れでぃ その2
いま荒廃する都市で流行しているのは、ファイターと呼ばれる人間同士の闘いと、それを肴に賭けに興じることである。
ファイターは金と力の象徴であり、一般人にとって羨望の的であった。
「あら?邪武ちゃんじゃない」
「おう。香さん。元気かにゃ」
「とりあえず元気だけど」
邪武のいきなりな挨拶に、香と呼ばれた邪武より頭ひとつ背の高い女性は、腰まである黒髪をかきあげて苦笑いする。
「香さんがいるってことは、近くに武がいるのかにゃ?」
邪武はキョロキョロとあたりを見回す。
「弟なら、ここにはいないわよ。バトルファイターズのメンバー集めにでているハズだから」
「へ?あたい武と組んでバトルファイターズにでるにゃ」
「そうなの?でも、バトルファイターズは3ON3だから、三人目のメンバーをスカウトしてる最中かもね」
「なんでそんなに詳しいにゃ?」
「そんなにって邪武ちゃん。あなた仮にもファイターでしょ?何でそんなに無関心でいられるの」
「うにゃ?」
邪武は、首をかしげて右手で頭をグリグリとなでる。
「う~ん。らぶりぃニャンコ」
香は素早く邪武を捕まえると、その豊満な胸にぎゅ~ううぅぅぅと抱しめる。このあたりさすがに武との血の繋がりを感じるものがある。
「むぎゅ~」
じたばたじたばた。
「みぎゃ~」
どうやら邪武はこうなる運命の星回りらしい。しかも武とは違い、香の凶悪なまでにデカイ乳は窒息させるのに時間は要さない。
「あら?ごめんなさい」
香が気がついて邪武を離したとき、やはり邪武の目はグルグルと回っていた。
「バトルファイターズとは・・・ってちゃんと聞いてるのか邪武」
「うにゃ?」
どこからともなく飛んできた蝶を幸せそうに見つめる邪武に、武は苦虫を噛み潰したような顔をしてこめかみを押さえる。
「邪武。頼むからきちんと聞いて覚えてくれよ」
「にゃんで聞いて覚えるにゃ」
「バトルファイターズにルールも何も知らないで出場するのはまずいだろうって香姉さんがうるさいんだ」
「シスコンにゃ」
「なんかいったのはこの口かな」
武は邪武の頬をつまんでおもいっきり左右に広げる。
「ブルドックがいいかそれとも」
「いたひにゃ~」
「ブルドックに決定」
武は邪武の頬をつまんだまま上下にゆっくりと動かしはじめる。
「ごえんなひゃい。ごえんなひゃい。みぃ~にゃ~」
邪武は大粒の涙をボロボロこぼしながら謝る。
「ちゃんと聞くな?」
邪武はぶんぶん頭を縦に振る。
「ちゃんと覚えるな?」
この問いに邪武は頭を横に振ろうとした。正直いって興味のないことに貴重な脳細胞を使用するのは大嫌いだった。
「ちゃんとぉ覚えるよ~なあ~」
武は前にも増して力強く邪武の頬をつねる。
「にぃ~ふぁかったにゃ~覚えるから」
渋々頭を縦に振ると、ようやく武は邪武を開放した。
「バトルファイターズは、三人がチームとなって闘うヴァーリ・トゥドだ。本家と違うのはって、いきなり寝るな!」
どこから取り出したのか、武は二メートル近くある巨大なハリセンを話を始めるなり速攻で舟を漕ぎはじめた邪武の頭の上に振り下ろす。
ブン。
ハリセンは見事に空を切る。
ブンブンブン。
さらに三度。武はハリセンを振り回すが、邪武は気持ち良さそうな寝顔のままで器用に躱す。
「邪武は寝ていても無意識で攻撃を躱すという噂は本当だったのかって、そんな場合じゃなあ~い」
武はムキになってハリセンを振り回すが、邪武はこれを最小限の動きで躱す。
「ええい!こうなれば奥の手」
武はズボンのポケットから箱を取り出す。
「邪武。邪武。お菓子だよ。大好きなチョコクッキーだよ」
武が邪武の鼻の前でクッキーの箱を軽く振ると、箱につられるように邪武は体を揺らしはじめる。
「そこだ」
バチンという乾いた音が響き渡る。
「みぎゃ。なにするにゃ」
「なにするにゃ?なにするんだろうねぇ」
武の恐ろしい形相と口調に邪武は毛を逆立てる。
「歯磨き粉とメンソレータムどっちを選ぶ」
「え?」
「眠気覚ましにまぶたの上と下に塗るのはどっちがいいか聞いているんだよ」
武は、いつのまにか右手に塩入歯磨き粉を左手にはメンソレータムを握って邪武に迫る。
「い、いつのまに」
「右目に歯磨き粉。左目にメンソレータムかな」
「た、楽しんでるにゃ。邪武をいじめて楽しんでるにゃ」
邪武はプルプルと首を振るが、武は問答無用で歯磨き粉とメンソレータムを塗る。
「ひりひりするにゃ。すーすーするにゃ。良い子は真似しちゃだめにゃ」
涙をポロポロ流しながら訴える。
「話をもとに戻す。バトルファイターズは、三人がチームとなって闘うヴァーリ・トゥドだ。本家と違うのは、協会が認めれば武器の使用も可能であるということ」
「許可されてるのはヌンチャク、トンファー、メリケンサック、警棒に鉄扇。ショートレンジの得物ばっかりにゃ」
「そういうのはきっちり覚えているな」
「敵を知り己を知れば百戦危うからずにゃ」
邪武の屈託の無い笑顔に武は苦笑いする。
「負けはノックアウトかギブアップ。まれに反則というのがある。審判は反則を見抜くのと敗者への過剰攻撃を阻止するために存在する」
「審判って、香さんがいつも仕合でやっていることをやる人なのか」
「そうだよって、姉さんが審判だって知らなかったのか?」
「うん」
邪武はなんの躊躇もなくあっさりと答える。武は右手の人差し指でこめかみを押さえて唸った。
「今回のバトルファイターズのバトルフィールドは、予選がベイサイドプレス、国際センター、マリンメッセ、九電記念体育館、大濠公園、市役所前広場、キャナルシティー、博多駅前広場、博多スターレーンの九個所。決勝トーナメントが福岡ドームで行われる」
「わたしたちはどこがデビューなの」
「福岡でのプロレスのメッカ。博多スターレーンだ」
武はうっとりと遠い目をする。
「シスコンのうえにプロレスと格闘ヲタクにゃ」
「なんかいったか?」
武は両手を広げる。
「え?なに?」
邪武は両手で口元を隠し、キラキラと目を輝かせる。
「だんだんズルくなってくる。気のせいだろうか?」
「気のせい気のせい。ところで、三人目は誰かにゃ」
「あ、え?ああ三人目、三人目ね」
「どうしたにゃ」
「三人目の巴さんはすでにお前の真後ろにいて、気配を殺してお前を観察しているんだが」
「へぇ?」
武に指摘された途端、邪武はいい知れぬ殺気を感じて全身の毛を逆立てる。
「さすがにというか、殺気に対しては敏感だな」
不意に声をかけられて、邪武は武に飛びついた。
「不意打ちに対し、瞬間的に間合いを取る。躊躇なく武を盾にした点も評価できる」
声の主はポンポンと小さく拍手する。そこには、腰にまで届く漆黒の髪に猫科を連想させるエメラルドグリーンの吊り上った目の美女が長い足を組んで座っている。地味なアーミーパンツにグレーのタンクトップといういでたちだが、その見事なプロポーションが相殺している。
「自己紹介は必要?」
邪武はブンブンと頭を振る。
「OK。名前は楠木巴。二十九歳。独身。身長百七十四。上から九十、五十九、八十五。体重はひ・み・つ。武とは姉弟弟子だな」
「おば」
邪武は余計な一言をしゃべろうとしたが、巴の一瞥で凍り付く。
「不用意な一言は死ぬより辛い目に合うから気を付けてね」
「らじゃ」
顔をめーいっぱいひきつらせながら邪武は軍隊式の敬礼をする。
「ところで武。邪武ちゃんへの特別授業は終わったの?終わったのなら邪武ちゃんの実力を見てみたいんだけど」
「あ、えっと、いいです。邪武の実力を見てやってください」
武はとほほ~という顔をして主導権を巴に譲ることにした。
ありがとうございます