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れでぃ その5

「赤コーナークラッシャーポン。系統ボクシング。青コーナー楠木巴。系統は繊月流古武術。なお楠木巴嬢はこの試合がデビュー戦。祝儀は一・六倍となります」

タキシードにど派手な蝶ネクタイという典型的なリングアナウンサーといった服装の男が八角形に張られたロープの中で高々と選手の名前をコールする。

「祝儀って?」

巴はコーナーの外にいる武をみる。

「ファイトマネーにゃ」

巴の疑問に邪武がすかさず答える。

「ファイトマネーに倍率があるのは変じゃないか」

「観客にとって初お目見えのファイターは実力が解らないにゃ。主催者が御祝儀の形で指針にするにゃ」

「指針?」

巴の怪訝そうな顔をみて邪武の顔がみるみる泣き顔になる。

「主催者がつけた巴さんのオッズです。オッズはそのままファイターに支払われるファイトマネーつまり祝儀の色付けになるんです」

武が助け船を出す。

「そうかそういえばこの試合は賭けがメインだったな忘れていた。で、一・六倍というのはどうなんだ」

巴は笑う。

「一・六倍はファイターのランクでいえばD級。というかほとんどC級です」

「あたいはいつも二・二五倍にゃ」

邪武が横からちゃちゃを入れる。

「お前は最低のE級だからな」

武は邪武の頭をワシワシともみくちゃにしながらため息をつく。

「賭け。締め切りました。両者中央へ」

レフリーが選手の歩み寄りを指示する。

「がんばってください」

「がんばるにゃ」

ふたりの応援に巴は背中越しに軽く手を振って答える。

「あんたがクラッシャーポンかい?」

巴の問いを元ヘビー級ボクシングチャンピオンマイク=タイソンを三分の二にスケールダウンしたような風貌の男クラッシャーポンは無視した。

「ま、無口なお方」

わざとらしい口調で巴は肩をすくめる。

「武具の申請はありますか?ちなみに急所への攻撃と協会が認可した武器以外の武器の使用は禁止します。ギブアップは審判にアピールしない限り無効。失神はカウント五でギブアップと見なします。なお、審判は不肖わたくし神水流が務めさせてもらいます」

レフリーがクラッシャーポンと巴に間合いを取るようにゼスチャーすると、ふたりは一メートルぐらい離れて向かい合う。

「バトル。レディー。ゴー」

ふたりの間にいたレフリーがバックステップと同時に腕を交差する。

「新人の女に負けてたまるかよ」

前歯の欠けた歯をむき出しにしてクラッシャーポンが間合いを詰め右ストレートをくりだす。

巴は顔面に伸びてくるクラッシャーポンの右ストレートを寸前で見切って躱すと右手でクラッシャーポンの右手首を掴み間髪いれず伸び切った肘に左の拳を叩き込む。

ゴキッ

「はがっ」

鈍い音とぐもった悶絶の声。ありえない角度に曲がったクラッシャーポンの右腕。一瞬にして勝負はついた。

「牙断。そしてこれで」

巴はうっすら笑うと、右腕を押さえてうずくまったクラッシャーポンの脳天に大きく振りあげた踵を落とす。

「ぷきゅる」

屠殺された豚の断末魔の悲鳴にも似た声をあげたクラッシャーポンは二、三度体を痙攣させたあと動かなくなった。

「レフリー。とどめは必要なのか」

巴の言葉に呪縛を解かれたレフリーは、慌ててクラッシャーポンのもとに駆け寄る。

「ドクター」

レフリーは即座に場外に待機する医者を呼び、それから巴の腕を高らかに上げた。

「勝者。楠木巴」

レフリーのコールとともに、満員にもかかわらず水をうったように静かだった会場が割れんばかりの歓声によって震えた。

「牙断から颪への連系ですか」

「わたしをみくびったボクサー崩れが相手だからな。確実で一番楽な方法をとらせてもらった」

決して遅いとはいえないクラッシャーポンの右ストレートを顔面にあたる寸前で見切って避けたうえにへし折ってみせたにもかかわらず巴の口調は平然としていた。

「巴さんのオッズ。特例的にあがるにゃ」

巴の本当の実力をみた邪武は呟く。そしてそれは現実となった。



「む~」

邪武がホワイトボードの前で難しい顔をして何かを考えている。ホワイトボードには巴の名前と対戦相手。決着のついた時間が書き込んである。

「どうだい。合計時間は算出できたかい」

首にタオルを巻いてスポーツドリンクを飲んでいた巴が笑いながら尋ねる。

「時間は十進法だったか六十進法だったか」

真面目に悩む邪武の顔に巴は思わずため息をつく。

「計算はできてるの?」

「七百二十六秒にゃ」

「時間は六十進法よ」

「だったら十二分六秒にゃ」

邪武は即答する。

「なら千八十二秒は何分」

「十八分二秒にゃ」

これまた邪武は即答する。

「どうしたんですか」

対戦相手の試合を偵察に行っていた武がめーいっぱいブルーな顔をしている巴を見て心配そうに声をかける。

「ああ武か。なあ・・・邪武ちゃんて、いったいどういう娘なんだ?一分が何秒なのか真剣な顔で聞いたかとおもえば、驚異的な暗算スピードを披露する」

「邪武のポリシーとして、生きていくのに必要でないと判断したものは記憶から削除します。逆に自分が有利になることについては神のような能力を発揮します」

そこでふたりはそろって邪武のほうを見る。

「どうかしたにゃ」

無邪気に笑う邪武をみてふたりはため息をつく。

「ねぇ邪武ちゃん。次の試合は頭から出てみない」

巴はいかにもとってつけたような口調で進める。

「確かにそろそろ体を暖めとかないとまずいかも。わかったにゃ。次の試合は頭からいくことにするにゃ」

「じゃあすぐに本部に届けてきて。二番手は武で最後はわたしが務めよう」

「了解にゃ」

右腕をブンブン振り回しながら邪武は本部へと向かう。

「いいんですか?」

「心配か?」

「まさか。邪武の実力に折り紙を付けたのは自分ですよ。心配なんかしてません」

武はわずかに肩をすくめる。

「じゃあ何がいい悪いなんだ」

「新生邪武の実力は最後まで伏せとくものだと読んでたんですが」

「邪武ちゃんにはこの三日で矯正できる技術は矯正し身につけられる技術は身につけさせた。だが、それも実戦で鍛えなければただの付け焼き刃だ」

「正論ですね。で、つぎのチームはそれに相応しいと?」

「でなければ水を向けたりしない。もっともレベルは向こうがちょっと上だがな」

巴は優雅に足を組み替える。もっとも、ゆとりのある迷彩のズボンなので色気はない。

「巴さん。順番変更の申請してきたにゃ」

邪武はニコニコ顔で戻ってくる。ニコニコした理由は手にした大きな棒つきキャンディーにあるようだ。

「そのアメは?」

「レッドさんにもらったの」

邪武はアメをペロペロと無造作になめる。

「レッド?知り合いか?」

「巴さんの緒戦のレフリー神水流さんのことですよ。あの人レッドなんですよ」

「レッドって、あの手のレッドか?」

「ええ。あの手のレッドです。正式には初代西南レッド。現在は総司令という肩書きらしいです」

「・・・これ以上は突っ込まないほうがいいな」

「そうしましょう」

言い知れぬ寒気を感じて二人はこの話題を打ち切った。

とりあえずはここまで

ありがとうございます

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