夜の街騒乱する
不意にサムの胸ポケットが振動する。胸ポケットから携帯電話を取り出す。
「はい」
『巴です』
「そっちは終わったか」
『はい。で、どうしましょう。合流しますか?』
ながみみ堂襲撃部隊の撃退に成功したことを理解したサムは一瞬考える。
「そうしてくれ。もっとも、今からでは敵の援軍を迎撃、逃走の阻止程度だかな」
『了解です。で、味方の目印はあるんですか』
「ない」
『では同士討ち防止の合言葉を決めてください』
「尋ねた方が紅で、聞かれた方が龍。返しで聞かれた方が青尋ねた方が虎」
『了解です』
サムは通信が切れたのを確認して携帯電話をポケットに戻す。
「ながみみ堂は解決したのですね?」
側にいたリミッタが尋ねる。
「ああ。情報提供には感謝する」
「いえ、同盟者として当然のことです」
リミッタは微かに微笑む。
「ブレーカ。ただ今戻りました。準備完了です」
ブレーカは踵を微かに鳴らして敬礼する。
「ごくろう」
サムは無造作にブレーカの頭に手を置きクシャクシャと撫でる。
「どうやら向こうも到着したようだな…」
ソツナと美花の姿を確認したサムは二人のほうに歩き出す。
「誰だ!」
サムの接近に気がついたのはソツナだった。
「気配は絶ったつもりだが、気付くとは流石だな斎月ソツナ」
「わたしの名前を知っている?」
「観客だからな。大会参加選手の名前と顔ぐらいはチェックしている」
「後の方々は蒸機チームですね?あなたたち仲間ですか?」
「いまのところは、という注釈がつくがな」
サムが肩を竦めるのを見て、美花は微かに笑う。
「そうそう。ながみみ堂が襲撃され、撃退に成功したよ」
「ながみみ堂が襲撃。本当あるか?」
美花はいぶかしげな目でサムを見る。
「ここで嘘をいっても始まらないだろ…」
「それもそうね。でも、なぜそんなに早く情報入るか?」
「いまながみみ堂にはわたしの関係者が二人いるからな」
「そうか…あと、何故わたしの正体を知っていたね?」
美花はニッコリ笑うが、目はちっとも笑っていない。
「相手を知るのは基本だからな」
「ということは、ただ者じゃないってことね…とりあえず味方ね」
美花の差し出した右手を、サムは握り返す。
「一応、ながみみ堂の連中に後詰めを頼んだ。同士討ちを避けるため合言葉を決めたのでそちらでも統一してくれ」
サムは懐から万年筆と手帳を取りだすと、合言葉の発音をアルファベットで書き記すと美花に渡す。
「解った。こちらもそれで統一するね」
美花がパチンと指を鳴らすと、後ろに控えていた白いクンフー胴着の男が寄ってくる。美花は素早く男に耳打ちする。
「どれくらいで伝達できる?」
「徹底させるのに五分は欲しいね」
「そうか…」
サムは携帯を取り出しボタンを押す。
「時間あわせ七分前」
「え?」
「あと六分四十五秒後に俺と大尉で中のやつらをあぶり出す」
「へ?」
「特佐。少尉の電波は一瞬だ。確実にキャッチして情報リレーとカウントダウンを」
サムは美花の間の抜けた返事を無視してリミッタ達に指示を与える。
「了解です」
リミッタは小さく頷く。
「大尉。少尉の救出後は協力して殲滅戦を展開」
「了解」
ブレーカも頷く。
「時間合わせ一分前です…」
リミッタがカウントダウンを始める。
「三十…二十…十、五、四、三、二、一。作戦スタート」
リミッタのスタートの声と同時にあたりの電気が一斉に消え、サムとブレーカは走りだす。
『母狐から子狐達へ』
「電波を捕らえたか?」
『入口より右前方5メートルでキャッチ。誤差1メートル。廊下の突き当たり右の部屋です』
リミッタがレシーバーを通して連絡してくる。
「大佐。ドアが開きました。廊下には、痕跡を含めて熱源反応ありません」
「大尉。右前方5メートルには何か?」
「扉があります。おそらく」
「詰める」
「了解」
ふたりは一気に扉の前まで走る。
「扉の前に気配はないな。大尉。破壊するぞ」
「了解」
ブレーカはわずかに腰を落として腰に吊っている金属製の大型トンファーを構える。
「助けにきた。ドアから離れろカウント5で破壊する!」
大声で宣言すると、サムは中段にかまえる。
「5、4、3、2、1、せい」
サムの掛け声とともにブレーカのトンファーとサムの正拳が扉に叩き込まれる。
ドゴッ
凄まじい音とともに扉がくの字になって吹っ飛ぶ。
「うぉ一体なんだ?」
「きゃあー」
「大丈夫か?」
部屋の中が混乱と喧騒に包まれる。
「大尉。ライトを」
「了解」
サムの指示は即座に実行され、部屋に一筋の光が差し込まれる。
「ブレーカ姉さま」
部屋の奥からヒューズの元気に満ちた声が聞えてくる。
「特佐に第一目標保護を伝達」
「しました」
サムの指示にブレーカは即座に答える。
ブン
不意に部屋に明かりが戻る。
「非常電源が作動?時間がかかり過ぎて怪しいな…」
「よう大将。助かったぜ」
不意にサムに声をかけた人間がいた。
「チームXXXのリーダーでマッドアイ…だったな」
「ほぉ俺も有名になったもんだな」
マッドアイはマスクからのぞいている髭をさすりながら笑う。
「俺の弟子を公式戦で木っ端にした男の名前ぐらいはな」
「ちぇ。で、弟子の負けに師匠が出るのかい?」
マッドアイはあからさまな舌打ちをして皮肉を言う。
「状況が許せばな。闘ってやるよ」
「逃げるのか?」
「今はこの状況を打開する方が先決だろ?誰彼構わず噛みつくと品性が疑われるぞ…」
マッドアイの兆発をサムはあっさりとかわす。
「はん。状況が変わったら真っ先にぶちのめしてやるからな!」
マッドアイは吐き捨てるように叫ぶ。
「ああ。楽しみにしているよ…ブレーカ大尉。誘拐が報告されていた人はいるか?」
「はい。誘拐が報告されていた人の身柄はヒューズ少尉以下全員この部屋で確保しました」
風切翔子の両腕を拘束していた縄を切りながらブレーカが答える。
「人質を一ヶ所に?不用心だな。こちらの人質奪還を想定していなかったのか?それとも…」
「罠ですか?」
「ありうるな」
ブレーカの進言にサムは右手で顎を触りながら考える。
「妨害電波は?」
「復活してます」
「お、おい。ちょっと待ってくれよ。妨害電波って、なんだ?」
マッドアイが会話に割り込んでくる。
「言葉通りだよ。このビルには電波を遮断するものがある」
「へぇ?俺達を監禁した組織は金持ちなんだ」
マッドアイは邪悪な笑みを浮かべる。
「大佐。作戦継続しますか?」
ブレーカとヒューズは踵を鳴らしてサムの前で直立不動の姿勢をとる。
「変更だ。二人は人質たちの先頭を務めろ。殿は俺がつく。そして、このビルから速やかに脱出し、
特佐と合流する」
「了解です」
ブレーカとヒューズは敬礼する。
「ショウ大丈夫か!」
猫のような大きく吊り上った瞳の少年ジンとヤイバの二人が飛び込んでくる。
「ジン!ヤイバ!」
背中まである髪を毛先の所だけで束ねた、少年たちによく似た大きな瞳を持つ少女ショウが
二人に抱きつき声をあげて泣き出す。
「これ以上長居は禁物だな…撤収」
「皆さんついてきてください!」
ブレーカがドアに向かって走る。
「逃げるのは性にあわねぇんだが」
「ビルの内部にいないってことは、外にいるってことだ。すぐに暴れられるぜ」
マッドアイのボヤキにサムは突っ込む。
「そうだな」
マッドアイは意味ありげに笑った。
「敵があぶりだされてこないが、どうしたね?」
ビルの外でサム達と合流した美花は、不思議そうに尋ねる。
「さあな?俺もビル内で抵抗があると思ったんだが、人っ子一人出てこない」
サムは肩を竦めて見せる。
「罠あるか?」
「だろうな。可能性としては、この現場の逆包囲だが…」
「ふっふっふっ。その通り!」
サムと美花の会話を聞いていたかのようなタイミングで声が響き渡る。
「とりあえず聞いておこう。誰だ!」
サムは声がした方に向かって叫ぶ。
と、同時に建物の上にスポットライトが当たり一人の男の姿を浮かび上がらせる。
赤い髪を炎のように逆立てた派手なパンクロックシンガーのような風貌の男である。
「グエン=キ=バーグ。あいつが首謀あるか!」
美花はうめくようにつぶやく。
「月並みで悪いが、動くなよ」
グエンが叫ぶのと同時に、パァァァンと乾いた銃声が鳴り響き、美花の足元に穴を穿つ。
「このように、君達はいつでも狙撃が出来る」
グエンは悪意に満ちた笑い声をあげる。
「これが目的か?随分大掛りだな」
サムは指をバラバラに動かしながら尋ねる。
「これも目的さ。マッドアイくん。張美花女史の身柄を拘束したまえ」
グエンはわずかに胸を反らす。
「あいよ」
いつのまにか美花の背後に立っていたマッドアイが、美花の両胸を掴むように抱きかかえる。
「な、なにするか!あん」
美花は身悶えながら叫ぶが、体格差がありすぎてマッドアイはびくともしない。
「神。縄だ!」
「はい」
マッドアイの命令に呼応するかのように縄を持った神明子が姿を表す。
「縛っておけ」
乱暴に美花の身柄を神に預けると、マッドアイはサムの前に立つ。
「グエンさんよ。ひとつワガママを言っていいかい?」
「なんだね?」
「今ここで、こいつをぶちのめしたいんだが」
マッドアイは、指をポキポキ鳴らしながらサムを指差す。
「…いいだろう。好きにしたまえ」
グエンはあっさり許可する。
「だとよ!」
マッドアイは渾身の力を込めた裏拳をサムに叩き込む。
ガシィ
サムはマッドアイの裏拳をキッチリとガードする。
「へっへっ。大口叩くだけあって防御は及第点だな」
マッドアイは舌なめずりすると、間合いを詰めてショートレンジの右ストレートを放つ。
「つっ」
サムは辛うじてマッドアイの右腕を外へと弾く。
「うらぁ」
たて続けに左、右、左、右と咆哮を上げながら、マッドアイは正拳のラッシュを繰り出す。
ガシ、ドス
肉と肉のぶつかる鈍い音が響く。
「るぅおあぁ!」
それまで拳一辺倒だったマッドアイが右のミドルキックを放つ。
蹴りをまともに食らい、サムの体が数メートル吹っ飛ばされる。
「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
猛然と走りだしたマッドアイは、その巨体からは信じられないような跳躍力でジャンプすると、
吹っ飛ばされたサムめがけてダイビングボディプレスを敢行する。
ドスン
「ぐぉ」
身体がぶつかる瞬間サムに膝を立てられ、鳩尾に直撃を受けたマッドアイは苦悶の声をあげる。
「よっ」
サムは、ヘッドスプリングで立ち上がる。
「大技は返されるとダメージが大きいよな」
わざとらしくズボンの埃を払いながら、サムは笑う。
「うぉおぉぉぉぉ」
マッドアイは身体を低くするとサムにタックルを敢行する。
「よっ」
サムは組みついたマッドアイの首に手を回すと、そのまま全体重をかけてのDDTを放つ。
「ぐわぁぁぁ」
たまらず頭を抱えてマッドアイは吼える。
「どうした?」
サムはマッドアイの側に近づく。
「ふん」
それまでうずくまって吼えていたマッドアイがいきなりサムの足首を掴むと、そのまま力任せに
サムをひっくり返す。
「へっ。油断したな」
マッドアイはそのままサムの両足を抱えると、遠心力を利用してグルグル周り始めるプロレスの
ジャイアントスイングを敢行する。
「だりゃあ」
30回まわしたところで、マッドアイはサムを放り投げる。
「うい」
マッドアイは、足元をふらつかせながらもサムの上に馬乗りになると、猛然と拳を振り下ろす。
が、サムは巧みにこの拳を受け流す。
「マッドアイさん。いい加減ケリをつけてください。それとも手伝いますか?」
グエンがのほほんと声をかける。それは余裕のある勝者の口調である。
「うっせい!」
マッドアイがグエンの方を見て吼える。が、戦っている最中にこの動作は不用意過ぎた。
「よっ」
サムは、器用にマッドアイの胴体に足を巻きつけるとテコの原理でマッドアイのバランスを崩す。
不意に、『美しき蒼きドナウ』のメロディが流れる。
それは携帯電話の呼び出し音だった。
「やれやれ。我慢の時間が終ったか」
ニ、三度首を鳴らすと、サムは神速のスピードでマッドアイの懐に飛び込み掌底を繰り出す。
衝撃が顎から脳天を直撃しマッドアイの脳を激しく揺らす。
「がはっ」
うめき声と同時にマッドアイは倒れた。
「ほお。一撃ですか」
グエンはパチパチと手を鳴らす。
「ですが、これまでです」
グエンはゆっくりと手を上げる。
「…なんだ?何故狙撃されない?」
グエンは叫ぶ。
「レディースアンドジェントルマン」
グエンとは反対のビルにスポットライトが当たり、一人のマント姿の人物を浮かび上がらせる。
その人物は、本来頭があるところにグリーンの容器が据え付けられており、しかも中には人間の脳と眼球が漂っていた。
「この場面でコオロギズのオーナー下足八郎氏のドアップか。インパクトあるなぁ?」
サムは感心したように頷く。
「じゃ?ん」
薄紫色の髪の少女ミカヅキと金色の短髪少女エンゲツが下足の両サイドから、ライフルを持って現れる。
何故かエンゲツは、髪の毛と同じ色のしっぽを動かしなから得意満面である。
「こっちも注目するにゃ?」
今度はグエンの九十度右手のビルにスポットライトが当たり、ネコミミ少女邪武とながみみ少女アルを浮かび上がらせる。
「こちっも忘れないでくれよ」
グエンの九十度左手のビルにスポットライトが当たり、ケンスケ=Yと相模冴子を浮かび上がらせる。
「は、謀ったな!」
グエンは血を吐くような声で叫ぶ。
「それはお互いさまにゃー!ま、手数がこっちの方が多かったってことにゃー!!」
邪武は胸を張って威張る。
「お前が威張ることじゃないだろ?」
邪武の隣にいたアルがツッこむ。
「くそっ!やってしまえ!」
グエンの悪党らしい掛け声とともに、どこからか赤い中国服を着た人間が姿を表す。
「望むところね!」
美花が号令をかけるのと同時に白いクンフー胴着の人間が構えを取る。
「お祭りにゃ?」
邪武の宣言と同時に派手な乱闘が幕を開けた。
ありがとうございます




