戦いの前 その1
「燃やせ!燃やせ!魂燃やせぇ~」
邪武が機嫌良くアニメの主題歌を歌いながら歩いている。その後に巴と武が続く。
「ん?」
ふと、巴の目に怪しげな店が飛び込んでくる。店の軒先には「堂みみがな」と書いてある真新しい木の看板が掲げてある。
「看板は古風に右から書いているのに、飾りはバッファローの首飾り。なんだあの店は」
「うっ!巴さんきにきに気にすることないにゃ単なる雑貨屋にゃ」
邪武の顔が引き攣る。
「雑貨屋?というわりにはメニューがおいてあるぞ。決めた。昼はここで食べる」
「え~」
「不満そうだな。でも、財布はわたしだ。店決定権はわたしにある」
巴はぴしゃりと言い放って店に入る。
「いらっしゃいませ」
出迎えに出たのは博多レーンで出会ったエルである。店主の趣味なのかセンスなのか、服装は明治、大正時代の黒いメイド服に白い可愛らしいエプロン姿である。
「偶然だな」
巴は店内を見回す。邪武が雑貨屋というように入口に近いところには輸入物と思われる日用雑貨品が並んでいる。
「わたしは一番良いエスプレッソとサンドイッチ。出来るまで雑貨を見せてもらうよ」
「承りました」
エルはニッコリ笑って奥のテーブルに陣取っている邪武たちの方に歩いていく。
「エル姉ただいまぁっていらっしゃいませ」
アルが元気にドアを開けて入ってくる。
「アル。元気なのはいいが、店に客がいるかいないか判断して入れ」
アルに続いてひとりの男が大きな紙袋を抱えて入ってくる。黒い無地のSWAT帽を深く被っているので、どういう顔なのかはいまいち判断ができない。
「お帰りなさい。店主」
「客が来ているのだぞ」
「こいつらまっとうな客じゃない。ファイターだよ」
アルは部屋の奥に邪武がいるのを確認してエキサイト気味に答える。
「こいつらとはなんにゃ」
「ごめん。こいつとお客様二名」
アルはジト目で邪武をみる。
「ふぅ~みぃ」
邪武は全身の毛を逆立てる。
「これは失礼。挨拶が遅れたようだ。私ここ『ながみみ堂』の店主でチームながみみ堂のリーダーを務める南無雷だ」
雷は口元にニヒルな薄笑いを崩すことなく敬礼する。
「聞いていると思うが、わたしが楠木巴だ」
巴も敬礼する。
「これはいけるか?いい葡萄酒があるのだがな」
「酒も売っているのか」
「昼は売ってないがな」
「いただこうか。で、物はなんだ」
「ビスマルク」
「聞かない名だが、ドイツのいいものかな」
巴の言葉に雷が笑う。
「コーヒーはキャンセルだ。チーズとソーセージのいいやつを代りにくれ」
「わかりました。ほらアル。奥から取ってきて」
「は~い」
アルは元気よく返事して奥に走る。
「酒や雑貨だけでなく、危険な物を扱っているようだな?」
「わかるか」
「匂いだな。帽子を取らないのは、そのためか?」
「いや、まあ~そういうことにしておこう」
巴も雷も怪しく笑う。気のせいか、雷の笑いは引き攣っている。
「犬以上の鼻にゃ」
邪武はめーいっぱい小さな声でつぶやく。
「邪武ちゃ~ん」
「いえななななななんでもないにゃ」
邪武の顔が恐怖に脅える。
「ま、今回は許す」
巴の言葉を聞いて邪武はほっと胸をなでおろした。
福岡には浄水通りという場所がある。最近ついた通称『福岡の田園調布』の名が示すように、高級住宅とか、お屋敷とか呼ばれる家が点在することで有名な地域である。その浄水通りでもひときわ大きく目立つ屋敷がある。大きな木の門には芦屋という表札が掲げられていた。
「予選の突破よくやったでしゅ。でも、目標は決勝トーナメントの制覇でしゅ」
偉大な落語家林家三平の息子こぶ平そっくりな小男が拳を握って力説する。
「なに威張ってんだよこぶ吉ちゃんはよ~」
やばい薬を一発決めているような口調で山のような大男が叫ぶ。
「バーツ・グッドマン。きさまぼくに雇われてる分際でなまいきでしゅ。改」
こぶ吉に呼ばれて、博多スターレーン予選決勝で邪武たちの闘いを影で見ていた改と呼ばれた女性が男とこぶ吉の間に立つ。
「なんでしょうかマスター」
「ひいっ。お、俺が言い過ぎた」
改が音も立てずにこぶ吉とバーツの間に立つ。バーツは一転。脅えながらその巨体を丸める。
「はっ。いきがったクセにそのざまかよ。みっともないのう」
一世紀以上も前にこの国から絶滅した素浪人の姿をした男が欠けた湯飲みをあおりながら笑う。
「鬼塚のダンナまで俺を馬鹿にするのかよ」
バーツは恨めしそうに素浪人鬼塚大凶之助を見る。
「半端するんじゃねぇと言っておるのだがのう」
大凶之助は剃り残した無精ひげが目立つアゴを撫でながら笑う。
「とにかく優勝するには手段を選ばないでしゅ」
勝手に盛り上がって力説するこぶ吉。
「儂は手抜かれるのは嫌じゃのう」
「大凶之助は手を抜くのが嫌じゃないのか」
「チッチッチッ。改ちゃんはわかっとらんのう。手を抜かれたら儂の力量を上げられんじゃろ?」
大凶之助は片目を閉じて改に向かって右手の人差し指を振る。
「き~い無視するでないでしゅ」
こぶ吉はただっ子のように手足をばたつかせる。
「とにかく別働隊には対戦相手の恐喝ネタを集めさせているでしゅ」
「だがよう。この大会イカサマは御法度じゃねのう?」
大凶之助はなんともいえない味のある笑いを浮かべる。
「へへん。イカサマもバレなきゃいいんでしゅ」
自信満々のこぶ吉であった。
「ジン。四つ目のチームが決ったよ。武さんところのチームだ」
漫画にでてくる猫のような大きく吊り上った瞳の少年がまったく同じ顔をした少年に話しかける。
「へぇそうかい?」
ジンは興味なさそうに答え持っていた発泡酒の空き缶を十メートル離れた所にあるごみ箱めがけて放り投げる。
「へぇそうかいってそれだけかい?」
「それだけだよヤイバ」
ヤイバと呼ばれた少年は空き缶があきらかに不自然な軌道を描いてごみ箱に入るのを見て苦笑いする。
「おいおい。気軽につかうなよ」
「いいじゃないか。それよりいるか?」
そういってジンはビニール袋から発泡酒を取り出す。
「いらない。俺は酒を飲むような不良じゃないんだ」
「はっ。ビール以下のアルコール度数しかないこれが酒か?それに、いまどき酒飲んだぐらいで不良に定義されるかよ」
ジンはリングプルを弾く。
「ああ!ジンがまたビールを飲んでる」
いきなり後ろから大声で指摘されてジンは思いっきり発泡酒を吹き出す。
「わっ!きたねぇ」
ヤイバは慌てて飛び退く。
「馬鹿野郎。これはビールじゃねぇ」
「野郎じゃないもん」
ジンが振り向くと、そこには背中まである髪を毛先の所だけで束ねた、少年たちによく似た大きな瞳を持つ少女が立っていた。
「論点がズレているぞ。ショウ」
なんとなく馬鹿にしたような薄笑いを浮かべてヤイバは指摘する。
「わざとずらしてるの。あなた達兄弟を相手に口喧嘩するほど口は達者じゃないもん」
「なら何の用だ?」
「え?あ、そうそう。お昼はどうする?キャナルシティーで食べて帰る?」
ジンに言われてショウは後ろの建物を振り返ることなく指差して尋ねる。
「そうだな。決勝進出も決めたことだし、豪華にインド料理でも」
「豪華。豪華なのかジン?」
「インドカリーは専門店だと意外に豪華なんだぞヤイバ!」
「あ~喧嘩しない!」
ショウがふたりの間に割って入る。
「う~む。もう少し欲しいな。そう思わないか?ジン」
「そうか?俺はこれぐらいでいいと思うぞ。ヤイバ」
ふたりはショウが間に割り込みに入ったのをいいことに、同時にショウの胸を右と左で揉む。
「し、信じられない!もう~いやになっちゃう」
ショウの強烈な平手打ちはふたりの端整な顔が変わるまで続いた。
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