らないんだ」
レーゲンは見る。父がこちらを見る視線に、もはや隠しようもない心配の色が色濃く表れていることを。
そして、父はあくまで真摯な声色のまま、こう締めくくった。
「……俺もそうだがな。アカリのやつに心配かけるようなこと、するな」
「……うん。ごめん、父さん。これからはなるべく無茶しないようにする」
「そこは言い訳の余地を残さず“絶対に”と言っておけよ、……建前でもな」
天国に居る母親を引き合いに出されては、殊勝にならざるを得なかった。
否、そうでなくとも父にひどく心配を掛けてしまったのは事実だし、自分の身柄に関してもおそらく色々と面倒な手続きをしてくれたはずだ。こればかりはけじめとして、しっかり罪悪感を噛み締めなければならないだろう。
一方、言うべきことを口に出して気が収まったのか、父はそこであっさりと表情をレーゲンの見慣れた仏頂面に戻す。そうして、彼はレーゲンが意識を失っている間に起きた出来事を、時系列に沿って簡潔に説明した。
「……それじゃあ、皆は無事なんだね?」
話を聞き終えたレーゲンは、安堵から笑みを零した。
「エメリーも、リウィアも、ヴィルも。リーンハルトさんやイーリスさん、“シュレーダー隊”の人たちも。オープスト村の人たちも、それと……ローゼも!」
父は頷いた。
「ああ、お前の友達はとっくに起きて事情聴取受けてるよ。特に黒髪の、エメリーだっけか? 彼女は入国許可証もなしに入国してたのが判明して、一時はえらい騒ぎになりかけたようだ。事情を聴いて不可避の事故だったってことと、向こうに確認が取れたことで、今回は特例でお咎めなしってことになったがな」
レーゲンは薄ら寒いものを感じた。彼女が不本意な取り調べで溜めた鬱憤は、この後間違いなくこちらに降りかかってくると、容易に想像がついたからだ。
加えて、彼女はあの異形の襲撃者に関しても――突然変異種の自我を持つ〈骸機獣〉とくれば仕方ないのだろうが――かなりしつこく質問されたらしい。
「結局“抜け殻”を除いて一欠片も死骸が残ってなかったせいで、調査はあっさり頓挫したそうだがな。エメリーって子の事情聴取についても、やったのは口頭質問くらいで早々に解放されたようだ。良かったな」
そこで父は「しかし」と一言挟むと、
「自我を得て、言葉を操り、自己進化する〈骸機獣〉か。そんなモンがよりにもよって今の世界に現れるとはな……」
レーゲンは父の顔に、一瞬だけ深刻な気配が過るのを見た。
それは驚きというよりもなにかを懸念するような、より具体的に評するなら「退治したはずの害虫が部屋の隅から這い出てきたのを見た」ような、鋭い敵意を帯びたものだった。
険しく細められた父の眼差しに宿る、凍り付くほどに冷えた鉄のような鋭い眼光に、レーゲンは娘ながらに身震いをしそうになる。
「……まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
と、そこでレーゲンの視線に気付いたのか、父は剣呑な雰囲気をたちどころに掻き消した。父はそれ以上を語ろうとはせず、話題を切り替える。
「他に、リウィアって子は故郷絡みの一件で。ヴィルという魔導機人は出自に関して。それぞれ厳しく追及されそうになったらしい。存在自体の物珍しさもあったんだろうがな。まあ、荒っぽいことはされてないだろうが」
その言葉に、レーゲンは気が重くなるのを感じた。
過程や理由はどうあれ、結局は自分のわがままを発端として仲間たちに迷惑をかけてしまったのだと、いまさらながらに身に染みて理解したからだ。
落ち込むレーゲンに、しかしヴォルケはさらなる追い打ちをかける。
「言っておくが、お前も他人事じゃないぞ。……遺跡の無許可立ち入りに関して、軍部の査問委員会に取沙汰されたんだからな」
レーゲンは目を見開いた。隠し通すことはできないと薄々思っていたが、ここまで早くバレるとは。理由を考えて、思わず苦笑が滲む。誰が喋ったのか容易に察することができた。
おそらく、その情報の出元は……、
「それって、……ローゼって子が喋っちゃったのかな?」
「ああ、そうだ。救護に来た連中に、きっちり全部話しちまったそうだ」
「あちゃあー……。じゃあ、うん、まあ。しょうがない、かあ……」
レーゲンは天を仰ぐ。蛍光灯の輝きが、自分を責めているように感じられた。
繰り返しになるが、遺跡の無許可立ち入りは基本的にどの国家においても、問答無用で裁判所へ一直線の重罪である。ましてや今回の場合、もしかすると“恐嶽砲竜”が目覚める引き金をレーゲンたちが弾いた可能性も、ないとは言えないのだ。
(あいつが暴れ出した理由、私たちが遺跡に入り込んだからってのも、実際のところ有り得るんだよね……)
もし、本当にそうだとすれば。
オープスト村が危機に陥ったのも、“シュレーダー隊”が血を流したのも、仲間たちが死にかけたのも。その責任はすべて、レーゲンの決断が原因になる。
誰かを助けたいという想いと、そのために起こした行動が、却って多くの人々を傷付け苦しませたことになるのだ。
(……キツイ、なあ)
もちろん、訊かれたことを正直に話しただけのローゼを責めるわけにはいかないが、今後を考えると絶望的な気分になってくる。
「……懲役、何十年くらいで済みそう?」
レーゲンはせめてもの強がりとして、そんな皮肉めいた冗談を言ってみるが――
「俺もどうせならお前の頭が少しばかり冷えるまで、しばらくの間ブチ込んでおいて欲しかったんだがな」
――次に父が発した言葉は予想外のものであった。
「喜べ、お前はお咎めなしになった」
「……えっ!? ……そ、それって、つまり?」
「言葉通りだ。ついでにお前の友達も全員揃って、綺麗に無罪放免だよ」
レーゲンは耳を疑った。そんなことがあるのだろうか。驚きを隠せないレーゲンに父が語って聞かせたコトの絡繰りは、つまりこういう経緯だった。
・今回の立ち入りは人命救助の観点に基づく緊急避難的な行為であること。
・それに付随する〈骸機獣〉発生に関して人的被害が出ていないこと。
・家屋及び森林の損壊に対してオープスト村住民に訴訟の意志がないこと。
「そして、これが一番重要なところなんだがな」
・調査の結果、“恐嶽砲竜”の起動と旅行士一行の遺跡侵入については、互いに因果関係が認められないこと。
「……私たちが、あいつを目覚めさせたってわけじゃ、なかったんだ?」
「らしいな。詳しい理由については『機密事項』ってんで教えてもらえなかったが、少なくともお前らが遺跡に入っていようがいまいが、遠からず“恐嶽砲竜”は目覚めていただろうって結論が下されたんだ」
父は肩を竦め、これ以上ないほどに皮肉げな口調で言った。
「そうなると、むしろお前らは結果的に『国家の危機を未然に防いだ』側ってことになるな。言ってみれば英雄だ。が、遺跡侵入の罪は重い。なので功罪合わせて帳消しにするってことで、話がついたってわけだ」
言葉を失ったレーゲンに構わず、父は言葉を続けていく。
「……以上、その他諸々細かい取引などを加味して『迷子になった子供は、最初からいなかった』ことになった。ああ、勘違いするなよ。ローゼって子が咎めを受けたわけじゃない。まあ、他言無用は固く言い含められたらしいがな」
つまり、こういうことになる。
「偶然オープスト村にやってきた旅行士四名が、偶然“恐嶽砲竜”の出現に居合わせて、そのまま住民の避難活動を手伝った。戦ったのは“シュレーダー隊”の面々だけ。ならば当然、遺跡なんてものは見てもなければ知りもしない。ましてや関わってすらいない、と。そういう筋書きとして処理されたんだよ」
反射的にレーゲンは「そんな無茶な」と叫びかけた。罪がなくなったのは有難いが、いくらなんでもこちらに都合が良さ過ぎる。そんなレーゲンの思いを先読みしたかのように、父は肩を声を潜めて言った。
「……これは黙ってろと言われたんだがな。“シュレーダー隊”副長のイーリス・アーベライン中尉が、お前たちを庇ってくれたんだよ。自分の軍内部の立場を危うくしてまで、査問委員会相手に真正面から啖呵切ってな」
「……ッ!! あの人が……!!」
彼女は律義にも「恩を返す」という言葉を果たしてくれたのだ。
レーゲンは胸が熱くなるのを感じた。結果的に命を救ったとはいえ、軍人としての規律を曲げてまで、出会って間もない他人を相手にここまで義理を立ててくれるとは……。
「……お礼、言わなきゃ」
「やめておけ、向こうが迷惑なだけだ」
「で、でも……! 私のせいで、あの人……!」
「いいか、レーゲン。恩を感じてるのなら、なおさら黙っていなきゃならない。お前が騒ぎ立てれば、着いてもない火に油を注ぐだけだからな」
父に制され、レーゲンは唇を噛んだ。
そうだ。無理に接触しようとすれば、却って彼女の心遣いを無為にしてしまう。名実ともに「ほぼ無関係の他人」になったのなら、それはこのまま事実にしておくのが、誰にとっても都合がいいのだ。
(理屈は、分かるけど……)
納得はできない。否、しなければならないのだ。誰もが納得する結末のためには、レーゲンがこれ以上のわがままを通すことは赦されない。
ましてや、
(“シュレーダー隊”の人たちも、庇ってくれたなんて……)
父は告げた。リーンハルトも含めた全員が、もしもレーゲンたちが罰せられるようなことがあった場合、賞与の一切合切を拒絶すると軍部に直談判したのだと。
「……他にも〈ゲルプ騎士団〉所属のとある小隊長殿が、アーベライン中尉の主張を援護してくれたらしい。こうなると流石に無視はできないわな」
そこで父は何故か、愉快で堪らないとばかりに声を漏らして笑った。
「まあ、安心しろ。軍部も広くその活躍が知れ渡った「英雄」を処罰なんかしたくないだろうし、担ぐ神輿は綺麗にしておきたいはずだ。事実の幾つかを闇に葬って八方丸く収まるなら、それに越したことはない」
そこまで言われては、もはやレーゲンに抗う術はない。否、抗う意味がない。呆然とするレーゲンへ、父は至極どうでもよさそうな口調で言う。
「“恐嶽砲竜”の討伐は“シュレーダー隊”の功績として計上され、近々隊員たち全員に昇進と勲章が与えられるそうだ。命を張ったにしては割に合わないだろうがな」
その点に関しては、レーゲンにも異存はない。
元より名誉を求めたわけではないのだし、被害を抑えたのが“シュレーダー隊”の努力にあることは疑いようもないからだ。
なにより、今この病室に居るのが父だけだということは、おそらくイーリスたちは≪合一≫についても黙っていてくれたのだろう。
(それを知られたら、きっと私が面倒なことに巻き込まれるって、そう慮ってくれたから……)
レーゲンは胸の痛みと共に考える。自分が押し通した信念のために、どれだけの人が迷惑を被ったのだろう、と。
巻き込んでしまった仲間たちに、心身共々多大な消耗を強いていながら、なんの見返りも与えられなかったこともひどく悔しかった。
自分が消耗したのは体力だけ、それも寝てれば治る程度だ。
しかし、仲間たちはそれぞれに取り返しの付かないものを失っている。
エメリーは大量に消費してしまった魔導具をどう工面するのだろう。
リウィアは知られたくない過去を根掘り葉掘り聞き出されて傷付いたはずだ。
ヴィルにも無茶をさせてしまった。彼女の身体は無事に修復できたのだろうか。
正しいことをした。そのはずだ。少なくとも誰も死なずに済んだ。ローゼを家に帰してやることもできた。当初望んだ結果は、確かに達成できている。
(だけ、ど……)
全身全霊をかけて護り切ったはずのものは、結局どれも無傷では済まなかった。
リーンハルトは右腕を失った。イーリスは背負わなくてもいいリスクを被った。きっとオープスト村にも少なくない被害が出ているだろう。
考えれば考えるほど、苦い思いが渦を巻いて、口元辺りまで込み上がってくる。
病室内に静寂が訪れた。
やがて数分の時を経て、レーゲンからぽつりと漏れたものがある。
「……父さん、あのさ――」
それは、消え入りそうなほどに弱々しい呟きと、瑠璃色の瞳を潤ませて止め処なく流れる透明な雫であった。
「――私、もっと、上手くやれなかったのかなあ……?」
そのまま腕で顔を隠し、嗚咽を上げ始めたレーゲンに対し、彼女の父であるヴォルケはなにも言わずに寄り添ってやった。
言葉ではなく態度で。
レーゲンの頭を優しく撫でてやりながら、口元には暖かい笑みを浮かべて「お前は精一杯やったんだ」と、そう伝えるために。
時を同じくして、病室の窓の外で雨が降り始めた。
激しく雨打つのでない、静かに注ぐような穏やかな銀線が曇天より降りて、やがてゲルプの街並みを濡らしていく。
なにもしなければ失われるはずだったものを、間違いなく己が意志と行動によって守った少女を慰めるように、その後一晩を掛けてゆっくりと。
そしてレーゲンは雨の音を聞いているうちに、何時しか眠りに落ちていた。
部屋の外。廊下を遠ざかっていく、数人分の足音を小耳に挟みつつ、その正体までは思い至らないまま。
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……翌日は快晴だった。
目覚めの気分はいたって爽快。
三日三晩にさらに一日を足した休眠は、レーゲンが生来持ち合わせた生命力と相まって、彼女の身体をほぼ完全に復調させていた。
試しにシーツの中で手を握り込んでみれば、確かな力感が指先まで戻っている。
ふと、カーテンの隙間から差し込む陽光に暖かさを感じたレーゲンは、ゆっくりと目を開けて慎重にベッドから降りる。足腰には十分な力が戻り、ふらつくようなことはなかった。
窓の外、雨上がりの空はどこまでも蒼く広く晴れ渡っている。
その鮮やかな色彩に惹かれたレーゲンが窓を開けると同時、濃厚な雨の残り香を含む清涼な風が、一気に病室内に吹き込んでくる。
顔を覆う前髪を梳るように払い流し、シーツを勢いよく捲り上げたその風を、レーゲンは深呼吸をして胸いっぱいに吸い込んだ。
「……よしっ!!」
思い切り息を吐き出すと、胸の中の憂鬱も一緒に出て行ったような気がした。
そうなると今度は腹が減っていることに気付く。胸のつかえが消えた途端、極めて素直に要求を発し始める自分の胃の現金さに、レーゲンは思わず苦笑した。
実際、眠っている間は点滴しか摂取しておらず、昨晩に食べた病院食は味を感じる余裕もなかった。自覚した口寂しさはどんどん膨れ上がっていく。
「……ごはん」
無意識に漏れた言葉が赤ん坊のようで、レーゲンは再び苦笑する。そして思う。少なくとも自分はまだ笑えるのだと。
ならばきっと大丈夫だ。
これからなにがあっても。
向かう先になにが起きても。
「着替えないと、な」
レーゲンはベッド脇に置かれた普段着を身に着け始める。
すでに点滴は外されているので、一人でも着替えに支障はない。
驚異的な回復力だと目を丸くしていた医者の表情を思い出し、三度苦笑。
仕上げに明るい色のリボンで髪を結び、鏡の前で一回転してみれば旅行士としての自分が復活していた。もちろん、剣や手甲などの荷物類は別に預けられているので、完全ではないが。
「あら、レーゲンちゃん? もう起きて大丈夫なの?」
「あ、はい! お世話になりました、この通りもうピンピンしてます」
「あらそう、……良いわねぇ、若いって。お肌もつやつやで」
途中で物音に気付いてやってきた年配の看護師から簡単な検査を受け、とりあえずは通常食を採っても問題はないとお墨付きを得たうえで、レーゲンは病棟に併設されているという食堂へ向かった。
やたらと幅広い廊下を歩けば、時間にしては多くの人と行き合う。
ここは主に軍人とその家族が利用する王立病院であると、レーゲンは昨日のうちに父に聞かされていた。因みにその父は別の宿泊施設に泊まっている。レーゲンの復調を見届け、諸々の手続きを済ませたら故郷の村に帰るつもりらしい。
(……せっかくだから、釣り竿の良い奴を買って帰るとか言ってたなあ)
父は今も、あの霧が立ち込める早朝の湖に出かけては、一人で釣りをしているのだろうか。そんなことを考えていると立ち止まりそうになり、すぐ傍を通り過ぎた白衣の姿に首を傾げられ、慌ててレーゲンは歩みを再開する。
さて、確かに利用者をよく見てみれば屈強な体格の者が多く、付添人も大半は軍服を着込んでいた。中には手足を失っている者も居り、視線を向けることに多少の躊躇いが起きたりもするが、
「……あっ、」
ふと、見知った顔を見かけてレーゲンは声を漏らした。
休憩スペースで談笑していた彼らは、紛れもなく“シュレーダー隊”の隊員たちだ。向こうもまたレーゲンに気付いたようで、声を掛けたり近付いては来ないものの、傷だらけの顔に力強い笑みを浮かべての敬礼を送ってくれた。
励まされた気分になりつつ、レーゲンは黙礼を返して先を急ぐ。
腹の虫が徐々にがなり立て始めていた。激しい戦闘で失ったカロリーを早く補填しろと、胃袋がいよいよもって強気に訴えかけてきているのだ。
落ち込んでいようが腹は減り、食わねば一日を生きていけないのだと、レーゲンは今までの旅路で身に沁みて理解していた。
故に、目指す食堂に辿り着くと、躊躇いもなくその暖簾を潜った。
周囲から戸惑ったような視線を浴びせられつつ、レーゲンは足早に注文カウンターに向かう。掲示されたメニューを見れば、ライ麦パンにチーズとヨーグルトと野菜スープを付け合わせたものが目についた。なにより一番価格が安い。
威勢の良い料理人に礼を言って、適当な席を選んで座ろうとした時――
「む」
「あ」
――偶然すぐ近くに腰掛けていた、リーンハルト・シュレーダーと目が合った。よく見れば彼の手元にあるのは自分と同じメニューである。
「……えっと。……隣、良いですか?」
反射的にそう問うと、リーンハルトは無言で頷いた。
-§-
レーゲンはパンを咀嚼しながら悩んでいた。
なし崩し的にリーンハルトの隣に座っては見たものの、特に話題や目的があったわけではないので、さてなにを話したものか。そもそも、初対面時に彼は気絶していたため、実際的な面識はないも同然である。
(……あれ、じゃあなんでわざわざ隣に?)
さらに考えてみれば、こちらと向こうが親し気に会話するのは不自然である。せっかく筋立ててもらった経緯を考えても、やはり自分の行動は悪手にしか思えない。レーゲンは頭を抱えたくなった。
(エメリーに考えなしって言われるわけだよ、これじゃあ)
ちらりと横目で様子を窺ってみると、リーンハルトはこちらには目もくれず、ただ黙々と食事に集中している。その横顔からは感情が読み取れない。
割ったパンでヨーグルトを掬うようにして食べているのは、単純に速度重視なのかそれとも味に頓着していないのか、あるいはその両方か。
(……いや、そうじゃない、よね)
リーンハルトの右腕には、二の腕から先がなかった。結局、異形の襲撃者によって奪われたそれを、再び繋ぎ合わせることは叶わなかったらしい。
ならば手掴みの食事も、その不自由を補うためだろう。ただ、流石に汁物に関しては食器を使わざるを得ないようで、彼はスプーンに手を伸ばした。
しかし左手は利き腕ではないのか、スプーンを使う所作はどこかぎこちなく、スープを飲むことさえ覚束ないようだった。今も口に運びかけたスプーンから、ほとんどが器に零れてしまっている。
レーゲンの胸にちくりとした痛みが走った。
自分がもしも。そんな考えが浮かび掛け、即座に打ち消す。
いまさら悩んでも意味のないことだし、なにより自惚れを押し付けることは、他ならぬリーンハルト自身に失礼だ。
彼は彼の務めを全身全霊でもって果たしたのだ。ならば、自分が口出しできるようなことはなにもない。そう思っていても、気分は晴れなかった。
そうこうしているうち、慣れぬ左手の扱いに業を煮やしたのか、リーンハルトは器を直接掴んで直にスープを飲み始めた。そうなると残りはチーズが一欠片くらいで、遠からず彼が食事を終えてこの場を去るのは容易に予想がつく。
(……こっちも、黙って食べて、早く出よう)
砂を噛むような気分で千切ったパンを口に入れていると、
「……俺の右腕は」
「――……ッ!?」
唐突にリーンハルトが、こちらとは視線を合わせないまま小声でそう呟いた。愕然とするレーゲンに対し、彼は朴訥とした口調のままでさらに続ける。
「……近々、出来の良い義手が与えられることになっている。それさえ受け取れば、依然とほぼ変わらずに戦えるようになるらしい。だから、なにも気にしなくて良い。むしろ、君のおかげで俺とイーリスは救われたんだから」
それは単に事実を語るだけといった風の、皮肉も悪意も一切込められていない、ただただ誠実な感謝と労りを込めた言葉だった。
レーゲンはなにか言葉を返そうとして、しかしなにをどう言えばいいのか分からず、曖昧に口を開閉させた。ある意味では望んでいたはずの「赦し」に、肝心の心が追い付いていなかった。それを受け取っていいのかさえ、分からなかった。
やがて食事を終えたリーンハルトは、何事もなかったかのように席を立ち、横目でレーゲンを見やると再び口を開く。
「ありがとう、……イーリスの分も含めてそう伝えておく。そして俺は、かけがえのないものを喪わずに済んだことを、永遠に憶えておくと約束しよう。なにか困りごとがあれば隊宛てに手紙をくれ。できる限り最優先で助けに行く」
それだけを言って立ち去ろうとする背中に、レーゲンは思わず声を掛けていた。
「待って!」
思ったよりも声が出たせいで、周囲から明らかな好奇と猜疑の視線が集まった。
明らかに部外者の子供が軍人の中に混じって食事をしており、剰え〈烈刃〉リーンハルト・シュレーダーに声をかけたのだから当然だろう。
言葉が続かず、しどろもどろになってしまうレーゲンに対し、リーンハルトは律義に向き直ると無言で佇んだ。
言葉を待ってくれている。それを察したレーゲンは、一瞬の躊躇いを感じつつも、彼に訊いてみたかったことを口にする。唾を飲み込み、意を決して。
「……これからも、戦うんですか? なんのために?」
ともすれば悪意として受け取られかねず、そうでなくとも明確な答えを出し辛い質問だ。それでもリーンハルトは、あくまでも平坦な顔つきで、しかし鉄色の瞳には決然たる意志を込めて頷き言った。
「戦う。戦い続ける。俺のために。イーリスのために。奪われた者のために。奪われようとしている者のために。俺が戦うことで失われずにすむかもしれない、あらゆるもののために。……この命と意志と誇りを賭けて、騎士として」
一方的な宣言に近い口調で言い終えると、今度こそリーンハルトは振り返ることなく去って行った。残されたレーゲンは数秒間、呆然とその大きな背中を見送っていたが――
「……うん」
――なにかを確かめ胸に落とすようにそう呟いてから、朝食の残りを片付けにかかった。リーンハルトの瞳は言外にこう語っていた。「君もそうなのだろう」と。
迷いは、消えていた。
-§-
胃が膨れると手持ち無沙汰になった。
レーゲンはふと思い立って病棟の外に繰り出してみた。入院患者は退院許可が出ない限り敷地から出れないルールだが、それでは気が滅入るだろうという計らいから、中庭には自然豊かな環境が用意されている。
周囲、木陰で本を読む壮年の男性や、仲間と仕事の愚痴や功績を語り合う若者の集団、車椅子に跨った男性の隣で静かに佇んでいる女性の姿などが目に付く。静かで落ち着いた空間だった。
頭上から降り注ぐ陽光は暖かく、草木の香りを含む涼やかな風が気持ちいい。
用意されたベンチに腰を下ろし、ぼんやりと日光浴をしていたレーゲンの下へ、不意に速いテンポの足音が近付いた。
なんだろうと振り返ってみれば、
「――お姉ちゃんっ!」
「……ローゼ!?」
あの迷子の少女が、満面の笑みを浮かべてこちらに駆けてくるではないか。
ローゼはすっかり元気になっているようだった。地下で出会った時とは変わって、髪も服装も綺麗に整えられた彼女の顔には、もはや哀しみの影はない。
戸惑いと嬉しさが同時に込み上がり、レーゲンは中途半端な笑みを浮かべてローゼを出迎えた。対するローゼは躊躇いなくレーゲンの胸元へと飛び込んでくると、空色パーカーに思いっきり頬を擦り付けた。
「お姉ちゃんっ! 良かったっ! また会えたっ!」
爆発的な喜びを全開にして抱き付いてくるローゼに、レーゲンは目を白黒させながら問い掛ける。
「ロ、ローゼ!? どうしてここに……!?」
「お父さんとお母さんに教えてもらったの! レーゲンお姉ちゃんが、ここに入院してるって! お礼してきなさいって、言ってくれたの!」
告げられた言葉に、今度はレーゲンの側が喜色満面となる番だった。
「うわーっ!? 良かった、無事に帰れたんだね!? お父さんとお母さんに、ちゃんと会えたんだね!?」
ローゼは何度も何度も首を縦に振った。それから周囲の視線に気付いてやや声を落とし、それでも興奮が隠し切れない口調で、助け出された後の経緯を語った。
「お父さんは私のことを抱き締めてくれたよ! 良かった、良かった、って何度も何度も言ってくれた! お母さんは御馳走を作ってくれた! いっぱい怒られたけど、いっぱい喜んでくれた! 帰ってきてくれてありがとう、って!」
ローゼは身振り手振りを交えながら、その後も「読みかけの本を読めた」や「お婆ちゃんのお墓参りにも行けた」などと、取り留めのないことを捲し立てていく。レーゲンは覚えている。それらは全てあの地の獄で約束したことだった。
「それでね! これから私、お父さんたちと一緒にお買い物に行くんだよ!」
「そっかあ!! 良かったね、全部願い事叶ったじゃん!!」
一緒になって盛り上がるレーゲンへ、ローゼは鳶色の瞳にはち切れそうなほどの喜びを滲ませてこう言った。
「あのね? お姉ちゃんたちのおかげで、私、諦めなかったよ! 一人で居る時も怖くなかった! ありがとう、ありがとうお姉ちゃん! お姉ちゃんが、本当になんとかしてくれたんだね! すごいよ! 村の人もね、皆がお姉ちゃんたちに、ありがとうって言ってたよ!」
レーゲンは思わず息を詰めた。
彼女の言葉を肯定すべきか、否定すべきか、咄嗟に分からなくなったからだ。
なにせ実際に村を守ったのは“シュレーダー隊”であり、自分はただ最後に手を出して敵を倒しただけなのだから。
もっとも、ローゼはそんなレーゲンの様子には気付かなかったようで「そうだ!」と、スカートのポケットに手を突っ込むと小さな布袋を取り出した。
レーゲンにも見覚えのあるそれは、
「お守り!! お姉ちゃんに返すね、ありがとう!!」
素早く手渡された「お守り」を、レーゲンは無心で見つめた。
大事に保管されていたのだろう、ローゼに渡した時から外見は変わっておらず、糸の解れひとつとて見当たらない。
無言となったレーゲンへ、ふとローゼが不安気に首を傾げた。
「……お姉ちゃん? どうしたの? お腹、痛い?」
「……ううん、その逆。すっごく嬉しくて、なんか、固まっちゃってた」
レーゲンが首を振ってみせると、ローゼは納得したようだった。
彼女の丸く大きな瞳が見守る前で、レーゲンは母がくれた「お守り」を大事に懐へ仕舞い直す。それを見届けたローゼは、ようやく自分の仕事がすべて終わったとばかり満足そうに頷くと、
「それとね、お姉ちゃん――」
くるり、と軽やかに身を翻して小さな指を中庭の入口の方へと向けて、言った。
「――お姉ちゃんの友達が、お見舞いに来てくれてるよ!」
「……えっ」
釣られて振り向けば、そこには確かに仲間が居た。
-§-
レーゲンは無意識に立ち上がっていた。
立ち上がってから、なにを言うべきか、戸惑った。
手足が強張る。頭が混乱している。心臓が妙な跳ね方をしている。
一方で、三人の仲間はどうやらレーゲンの言葉を待ってくれているようで、なにも言わずに佇んでいる。
こちらを見つめる三者三様に色彩を違えた六つの瞳に対し、どうしたものかと悩むレーゲンは、たっぷり秒針が一回りするだけの時間を取ってから、
「……えっと、元気?」
頬を掻きながらそんなことを言った。
それに対する返事は、満面の笑みを張り付けて素早く歩み寄ってきたエメリーからの、脳天直撃平手打ちだった。
-§-
「――みぎゃッ!?」
「……開口一番、言うに事を欠いてそれ?」
病み上がりに脳が激しく揺さぶられ、レーゲンは奇妙な悲鳴を上げて蹲る。
突然の暴力を目撃したローゼは「お姉ちゃん!?」と愕然とするしかない。
対し、エメリーは極寒の視線でレーゲンを見下ろしながら、平手打ちに用いた掌を「この石頭……!」と擦りつつ言葉を続けた。
「アンタね、もっと他に言うべきことがあるでしょう? 謝罪とか、反省とか、今後の課題とか。なのに開口一番、惚けた顔でお為ごかしみたいな「元気?」って、いったい何様のつもり? ねえ?」
「え、え、エメリーさんッ!? レーゲンさんは寝たきりだったんですよッ!?」
血相を変えて抗議するリウィアにも構わず、エメリーは膝を曲げて屈み込んだ。
痛みを堪えて顔を上げれば、すぐ間近に翠玉色の烈しい意志を灯す瞳がある。
半目に眇められたそれを「綺麗な色だなあ」などと思い呆けるレーゲンへと、エメリーはそのままの体勢で両手を伸ばし、両側から思い切り頬を挟み込んだ。
「へぶっ!?」
「黙って、そのまま、聞きなさい」
こくこくとレーゲンが頷けば、エメリーはじっとりとした視線を合わせたまま、圧のある口調で語り始める。
「アンタには言いたいことが山ほどあるわ。アンタの無茶無謀に付き合わされてババを引くのはいつものことだけど、今回の一件は度が過ぎてるもの。それは分かる? 分かってるわよね? 分かってるなら返事をしなさい」
むぐ、と返事をしたレーゲンへ、エメリーは溜りに溜っているであろう鬱憤を、愚痴として延々叩きつけ始めた。
「あれから大変だったのよ? 私だけじゃなくてリウィアもヴィルも起きたら病院で、その後は夜まで散々取り調べされたんだから。私なんかね、投獄されかけたのよ? 罪状は不法入国よ、私の事情知ってるわよね? そう、私はあの不手際と無様の記憶を、一から十まで全部喋らされたわ。極めつけに実家にまで連絡が行ったらしくて、文面の八割方をお叱りで構成された父様からの手紙が今朝届いたわ。お陰でこれからは定期的に連絡を送らないといけなくなったし。そのうえスパイ疑惑まで掛けられて酷い屈辱だったわ。しかも、私は別に〈骸機獣〉の専門家じゃないってのに、あんなわけのわからない奴の情報を聞かせろって延々と質問攻めにされて……あああああ、もうッ!!」
とうとう癇癪が爆発したエメリーは、レーゲンの頬を摘まんで引き伸ばした。
「このっ! このっ! 無駄に柔らかいわね!」
「ひひゃい、ひひゃい! ひゃめへ、へめりー!」
「うっさい! 暢気に寝てた分の罰を受けなさい!」
それを見て周囲からは非難の声が上がった。
「レーゲンお姉ちゃんを虐めないでよー!!」
「そうですよ! いくらなんでも酷いです、エメリーさん!」
「あのー、流石に周囲から視線浴びてるんでその辺にしときませんか?」
しかしエメリーはむしろ眉間の皺をいっそう深くすると、
「ローゼ、これは虐めじゃなくて懲罰よ。それと、リウィア、ヴィル。貴方たちもこの馬鹿に言いたいことがあるなら今のうちに言っておきなさい。今回、こいつの無茶が発端で私たちは死ぬところだったんだから。だったらなおのこと、責められるべき問題はしっかり追及して、後腐れのないようにしておくべきだわ」
その声色は予想外に真剣なもので、レーゲンは理解する。エメリーは彼女なりに、自分と仲間たちの折り合いを付けようとしているのだと。
しかしそれはそれとして、千切れそうな頬の痛みは堪え難い。
昨日流したものとはまったく別の意味を持つ涙を滲ませながら、レーゲンはしばらくされるがままになっていた。
「……ふん。私は、この辺で勘弁しておいてあげるわ」
やがて気が済んだのか、エメリーは指を離した。
頬の肉が弾ける反動で、レーゲンは「ぐわ」と後ろに倒れ込む。
慌てて駆け寄ってきたリウィアとヴィルが身体を抱き起してくれた時、レーゲンは二人に対して謝罪を口にしようとした。
「あの、リウィア、ヴィル。私、その――」
しかし発せられようとした言葉は、リウィアの指によって封じられた。唇を閉ざす感触に戸惑うレーゲンへ、リウィアは眉尻を下げた笑みを見せながら言う。
「謝らないでください、レーゲンさん。私たち皆、ちゃんと納得して戦ったんですから。レーゲンさんだけが責められて傷付くなんておかしいですよ」
それに、と。リウィアは「ごめんなさい」と前置きしてから、思いもよらないことを口にした。
「昨日、本当は私たちレーゲンさんの病室を訪ねていたんですよ。レーゲンさんが意識を取り戻したって聞いて、皆で駆け付けたんです」
「……えっ?」
レーゲンは驚いた。あの時、病室に居たのは父だけだったはずだ。
思わずヴィルを見れば、彼女はいつものへらへらとした笑みを浮かべながら、リウィアの言葉を引き継いだ。
「私たちも同じ病院に居たので、レーゲンさんのお父様が目覚めの兆候を見て取って、報せてくれたんですよ。そして病室前に辿り着いたら、その、……レーゲンさんが泣いてらっしゃるものでしたから」
気まずそうに告げられた内容に、レーゲンは頬を赤らめた。
あの弱音が、よりにもよって仲間たちに聞かれていたとは。
まさか、エメリーもそうなのだろうか。そう考えて視線を向ければ、エメリーは耳まで赤くなった顔を、真横に逸らしていた。
そんな様子に、リウィアが苦笑と共に言う。
「真っ先にお見舞いに行くって言ったの、エメリーさんなんですよ? それどころか多分、一番レーゲンさんを心配してたのもエメリーさんだと思います。あれからずっと「最後に無理をさせた自分の判断は正しかったのか」って、自分のことを責め続けていたくらいですし……」
「リウィアっ!! 余計なことまで言わなくて良いのっ!!」
エメリーの叫びに、リウィアは悪戯を咎められた子供のように舌を出した。そうしてから彼女は、レーゲンの赤く腫れた目元をハンカチで優しく押さえながら、
「……私たち、仲間で友達じゃないですか。だから、一人で背負い込まなくて良いんですよ。いつもみたいに話し合って、これからのことも含めて決めていきましょうよ。私たち皆、レーゲンさんが決めて動いたことが間違ってるなんて、思ってなんかないんですから」
言って、リウィアはレーゲンの手を引いて立たせてやろうとする。しかし流石に膂力が足らずにふらついたのを、後ろからヴィルが支えた。彼女は「はいはい、力仕事は私の担当ですよー」などとお道化ながらも、
「まあ、この辺りも含めて役割分担ですよ。それに案外、この一党はバランスよくできてるみたいで、誰か一人でも欠けたら成り立たないでしょうしね。私自身、皆さんとの旅はなんだか楽しいというか、充実感みたいなものもありますし。……行く先々で美味しいものも食べられますしね!」
彼女らしく締め括ってから、ヴィルはレーゲンの背を押してエメリーと向き合わせた。頬を赤く染めたエメリーは、しばらく無言のまま半目でレーゲンを睨んでいたが、やがて深々と溜息を吐くと、
「……お人好しばかりね、私の仲間は。まったく、これじゃあ一人くらいは冷静に判断できる奴が居ないと、危なっかしくてしょうがないじゃない。特に「人助け」と「食欲」に脳を支配された二大馬鹿の手綱を握れるのは私だけだし。ああ、どうしてこんな奴らと一緒になっちゃったのかしら。人生最大の不覚だわ」
三者三様の言葉に、レーゲンは思わず問い掛けた。
「もしかして、……これからも着いて来てくれるの?」
返事は重なり合った肯定だった。
「当たり前じゃない。目を離したらどうなることか、そっちの方が不安よ」
「勿論ですよ、私もやっと皆さんのお役に立てることが見つかりましたし」
「私としては、食べられるものさえ貰えればなんでも、……冗談ですよ?」
そんなやり取りを経て、若き旅行士たち四人の間には、自然と笑みが生まれた。誰もが照れ臭そうに、しかし悪い気はしないとでもいう風に。
そう、すでに彼女たちはお互いに深く結び付き合った「仲間」だ。命を預け合い、信頼と友誼を以て絆を重ね、共に戦い旅をする一党なのだ。
だからこそ、
「……ありがとう、皆。それじゃ、行こう!」
出発の掛け声を上げるのは、いつも通り、レーゲンの役割だ。
そしていまさら、何処へ、などと言うものはいない。そんなものは足の向くまま、風の吹くまま、状況に応じて幾らでも変えられる。何故なら彼女たちは、自らに由を委ねて世界を駆ける、旅行士たちだからだ。
「……とりあえず、当面の目標は資金稼ぎね。使った魔導具も買い直さないといけないし。幸い、旅行士向けに依頼を出すような人も首都には多いから、どうにかなるでしょう。それに実は、ある程度の報奨金が口止め料として軍の方から出てるから、寝床だけはしばらく心配ないし」
「それよりまずは、腹ごしらえをしたいですよ。あの後、軍の技師を名乗る変な人に腕を直してもらって、エネルギーも注入してもらえたんですけれどね? やっぱりそれだけじゃ味気ないというか、せっかく首都に来たんですから、名物料理の食べ歩きをですね」
「その前に、レーゲンさんの退院手続きをしないと駄目ですよう。あと、レーゲンさんのお父さんや、オープスト村の人たちにも挨拶をしないと。ローゼちゃんも送り届けてあげないといけないし、それに、そのう……いい加減にお風呂にも入りたいというか。あ、いえ、用事を全部済ませてからでいいんですけどね!?」
口々に言い合いながら、少女を一人連れ立って、四人の旅行士は歩き出していく。これから向かう先になにが待つのか。その答えは分からずとも、胸に宿る進足の意気はほんの少しも萎えることなく、少女たちは進んでいく。
誕生と喪失。
創造と破壊。
進足と停滞。
融和と戦乱。
平穏と崩壊。
あらゆる営みを含み、そこに様々な希望と絶望を生みながら続いてきたこの広い世界の上を、彼女たちなりの歩幅で真っ直ぐに。
季節は春。水色の絵具を、薄く、どこまでも果てなく塗り広げたような空がある。遥か高く〈天輪〉を浮かべる色彩には、雨上がりの虹が弧を描く。
旅立ちと芽生えを司る季節に吹く風が、明日を目指す者たちの背を押した。
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通り雨の旅行士:「草原騒乱四重奏」END...
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