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通り雨の旅行士《トラベラー》  作者: 赤黒伊猫
序章:草原騒乱四重奏
11/41

シーン10:地を裂き現る脅威



 -§-



「――〈骸機獣(メトゥス)〉は何処だ」


 長身痩躯の男は、開口一番にそう言ってのけた。



 -§-



 ……その男が現れたのは、レーゲンたちが「迷子探し」に出発してから、おおよそ十分ほどが経過した頃であった。


『迷子になった子は、必ず無事に連れて戻るからね!』


 そう宣言して村東の森へと向かった若き旅行士(トラベラー)一行を見送った後、オープスト村の住民たちは一旦それぞれの家に戻ることにした。

 ぼんやり立ち尽くしたまま彼女たちの帰りを待つよりも、とりあえずは自分たち本来の生活を全うする方が、遥かに建設的だと皆が考えたからだ。


 そうして各々昼食の続きや、日々の仕事などを再開したのだが、当然ながら碌に手に就かない者が大半であった。

 幼い少女がいまだ生死不明な状況にあることへの不安。身内の問題に他者を巻き込んでしまったことへの負い目。

 そういった諸々が住民たちの心に鉛のような重さを落としていたためだ。


 故に、やがて住民たちの間に「自分たちも捜索を手伝うべきではないか」という議論が起こったのは、極自然な流れと言って良いだろう。


 もちろん彼らがレーゲンたちを信じていないわけではない。彼女らが十分な実力と善性を備えているのは、入村時のやり取りを経て住民全員が重々承知しており、約束を果たすために全力を尽くしてくれることも期待している。

 また「信じて待っていて欲しい」と請われた以上、素人考えで動くべきではないと逸る者を諫める声の方が当初は多く、オープスト村の村長も「却って彼女らの邪魔になる」と、あくまで自制と待機を皆に求めたのだ。


 それでも頑として譲らなかったのが、迷子になった少女の両親である。

 愛娘の命が風前の灯火に等しい状況下で、気が気でないのは当たり前だ。

 危険は百も承知。しかし大半の親がそう考えるように、我が子とは己の命と引き換えにしてでも守りたい対象なのだ。


「せめて私たちだけでも、あの子を探しに行かせてください……!」


 愛情という熱に当てられた人々の義心は明確な形を取り始める。

 特に血気と体力の盛んな若者たちの反応は敏感だった。彼らは勇んで捜索隊の結成を主張し、それが受け入れられるより早く、実際的な行動に出た。

 ある者は狩猟用の武器を取りに駆け出し、ある者は松明や食料などを用意し、ある者は防具になればと首都へ納品する予定だった毛皮を持ち出してきた。


 理性と感情を天秤にかけ、最終的に後者に傾いてしまうのは若者の常だ。若さは偉大な勇気を呼び起こすこともあれば、冷静な判断の目を曇らせることもままある。飛べると信じて断崖絶壁に挑む者は、古今東西後を絶たない。


 まして村の若者たちにとって、常日頃から顔を合わせてきた迷子の少女は自分の妹も同然の存在である。なにより村という狭いコミュニティの中では、生じた問題はあくまで当事者が解決するべきだという風潮も根強かった。


 こうなって来ると、止める側は一苦労である。


 そしてとうとうオープスト村の正門前で、村長以下の年配者を中心にした待機派と、臨時に結成された捜索隊の間で主張の対峙が発生した。全ては善意から出た行動であり、どちらの言い分にも正当性がある以上、議論は中々収まらなかった。


「あの森のことを一番よく知ってるのは俺たちだ! だったらここで手を拱いているより、今からでも捜索に加わるべきなんじゃないか!?」

「それで二次被害が出たらどうする! ただでさえ〈骸機獣(メトゥス)〉が出る可能性もあるのに、それで余計な手間を増やせば助かる者も助からんぞ!」


 村の子供たちは、喧々諤々と言い争う大人たちを不安そうに見守るしかない。そうして延々と続く押し問答に、ついに痺れを切らした捜索隊が、押し止める人々を振り切って村を飛び出そうとした、まさにその瞬間。


 突如として、正門が外から力強く打ち叩かれたのだ。


 大砲の音にも似た激しい打撃音に、住民たちの議論はぴたりと止んだ。皆が揃って視線を向けた先、分厚く頑丈なはずの正門が打撃音に合わせて、まるで布張りの如く大きく内側へと撓んでいる。


 外から誰かが門を押し破ろうとしている! そう悟った住民たちは血相を変えた。なにより新たに〈骸機獣(メトゥス)〉が発生した可能性も否定できない。


 慄く住民たちが逡巡する間にも、正門は一定のテンポで叩かれ続け、その度にミシミシと嫌な音が鳴り響いた。

 このままでは本当に打ち破られかねない。意を決した勇敢な男衆が声を張り上げ、門の外へと誰何の声を送った。

 すると打撃音は止まり、代わりに低い男の声が聞こえてきたのである。


「門を開けてくれ」


 内容はただ一言、断片的にもほどがあるそれだけだった。


 あからさまに怪しい訪問者に対して、住民たちは疑念と共に一応の安堵を覚えた。少なくとも相手は人間であり、会話も可能であると分かったからだ。

 ならば相手の素性と訪問の理由を尋ねることもできるだろう。

 しかし、その意に反して事態の進行は遥かに急速だった。住民たちが見守る中、微かに開いた門の隙間から手指が指し込まれたのだ。


 まさか、素手で門を開くつもりなのか?


 訪問者の無謀を咎める声が上がった次の瞬間、重量にして数十キログラムはある木造の門が、激しく軋みながら徐々に左右へと……開かれていくではないか!


 信じがたい光景を前に、住民たちはもはや呆然と立ち竦むしかない。そして数秒も経たず、門は完全に開放され、訪問者の姿が顕わになる。


「…………、」


 驚愕の視線を浴びながらオープスト村へと入り込んできた訪問者は、ゆっくりと周囲の状況――何も言えずにいる住民たちと長閑な村の様子――を見回してから、ようやく訝しむように冒頭の発言を口にしたのだ。



 -§-



 男の風体を一言で表現するなら、樹齢を重ねたトウヒ――シュタルク共和国内に多く群生する、針葉樹の一種だ――の巨木によく似ていた。

 日に焼けた浅黒い肌と灰褐色の髪、百八十センチを優に超える背丈から受ける印象は、まさしく一本の大樹そのものである。

 身体付きも痩せてはいるが決して不健康な意味ではなく、むしろさきほど見せた凄まじい膂力から鑑みるに()()()()()()()()()()、と評する方が正しいだろう。


 服装は灰色が基調の軍服と、その上から着込んだ野戦用の軽装型戦闘鎧(コンバット・メイル)。どちらもシュタルク軍が正式に採用している形状のものだ。

 黒鋼色の胸部装甲には、抽象化した褐色鷲の紋章が刻み込まれており、彼がシュタルク共和国の軍人であることに疑いはないように思える。

 先の発言も合わせれば、どうやら〈骸機獣(メトゥス)〉発生の一報を受けて救援に駆け付けてきた兵士だろうと、男の素性と目的については一応の納得ができた。


 それでもなお、住民たちが彼に疑いの眼差しを向ける理由は明解だ。

 門を無理矢理押し開けるという蛮行と、それを可能とした膂力に本能的な恐れを抱いたこともあるが、まずもって男が纏う雰囲気自体が剣呑極まりないのである。

 加えて彼の顔に見覚えのある者が、この場には一人もいなかったのだ。


 ややこけた頬と高い鼻筋は、峻険な岩山を思わせる厳つい造作。そこに能面でも貼り付けたような無表情が伴うことで、他者を圧し潰すような凄みを放っている。

 中途半端な長さの前髪の奥から覗く、鈍い光を宿した鉄色の瞳は凍えるように冷たく、住民たちを見下ろす視線は研ぎ澄まされた刃の如くに鋭い。


 極めつけは男の右半顔、額から頬までを縦に走る太く大きな傷跡だ。

 その上半分は灰褐色の髪の陰に隠れているが、鋭利な刃物で深々と抉ったように刻まれた裂傷は、直視するのが躊躇われるほどに生々しい。

 傷跡の中途にある右目は恐らく失われているのだろう、無骨な眼帯によって覆われており、それが却ってなんとも無機質な威圧感を醸し出していた。


 もし彼が笑顔のひとつでも浮かべ、和やかな挨拶を口にしたならば多少なりとも雰囲気が和らぐのだろうが、この長身痩躯の軍服男は口元を引き結んだまま、続く言葉を一切発しようとしない。子供たちに至っては完全に怯えていた。


 が、何時までも睨み合っているわけにもいかない。この不可解な男に対応するより、まずは迷子の少女に関する思案が優先事項である。


 となれば、この訪問者には現状を説明してひとまずお引き取り願うのが筋であろうと、小声による話し合いの末に皆の見解は一致した。

 それにもしも彼が「迷子探し」を手伝ってくれるならば、曲がりなりにも軍人の助力が得られることになり、それはそれで心強いのは確かである。


「あ、あの……。シュタルク軍人の方と、お見受けしますが……?」


 若干の期待とそれ以上の怯えをどうにか堪えつつ、住民を代表して村長が語り掛けると、果たして軍服姿の男は頷いた。


 しかし、反応はそれだけだった。軍服姿の男は頷いたきり黙り込んでしまう。これではコミュニケーションもなにもあったものではない。困り果てた村長が送るべき言葉を探す中、不意に軍服姿の男が再び口を開いた。


「……〈骸機獣(メトゥス)〉が出たと聞いてここに来たが、奴らの姿が見当たらない。どこにいるんだ? それと、治療の必要がある者は?」


 その言葉に村長はようやく安堵した。相変わらずの朴訥とした断片的な物言いだったが、不器用ながらも住民への気遣いらしきものは感じられる。ならばあまり警戒せずともよいだろうと、村長は努めて笑みを意識しながら返答した。


「〈骸機獣(メトゥス)〉ですか? ああ、それならさきほど、この村に来た旅行士(トラベラー)の方々がすでに討伐を果たしてくれました。怪我人もいませんし……」


 その途端、軍服姿の男は目を見開いて硬直した。その可能性は全く考慮していなかったと言わんばかりの驚愕に彩られた表情だ。

 彼はただでさえ険しい顔つきをますます顰めながら、言葉を探すようにしばしの沈黙を挟み、やがてぽつりと言った。


「それは、本当か?」


 村長が頷くと、軍服姿の男は戸惑うように「そうか」とだけ呟いた。三度の沈黙。その姿にはどことなく安堵と落胆が複雑に入り混じったような気配があり、その理由を訊ねようと、村長が言葉を発しかけた時である。


「……ん?」


 ふと、村長の耳に普段聞き慣れない音が届いた。

 始めは空耳でないかと思うほどに遠く、微かであったその音は、数秒と経たぬうち鼓膜を震わせるまでに大きくなった。

 どうやら自動車両の駆動音らしい。それも一台や二台ではなく、数十台規模の合奏である。それが明らかにオープスト村を目指して近付いてきている。


「これ、走鋼馬、か……?」


 住民のひとりが首を傾げてそう言った。なるほど。言われてみれば確かに、この甲高い空素機関(エーテル・エンジン)の嘶きには聞き覚えがあった。

 定期的に首都からやってくる騎士たちが駆る()()()は、実際の馬のように四足で駆ける他に、変形して二輪車両にもなることもできるのだ。


 やがて押し開けられた正門の向こうに覗く草原上へと、シュタルク共和国の国章を掲げた走鋼馬の一群が現れたことで、住民たちの予想は裏付けられた。

 走鋼馬に跨る騎士たちの身なりから察するに、彼らは首都近辺の治安を守る〈巡回騎士隊〉に間違いない。その隊列の先頭、一台だけ他と異なる四輪駆動の自動車両から、小柄な姿が飛び降りるのを皆は見た。


 一見すると幼い少女にも見えるその女性は、遠目にも怒り狂っていることが良く分かる表情をしていた。赤銅色の髪を振り乱し、真鍮色の瞳を爛々と輝かせながら、長大な“共振杖(ブースター・ロッド)”を軽々抱えたまま全速力で駆け寄って来る。


 長身痩躯の訪問者も、近付いてくる女性に気が付き、ぽつりとその名を呼ぶ。


「イーリスか」

「おうそうだよこのクソボケがァ――ッ!!!!」


 怒の感情をこれでもかと込めた叫び声が轟いた。

 イーリスは走り抜ける速度のまま地を蹴ると、砲弾もかくやとばかりの勢いで軍服姿の男へと飛び掛かる。

 その際に真っ直ぐ突き出された両足は、馬上槍の如き鋭さを以て、大気を裂きながらかっ飛び――


「そこ動くんじゃねぇぞリーンハルトォ――ッ!!!!」

「ああ。分かった、イーリス」


 ――リーンハルトがそう応じた直後、彼のどてっぱらへと凄まじい衝撃音を立てながら突き刺さった。



 -§-



 見事な飛び蹴りの着弾によって発生した衝撃波が、二人の周囲に波紋状の模様を作り上げた。ざぁ、という葉擦れの音が幾度も掻き鳴らされ、それが止んだと同時にイーリスは草の上へと降り立っていた。


 一連の光景にオープスト村の住民たちは度肝を抜かれるが、当の被害者たるリーンハルト・シュレーダー中尉は全く微動だにせず、鉄面皮と呼ぶに相応しい表情を微塵も歪ませないまま立ち続けている。


 彼はまったくダメージを受けていないのだ。忌々し気に顔を歪めたイーリスが、吐き捨てるように言った。


「……相変わらずの鈍感野郎だな、おい? 全身が鉛でできてるんじゃねぇのか、テメー? なんなら脳味噌までそうなんじゃねぇのか? ああ? いっそ“鉛男・シュレーダー”に改名したらどうだ?」


 あからさまな皮肉の連発。否、いっそ侮蔑と評すべき言いように対して、リーンハルトは怒る様子も見せず、むしろ心底不思議そうな表情を浮かべると、


「……俺の身体が鉛なら、こうして口を利くこともできないと思うんだが」

「そういうことを言ってんじゃねぇんだよ、馬鹿ッ!!」


 リーンハルトのどこかズレた返答は、イーリスの怒りに油を注いだだけだった。


「そもそもテメーは普段から碌に喋らねえ癖に、なぁにを偉そうなこと言ってやがんだ!! 今回もそうだ!! 毎回毎回毎回毎回自分勝手に飛び出してっちゃあ、アタシの言うこともほっとんど聞かねぇで!! 必要最低限の連携もしたくねぇってんなら、それこそ本当に鉛になってみるか!? ああ!?」


 イーリスは捲し立てながら、手にした“共振杖(ブースター・ロッド)”の先端で、リーンハルトの頭を殴りまくる。その度に鈍い音が響くが、リーンハルトは意に介していない風で、ただ微かに眉尻を下げると一言。


「すまない、……迷惑を掛けた」

「だからなんでそこは毎回毎回毎回毎回素直なんだよォ――ッ!!」


 ガツン、と。最後に強めの一撃をリーンハルトの額に叩き込んでから、イーリスは十秒近くにも及ぶ長々とした溜息を吐き出した。

 そうして心底から呆れかえったような、同時に慣れ切ってしまった自分に嫌気が差したような複雑な表情で、喉奥から絞り出すように言う。


「分かってんならさ、繰り返すんじゃねぇよ、馬鹿が」

「それは、俺がどこに居ようとも必ず追いかけるとお前が言ったから――」

「責任転嫁すんじゃねぇしかもそれは全然別の問題に関してだし大体ンなこっぱずかしいことを何時まで覚えてんだテメーはよォ――ッ!!??」


 イーリスは猛烈な早口で叫びながら、再び“共振杖(ブースター・ロッド)”でリーンハルトを殴り始める。その顔は茹で蟹にも劣らぬほど、徹底的な赤色に染まっていた。

 対するリーンハルトはされるがまま、痛覚という概念を忘れ去ったような面持ちで、ただ黙って打撃の連打を額で受け続ける。


 一方、完全に置いてけぼりにされたオープスト村の住民たちは、呆然とこの奇天烈なやり取りを見守るしかない。若い男性がひとり「斬新なイチャつき方だ……」と呟いたのを例外として。


 ……それから数十秒後、最終的にイーリスが根負けするかたちで、この騒ぎは収まった。イーリスは荒く息を吐きながら、頬の熱も冷めやらぬままに腕を組むと、リーンハルトを睨め上げて言う。


「……で、だ。〈骸機獣(メトゥス)〉は――」

「ああ、すでに倒されたらしい」

「――アタシの言葉を取るんじゃねぇよ。だが、まあ、テメーの方でも知ってたんなら話は早ぇがその通りだ。アタシたちはついさっき、首都からの通信で知らされたが、なんでもぽっと出の旅行士(トラベラー)共が片付けたんだってな」


 やれやれ、と肩を竦めながらイーリスは口元を歪めた。


「骨のある連中が転がってるってのは何よりだ」


 純粋な賞賛なのか、あるいは皮肉なのか。どちらとも取れない口調で述べたイーリスは、鬱陶し気に汗で張り付いた髪を掻き上げると、


「ともかくそういうわけで、アタシたちの仕事は終わりだ。〈骸機獣(メトゥス)〉が居ないなら、長々ここに留まってもしょうがねぇ。事後調査だけして、さっさと帰るぞ」


 リーンハルトが頷いたのを見届け、イーリスはここでようやくオープスト村の住民たちへと向き直る。ぎょろりと向いた半眼に、村長たちは無意識に一歩後ずさるが、イーリスの顔にはバツの悪そうな謝意が浮かんでいた。


「あー……、その、なんだ。騒がせちまって悪かったな、オープスト村の皆さん。それと、はじめまして、か。挨拶が遅れて申し訳ない。“シュレーダー隊”副長のイーリス・アーベライン中尉だ。で、こっちは隊長のリーンハルト・シュレーダー中尉。本来この村はウチの管轄外なんだが、緊急事態ということで参上した」


 その説明でようやく住民たちはリーンハルトと面識がない理由を悟った。


「以後、よろしく頼む。それで重ね重ね申し訳ないんだが、いちおうアタシらの御役目としては〈骸機獣(メトゥス)〉発生の現場に立ち会った人間から、事情を聴かなきゃあならなくてな。この後に少し、時間を貰えたら有難いんだが……」


 さらに付け加えて「それと例の旅行士(トラベラー)四人組ってのはどこにいるんだ? ちょいと話をしなきゃならねぇ」とイーリスは問うた。


 これに応えたのはオープスト村の村長だ。意外にイーリスが理性的な人物だと理解したことで怖気もなく、こう切り出した。


「それは構いませんが、ひとつお願いがあります」

「あン? お願い?」


 眉根を寄せたイーリスは、すぐになにか思い当たったようで頷いた。


「……ああ、この馬鹿が迷惑を掛けた分の保障は当然させてもらうから、安心してくれ。多分、その門だろ? 無理矢理抉じ開けたかなにかで破損でもしてるなら、これからウチの連中がすぐ修理するよ。……おい、野郎共! 工具持って来い!」


 イーリスが部下たちを呼び寄せようとするのを、村長は止めた。


「いえ、そうではなく……。ああ、もちろん修理をして頂けるなら有難いのですが、それ以上に火急の用があるのです」

「火急の用?」


 村長は現在村で起きていることについて手短に話した。迷子の少女が森から帰って来ていないこと。さきほど〈骸機獣(メトゥス)〉を倒した旅行士たちがその救出に向かったこと。そして、可能ならばその手助けを依頼したいということを。


「そりゃ良くねぇな」


 事情を把握したイーリスは舌打ちを漏らすと、頷いた。


「分かった、これからウチの連中総出で捜索に当たらせよう。できれば、森の案内役に数人付けて欲しいが……」


 イーリスの快諾に住民たちは大いに喜んだ。さっそく捜索隊の中から志願者が募られ、準備を整えた一行が森へと歩き出そうとした時である。


「……おい、リーンハルト? なにぼさっとしてんだ、テメーも行くんだぞ」


 リーンハルトが、立ち止まったまま動こうとしないのだ。その視線は森の方へと向いており、表情はこれまでと明らかに異なる、緊迫感を帯びた真剣なものへと変わっていた。


「……どうした?」


 流石に様子がおかしいと、イーリスが問い掛けたのと同時。


 これから一行が向かおうとしていた森の一角が耳を劈く爆裂音を伴い、地盤ごとひっくり返したような()()を起こした。


「――ッ!?」


 立っていられないほどの地響きが大地を揺るがし、皆の悲鳴が上がった。

 遠く、森の奥では土煙と岩石などの破片が纏めて数十メートル以上の高さに巻き上げられているのが誰の眼にも見えた。

 その中に混じり、根元から引き抜かれた木々がまるでマッチ棒のように宙を舞っていることに気付いた者が、思わず驚愕と畏怖に呻く。


「なんだ、あれは……ッ!? 何が起きた……ッ!?」


 誰もが予想外の出来事に言葉を失い取り乱す中で、ただひとり、リーンハルトだけが傍目には冷静だった。

 否、彼の能面めいた無表情の奥では、煮え滾る溶岩にも似た激情が渦巻いているのだ。その狂熱が滲み出る瞳が睨み付けた、その彼方。

 雪崩のようにすべてを覆い隠す土煙の向こう側、事態を引き起こした“なにものか”の正体に対する確信を込めて、彼はその名を呼んだ。


「そこにいたか、〈骸機獣(メトゥス)〉……ッ!!」



 -§-



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