れでぃ その3
「邪武ちゃんは武器を使うの?」
巴の言葉に邪武はブンブンと頭をふる。
「じゃあ、武器を持った相手と闘ったことはある?」
「あるよ。でも負けたこと無い」
「そう。それを聞いて安心した」
巴は小さな革張りのトランクから二本の木の棒を取り出す。棒に取っ手のようなものがついていることからトンファーだと推測することができる。
「本当はナイフが得意なんだけど」
巴は洒落にならないスピードでトンファーを振り回す。よく見ると握りの部分はいい感じに黒光りしているが、それ以外の部分はマーブル状態になっていることに気付く。
「ねぇ巴さん。巴さんのトンファーの色が不規則なのはなぜにゃ?」
「不規則?ああこれね。手垢とかそういった汚れでそう見えるだけ」
邪武の問いに巴はあっさり答えるが、手垢だけでこうはならない。汗と涙と血をたっぷりと吸い込んだ業物であることは間違い無い。
「では、始めましょう。お代はこれで十分かしら?」
巴はポケットから百ドル紙幣を取り出して、器用に武の手元に飛ばす。
「え~いまは一ドル二百円だから、かなり多いですね」
「そうなの?まあいいわ。邪武ちゃんは最低額でいいわよ」
「え?そうなの?じゃあこれ」
邪武はポケットからしわくちゃボロボロの五千円札を武に渡す。
「OK。賭けは一万で成立。急所への攻撃と協会が認可した武器以外の武器の使用を禁止します。ギブアップは審判にアピールしない限り無効。失神はカウント五でギブアップと見なします。なお、審判は不肖わたくし武が務めさせてもらいます」
武が邪武と巴に間合いを取るようにゼスチャーすると、ふたりは一メートルぐらい離れて向かい合う。
「バトル。レディー。ゴー」
かけ声と同時に邪武は左半身に構えて一気に巴の懐に飛び込むと掌底を繰り出す。並の腕の人間ならアゴ先にきれいな一発を食らって瞬殺だが、巴は難なくバックステップで躱すと、右の回し蹴りを邪武の膝横に叩き込む。
「ふにゃ」
邪武はくずれるように左に傾くが、すぐにバランスを取り戻し、そのままバック転で間合いを取る。しかし、巴は躊躇なく間合いを詰めてトンファーを振り下ろす。
「にゃ。にゃ。にゃ」
邪武は叫びながら巴のトンファーを躱す。
「スリッパでゴキブリを撃退しているみたいだ」
「た、武。だ、だれがゴキブリにゃ」
「そら、無駄口叩いてる暇はないよ」
巴はトンファーを振り下ろす。
「いまにゃ。真剣白刃取りにゃ」
邪武は振り下ろされてきたトンファーをはっしと両手で掴む。
「凄いな。でも、トンファーは二本あるんだよ」
巴は捕まれたトンファーをあっさり手放すと残ったトンファーで邪武の右肩の付け根を突く。
「にゃ」
邪武はたまらず右腕を引っ込めて掴んでいたトンファーを落とす。
「一瞬力が抜けたのは、肩の秘孔を突いたからよ」
巴は落ちたトンファーを手に持ったトンファーで器用に拾いあげると、再び構える。
「秘孔を突いた?もしかして『あべし』とか『ひでぶ』とかいって死ぬのかにゃ」
「って、ケンシロウじゃないんだから」
邪武のツッコミに巴は苦笑いする。
「すいません。『ひでぶ』とかケンシロウとか話が見えないんですけど」
武はポリポリと頭をかく。
「と、巴さん。あの名作北斗の拳を知らない人間が存在するなんて信じられますにゃ?」
「信じられない。というか人間を疑うよ。ね邪武ちゃん」
巴も邪武も珍しい動物でも見ているかのような目つきで武を見る。
「あの、ほ、北斗の拳ってなんですか」
「な、なんですと!」
「本当に知らないのかにゃ?」
武を見る二人の目が珍しい動物を見るものから、ひどくいけないものを見るものに変わる。
「武。北斗の拳全二十七巻。まとめて貸してあげるから心配するにゃ」
「心配?なにを心配するんだ?」
武のツッコミを無視して、邪武は武の肩をポンポンたたく。
「脱線が過ぎた」
巴は軽く咳払いする。
「う、もうばれてしまったにゃ」
邪武はペロリと舌をだす。
「さて。仕切り直すよ」
だしぬけに巴は右手のトンファーを袈裟懸けに振り下ろす。邪武はその攻撃を最低限のバックステップで躱すと姿勢を低くしながら巴の懐に飛び込み右の掌底をあご先に繰り出す。
「ちぃ」
巴は間一髪のところで避けるがバランスを大きく崩す。
「もらったにゃ」
邪武はすかさず巴の足を掃う。
「うわっ」
巴が派手に転ぶとすかさず邪武は飛び込み前転いわゆるプロレス技でいうところのセントーンを落とす。
「にっ」
しかし声にならない声をあげたのは邪武のほうだった。
「邪武ちゃん。相手が武器をもってるときはつねにそれを意識しなきゃ」
巴は右のトンファーを左右に振る。
「巴さん。落ちてくる瞬間にトンファーを立てましたね?」
「自爆してくれるのならバンバン利用しないとね」
巴は笑いながらウインクする。
「き、効いたにゃ」
目にいっぱいの涙を浮かべながら邪武は腰をさする。
「さて。もう少し付き合ってもらうよ」
「いわれなくても付き合うにゃ。武」
邪武は武を手招きする。
「預けとくにゃ」
邪武はやたら大きい靴を脱ぐと、そのまま武に渡す。
「あら?重りでも仕込んでいるの」
「武道家なら当然にゃ」
裸足になって身軽になったことをアピールしたいらしく邪武はぴょんぴょん跳ねながら半身に構える。
「そう。じゃあ」
巴はトンファーをベルトに挟み半身に構える。
「巴さんレベル下げてどうするにゃ?」
「油断するな邪武」
武が叫ぶのと同時に巴は邪武との間合いを詰める。次の瞬間に小さな邪武の体は大きく弧を描く。
「にゃんと空中一回てぇん」
邪武は空中で膝を抱えると一回転して器用に着地する。
「やはり、ただ投げただけでは受け身を取られるか」
巴は微笑みながら無造作に間合いを取る。
「う~身軽になって機動力を増やしたはずなのにいきなり無効化されてしまった。なんてにゃ」
邪武はちょこんと舌を出すと猛然とダッシュする。
「お」
巴は迎撃のための右正拳を繰り出すが、邪武は寸前で左にステップし巴の伸び切った右肘に拳を叩き込む。
「なんとお」
巴はたまらず右肘を抱えて片膝をつく。
「もらったにゃ」
邪武は背後から巴の首に飛びつきそのままチョークスリーパーを極める。
「せい」
巴は素早くトンファーを引き抜くと、そのまま邪武の肘に叩き込む。たまらず邪武はチョークスリーパーを解く。
「スピードを活かした見事なコンボね。危うく落とされるところだった」
巴は喉を押さえて咳き込む。
「でも筋は読めた。ここで決めさせてもらうよ」
巴はトンファーをベルトに差し直して再び半身に構える。
「簡単には決めさせないにゃ」
邪武はダッシュして間合いを詰めると、すかさず巴は正拳をだす。
「同じ手に何度も」
「何度も同じ手は食わない」
邪武は巴の正拳に対し今度は右にステップする。と見せかけて左にステップする。
「やはりフェイント」
巴は邪武のフェイントをきっちり読んで裏拳を邪武の顔面に叩き込む。
「ふみぃぃぃぃ」
邪武は派手にぶっ飛ぶ。
「後ろに跳んで威力を殺すとは」
邪武にあまりダメージを与えていないことを察した巴はダッシュしてから側転で体の向きを変え、そこからバク転を行い空中高く飛び上がる。
「さっきのお返しってにゃああああ」
邪武はとっさに膝を立てる。しかし巴の狙いはボディプレスではなく、邪武の首にエルボーを落とすことだった。
「むぎゅうぅ」
巴の落下エネルギーと体重をプラスした肘爆弾をもろに首に食らった邪武はその場で体を震わせると動かなくなった。
「と、巴さん。いくらなんでもやり過ぎで」
「気絶しただけだ」
巴はゆっくり立ち上がるとズボンの埃を払う。
「礼をいうよ武。正直いって期待はしていなかったが、かなり楽しめそうだ。ところで大会はいつからだ?」
「え?」
「邪武ちゃんの実力は大したものだ。しかし所詮は我流。攻撃も防御もちょっとしたところに詰めの甘さがでている。これは修正しておきたい」
「三日後です」
「三日?」
「はい」
巴はトンファーで武の頭を思いきり強くはたいた。
ありがとうございます