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福岡ファイトれでぃ~ごう  作者: 那田野狐
最終章 福岡ファイトれでぃ~ごう
23/26

こぶ吉高転びに転び候 その1

漆黒の街内を疾走する影が二つ。ひとつは大型犬ひとつはサムである。

ピピピピピピ

軽い電子音を聞いたサムは、ヘッドギアからマイクを引き出す。

「どうした」

「武です。ファイターの誘拐事件が発生しています。それを受けて大会委員会が非常事態を宣言しました。所属するファイターが猟犬になって市内を駆けます」

「なるほど妖しいヤツは問答無用でバトルを仕掛けてくる可能性があるということか。どうすればいい?」

「味方であることを証明するワッペンを邪武に持たせます。最短合流地点を策定しますからいまどこにいるが情報をください」

といわれて、サムは回りを見廻す。

「上川端商店街と書かれたアーケードのアーチと銅像がある」

「地下鉄中州川端駅の出口付近ですね。では十分ほど待ってください」

「解った」

サムは一度ヘッドギアにマイクを収納し引き出す。

「コールファイブ・・・私だ。市内でファイターが無差別攻撃に出るようだ気をつけて行動せよ以上」

それだけいうとマイクを収納し腰に吊ってあった皮紐を傍らにいるジャーマンシェパードの首輪に繋げる。

「まったくなんでこんな面倒臭いことになるでしゅか」

「すいませんこぶ吉さま。まさか車の前輪がパンクするなんて予想すらしてませんでしたから」

「ホントすいませんきゃははは」

それまでの小さな声をぶち壊すような、けたたましい笑い声が響く。

「・・・」

サムはシェパードに待ての合図をすると物陰から声のする方を覗き見る。

「改。とっととミィファを移し替えるでしゅよ」

ただでさえ丸い顔をさらに丸くしながらこぶ吉は改に命令する。

「はい。マスター」

改は目隠し猿轡荒縄縛りされたミィファを軽々と担ぎあげる。

「いまこぶ吉、ミィファ、改といったな」

三人の名前と武の情報からサムはファイター誘拐事件の現場に立ち合っていることを悟る。

「フリーズ」

サムは叫びつつ懐からワルサーPPKを取り出すと車のタイヤめがけて引き金を引く。

パンという乾いた音とともに車が傾く。

「何者でしゅか」

「さて何者でしょう?」

こぶ吉の問いにサムはふざけたような言い回しで答える。

「ファイターじゃないでしゅね?だったらこのまま見なかったことにして立ち去るでしゅよ。死にたくなければでしゅが」

本人は凄んでいるのだろう。しかし、サムには毛程の感銘も与えていなかった。

「逃げないでしゅか?警告はしたでしゅよ。改。殺ってしまうでしゅ」

こぶ吉は命令するとそそくさと大きく間合いを取る。

「貴殿に恨みはないが主命だ。覚悟してもらう」

抱えていたミィファを降ろすと改は半身に構える。

「いいね~恐れをまったく知らないチャレンジャーというのは」

サムは嬉しそうに顔を綻ばせると、ワルサーを懐に戻し、爪先立ちし倒れるように間合いを詰める。

「はっ」

体を捻りながらサムは改の首筋頚動脈あたりに手刀を叩き込む。

改は平然と受け止めると、右膝蹴りで切り返す。

サムはこれを右手でガッチリ掴んで受け止めると間髪入れず膝の皿を捻る。

「強いな」

「そりゃどうも」

サムはペロリと親指を舐める。

「おや?面白いことしとるじゃないか」

建物の影から渋茶色の着流しに赤茶石目塗りの杖を肩に担いだ大凶之助がでてくる。

「なんで大凶之助がここにいるでしゅか?飲んでくるんじゃないでしゅか?」

「ちゃんと中州で飲んどった。しかし、偶然とはいえ、ええとこに来た」

大凶之助は肩に担いでいた赤茶石目塗りの杖でトンと地面を突く。杖の四分の一の所には不気味な鍔があった。

「赤茶石目塗りの鞘に鍔・・・日本刀だな」

「改ちゃん。この獲物、俺に譲らんか?」

持っていた酒瓶を無造作にグイ飲みして大凶之助は笑う。

「ミィファ嬢の身柄を賭けてくれるのなら相手をしよう」

サムは改の足元に横たわるミィファに視線を送る。

「乗った!」

大凶之助は素早く抜刀し目線の高さで水平に構えると、次の瞬間には無数の突きを繰り出す。

「はっ。寸前で見切って最小限の動きで躱すか。出来るな!」

水平に構えていた刀の先を、弧を描くようにして足元にもっていくと、大凶之助はチャキッと刀を鳴らす。

「さて、と。次から反撃させてもらおう」

サムは半身に構える。

「うぉおぉ」

大凶之助の咆哮とともに刀が大きく跳ね上がる。

「ちぃ」

サムの頬に赤い筋のようなものが走る。

「反撃するんじゃなかったんか」

跳ね上げた刀を素早く返すと、大凶之助は上段から跳ね上げたときよりも数倍速いスピードで振り下ろす。

「無刃取りだと?」

ガッシリと両手で刀を挟まれて、大凶之助の頬がピクピクと震える。

「刀長26.57インチ。豪壮な身幅の広い刃。互の目の刃紋。志津風の焼刃。中切っ先・・・九州は肥後の刀匠同田貫正国が鍛えし業物。その破壊力南蛮鉄の兜も容易く断ち割る剛刀だろ?」

「外人のくせに大したウンチクじゃの。そこまで知っとるということは、儂のフィニッシュが上段からの打ち下ろしと、あたりをつけとったわけか」

サムも大凶之助も不敵な笑みを浮かべる。

「はぁ」

サムは刀を挟んだまま引き込むように腕を下げ、同時に左足を跳ね上げる。

「ごはっ」

サムの爪先はモロに大凶之助の米神にヒットし、大凶之助はたまらず両手で顔を押さえ転げまわる。

「うむ」

サムは持っていた刀を構えなおすと、地面に転がっていた鞘を拾い上げ、二度軽く振ると鞘に納める。

「さて、続きを楽しもうじゃないか」

ダメージから回復した大凶之助に向かってサムは人差し指一本で招く。

「舐めるな!」

大凶之助は左手を目の高さで水平にかまえると突きを繰りだす。

「舐める?この程度の挑発に乗るとは、まだまだ修行不足だな」

サムは大凶之助の手刀をガッシリ受け止めると、再び左足を跳ね上げる。

「ちっ」

大凶之助はこれを寸前でしゃがんで躱す。

サムは蹴り上げた足をそのまま大凶之助の首を刈るように振り下ろす。それと同時に掴んでいた左腕をおもいっきり捻りあげる。

「はっはっはっ。まいった降参じゃ」

首筋に足。捻りあげられた腕。大凶之助にとって屈辱的な形であるにも関わらず大凶之助は大声で笑いながら負けを宣言する。

「技のレベルは水準以上だが、魂に奢りが見える。魂を鍛えよ」

「心得ました」

サムの言葉に大凶之助は即座に正座。地面に額をこすりつけんばかりに頭を下げる。

「間髪入れずやるかね?」

「いかがしますか?マスター」

サムに問われ、改はちらりとこぶ吉を見る。

「こいつはミィファのことを知っていたでしゅ。といことはこのまま逃がせば悪事が露見するでしゅ。必ず殺るでしゅ」

「御意」

改は小さく頭を下げる。

「ま、待ってくれ。これでは儂の面子が!」

うろたえる大凶之助をサムは片手で制する。

「橘兼江によって造られた殺人人形の実力とやらを見せてもらおうではないか?」

「なんでそこまで知ってるでしゅか?ええい絶対殺すでしゅ」

こぶ吉は顔面を蒼白に大量の唾を撒き散らしながら叫ぶ。

「御意」

改は右手をピンと伸ばすと、大凶之助の突きとは比べ物にならないスピードの手刀を放つ。

「早いが動きが直線的で読みやすいな」

サムは解説する余裕を見せながら的確に手刀を受け流す。

「なにグズグズしてるでしゅか!さっさと仕留めるでしゅ!さもないと捨てちゃうでしゅよ~」

こぶ吉は蒼白だった顔を一転真っ赤にして叫ぶ。

「ぎ、御意」

改は更に手刀のスピードを上げる。

「動きが単純では、無駄だといっている!」

それまで受け流す事だけに徹していたサムは、改の手刀を右腕で上方に弾くと、そのままコンパクトにたたみこみ、肘を鳩尾に叩き込む。

「笑止」

改は鳩尾に肘を叩き込まれたことなどまるで気にすることなくサムの鎖骨に肘を落す。

「はぁあぁぁぁぁ~」

息吹くのと同時に、サムは八極拳でいう震脚を改の足首の上に落すというか踏み抜く。

ガコッ。

鈍い音とともにサムの足元と踏み抜かれた改の足元がすり鉢状に陥没する。

「橘流舞踏。愚者を刈る神の鎌。もっとも、私が体得している技をアレンジしての応用技だがな」

サムの言葉に改の表情が変化する。

「貴様がなぜ橘流舞踏のことを知っている」

改はサムに掴みかかろうとするが、体のバランスを崩してしゃがみこむ。

「痛みを感じない殺人人形といえど、間接部分にアスファルトが陥没させるほどの衝撃を受けたのだ。バランスを崩すのは当然だな」

サムは改の体に起こった異変を解説する。

「勝負はまだこれからだ」

ふらつきながらも改はサムに掴みかかる。

「勝負はもうついている」

サムは改の手を掴むと勢いよく引き込む。足首が動かず踏ん張りが効かない改は容易くバランスを崩した。

「はっ!」

サムは両手のひらを垂直に立てると、改の胸に添え短く息を吐いた。

ドコッ

鈍い音とともに改は吹っ飛ぶ。そしてこぶ吉を巻き込みながら、商店街が持ち出したであろうゴミ袋の山に突っ込む。

「うえぇ~ペッペッ」

ゴミの中から這い出してきたこぶ吉は、おもむろに倒れている改の顔を蹴り始める。

「こ、この役立たず!お前なんか、お前なんかいらないでしゅ!」

こぶ吉は大声で叫んだ。

「・・・それは占有の放棄とみなしてよいのだな・・・」

「へっ?」

よろよろと立ち上がる改の不気味な気配にこぶ吉の目が点になる。

バシュ

何かがちぎれるような音とともにドッチボールのようなものが空を飛ぶ。

「ひ、ひいぃぃぃ~ここここここぶ吉さま」 飛んできたものが、かって、芦屋こぶ吉と呼ばれていた者の首であることを知って、ピーは腰を抜かす。

「鼎の生き甲斐を奪ってしまったか・・・」

「お前が何故橘流舞踏の舞いと、兼江兄さまのことを知っている!」

改はサムの胸座を掴んで激しく前後に揺さ振る。

「話せば長くなるが・・・」

「うわ~なにがあったにゃ~」

二人の間に、険悪で緊張した空気が張りつめた瞬間、腰を砕くような脳天気な声が響き渡る。

「武のところの邪武ちゃんか・・・タイミングがバッチリといえばバッチリなんだが」

ヘナヘナと座り込む改を見ながらサムは苦笑いする。

「おう」

「おう」

もっていた写真と目の前の人間が、同一人物であるということを確認した邪武は、ニパッと笑って手を振る。それに答えるようにサムも手を振る。

「なにがあったにゃ?」

「誘拐事件のひとつが解決したんだよ。わたしは別件で事後処理ができないから君に任せよう。犯人の主犯はそこにころがっている芦屋こぶ吉。誘拐されたミィファ・アンブローズは身柄を確保した」

「うん。解ったにゃ。それと・・・」

邪武はオーバーオールから流星を意匠化したワッペンを取り出す。

「これを体の正面のどこでもいいからつけるにゃ」

邪武はお腹の部分に貼り付けてある同じデザインのワッペンを指差す。

「わかった」

ワッペンを受け取ったサムは口笛を吹く。

すると数秒もたたないうちにサムの足元にシェパードが現れる。

「でっけぇ犬にゃ」

邪武はシェパードの首に抱きつくと、かいぐりかいぐりする。

「改。君と鼎との再会は後で責任持ってセッティングしよう。邪武。この女性の身柄も確保してくれ」

「わかったにゃ。ところで、このわんこはなんにゃ?」

邪武は敬礼しながら聞く。

「現在追跡している目標が妨害電波でジャミングしているからな。古典的だが犬による臭いの追跡をしているんだ。待たせたな。追跡を再開しようか」

サムはポンとシェパードの頭を撫でると、走りだした。

「う~むなんかワザトらしい問答をしたような気がするにゃ」

邪武は少しだけ首を傾げたが、すぐにニパッと笑った。

ありがとうございます

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