何かが暗躍する その1
「まずい。まずいでしゅ」
こぶ吉が部屋の中をうろうろしている。
「なに檻の中の発情したゴリラのようにうろついてんだぁ~」
手酌で麦焼酎を呷っていた大凶之助がからかう。
「これをみるでしゅ」
こぶ吉は机の上にあった古びた木箱の蓋を開けて大凶之助の前に置く。
「ちょくら拝見。ぬおぉ!」
大凶之助は覗くなり持っていた湯飲みを放り投げてへたり込む。
「なんで生首が入っとんじゃ~」
「生首じゃないでしゅ。人形の首でしゅ」
こぶ吉は箱の中を取りだす。
「造りもんかよ。驚いて損したぜぇ。しかしどっかで見たような面じゃの」
しゃくれた顎をなでながら大凶之助は唸る。
「今日の決勝大会第一回戦に出場していた鼎とかいうやつに似てる」
鳥のモモ肉をフライドチキンでも食うように貪り食っていたバーツがぼそりという。
「おおそうじゃ。鼎ちゅうやつに似とるんじゃ」
大凶之助はポンと膝をうつ。
「で、なんでこげなもんがあるんじゃ?」
「これは、平安時代の昔から芦屋家に災いを及ぼす鬼の首でしゅ」
こぶ吉は長いカツラを取り出して被せるとハサミで器用にカットしはじめる。
「これはそっくりなんてもんじゃねぇ。そのままじゃねぇか」
出来上がったものをみて大凶之助は叫ぶ。
「わかったでしゅか?」
「なにが?」
「鼎という名の鬼が芦屋家を滅ぼしにくるでしゅ」
こぶ吉はどんどんと机を叩きながら力説する。
「芦屋家が目的なら大会には出んじゃろ」
「どういうことでしゅか?」
「目標はあんたじゃねぇかってことじゃ」
大凶之助の指摘にこぶ吉の顔色が変る。
「なななな何を根拠にいうでしゅか」
「とぼけんなよ。個人で芦屋家を潰すのは容易じゃねぇ。だが、大会中にお前さんを害するのは簡単じゃろうが」
「・・・・やっぱりそうでしゅよねぇ」
こぶ吉は腕を組んで考え込む。
「改。ピーとポー子と組んでミックスナッツのミィファの身柄を拘束するでしゅ」
「おいおい」
「クライアントはぼくでしゅ。仕合以外のことに関しては問答無用でしゅ」
苦言を言いかけた大凶之助をこぶ吉は一喝する。
「お~お普段では考えられねぇ強気な態度。まあここは依頼者の顔を立ててやるかのぉ」
大凶之助はワシワシと頭を掻き渋々といった顔をする。
「ふん。改。行くで・・・もう行ったでしゅか」
先程まで壁の飾りと化していた改の姿が音も無く消えていたのを見てこぶ吉は鼻を鳴らした。
「はぁあぁいぃ~」
ミィファの気迫のこもった蹴撃が地面に刺しているだけの竹を倒さずへし折っていく。
「夜も更けてるのに頑張ってるねぇ」
懐中時計をポケットに押し込み薄笑いを浮かべながらシンが近寄ってくる。
「オレはもう負けられないんだ」
「あ~あ女の子がオレだなんて。この前も注意したのに治っていない。ぼかぁ~悲しいなぁ」
シンは肩を竦めて派手に頭を振る。
「用はなんだ?無ければ練習の邪魔だ」
「へぇいへい。おっと忘れてた。鼎が探してた」
立ち去ろうとしたシンは思い出したように声をかける。
「鼎が?じゃあここにいるって伝言して欲しいのだ」
「え~」
シンは露骨に嫌な顔をする。
「オレはもう暫く練習したいんだ。頼んだ」
「あ、う~ん頼むよって言葉には弱いなぁ分かったそう伝言するよ」
シンは手をヒラヒラさせながら去っていく。
「さてと」
ミィファはへし折れた竹を引っこ抜き、折れていない竹を並べる。
「はぁあぁいぃ~」
再びミィファの気迫のこもった蹴撃が地面に刺しているだけの竹を倒さずへし折っていく。
「フランスいや、EUの穀物王アンブローズ家のミィファ=アンブローズさんですか?」
秘密にしたわけではないが、公にしたこともない自分の正体を背後から指摘されミィファはビクンと身を震わせる。
「図星よ。きゃははは」
感に障る甲高い笑い声が動揺に追い討ちをかける。
「なんのことだ?知らないのだ」
「ヘタな嘘よねぇピーさん。きゃはは」
ミィファの引き攣った顔を指差しながらドピンクの服を着た女性がけたたましく笑う。
「ポー子さんポー子さん。これからこの人を誘拐するんですよ。目立っちゃ駄目でしょ」
同じドピンクのスーツを着たアフロヘアのピーが困ったような顔で指摘する。
「このオレを誘拐?面白いのだ」
ミィファは目を細めて構える。
「あなたを束縛するのは私じゃありません。先生出番です」
ピーとポー子は大袈裟なポーズをしながら振り返る。
「こっち」
時代劇の用心棒のようにピーとポー子の間から誰か出てくると思っていたミィファはいきなり背後から声をかけられて動転した。
「な、なに?」
ミィファは慌てて不用意に振り返る。
「失礼」
闇の中から湧き出すように現れた改は躊躇せずミィファの鳩尾に拳を叩き込む。
「ひ、卑怯な・・・」
ミィファはそれだけ呟いて気を失った。
ほぼ同じ頃。福岡ドーム近くの百道浜の海岸から四つの人影が上陸してくる。
「急げ」
先頭の人影が命令すると四人は服を脱ぎ背中に背負ってた袋の中に詰め込む。
「行くぞ」
四つの影が走り出す。
「あ~もう~いやになっちゃう」
服についた大量の砂を払いながらチームロイヤルガードの紅一点ショウはぼやく。今日の仕合は偶然勝てた。ジンとヤイバは秘めた実力が発動したからだというが、自分ではその実感がない。実感がないということは、それが実力だとしても意味がないのだ。
「さて、もう一度・・・」
今日の仕合の感覚を思い出しながら、ショウはシャドウを再開する。
「ちぃ」
「なに?」
四つの影とショウが出会い頭の形で鉢合わせになる。
「不法入国者?」
場所が海岸なだけにショウはいきなり現れた四つの影の正体をそう予測した。
「顔を見られた!」
「待て!ターゲットの一人だ」
先頭の影は右の影を制する。
「都合がいい。リャン、サン、スウーフォーメーションだ」
先頭の影の命令で左の影がショウの後ろに回り込むように動く。
「なによ」
ショウは左の影の動きに反応するように動く。
「ハイ」
ショウの目の前の影が飛び掛かる。
「いきなり?」
ショウは素早く小さくしゃがむ。しかし、しゃがんだ瞬間に背後から足元を払われて大きくバランスを崩す。
「な!」
ひっくり返ったショウに左右の影が覆い被さる。
「もがぁあ~」
大声を上げようとしたショウの口を影は布切れで素早く塞ぐ。あっという間にショウは動かなくなった。
「お~いショウ」
なかなか帰ってこないショウを探しにジンが現場に現れる。
「ん~入れ違ったか?」
あたりを見廻していたジンは砂浜に落ちている正方形の物体に気がついて拾いあげる。
「これはショウのハンカチ・・・」
ジンは走りだす。
「ヤイバ!ショウは帰ってきたか?」
部屋に戻るなりジンは叫ぶ。
「迎えにいったんだろ・・・いないのか?慌てたところで嘘だよ~んてのは無しだぜ」
風呂上がりらしくトランクス一丁で濡れた髪を福岡地元新聞のロゴが入ったタオルでワシワシと拭きながらヤイバは答える。
「冗談をいってる場合じゃないんだ。警察と大会委員会に連絡してくれ」
「そ、そうだな。すぐに連絡しよう」
ジンの迫力に押され、テーブルに置いてある携帯電話に手を伸ばす。
「俺はもう一度そのあたりを探す」
「あ、ああ、解った」
返事を聞くまでもなくジンは再び外に飛びだす。
「やれやれ。ショウのこととなると過激に反応するな・・・」
ヤイバは小さくため息をついた。
ありがとうございます




