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ブレッドブレイブ ―飼育勇者―  作者: 鳶飛踊
五章 闇より来たるもの(いやー さがしましたよ。)
33/35

第32話

 俺はやたらに長い階段を上って地上に戻った。

 空は青く晴れていた。日の眩しさに目がくらんだ。

 わん、と元気よく吠えたのはシルベルだ。

 シルベルは扉の外で律儀に待っていたのだ。

 珍しく俺はシルベルをなでてやった。

 町に変わった様子はなかった。つい先ほどまでこの町の地下に魔王がいたとは誰も思うまい。

 扉の近くには男が倒れていた。ここに侵入する際に出くわした白服一味だ。そういや、こいつのことを忘れていた。さて、こいつをどうしたもんか。単なる犯罪者として突き出しても、こいつは裁かれることはないだろう。王立の魔術学院の人間だ、身分だけはしっかりしているしな。

 思案している最中にフィーネが起き出した。やれやれ呑気なもんだ。

 フィーネはシルベルに俺に気づくと、不思議そうな顔をして、それから安心したような顔をした。

 「大丈夫か、体はなんともないか?」

 俺は訊いた。

 フィーネはうなずくと、聞いて聞いて、といってしゃべりだした。

 フィーネは自分が誘拐されたとは気づいてないようだ。それより、町で見たものの珍しさに感激していて、それを早く誰かに伝えたいようだった。

 「町って変わった人もいっぱいいるよねえ。頭がこーんな盛り上がっていたり、スカートもぶわーってなってて」

 田舎暮らしだ。都会の着飾った人間はさぞかし奇妙に映ったことだろう。

 「あ、あの人たちも変だぁ〜」

 フィーネは俺の背後を指差した。

 「銀色の服、着てる。ピカピカしてる、凄ーい」

 俺は振り返った。

 天球儀の広場は、保護部で包囲されていた。





 俺は両手を上げ、無抵抗の意思を示した。

 ことここにいたっては、抵抗は文字通り、無駄な抵抗だった。

 広場にいる保護士の数はおよそ二百。

 派遣協会が抱える全ての保護士の内、およそ半分もの保護士が来るとは。

 俺って大物だったんだな。いや俺じゃないか、イレミアスか。

 おどけてみようとしたが、駄目だった。

 再び檻の中に戻される、その現実が俺の心を黒く塗り潰していた。胸の内はひどく苦い。そして、それはどんどん身体中に広がっていく。正直にいえば、絶望でその場にへたり込みたかったが、俺に残された最後のプライドがそれを許さなかった。

 広場はすっかり保護部に包囲され、さらにその外側に野次馬の人だかりができていた。

 保護部は包囲の輪を崩さず、中から六人の保護士がゆっくりと銃を構え、こちらに近づいてくる。

 剣呑な雰囲気にフィーネはわけもわからないまま、泣き出しそうにしていた。

 俺は低く唸るシルベルを叱り、近づいてくる保護士に向き直った。

 保護士が二人、俺の脇を抱えるように左右から腕を取った。残り四人の保護士は、銃を俺に突きつけたままだ。幼いフィーネに配慮したのか、それとも最後の情けか、保護士たちはこの場でいきなり銃を撃って、俺の能力を封印するようなことはしなかった。

 「おじちゃん、どこいくの」

 はてさて可憐な少女になんと答えるべきか。

 「待って、おじちゃん」

 「こっちへ寄っては駄目だ」

 保護士の一人がフィーネを制した。

 「何で、どうして。おじちゃんが何か悪いことしたっていうの」

 フィーネの声が俺の背を打った。

 辺りはしんと静まりかえった。

 「こいつ・・・・・・、いや、この人はね、勇者なんだ。だから・・・・・・」

 保護士はフィーネを諭すようにいった。

 フィーネの息を呑む気配が背中越しに伝わった。

 このツヴァイテルに生きるもので、勇者の恐ろしさを知らないものはいない。それはほんの小さな子どもでも例外ではない。

 「ほんと?ほんとなの?おじちゃん、ほんとに勇者なの!?」

 泣きそうな声だった。

 俺はそのまま声を無視して、立ち去るべきだったかもしれない。

 だが、俺はどうしたって勇者なんだ。自分を否定することはできない。

 「そうだ。俺は、勇者だ」

 俺はいった。

 だが、やはりいうべきではなかった。

 そのまま無視してればよかったんだ。

 振り返った俺が見たのは、恐怖に怯えるフィーネだった。

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