求める
「だけど私は、親は憎んでいないの。」
それからお互いのことを話すようになって、僕たちはだいぶ打ち解けた。
上司と部下の間の壁なんて取り払われていた。
「君を捨てたのにかい?…あ、言い方が悪かった」
自分を見殺しにした存在を許せる彼女に驚きを隠せず、つい言葉が口をついた。だが彼女は気分を害した風でもなく、
「私、たしかに監獄は嫌だったけど。あ、監獄ってその…保護施設のこと、あそこでいじめられていたからいい思い出なくて。
でも、この世に生を受けられたのは、親のおかげ。
名前も顔も知らないけど…」
彼女は命をもらったことを深く感謝しているようだった。命をもらうどころか、食べさせてもらい学校も出させてもらった僕が親を憎んでいるというのに。
「そうか…僕は、憎んでる。僕だって期待されたかったんだ。何をやっても無視されるなら僕なんていらないだろ?君に比べたら、笑に比べたら、どうってことないだろうけど。」
お互いさらけ出すためには苗字呼びなんてだめ、と彼女が言ったのを思い出して、慣れない下の名前を呼んだ。
「妹さんと、比べられてたんだっけ…妹さんとはいくつ離れているの?」
「たしか四つ…笑と同い年だ。」
「じゃあ司は私のお兄ちゃんね。」
とても辛い過去があったとは思えない無邪気さでまた彼女は笑む。彼女はきっと何度でも許しこうして笑ってきたのだろう。
最初の壁さえ壊してしまえばとても話しやすく柔らかな彼女だった。
「笑が妹ならよかったな。」
でもそう口にすれば彼女は悲しそうに唇を結んだ。
「親がいて、兄弟がいて、いいな…」
「家族に憧れが?」
勝手な思い込みだが彼女のような境遇だと、家庭をもつことに憧れはないと思っていた。しかし彼女は違った。
「もちろん。結婚して子どもを産んで…ささやかに幸せに暮らすの。」
遠く遠くを見つめる瞳。
僕は気付けば、彼女を抱きしめていた。
「…僕も自分が親なら子どもとこう接して…ってずっと考えてきた。
僕がちゃんと親になれるのかわからないけど、でも理想はあるんだ。
僕じゃ、だめかな…?」
腕の中のか弱い女の子は、震えていた。