第一話 師匠
ただいま急いで修正投稿を繰り返しているsoraboです。今回はとにかく新しい用語、架空の地名などがたくさん出てきます。作中に色々説明を加えるような描写をしていますが、今後の展開でも色々と設定、説明が出てくる予定ですので、覚悟してお待ちください。3話は今月中に修正、投稿するつもりです。ごゆるりとお持ちいただけたらなと思います。
※こちらの作品は以前投稿していた作品の改訂版、再投稿となります。
昇る太陽に呼応するかのように、サンティレアの各商業地帯もだんだんと賑わってきた―――そんなことを思いながら、ロアはその光景の上を追風で飛んでいく。人口約1400万人、ヘイグターレの全人口の2割以上を占める人間が住むだけあり、ヘイグターレ内でも最大規模の巨大な都市。たとえ魔法で移動するにしても結構な時間を要する。エクスードからぺタヴィ、城壁を一つ内側に行くだけで20分はかかる。その間にある城壁と同じ名前で区画整理された巨大な商業地帯があるからだ。どの区画に住む住民も基本的な生活には事欠かないよう、飲食店や病院、理髪店などは点在しており市民の生活水準に著しい差はないが、比較的安全ということもあり、金融業や装飾店、魔法書などの骨董品といった商品単価が高いものを取り扱う店に関しては内側の区画に多く店を構えている傾向にある。
今ロアが目指しているのはそれらのさらに奥、メイガーの内側、王宮シュトラメルグ城や帝立央魔院を始めとする国立の魔法部署が立ち並ぶ”サンティレア中央特区”。ほとんどの中枢機関が集まるため、ヘイグターレの心臓とも言える地域だ。その中でも今回用事のある帝立央魔院の一号館はシュトラメルグ城の北側に位置する。―――そう、兄であるイヴァン・セルエイクの勤める場所だ。
魔法そのものに関しては高等魔法学校など様々なところで学べるが、ヘイグターレにおける”国家魔法士”として就職する際の試験や手続きは帝立央魔院、の人事部が執り行っている。イヴァンの勤める総務部と同じ一号館にある。商業地帯や区画ごとの地域で働く”地域魔法士”もおり、それは各区画に人事部の支部があるが、いずれにせよそれらの施設で手続きをし、試験を受け、認可を受けなければ国内において魔法を使うことは禁じられている。
約1時間かけてメイガー城壁の手前までたどり着いたロアは壁門の前で着地する。王家一族以外の人間がメイガーの内側に入る場合には必ず通行許可証を発行してもらわなければならない。国家魔法部署で働く者は身分証明書が許可証の代わりになるが、それが発行されるまでは立ち入る度にこの作業を強いられる。また、中央特区内においては屋内および教育機関の敷地内以外において、移動魔法以外全ての魔法の使用が禁止されている。国の最重要地において魔法を使う―――すなわちそれは有事であること指す。
「先日、国家魔法士の試験を受けたものですが」
ロアはポケットから青紙を取り出し、壁門に立っている門兵にそう告げる。魔法耐性のある鎧を着た、体格の良い男だ。すると門兵はすぐそばにある石板を何やら操作し、間もなく門がゆっくりと開いた。扉の操作を終えた門兵は口を真一文字に結んで敬礼をし、微動だにしない。ロアにとっては自分の仕事以外には興味ないといったような態度に思えた。・
「どうもです」
心にもないが軽い労いの言葉をかけ中に入ると、すぐに壁門は閉ざされた。ここから先がサンティレア中央特区である。メイガー城壁は東西南北と南東、計5か所の壁門があり、ロアは一号館にもっとも近い北側の門から入った。お店と呼べるような建物は数えるほどしかなく、建物の数自体は少ないが、一つ一つが中枢機関であるため巨大で、歩いて回るにはかなり広い。
目的の一号館までは十五分ほどで着いた。一号館はシュトラメルグ城、エクスード城壁に次いで3番目に高い建造物で、ロビーである尖塔部は最も高く、展望台まで登ればギガロ商業地帯まで見渡せるほどの高さがある。
中に入ると尖塔部は数階分の高さまで吹き抜けになっており、いくつもの照明が吊るされている。入口の周囲にはヘイグターレ産の色とりどりの花が活けられてあり、荘厳な建物に更なる華やかさを醸し出している。その尖塔部に色んな部屋がある直方体の建物がくっつき、教会のような形を成している。ちょうど塔と直方体を繋ぐ位置に受付があり、一号館の市民に対するあらゆる業務、いわば雑務はここで行われている。
受付にもロビーにも、朝早くだというのに多くの人がいる。ロビーのソファで受け付けを待つもの、談笑する者、慌ただしく走り回る内部関係者と思しき者。眠らぬ街は中心部も眠ることはないのだろう。入口の案内板を見てロアは”国家魔法士就職窓口”を探す。受付の一番左端に「職種希望、変更届受付」とある。ロアが歩き出したその時、不意に肩を誰かに叩かれた。かなりがっしりとした手の感触だったため少し警戒して振り返ると、そこにはロアより頭3つ分ほど上背の大男が立っていた。
「あ、グアジェド叔父・・・いえ、バーリュクス軍事総官、ご無沙汰しております。お目にかかり光栄です」
グアジェド・バーリュクス。ヘイグターレ帝国魔法軍最高責任者。軍事総官と呼ばれ、ロアの師であるディアゲラの直属の上司であり、ディアゲラの才能をいち早く見抜き魔法を教え、異例のスピード出世を後押しした人物でもある。ディアゲラからのつながりで個人的にもロアとは交流があり、プライベートの場ではグアジェド叔父さんと呼んだりもする。ロアが慌てて丁寧に挨拶をし直すと、バーリュクスは鼻で笑いながらロアの両肩をがしっと掴みなおした。歴戦の奮闘ぶりがうかがえるたくましい腕に、ロアはほんの少しよろめいた。
「個人的な用事で来てるんだ。グアジェド叔父さんで構わねえよ。それに公の場で会うときは軍事総官よりもバーリュクス卿と呼んだ方が良い」
「分かりました、以後気を付けます」
「堅苦しいな……まあ構わねえけどよ。それで?お前は職種申し込みか?」
「はい、勿論帝国魔法軍です。ちゃんと特待生ですよ」
おお、それは嬉しい限りだ、とバーリュクスは笑顔で応じた。ロアが試験を受ける前にも個人的に励ましの言葉を送っていたので、気にかけていたのだろう。おかげさまで、と辞令を混ぜつつ尚もロアが続ける。
「すぐにでも師匠と同じ境遇で仕事がしたいなと思っていたので。それが師匠への恩返しでもありますし、グアジェド叔父さんへの恩返しにもなりますから」
満足げに語るロアとは裏腹に、途端にバーリュクスの顔が曇った。なにか言いたげな顔をしていたので、どうしたのですか、とロアが尋ねるとグアジェドはあたりを見回した。
「・・・ここでは民間人が多すぎる。場所を移そう」
バーリュクスはロアを連れて一号館の外へ出た後、ロアが通ってきた大通りを一本、路地裏に入った。手ごろなベンチを見つけると座ってロアに手招きをする。ロアも続けて座った。
「あのなロア。お前だから話しておくが、今からいうことは絶対に他言してはいけない。それっぽいことを話すのも、寝言でうっかり言うのもだめだ」
ロアはおもむろに頷く。
「お前の師匠、ヘイグターレ帝国魔法軍第一部隊長、ディアゲラ・フィスドナークは……2週間前から行方が分かっていない」
ロアの顔からも表情が消えた。日頃のことに加え試験の合格を伝える旨の手紙を出したが返事がなかったのはそのせいか、とロアは納得した。総官であるグアジェドはもちろん、部隊長となったディアゲラはとても多忙で、いくらロアが知人といえそう簡単に会えるわけではない。それどころか最近は長年対立関係にあるグラモニッド共和国の動きが不穏さを増しており、当然軍としての仕事も増えている。しかしこのディアゲラの失踪がヘイグターレに何らかの恨みを持つ者の犯行なのか、それともディアゲラ自身の意志によるものなのかで大きく違うだろう。歴代最強の部隊長と謳われる人物の失踪は間違いなく軍にとって大打撃だろう。しばしの沈黙の後、グアジェドが続ける。
「我が国の友好国であるメトラーナの東端、リトマンティル王国との国境にあるウィップオーツ山脈でメトラーナ軍の兵士が失踪する事件が相次いでいてな。本来であれば他国との協力は専門とする第3部隊が行うところだが、パシカーラ共和国との合同軍事演習に行っていたから仕方なくディアゲラの部隊に行かせたんだ……ちくしょう、俺が代わりに行っていれば」
メトラーナはヘイグターレの東、リトマンティルは更にその東、パシカーラはヘイグターレの西に隣接する国である。メトラーナはヘイグターレの3分の1ほどの面積、パシカーラはメトラーナと同程度の面積の小国で、リトマンティルはヘイグターレの4分の3ほどの面積を持つ。グラモニッドはヘイグターレの南東に位置するアプロニア大陸第二の大国で、面積もヘイグターレとほぼ同程度を誇る。グラモニッド以外は比較的友好な関係を築くヘイグターレだが、とりわけメトラーナとは数百年前から良好な関係が続いている。軍事演習をしていたリトマンティルとはここ数十年で新たに友好関係を深めつつある。バーリュクスのやりきれなさは強く握られた拳に表れていた。それは言葉にせずともロアには伝わった。ロアは二人の間に流れる微妙な空気をなんとかしようとして立ち上がった。そして気づいた時には感情を口走っていた。
「師匠は絶対生きてます!!俺たち軍の人間が信じなくて誰が信じるんですか。師匠だって逆の立場な必ずそう言うはずです」
バーリュクスはしばし呆気にとられていたが、はっと我に返ると柔らかい笑みを浮かべたかと思うと、すぐにいつもの勇ましい顔に戻った。
「―――そうだな、お前の言う通りだ」
バーリュクスも立ち上がり服装を整えるとロアに向き直り、笑いながらやや低い声で凄んだ。
「ただ、厳密にいうとお前はまだ軍の人間ではないけどな」
「なんでそんな揚げ足取るようなこと言うんですか」
「分かってるって。冗談だよ。―――重ねて言うが、このことはくれぐれも他言無用な。あいつへの人気や信頼は全国民級と言っても過言ではない。この情報が一般市民に漏れたら間違いなく国全体が混乱するだろう。あいつ自身がいなくなったことによる戦力低下だけでなく、大陸最強と謳われるヘイグターレ魔法軍の信用にもかかわるからな。ましてやこれがグラモニッドに知られたら王国そのものの存亡にかかわる事態になりかねん。この事実は軍の部隊長と、国王陛下しか知らない超が5つつくような国家機密だ。お前とは特別親しかったから伝えておくが、仮に軍に入ったとしても喋るな。約束できるな?」
「約束します、この命を懸けてでも」
うむ、と頷くとバーリュクスは自分の用事は究魔院にあるんだ、といい路地裏から大通りに戻り、一号館を後にした。ロアはその背中をしばらく眺めていたが、自分がここへ来た理由を思い出し、一号館の受付へと再び歩き出した。
再び一号館の中に入り、まっすぐ受付へと向かう。そこには若い女性が三人座っていた。二十代前半といったところだろうか。三人とも髪を後ろで一つに束ね、姿勢よく座っている。
「すいません、職業希望の申し込みで来たんですけど。……これです」
ロアが例の青紙を渡すと、受付の女性は目を丸くする。奥で何かの作業をしていた上司らしい中年の男性を呼ぶと、二人してなにやらひそひそ話し始めた。
「お名前はキドロア・セルエイクさんでよろしいですか?」
「え?あ、はい」
「申し訳ございません、少々おかけになってお待ちくださいませ」
そういうと受け付けの女性はロアから受け取った青紙を持って奥の方に消えてしまった。なんのことかわからずキョトンとしながらもロアはロビーのソファに腰を下ろす。なにやら女性が消えていった方が騒がしくなっている。改めてゆっくりと見回すと立派な建物だな、と思う。父もかつて帝立央魔院に勤めていたと聞いたが、イヴァンとは違い物心ついたころには父は亡くなっていたロアとしては、ここに頻繁に来ていた記憶もない。様々な金属で縁取られた大きな窓と、銘木と強力な建築魔法で組まれた丈夫な骨組みが見事な豪華なロビー。それでいて作業を邪魔しないようシンプルに設計された業務スペース。建築技術とセンスの高さがうかがえる。そんなことを考えながら一号館の内部を眺めていると、先ほどの女性が戻ってきており、ロアの名前を呼んでいる。そちらに向かうと先ほどの中年男性に加え、もう一人若い男が立っていた。
「先ほどの特待生仮希望調査免除通知書、正式に受理致しました。後日、特待生以外の希望者人数調整の抽選が行われます。そのあと仮任務の開催地が決まりますのでそれまでお待ちください」
女性が言い終わるが早いか、先ほどの若い男が笑みを浮かべながらロアに話しかける。
「待ちくたびれたぜ弟よ。昔から軍に入ると言い続けていたから意志を曲げることはないだろうと思っていたが、ほんとに合格、その上特待生までとってしまうとはな。自分のことのように嬉しいよ」
「イ、イヴァン副部長!!」
「お仕事中邪魔をして申し訳ありません。ええ、お察しの通り、こいつは私の実の弟、キドロアです。――-そして僕は今、もう部長ですよ」
イヴァンから紹介されロアが頭を下げると女性はとんだご無礼を、と腰から体を折り曲げ最敬礼をする。
「サレナさん、ちょっとこいつと話がしたいんでお借りしますね。なので特待生手続きも慌ててやる必要はないです。いえいえ15分もせずに戻ってきますから。積もる話もあるもんで」
「は、はい」
イヴァンの穏やかな口調で調子を取り戻したサレナという女性は速やかに仕事に戻った。
「ここじゃ邪魔になるな。俺がロビーまで出よう―――いや、外の方が良いかもな。一番近くのゼトーリオ橋で待っててくれ」
それだけ言い残すと、イヴァンは先ほどの中年男性と短い会話を交わし、再び奥へと消えていった。ゼトーリオ橋とはサンティレアを南北に縦断するように流れるルド運河にかかる橋の一つである。一号館に一番近く、一号館自体かなり目立つ建物なので中心部で待ち合わせをするときなどによく使われている橋である。
受付を離れ再び外に出るロア。今日は何やら出会いが多いなと感じつつ、昇り切った太陽の照り返しの眩しさに目を細めながらに一号館を出てからすぐ右に曲がるとゼトーリオ橋はある。ヘイグターレにおいて最大、最古の運河にかかる橋で、山を削りだしたような巨大な石で組まれた石橋だ。ロアは橋の横にある刈り込まれた芝生の広場に座る。ほどなくイヴァンがやってきた。手にはロアが持ってきた青紙を持っているが、なぜか折り目がついていない。
「まずは、ロア。合格おめでとう。親父もさぞかし喜んでるだろう」
「ああ、ありがとう。……ん?それ俺のだよな?折り目―――」
イヴァンは不敵な笑みを浮かべる。
「去戻修、って言ったら分かるか?」
「そ、それって禁止魔法……!」
「―――権利者以外な。帝立央魔院院長と各部署の部長のみこれが認められているんだ。他の人が使えば程度、使用目的に関わらず即、魔法刑務所行きだし、認められた人でも自分の勤務する部署以外で使えば捕まる」
魔法、と一口にいっても何千何万もの魔法がこの世界には存在する。実生活に役立つ魔法から、殺傷目的に開発された魔法もある。それらには火、水、風、地、聖、闇、と6つの属性があるが、その中でも「世間一般的に、国家魔法士の人間が単独で使用した場合に使用者の人体または社会に著しい影響を及ぼす」と見なされた魔法を「禁止魔法」としてアプロニア大陸全土で統一して定めている。
現在禁止魔法は6属性全てで20種類あり、その内2つは誰一人として使うことを許されない「恒久禁止魔法」に格上げされて厳重に禁止されている。今イヴァンが使ったのは2つを除く18個の内の一つ、「去戻修」。無生物に限るが、対象物の時間軸を自在に操る魔法だ。金属であれば時間軸を猛烈に進めて酸化させるようなこともできるし、紙類であれば時間軸を戻して文字通り白紙に戻すことだって可能だ。どんな物質に対しても修正が効く、という使いようによれば便利な魔法だが、これが世間一般に広く使われたら書類の偽造はし放題、ものを腐敗させる、なかったことにするなどのイタズラや犯罪が後を絶たないことなどが見込まれるため、やむなく禁止魔法に制定された。
「上層部には認められてるんだな・・・知らなかった。というか兄貴。いつの間に部長に?副部長からさらに昇進したのか?」
ロアが知っているのはイヴァンが2年前、総務部の部長兼一号館館長、メレイトン・ウェルデミフ氏直々の推薦により、過去最速レベルの速さで副部長に昇進したところまでだ。手紙は1月に1度のペースでやり取りをしていたがそんな知らせはなかった。ロアの質問に、イヴァンは少し嬉しそうに、それでいて悲しそうに語った。
「よくぞ聞いてくれた。実は部長と言っても8人いてな。まず帝立央魔院の最高責任者、”央魔院院長”。いまはメレイトン・ウェルデミフ前院長の従兄弟であるタバロ・ウェルデミフって人が院長だ。で、魔法の研究を主とする究魔院というところがあって、そこの”究魔院院長”。他国との外交や条約を受け持つ”外務部長”。国内の政治面を受け持つ”内政部長”。国家予算を管理する”財務部長”。犯罪人を取り締まる”刑務部長”。国家魔法士の採用に関する”人事部長”。都市の整備や新区画の開発を行う”開発部長”。その他、市民の生活に関わる業務をする”総務部長”。この8人が俗に”部長”と呼ばれる人だ。俺はその中で、市民に対するあらゆる業務を取り扱う雑用係の総務部長だ」
「なんとなく分かった・・・ような」
実の兄の実に長いなんとも言えない説明にロアは大出世だな、と返すのが精いっぱいだった。イヴァンは少し笑いながら続ける。
「総務部長だけ悪く言ってるが誤解しないでほしい。俺自身今かなり忙しいし、他の部署への挨拶も全部済んだわけじゃない。ほかの部長さんも忙しくしてるだろうし第一、他部署の詳細な業務はたとえ部長クラスであろうとほとんど知らされないんだ。それに俺が言うのも変な話だが、帝立央魔院も実力社会だから、能力さえあれば若いやつでも割とすぐ出世できる。勿論性別だって関係ない。だから決して俺に能力がなかったとは言わないが、俺が4年目なのにも関わらず部長に選ばれたから、知らないことだらけさ。それなのに選ばれたのはやむにやまれぬ特殊な事情があってだな」
そこでイヴァンは一度言葉を切った。
「俺が師と仰いでいたメレイトン前院長だが先週、ご病気のために帰らぬ人となってな。本人の意向で葬儀は一旦家族だけで執り行われた。後日、国全体に告知し、一般市民も参加できる告別式をする予定らしい。自分で言うのもあれだが、随分よくしてもらっていた。お前の師匠がディアゲラさんのように、俺もメレイトンさんに様々な魔法を教わったもんだ。まあ思い出話はいったん置いといて、当然ながら後継者は誰になるかって話が持ち上がる。誰もが師匠と盟友だったゼレネル実務管理長補佐と考えていたが、高齢を理由にお断りなさった。師匠も86だったし、ゼレネルさんも78だ。もちろん長生きしてほしいが、失礼な話、数年後にメレイトン師匠と同じことになるリスクが低いとは言い切れない。それはまだ分かるんだが、あろうことか後日見つかった師匠の手記には”イヴァン・セルエイクを次期総務部長に指名する予定”と書いてあってな。みんな舌を巻いたさ。経験だって浅いし、俺より優秀な人な人はいくらでもいるし、勤務歴的に一段階の昇進だったとしても異例なことだ。正直いまだに信じられないさ」
最後の言葉は半笑いだった。昇進などの詳しい事情は分かりかねるが、師と仰ぐ人の急死を悼む暇もなく、他の優秀な人材を退けてその人と同じ地位に就く。戸惑いもプレッシャーも計り知れないものだとロアは感じ取っていた。
「色んな人から支えられてなんとか仕事はできちゃいるが、正直てんてこ舞いだ。普通だったら新人から初めての昇進を考えるような時期にいきなり一部署のトップだからな」
おもむろにイヴァンは立ち上がり、体を左右にひねりながらため息混じりに呟いた。
「でもまあ、できることからでも頑張らねえと。天国の師匠に顔向けできねえしな」
「師匠か……」
川面を見つめ、眩しそうに目を細めるイヴァンの横でロアはディアゲラのことを考えていた。どこにいるのか。なぜ消えたのか。今何をしているのか。そもそも無事なのか。色々な憶測が浮かんでは消える。
「―――おっと。身の上話をしていたらこんな時間か。早く戻らねえとゼレネルさんに怒られちまう。部長が仕事サボってるなんて知れ渡ったら示しがつかないしな、じゃあなロア!俺より魔法のセンスあるだろうから、俺より早く出世するかもな!!」
イヴァンはすぐに走り出し、一号館の方へと戻っていった。高い建物が入り組んでいる中心部ではむやみに移動補助系の魔法を使うと衝突事故が起こりかねない為、微風以外の魔法は使わないのが暗黙のルールとなっている。ロアはイヴァンが走り出したとほぼ同時に立ち上がり、その後姿をしばし眺めていた。
「・・・俺も頑張らねえとな」
五月は朝と昼の寒暖差が大きい。肌寒かった朝の空気は、雲一つない青空を作り上げ、駆け上る太陽のおかげですっかり暑くなり、遠くに陽炎を作り出していた。ジリジリと照り付ける日差しの中、川から吹き上げる涼しい風が心地よかった。
更新ペースの不定期さに定評のあるsoraboです。今回も新しい人物が登場します、名前だけの人もいますね。
以前の分をTwitterでこの作品を称賛してくれたフォロワーさんがいまして、大変励みになってます。
説明もつぎはぎなものになったりして、自身で読み返しても自分の文章力ではなかなか頭に思い描いている世界観が綺麗に伝わっているか怪しいな、と思うところもところもありますが、応援して下さる方がいる以上、途中で投げ出すわけにはいきませんし、それは自分の実力不足の致すところですので、私自身が精進できるできないかの話です(もちろん努力はしますが)。ただ、現段階で読んで楽しいと言っていただけるということは世間の皆様にお見せできるレベルの作品にはなっているのかな~、と前向きにとらえています。
自虐を重ねているようですが、やはりいろんな方の作品を読んでいるとレベルの高さに驚嘆するばかりです。超えることは難しいかもしれませんがせめてそういう方々にぼろ負けしないレベルの作品に仕上げていく所存ですので、どうか最後までお付き合いいただけると筆者望外の喜びであります。3本目(第三話になりますね)もできる限り早く上げようと思うのでごゆるりとお待ちください。