探し物 2
―――――突然、ドアの向こうから、かすかな物音がした。
多分、これがすごく大きな物音だったら、そこまで気にならなかったんだ。だけど、この物音は、
普通に人間が立てられるものじゃない。
これは、
息をひそめている人間が立てる物音だ。
思わず、俺と和泉は同時に口をつぐみ、ドアの方を振り返った。ほんの少し、ほんの少しだけど、僅かにドアが開いている、これはおかしい。ちゃんと閉めたはずだ。なのに、どうして。
考えられる事は、一つしかない。
盗み聞きだ。
俺は、流し眼で和泉の方を見やった。同じように、和泉も俺の方を見ていて、ばっちり視線が噛みあった。和泉が、かすかに頷く。
俺は、それを合図に、音を立てないよう、静かに立ち上がった。
「おい、そこで何を―――――」
意を決して開けた、ドアの向こう側。果たしてそこにいたのは。
「マ、マル……………?」
なんてことはない。和泉の弟、蘭丸だった。
* * *
「なんだってお前、こんなこと………」
蘭丸は、少しふてくされたように視線を下げた。「あんちゃんが来てるって、母ちゃんが言ってたから、驚かしてやろうと思って隠れてたんだよ。………見つかっちまったけどさ」
吐き捨てるように言う。
和泉に退場してもらった部屋の中は、正真正銘、俺と蘭丸、二人きりだ。
地味に騒々しい和泉を除くと、やけにその部屋は広く感じた。
俺が目を丸くして見ているのに気がついた蘭丸は、また舌打ちをして、目をそらした。
「なんだよ、あんちゃん。なんか言いたげな顔しちゃってさ」
「いや、だってお前………学校は?」
「それはあんちゃんだって一緒だろー!?」
蘭丸は目をむいて俺に反抗した。
「だいたい何であんちゃんがこんなところにいるんだよ。だってここ、和泉の部屋だぜ? そんなところに、なんであんちゃんが」
俺はたまらず両手を上げる。降参だ。言い訳の余地が見つからない。
「いやぁ………な、和泉のお母さんに頼んでいずの遺品あさってたんだよ。あいつ、大事なもの残して勝手に死にやがったから、さ」
「“大事なもの”?」
蘭丸は首をかしげた。「和泉の大事なものっていったら、竹刀ぐらいだぜ?」
やべぇ……………。
俺は思わず蘭丸から目をそらした。あーあ、こいつ…………
本気で言ってるよ………。
「いやいやいやいやいやいやいや」
俺は出来る限り全力で首を振った。ふりつづけた。
「あるよ、あるある、絶対ある。てゆうかないとおかしいだろ、あいつだって人間だぞ」
「そう? 俺には化け物にしか見えないけど」
「うんそうだな! 俺にもあいつは化け物にしか見えないけどさぁ!」
「な、そうだろ! そんなもんだって~」
「いやそれは違う!」
と思いたい!
この兄弟は全然似ていない、両極端な性格に見えて、そんなことはない。いやむしろ似すぎていて、逆にまったく似ていないように見える、と言っても過言ではないくらいだ。
温厚な瞳の裏に隠した、常識外れの遊び心。
見るからにいたずらっぽい表情の裏の、優しすぎる本性。
和泉と蘭丸。忍者かよ!? と言うようなネーミングセンスのこの二人は、実はめちゃくちゃ似ているのだ。
何か急に感慨深くなって目じりを下げた俺に、蘭丸はまた顔をしかめた。
「なんだよあんちゃん」
「いやぁさぁ、なんか、お前見てたら和泉見てるような気分になっちまって」
「?」
蘭丸は小首を傾げ、俺の言葉の意味を考える。まぁいいや、別に分かってもらえなかった所で、俺はかまわない。
「ああ、そうだ。聞き忘れたたんだけどさ」
俺が言うと、蘭丸はおもしろくなさそうに鼻を鳴らした。「学校のことだろ?」
「行ってねぇんだよ、俺。あの日から。
なんかさー、和泉、ほんとにあっけなく死んじまってさー……――――――あー、人生ってこんな簡単に終わっちまうんだなーって思ったら何か、全部どうでもよくなっちゃって。
ずっと、一日中考えてる」
「…………何、を?」
「和泉は何処行っちまったんだろ、って」
蘭丸はどこか、遠いところを見ていた。
そろそろ自分探しの旅にでも出かけるかな。
彼はそう言って調子を取り戻し、にへらっ、と笑った。
「いいんじゃないか?」
「ん? 何が?」
「自分探しの旅。俺も出てみようかな。全部が片付いたら」
「全部? 具体的には何だよ」
和泉を、楽にしてやることができたら、だ。
心の中で呟き、俺は笑う。
「いろいろあるんだよ、俺にも」
「ふーん」
蘭丸は納得していないように口をとがらせ、「ま、がんばれ」
と俺の肩をたたいた。
「さてと、俺は部屋に戻りますか」
軽く伸びをした蘭丸は、俺に向かってにッ、と笑って見せた。「あんちゃん、俺さ、あんちゃんに託したいもの、あるんだ。いいかな? 渡しても」
俺は目を見開いた。蘭丸は何も言わずにいたずらっぽく笑っている。ポケットをまさぐり、出したものを受け取った俺は、さらに大きく、目を見開いて、
“それ”を握りしめた。