第二話 激突
みなさんお元気ですか。soraboです。やっとこさ第二話が仕上がりました。いろんな設定を浮かんではメモし、取捨選択しながら書き込む毎日です。一話より約2000字増え、10000字ほどになりました。少々読みごたえがでてきたのではないかな、と考えています。第二話は当初の予定から大きくシナリオ変更があり、書いてる本人も楽しかったです。前置きが長くなっても仕方ないので、さっそく本編をどうぞ。
※この作品は以前投稿していた作品の改訂版、再投稿です。
イヴァンと別れ再び一号館に戻り、手続きが終わるのをロビーのソファで待っているロア。二度の親しき知人との邂逅に結構な時間を取られた。しかし何よりも驚いたのはディアゲラの失踪。ロアにとって唯一無二の存在であっただけに話に現実味が感じられず、到底信じられないし、信じたくもない。グアジェドは軍と央魔院が手を手を組み全力で捜索中だ、とは言っていたが、軍の最高幹部クラスである人間が2週間も行方不明、連絡は取れないし、消息もつかめないというのはどう考えてもおかしい。ロア個人の見解としてはディアゲラ自身の思惑がある、もしくはディアゲラより上の立ち場の人間、その中でディアゲラのことをよく思わない人物による陰謀によるもの―――。そう捉えている。いずれにせよ、師匠の身に差し迫った危機があることに相違ないだろう。ロアのやり場のない焦りと怒りは無意識に強く握りこまれた拳が物語っている。しかし、悪い話ばかりではない。複雑な事情があったとはいえ、兄の異例の大昇進は喜ばしいことだ。幼いころからロアよりも頭の回転が早かったイヴァンのことだからさぞかしうまくやってのけたのだろう。それに先ほどの会話の中でグアジェドは究魔院に用があるとも言っていた。後でこちらから会いに行けば、かねて計画していた軍の見学の許可もすんなり下りるだろう―――逡巡していると案外時間が立っていたようで、すぐに名前が呼ばれた。先ほどのサレナという女性だった。サレナは先ほどの慌てた様子から一転表情は変えることないが、少しうわずったような口調で話し始める。
「キドロア・セルエイク様ですね。大変お待たせしました。特待生希望調査免除通知書に関する全ての手続きが完了いたしました。帝国魔法軍からの推薦を受けるとのことですので、これにより帝国魔法軍への配属が確定いたしました。おめでとうございます。ですが数日後に特待生を含めた全生徒に対し仮任務を行います。軍の管理下ですので任務内容はこちらでは把握しかねます、ご了承ください。後日軍の方から仮任務の日時、場所をお知らせする手紙がご自宅に届くかと思います。必ずご確認ください。キドロア様のご活躍を心からお祈り申し上げます」
以上です、と最後はにこやかな笑顔を見せるサレナ。自分の上司の弟、ということもあってなのか、緊張しているのだろう。何を気を遣う必要があるのか、こちらの方が年下だいうのに―――。ロアはほんの少しこみあげてきた笑いをすぐに押し殺し、お礼を言って一号館を後にした。おそらく10時を過ぎているだろうか。さらに高度を上げた太陽が容赦なく地面を照り付け、舗装された石畳が運河からの湿気をものともせず熱気を放っている。
「さて、グアジェド叔父さんが用があるって言ってた究魔院は―――ここから西側か」
ロアはロビーに置いてあったサンティレア中央特区の地図を見ながら究魔院を探す。究魔院を訪れたことなどない上、そもそも中央特区自体まず来ないので、地図は必須だ。ましてや魔法も使えないので宙に浮いて辺りを見回すこともできない。道路の案内だけではピンと来ないので、地図も使いつつ一本一本道を確かめながら歩く。見慣れない建物ばかりで、ロアにとっては全部同じように見える。究魔院までは20分ほどかかった。グアジェドと別れてから1時間ほど経つが、多忙を窮めるグアジェドがまだそこにいる可能性は高いとは言えない。気持ち早足で向かったが、少なくとも門にグアジェドの姿はない。もう用事を済ませ後にしたのか、それともまだ中にいるだけなのか。究魔院は関係者同伴でなければ、部外者の入館すら禁止されている。グアジェドに用はあっても究魔院の人間に用があるわけではないので恐らく中に入るのは難しいだろう。
究魔院は正式名称を「ヘイグターレ帝国立魔法研究室」という。新しい魔法の開発はもちろん、既存の魔法の改良、簡略化、魔法の使用に関する規律の立案や国内における禁止魔法の制定まで魔法そのものの取り扱いに関してあらゆる業務を担当するハイスペック部署である。魔法の情報は国家機密に抵触するものが多く、情報漏洩はもれなく死罪に値する重罪だ。部外者を立ち入らせるわけにはいかない理由はここにある。しかし、ヘイグターレが魔法技術に秀でているのはこの究魔院で日夜魔法の研究がおこなわれているからでもある。帝立央魔院においても特に優秀な人材が集められるため、グアジェドのような魔法軍の上層部とはかつての学友である人物も多い。
「来ては見たが……さすがに姿はないよな。守衛に聞いても答えてくれないだろうし……」
ロアが困り果てていると、なんという幸運か、玄関の奥の方から馴染みのある声とともにグアジェドが出てきた。もう一人横に見覚えのない男がおり、グアジェドと笑顔で会話を交えている。グアジェドはロアに気付くと少し驚いたような素振りを見せ、もう一人とロアに向かって歩いてきた。グアジェドより背はやや低く、対照的にかなりの細身だ。髪は白髪で目は細く、かなり眼光が鋭い。服の上から重厚そうなローブを纏っており、この時期に出歩くにしてはかなり暑い格好をしている。ロアは眼光にほんの少したじろいだ。
「おぉロア。手続きは終わったのか。でもどうしてここに?」
「は、はい、終わりました。ところでバーリュクス卿にお願いがあるんです。この後ご都合がよければ魔法軍の練習風景を見学させてはいただけないかと思いまして」
見知らぬ男の手前、グアジェド叔父さんと呼ぶわけにはいかない。先ほど教わった通りしっかりと公称を用いた。グアジェドはなるほど、と目を見開くと満足そうな顔をした。
「そいつぁ名案だ。というのもな、むしろ俺がロアを入隊前に招待して練習風景を見せてやろうと思ってたぐらいだったからな。お前から見たいといってくれるのは願ってもない理想の展開だ。ここでの用事もちょうど済んだところだし、早速連れて行ってやろう。―――しかしすまんなテレンツィオ。またも積もる話はお預けだ」
ロアに向かって見せる晴れ晴れしい顔とは裏腹に、テレンツィオという男に見せるグアジェドの表情は少し寂しそうだ。再びグアジェドがロアに向き直る。
「あ、そうだ。そのうちお世話になるだろうからロアにも紹介しておこう。この人がテレンツィオ・ドアミュール。究魔院の院長。帝立央魔院の実質NO.2の人物だ。加えて俺の幼少期からの同級生でな。魔法学校の成績はいつもテリーが学年で一番、俺が二番だった。ほんとに頭がよくてな、落ち着いてるしめったに怒らないんだ。そのくせ臆病でな、12歳の―――」
「その辺にしてくれジェド。私の過去なんてキドロア君にとってはどうでもいいだろう」
テレンツィオは嘆息しながらグアジェドをたしなめた。語気こそ強かったが、意気揚々と自分のことを語る莫逆の友に少し嬉しいのか、少し苦笑を浮かべている。テレンツィオはロアに少し頭をさげ、改めて自己紹介を始める。
「あなたがキドロア・セルエイク君ですね。噂にもジェドの自慢話にも実力のほどは聞いていますよ。ディアゲラさんの息がかかった規格外の新人が現れた、とね。はじめまして。ご紹介に預かりましたテレンツィオ・ドアミュールです。色んな縁がありまして、今は究魔院の院長をさせていただいてます。魔法軍に入られるそうで。今年の合格者の中で断トツで優秀でしたから、私個人としては是非とも究魔院に来ていただきたかったのですが、本人の希望とあれば仕方ありませんね。しかし、魔法の取り扱いの規律に関しては軍であれ一般人であれ、等しく究魔院が管理しています。他にも軍に関して言えば、魔法の威力や効能を高める魔法具の開発提供も行っています。なにかわからないことがあったら気軽に足をお運びください。院関係者の同伴であればすんなり入館できますので。もちろん私を呼んでもらっても構いませんよ。自分で言うのも変な話ですが、多忙なのであまりご期待には添えないかもしれませんが善処させていただきますよ」
淡々とした口調ながらはきはきとしゃべる上、自分の名前まで憶えていたテレンツィオに少々驚かされたが、こちらこそよろしくお願いします、と力強く返した。
「では私はこれで。この後二人で予定があるようですし、私もタバロ院長ともども皇帝陛下から招集がかかっているのでね。キドロア君、近いうちにまた会えるといいですね」
テレンツィオは笑顔で手を振りながら二人に別れを告げると、シュトラメルグ城の方へ歩いていった。ロアとグアジェドはそれを姿が消えるまで見送っていた。グアジェドはよし、と一息いれると軽くロアの背中を叩く。
「一号館前で話した通り、第三部隊はパシカーラとの演習で出払ってるし、第一部隊は部隊長不在で、副隊長のセドゥルが実務指揮を執ってる。確か今は第二部隊が練習をしてるはずだ」
グアジェドに20分ほど連れられて帝国魔法軍公定練習地、「ダダロンの庭」に来た。整備された砂の空き地といったようなところで、端には対人練習用と思しき施設と個人トレーニング用と思しき施設が並んでいる。空き地の奥の方で数十人の人間が誰もいない方向に魔法を放っている。攻撃魔法を放つ者、物体に対し治癒魔法を放つ者さまざまだ。グアジェドは腕を組みながら真剣な顔をして彼らを見つめる。
「あれがわが国の魔法軍、第二部隊だ。主な業務は国内の治安維持と、幹部クラスの魔法士の育成だ。国内における不穏な動きをするものを取り締まって央魔院の刑務部と協力して未然に犯罪を防いだり、ロアみたいな優秀なやつを引き抜いて幹部育成をしたりする部隊だ。おそらくお前も入隊後まもなく第二部隊に配属されることになるだろう。なーに心配すんな、すぐに幹部になれば配属先は変わるからな」
ディアゲラと同じ第一部隊で共に仕事がしたいロアにとっての懸念材料も、グアジェドはしっかり補足説明した。
「しかし……。あそこで練習してるのは幹部の中でも上位クラスの奴らじゃないな……。練度が低すぎる」
魔法の未熟さはロアでも見て取れた。攻撃魔法も時に失敗して不発に終わったり、治癒魔法も集中が途切れたり、と粗さが目立つ。魔法を使うと手のひらの前に魔法陣が浮いて出てくるのだが、それの紋様の緻密さが魔法の質、難度に関わってくる。彼らの紋様はまばらだったり左右非対称だったりしている。
「実はな、上位クラスのやつらであれば、ぜひお前に手合わせをお願いしようと思っていたんだ。かなりの実力者揃いだからお前にとっても不足がないだろうと考えていたが……こいつらでは正直相手にならんと思う」
グアジェドは言い切った。確かにロアは今年の魔法士試験をトップの実技成績で突破し、「50年に一度の逸材」と試験官に言わしめたほど魔法適性は高い。もちろんディアゲラの指導があってこそだが、父親も国家魔法士、血筋による才能も起因している。大陸最強の魔法軍といえど、ロアと同クラスの実力を持つ者はそうそう見つからない。
「お!?バーリュクス総官ではないですか!!戻ってこられたのですね!!して、そちらの青年は?」
練習を見ていると施設から出てきた男がこちらに猛スピードで駆け寄り、ピタッと止まりグアジェドに敬礼をする。
髪は真っ黒だが逆立っており、グアジェドほどではないが引き締まった無駄のない筋肉、端正な顔立ちをしている。そして最大の特徴は左の瞳は青、右の瞳は赤というオッドアイだ。
「ああ、ウォルザか。こいつが例の規格外新人、キドロア・セルエイクだ。ロア、紹介しよう。第二部隊隊長のウォルザ・べネスグラムだ」
ウォルザはニカッと笑いながらロアに手を差し伸べる。流れのままに手を差し出し、二人は握手を交わす。力強い握手に若干の野性味を感じる。
「噂には聞いてるっすよ~50年に一度の逸材だって!それにあのディアゲラさんの弟子だとか!!……まあ今は大声では言えない事態ですけど。ともかく、はやく実戦でその実力を見てみたいもんすねえ。あ、そうだ総官!今施設の方で上位クラスが1対1の対人戦練習やってたところなんです。どいつか引っ張ってきてキドロア君と手合せさせましょうか?」
グアジェドも結構血の気の多い方だが、ウォルザはさらに上を行くもはや戦闘狂に等しい人物らしい。部隊長である以上実力は相当なものだろうが、そこはかとなく危なっかしい気もする。ロアがウォルザの素性をグアジェドに尋ねると、根は真面目だが戦闘狂。国外勤務にするとどんな暴れ方をするかわからない。だからこそ国内で業務が完結する第二部隊にしたんだ、と苦笑いで答えた。ウォルザは施設に入っていくと、しばらくして10人程度の隊員を連れて戻ってきた。そして空き地の方へ向かうとそちらで練習していた他の隊員も集めてきた。隊員はグアジェドの姿を認めると慌てて敬礼をする。ウォルザは約60人の隊員に向き直ると声高らかに話し始めた。
「みんな紹介する。今回の試験で実技試験を首席合格をしたキドロア・セルエイク君だ」
何のために集められたんだ、というようなポカンとした顔をしていた隊員がざわめき始めた。あいつがあのキドロアか、いずれ幹部になるんだろうな、といった声が聞こえる。ロアは内心少し恥ずかしかった。
「50年に1度の逸材と言われるほど、実力は相当のものだ。そこで、だ。君たちの練習にもなるだろう、彼とぜひ手合わせをお願いしたい。我こそは、というものはいるか」
ざわめきがどよめきに変わった。いやいや無理だろ、俺たちで相手になるわけがない。屋外練習をしていた隊員の間では不安と恐怖が広がる中、上位クラスの隊員たちは沈黙を守り、ロアをじっと見つめている。ロアは内心を悟られまいと平常心を保つ。一人、上位クラス側から手が上がった。上下黒の服を着た青年だ。背はロアより少し高いぐらいで、先ほどのテレンツィオとタイプは違うが鋭い眼光をしている。
「お、ノルアスか。お前ならいい勝負になるだろうな。キドロア君、彼が今の幹部候補生でトップの成績を誇るノルアス・ネスディアス君っす。お互いにとって不足はないと思うっすよ。それにここは軍の公式の練習場。中央特区内だけど、思う存分魔法が使えるっす。持てる力を最大限発揮して暴れてくれるのを期待してるっす。では二人、こちらに」
言われるがままに、二人は空き地の方で向かい合う。ロアがグアジェドの方を見ると満足そうな笑みを浮かべている。これはロア、ノルアスどちらに対する期待なのだろうか。他の隊員が見つめる中、不意に、今まで一言も発しなかったノルアスが口を開いた。
「君がキドロア・セルエイクか。新人の一隊員の俺とて名前は聞いたことあるよ。どういう風の吹き回しでここに来たのかは知らないが、手合わせ感謝する。だが、まだ正式に入隊も決まっていないやつに負けるつもりはない。私も幹部候補生としての、軍の先輩としてのプライドがある。ディアゲラ第一部隊長の愛弟子らしいが……師匠の名に恥じぬ実力、見せてくれると期待しよう」
無愛想な見た目とは裏腹によく喋るな、とロアは感じた。勿論だ、とだけ返して目を閉じ、意識を集中させウォルザの合図を待つ。目の前で向かい合ったがウォルザやグアジェドほどのオーラは感じない。あの二人が特別戦闘狂でずば抜けた魔法適正を持っていることもあるかもしれないが、強者ならではの覇気を、ロアはノルアスから感じ取れなかった。しかし油断は禁物、と心を落ち着かせ自分が使う魔法を脳内で思い描いていく。
「……はじめ!!」
ウォルザの合図とともに目を開き、それと同時に左右両手に別々の魔法陣を浮かばせるロア。ノルアスもそれは同様で、互いに紋様の違う魔法、すなわち4種類の魔法陣が同時に形成されている。ノルアスの魔法生成の速さはロアにも引けを取らないようだ。
「まずは小手調べだ……尖転海!」
先に仕掛けたのはノルアス。ノルアスの左手が渦を巻く水に包まれ、ロアめがけてうねりながら飛んでくる。火事の際の消火活動にも用いられる水属性の中位魔法だ。狙いも正確、威力も十分。さすが上位クラスだけあって屋外練習の隊員たちとは比肩できないほどの練度の高い魔法だ。傍観の隊員たちも練度の高い魔法を放つ同級生に歓声が沸き起こる。
「なかなか手応えがありそうだな。……雷棘輪」
ロアは右手の魔法をノルアスめがけ放つ。電気を帯びた輪を作り出し、地面に叩きつけ周囲一面に稲妻を走らせる、見た目も威力もド派手な風属性の上位魔法を、ロアは表情一つ変えずに撃ち出した。それは着地前にノルアスの放った尖転海をいともたやすく切り裂き、勢いを落とすことなくノルアスへ飛んでいく。尖転海はロアを避けるようにして二つに割れ、失速し消えていった。隊員からは驚きを隠せない、というようなどよめきが起こるが、ロアもノルアスも怯むことなく次の魔法を構える。上位魔法を使いこなすだけで驚くというのに、自分たちより年下の人間がそれをやってのける―――震え上がらないはずがない。そんな隊員たちをロアは一瞥たりともしない。
ノルアスは追風で雷棘輪をギリギリで躱す。ノルアスが先ほどまでいた場所は空気を切り裂くような爆音とともに稲光が駆け巡る。地表のごく近く拡散させるので、魔法は地面に吸われることなく、威力を失うことなく広がる。砂煙が収まると、地面は真っ黒に焦げていた。ノルアスはそれに目くばせすることもなく体勢を建て直し、すぐさま右手から土属性の魔法を放つ。響號洞は巨大な岩を生成し、それを轟音による衝撃波で破壊し、爆音で相手に耳を塞がせて動きをとめたところに、砕けた無数の岩石を浴びせつける土属性の上位魔法。至近距離で使われればほぼ確実に鼓膜が破れるほどの危険な魔法だ。ノルアスは少し口角を吊り上げながらつぶやく。
「上位魔法をいとも簡単に……ならばこちらも上位魔法を使うまでだ!」
なるほどな、とノルアスを一瞥し微笑すると、ロアは左手に用意していた魔法と右手に新たに作った魔法を同時に使った。再び生徒からはどよめきが起こるが、巨大な二つの火の玉と、その声をかき消すほどの暴風が巻き起こったかと思うとすぐさまロアはそれを融合させる。砂埃を上げ、心臓を揺さぶるような唸る轟音を上げて吹いていた風が、炎を帯び巨大な熱風の竜巻となってノルアスへと差し迫る。熱風と魔法の範囲の巨大さに傍観していた生徒たちは腰を抜かしながらも避難する。
「対巨輪炎と旋颪遣傑……火属性と風属性、どちらも上位魔法。しかも同時に使うどころか、二つを融合させるまでやってのけるとは……。すでに一個隊長レベルの実力っすねえ。さすがにディアゲラさんの穴を埋めるほどじゃないですが、十分な即戦力っすね」
「ああ。グラモニッドの禁止魔法実験と例の一件が起きるまでは、我が国も平和そのものだった。その間の7年間で教え込んだそうだが、ディアゲラの教える腕以上に、あいつの才能がすさまじいということだ。ディアゲラも毎朝早起きしては城壁で魔法の鍛錬をしていたが、ロアも欠かしていないみたいだな」
ウォルザとグアジェドは二人の凄絶な魔法の応酬を好奇の表情で見つめていた。ロアがグアジェドの前でこうして魔法を全力で使うのは、グラモニッド共和国の反社会的運動が激化する前に会った時以来2年ぶり。その後も数回会うことはあったが、街中ですれ違うだけ、など魔法の上達を披露するような場面は一度もなかった。久方ぶりにしかとロアの成長ぶりを見届けられることにグアジェドは胸が躍っている。グアジェド以上の戦闘狂であるウォルザも同じようだ。
「な、なんだこれは……。上位魔法を二つ同時に、しかも融合だと……見たことがない!」
「ああ、そうだろうとも。俺とてやるのは二回目だ。どうにか上手くいったがな」
平静を保っていたノルアスの表情に若干の焦りが見える。ロアは薄ら笑いを浮かべると、両手を前に突き出す。じわじわと動いていた炎の竜巻が、一気に速度を上げてノルアスに襲い掛かる。砂、炎、強風。近くにいると呼吸すらままならず、口を開けようものなら容赦なく砂が入ってくる。まともに食らえば十中八九死が与えられるであろう強烈な魔法にノルアスの姿は見えなくなった。ロアはゆっくりと手をおろし、竜巻が消えるのを待つ。その間にも左手には抜かりなく次の魔法陣が浮かび上がっている。熱風が静まり、次第に人影が見え始める。
「ぐっ……、かはっ……。砂が……。」
ノルアスはよろけ、咳き込みながらも立っていた。防御魔法を使ったようで、火傷はないが巻き上げられた砂をもろに吸ってしまったようだ。深手を負いながらも上位魔法を耐えたノルアスに、ロアは少し感心したような表情を見せる。ロアは右手にも魔法陣を組み上げながら語り始めた。
「ほう、耐えきるか。だが今のは言うなれば見世物だ。範囲こそ広いが、予備動作が長い。防御魔法を張る時間も、回避魔法を使う余裕だって十分あるし、予備動作の間に逆に攻撃を食らう可能性もある。かつての魔法大戦のような大多数同士の場面なら役立つかもしれんがな。だが……こいつは別だ」
「そ、それは―――」
ノルアスが何かを発しようとしたときには、彼は地面に倒れていた。風が止んだことで、避難し遠くから眺めていた隊員が戻ってきた。自分たちの知らぬ間に横たわっている同僚を見て、悲鳴とざわめきが起こる。すぐさまノルアスのもとに駆け寄って声をかける。呼びかけに応じないノルアスに顔を青ざめる彼らだが、ロアの方を向くと怒りに歪んだ形相で殴り掛かる。予想外のところから飛んできた物理攻撃に一瞬反応が遅れるロア。そこに目にも止まらぬ速さで間にウォルザが入り込み、拳を掌で受け止める。
「……おっと。魔法の暴力は許可したが、暴行の許可はしたつもりはないぞ」
ロアに話しかけるときの気さくな声とは似ても似つかぬ凍りついたような低い声だった。見たこともないような冷酷なウォルザの眼に、隊員はひっ、と声を上げ手を竦めた。ほかの隊員たちもそそくさとノルアスを担いで日陰へと移動し、治癒魔法を当て始める。
「正々堂々戦った結果だ。友人の敵討ちの気持ちもわかるが、ノルアスですら容易く倒すような強者にお前たちが挑んだところで勝てるわけがない。―――それにそもそもノルアスは気絶しただけだ」
ウォルザはノルアスがただ気を失っているだけだと気づいていた。ロアはそれに少し安堵したように頷く。ロアが最後に使ったのは黒破痺戟と豪風踏。闇属性と風属性の上位魔法である。黒破痺戟はかつて暗殺などに用いられた魔法で、黒い煙のようなもので脊髄の働きを抑制し、対象の運動神経を刺激、痙攣させて気絶させる。豪風踏は追風の3段階上の移動魔法で、風属性の移動魔法では最上位の魔法。速度は追風の30倍ともいわれている。ウォルザはロアに向き直ると笑いながらも少々困った顔をした。
「さすがっすね。ノルアスも気づいていたかもしれないけど、二人のオーラの差からして勝負が長引かないことは分かっていたっすよ。……しかし、キドロア君。まさか闇属性の魔法を使うなんて。実は、訓練生の闇属性及び光属性の魔法の使用は軍律で禁じられているんすよ。まあ使えるとは思ってなかったので警告しなかった俺が悪いんすけどね。なので今回限り不問にするっす。以後気を付けて欲しいっす」
ロアは目を丸くし、そうだったんですかすみません、と頭を下げる。闇属性と光属性の魔法は使いこなせば他の属性よりはるかに強力だが、その分難易度も高く何より使用者への体の負担が大きい。ウォルザの話によれば、部隊長クラスの経験と才能があればなんら支障はないが、隊員が生半可な練度で使用すると魔力に耐え切れず四肢が壊死したり、最悪の場合全身が魔力に蝕まれて死に至る。過去にも数度、闇属性の魔法の使用で死亡例があり、これを受け軍は訓練生の使用の禁止を取り決めた。
「言ってしまえば魔力中毒っすね。酒の飲みすぎで亡くなるのと原理は一緒らしいっす。しかし、一番厄介なのが中途半端に蝕まれ、魔物に変身してしまうことっす。おそらくキドロア君も知っての通り、通常魔物は何らかの原因で魔力を帯びた野生生物が繁殖期になると一定の確率で変化するやつっす。でもそれは人間にも起こりうることっす。人間は繁殖期がないので突如なっちゃうっす。そうなるともう手の付けようがないので…殺処分しかないっす。自分が部隊長になってからはないっすが、これも過去に数件あるみたいっす」
その話をグアジェドは神妙な面持ちで頷きながら聞いていた。おそらく彼はその場面に立ち会ったことがあるのだろう。今まで闇属性の魔法を数えるほどしか使ったことのないロア。確かに他の属性に比べ種類も圧倒的に少ない上、連発できるほど闇魔法は使いこなせない。未熟な部分と自覚はしていたが、今まで以上に使い方には気を付けようと誓うのであった。少し落ち込むロアの横で、ウォルザとグアジェドはロアにも聞こえるような声で話を始める。
「どうですか総官。前例のないことではありますが、彼を直接第一部隊に配属してみては?」
「俺もそれについては考えていた。肝が据わってるし、見ての通り戦闘時も機転が効く。俺もこいつの実力に関しては保証する。しかしこのまま即座に配属してしまっては、必ず他部隊の成り上がりの奴らと軋轢が生まれてしまう。今後ロアには一個大隊の総指揮を任せる場面がくるだろう。その際に反抗的な態度を取る者をできる限り減らしておきたい。内部亀裂は大きな混乱を生み、敵に攻め入る隙を与えることになる。我が軍の敗北の理由が我が軍というのはなんとも情けないであろう。実力至上主義の世界ではあるが、残念ながら実力だけで信用を勝ち取れるわけではないからな」
グアジェドの将来を見据えた慎重な意見にウォルザはなるほど、思慮が少々出過ぎた真似をお許しくださいと跪いた。
「よい、面を上げよウォルザ。いずれお前の教え子ともなるであろう奴の前で頭を垂れてはお前の名が泣く。部隊長は常に自身に満ち溢れているべきだ」
かしこまりました、とすぐに立ち上がり砂を払うウォルザ。そんな二人を黙ってロアが見ていると、目を覚ましたノルアスと手当をしていた隊員たちが戻ってきた。ノルアスは他の隊員がついてくるのを手で制し、自力で歩いてロアの前まで来ると、手を差し出した。
「……見事だった。ここでいうのもなんだが、他の隊員との練習とは比べ物にならないぐらい強くて、内心楽しんでる自分がいた。是非また手合わせ願いたい。その時には必ず今より強くなって、そして、いつかお前を倒して見せるさ。―――キドロア・セルエイク」
ロアは少々呆気にとられていたが、ややあって頷いてノルアスの手を握り返し、二人は固い握手を交わした。それを見ていたウォルザが突如満足げな顔をしながら手をたたき始めた。すぐさまグアジェドも続き、それを受けほかの隊員たちもまばらに手を叩き始め、あっという間に大きな拍手に包まれた。じりじりと照りつける太陽はほぼ彼らの真上にある。ロアは少し恥ずかしかったが、不思議と悪い気分ではなかった。
これを書いているのは10月、寒暖の差が激しくなってきたと同時に、ようやく秋を感じられるようになりました。私にとっては食欲の秋が一番ですね。今年はサンマも豊漁みたいですし、楽しみですね。さて、今回は私初のバトルシーンを描いてみました。臨場感とスピーディな展開を文字だけで表現するのは本当に難しい……。今後も幾度となく戦闘シーンは出てくる予定なので、他の方のなろうでの作品や世に出ている作品を参考にもっとロア君みたく実力をつけようと思います。
余談ですが、第二話の冒頭までは前作に沿ったシナリオで、ロア君が究魔院を目指すところからは新たに追加されたシナリオとなってます。前作を読んでくださった方がいるかわかりませんが、そんな方でも新しい気持ちで楽しんでいただけるシナリオになっているかと思います。
このあとがきを書いている段階で、第三話は構想しかできてません。一文字も書いておりません。頑張るぞ……。
というわけで更新スピードは間違いなく落ちますが、年内には第三話上げられると思います。気長にお待ちください。