こぶ吉高転びに転び候 その2
「美花さま」
「なに?眠々」
優雅にティーカップを揺らしていた美花に、やたらと胸を強調したメイド服を着た女性眠々が美花の耳元に顔を寄せる。
「誘拐されていたミィファ=アンブローズ嬢が救出され、犯行主犯格の芦屋こぶ吉が殺害されました」
「あらそう。ところでニュースソースは大会本部?」
「はい」
「なら確実ね。で、ミィファさんは?」
「身柄が確保された、ながみみ堂とかいう店で待機ということです」
「ふ~ん。で、ながみみ堂は大丈夫なの?」
「ながみみ堂には大会決勝進出チームが三、四チームも集まっています。四虎の奇襲には充分対応できるでしょう」
「そう。ところでその四虎の動きはどう?」
「残念ながら・・・」
それまでニコニコ笑っていた美花が、素早く眠々の顎を掴む。
「無能は、お気に入りでも潰すね」
美花はなんともいえない不気味な微笑みを浮かべる。
「うわ~それって、わたしも使えないとポイですか~」
「ソツナは大事なゲストね。期待はしてるけど、眼鏡違いだったとしても潰したりしないね。安心するね」
美花はニッコリと、しかし、背筋を冷たくさせる微笑みを浮かべる。
「美花さま申し訳ありません・・・」
「あら?眠々。まだいたか?」
「はい。あ、あの、サムソン=トーマスという男から美花さまに電話が」
眠々は恐る恐る美花に携帯電話を渡す。
「それが、まだここにいた理由ね?でもサムソン=トーマスは知らない名前ね」
訝しげな顔をして美花は携帯電話を受け取る。
「ハロー。ミス美花。それとも、クーロンのレッドドラゴンズマスターと、お呼びした方が良いのかな?」
「・・・一方的に正体が筒抜けというのは、気分が良くないね」
一呼吸置いてから美花は返答する。そして、眠々に逆探知するように目と手振りで合図を出す。
「四虎の、今回のアジトについての情報なのだが、情報提供者の身分は必要かね?」
「いまがどういう状況か、知ってて、電話してるね?」
「当然だ。でなければ、君の側近の携帯に直接電話をかけたりはしない」
「名前から察するにチャイニーズじゃないみたいだけど、広東語が上手ね」
美花は、サムが第一声こそ英語だったが、その後、流暢な広東語で会話したした事を指摘する。
「おや?広東語では不満かね?何なら、日本語でも、フランス語でも、英語でも、話し易い言語で会話してもかまわないが?」
「そのままでいいね。でも、おかげである程度のことが推測できたね。信用するか否かは情報次第ということにするね」
「賢明だな。さて、四虎だが、住吉神社の近く。参道の隣にあるマンションにいる。つまり、君たちの組織の西日本支部の近くだな」
サムの言葉に美花は絶句する。
「君たちの組織なら、そろそろわたしの携帯を逆探して、その位置を割り出している頃だろ?あと一時間だけ突入を待ってやる」
サムがそう告げるのと同時に携帯電話は切れた。
「眠々。逆探は?」
「は、はい。し、少々お待ちを・・・彼の携帯の発信地は、彼が指定した地点に間違いありません」
眠々は恐ろしく恐縮しながら答える。
「そうか。ならば、その場所にはわたしが出るね。罠であろうとなかろうと、わたしはこの男に会ってみたくなったね」
「それは」
美花はなにか言いかけた眠々を一瞥で黙らせる。
「ソツナはどうするね?」
「もちろん行くよ。ここでゴロゴロしてても意味ないし」
ソツナは手元の竹刀袋を持って立ち上がる。
「眠々。確か甘党集団のケンスケ達が指定された場所の近くでスタンバってるはずね。大会委員会を通じて招集をかけるね」
「は、はい!」
眠々は転がるように部屋を出ていく。
「ソツナいくね」
美花はティーカップに残っていたハーブティーを一気に飲み干す。
「美花さん・・・なんか貧乏臭い」
ソツナは美花の行為に苦笑いした。
雑貨&軽食の店ながみみ堂に忍び寄る影があった。全員が黒装束、顔の半分を迷彩色のバンダナで隠している。
先頭に立っていた男が腰に吊っていた手榴弾の安全ピンを抜き、明かりのこぼれる窓枠に張り付く。
「いくぞ」
男は肘で窓ガラスを割ると、持っていた手榴弾を放り込む。
『ドン』
手榴弾にしては小さく、鈍い音が響き、割れた窓から白い煙が大量に噴出す。
「突撃」
先頭の男の合図とともに、体格のいい男が肩からタックルしてドアを破壊すると、後続が奇声を上げて突っ込む。
「李隊長中には誰もいません!」
「なに?集音マイクで存在を掴んでたんじゃないのか!」
「マイクには反応がありました!」
李隊長と呼ばれた、手榴弾を投げ入れた男は後方で集音マイクを持っていた男に向かって怒声をあげる。
「あ?あドアと窓……派手に壊してくれちゃって?」
「困ったわ。後片付け大変よアル……」
ふいに声がする。
「な、何者だ」
李は声のするほうを見る。
「何者?それはこっちの台詞なんだがな」
ながみみ堂店主南無雷は、黒光りする大型の警棒で肩をたたきながら犬歯を見せて笑う。
相変わらず深く被った黒い無地のSWAT帽のため表情を完全に読み取ることは出来ないが、怒りに満ちた笑いである。
「キミ達はお仕置きよ」
ミィファは、月をバックにポーズをつけて叫ぶ。
「いや?マッチしてるな?」
シンは満足げに頷き、ミィファは苦笑いする。どうやらこのアクションはシンのリクエストらしい。
「弁償してもらうべきだな」
「そうですね兼江さま……」
鼎の腕にしがみついていた 改が鼻にかかった声で甘える。
「世のため人のため、悪の野望を打ち砕くダイターン3!この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかってくるにゃ!」
「だれがダイターン3だ」
額に人差し指を当てて胸を張っている邪武の後頭部を武がはたく。
「ふたりとも緊迫した場面で漫才するんじゃない」
「巴さん!するんじゃあ、なぁ?いよって、アクセントで言わないとだめにゃ」
「はりあうな」
武は再び邪武の頭をはたく。しかし、二度続けておとなしくはたかれるほど邪武は甘くはない。
「たたくにゃ!」
邪武は武の手首をしっかり握ると、武の肘を掌で打ち上げた。
「こ、これからバトルのに支障が出るような反撃するか?」
「反撃を受けるほうか悪いにゃ」
武の抗議を邪武はあっさりとかわす。
「武の負けだよ」
邪武と武の漫才のようなやり取りを見て、巴は笑う。
「ま、漫才ならほかでやれ!」
李は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「漫才?これが?カモフラージュだよ。ほかのメンバーが君達に接近するためのね」
「そうにゃ」
武と邪武は右手の人差し指を振る。
「な、なんだと?」
李はあわてて振り返る。
「は?い」
いつのまにか接近していたミィファがにっこり笑って手を振る。
「なにをしている!」
李が命令するよりもミィファがそばにいた李の手下に飛びかかる方が早い。
「いっくのだ」
ミィファの鍛えぬかれた足が、手下の足首、ふくらはぎ、膝、太もも、わき腹、肩に的確にヒットする。
「な、なめるな!」
男はミィファの足をしっかり掴むと、そのままの体勢で密着し、そしてそのまま投げる。
「おお?キャプチュード」
シンは笑いながらミィファを投げている男のノドに体重を乗せた肘を落とす。
「フォローありがとうなのだ」
ミィファはしたたかに打った後頭部をさすりながら起き上がる。
「油断は禁物♪」
得意げに指を振るシンの顔めがけてミィファは正拳を繰り出す。
「なにするんだよ!」
「油断は禁物……でしょ?」
寸前でよけて抗議するシンに、ミィファはニッコリ笑う。
「がはっ」
うめき声とともに、シンを背後から攻撃しようとした男が倒れる。
「いや?ありがとう」
「ノープロブレム」
顔を引きつらせて笑うシンに、ミィファは右手の人差し指を立てて答える。
「さて」
鼎は二、三度地面を踏んで足場を確かめると、すっと右手を水平にあげる。
「てぇめぇ!」
男が不用意に突っ込んだ。
「愚かな」
鼎はミリ単位の見切りで男の拳をかわすと、あげていた右手で男の喉を掴む。
「がっ」
ゆっくりと男の体が浮く。鼎は片手だけで持ち上げているのだ。
鼎は男のわき腹に右手を添え、喉を掴んでいた右手を一瞬だけ離す。
「ぎゃひぃ」
ぐもったようなうめき声と同時に男の全身がどす黒く染まり、耳、鼻、口、目から噴き出すように血が溢れでてくる。
「いまのは?わたしの知ってるどの舞より遥かに強力です」
改は鼻にかかるような声で尋ねる。
「秘密だ。わたしとて現役の伝承者。お前に伝えていない舞もいくつかある」
「ええ?ああん。教えてくださいませ」
改は鼎の腕にのの字を描いて甘える。
「だぁ?いいかげんにするのにゃ!」
どこに隠し持っていたのか、巨大なハリセンで邪武が改の頭をはたく。スパンという気持ちのいい音が響いた。
「ねぇ兼江さま?」
「な、効いてないにゃ?」
「こら邪武!味方に突っ込んでるヒマがあったら敵を倒せ」
呆然としている邪武に武が突っ込む。
「いわれなくてぇも、やるにゃ?」
血迷ったか、邪武はもっていたハリセンを投げる。
「だ?ハリセンは投げる武器じゃねぇ!」
敵の正拳突きを避けながら武が叫んだその瞬間、ハリセンが派手な音をたててアルと対峙していた男に命中する。
そしてハリセンは何事もなかったように邪武の手元に戻ってくる。
「な、なんだ?」
「ゴム紐つきにゃ」
「ぶ、武器の使い方を間違ってる……」
落胆した武の顔面にまともに敵の正拳がヒットする。
「いい拳だ。これはお返しだ」
武は男の腕が引かれるよりも早く左の手刀を落とし、同時に右の掌で挟むようにカチあげる。
ゴキ。
鈍い音が響き、男の腕がありえないところでありえない方向に曲がる。
「せいの?」
武の回し蹴りが男のわき腹に食い込む。男はそのまま崩れるように地面にへたりこむとそのまま動かなくなった。
「さて……」
雷は警棒を振り上げて剣道で言うところの上段に構える。一見すると隙だらけのように見えるが、男は動かない。
「動かないのか?ならば…………」
無造作に間合いに踏みこむと、雷は警棒を振り下ろす。と、男は振り下ろされる警棒を両手で挟むように手を伸ばす。
「白刃どり、させるか!」
男の動きを察知して、雷は神速の早さでさらに半歩踏みこみ振り下ろすタイミングをずらす。鈍い音が響き警棒は男の腕を痛打する。
「考えは良かったが、及ばずだな」
素早く警棒を切り返すと、雷は男の米神に警棒を振り下ろした。
「時間があればじっくりといたぶってから落とすのだが、残念だよ」
口元に不敵な笑みを浮かべて、雷は警棒をゆっくりと引き離す。男はうめき声もあげることなくその場に倒れた。
「さてと、とっとと切り上げて師匠と合流しないとな」
巴は小さく息吹くと、予備動作なしに間合いを詰めて右手を振り下ろす。
「ちっ」
男は巴の拳を寸前で見切って避ける。
「よっ」
巴は振り下ろした右手の反動を活かすように体を捻りながら左の裏拳を放つ。
「なんと」
男はまたもぎりぎりの所で裏拳をかわす。
「せい」
巴の右ハイキックが今度は違わず男の側頭部を捕らえる。
「せ?の!」
間髪入れず巴は右足を垂直に上げ、崩れる男の頭に踵を落とす。
「次だ」
相手が戦闘不能になったのを確認することなく巴は踵を返すと、次の敵を探す。
「よろしくお願いします」
エルがぺコリと頭を下げると、男も慌てて頭を下げる。考えてみるとおかしな光景だが、不自然さを感じさせ無い。
「では」
エルはしっかりと男に抱きつく。
「こ、これは、天国」
男の顔が緩む。エルの体は非常に華奢だが、それでも胸はかなり立派だ。しかもピッタリとフィットしたスーツに身を包んでいるため、感触がダイレクトに伝わっているためだ。
「よいしょ」
あまり気合の入った掛け声ではないが、エルは抱きついた状態のままで大きくそりをうつ。
「がはっ」
男は受身が取れないまま脳から地面に叩き付けられる。天国から地獄というやつだ。
「でもって」
倒れている男を頭から抱えあげると、エルはそのまま杭でも打ちこむかのように男の脳天を地面に打ちつける。
「お粗末さまでした」
なにがどうお粗末なのか判断し辛いが、ピクピクと痙攣している男に向ってエルは頭を下げた。
「にゃはは」
邪武が持っているハリセンでポンポンと手を叩きながら間合いを詰めると、対峙している男はジリジリと間合いを取る。
「怖いのかにゃ?」
邪武の挑発に男は答えない。もっとも、腕に覚えのある人間なら誰でもこうなるだろう。
ハリセンによる攻撃に肉体的なダメージはないが、精神的なダメージは半端でなく大きい。
「いっくにゃ?」
ハリセンを水平に構えて身を屈めながら邪武は突っ込む。男は慌ててさがるが、邪武のほうが速い。
「せ?の」
邪武は思い切りハリセンを振りきる。しかし、思い切りすぎて余裕でしゃがまれる。
「とにゃ!」
邪武は振りきったハリセンをそのままのスピードで一回転させると、今度は狙いすませたように男の顔面にハリセンを叩きこむ。
「光画ぶれーど!成敗クラッシュ?♪」
動けなくなった男の脳天に、猛烈な勢いでハリセンが打ちおろされる。
「成敗!」
邪武が立てた親指を下に向けると、男は崩れるように倒れた。
「さ?あ、ちゃっちゃといくにゃ?」
邪武は次の獲物を求めて走り出した。
「やっ」
アルはフック気味に鋭く右拳をくりだす。
「はっ」
絶妙なタイミングでアルの拳を上にはじくと、男はそのまま腕をたたんで肘打ちを放つ。
「うっ」
アルは、かろうじて急所への打ちこみをかわしたものの、まともに攻撃をくらう。
「う?」
アルも男も動かなくなった。
男の攻撃スタンスが、相手の攻撃を受けてカウンターで仕掛けるというタイプだということにアルが気がついたからだ。
「どうした。もう攻撃しないのか?」
男は挑発するが、そんな挑発にほいほいと乗るほどアルもうかつではない。
「だったらこちらから!」
男が間合いを詰めたその瞬間。バチン!という威勢のいい音が響き、男の後頭部に飛んできたハリセンが命中した。
「いまだ」
アルは男の足の間に自分の足を割り込ませて体の重心を崩すと、突き上げるように鳩尾に拳を叩きこむ。
「が」
男の体があっけなく浮く。逃さずアルは男の顔面に正拳を打ちこんだ。
「ふぅ」
二、三度ビクビクと痙攣する男に一瞥を与えるとアルは次の目標を探しにあたりを見回す。
「へっへ?ん。アルが一番ビリにゃ」
邪武があっかんベーをしながらケラケラと笑う。
「む、む、む?う」
アルは悔しそうに地面を蹴るが、口では反論しなかった。
ありがとうございます




