086 1st Impact <04/12(金)PM 10:53>
出会いの街[ヘアルツ]に来て8日目、この≪TJOに似た世界≫に来て11日目の朝食後。
この世界において『停滞した日々は、やはり悪である』…という事を再び痛感し、初心に戻り、挑戦と開拓を求めて宿屋を飛び出した。
そして何となくクリスタルへ向かっていた、人の流れに身を任せた俺は、空気を読んでそのままクリスタルへ触れ、立ち去ろうとしたところ… この一週間の苦行や、『孤独のウルフ』LV13さんとの遭遇ボーナスもあり、久しぶりにLVUPし『LV17、VIT17』となる。
さらに久しぶりに[夢の洞窟]ツアーで同行したヒイラギから、『ささやき』で回復役依頼の話を聞き、待ちに待った『転機』とばかりに、その胡散臭い話に喰いついたのだった。
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「…………………………」
約束の午後11時前、指定された『はじまりの街[スパデズ]近くの石橋』…を目前に控え、やって来た俺は絶句していた。
「アレが―― 依頼人? ……か?」
ソレは全身をガチガチに重装備で固め、『安全地帯』である石橋の欄干に腰掛けていた。
同じ様に『青銅シリーズ一式』装備で、全身鎧姿だったユウコさんは、戦闘中以外では『兜』のバイザーを上げていたのだが、ソレはバイザーも下ろしており、人相どころか男か女かもわからない。
辺りを行き交う人影も無く、ほぼ深夜である事もあり、腰掛けた様子のままで微動だにしないその全身鎧姿は不気味である。
「ご主人さま~」
ついでだからと、出会いの街[ヘアルツ]東口1方面でもある『危険な街道』を、ミケネコさんと宝箱チェック&素材収集しながら、ここまでやって来たのであるが、――そのミケネコさんが怯えた様子で俺を見上げていた。
「ま…… まぁ、ヒイラギの紹介だし、大丈夫だ…… 多分」
俺も少々腰が引けてはいたのだが、そう言ってからミケネコのアゴの下をコショコショしてやる。ミケネコは手の平にグリグリ~っと鼻を押し付けてくる。
しかし尻尾は垂れ下がっていた… やはり不安感が強いのかも知れない。
そうして、しばしミケネコが落ち着くようにコショコショしてやってから、立ち上がって石橋の方へと歩きだした。
近付くにつれて『プレイヤー表示』が確認できた。
フルアーマーさんは……『カズヤ 斥候』
「………」LVは俺と同じ(非公開)で…… 斥候……
斥候!? 斥候でフルアーマー???
▼▼▼▼▼ 補足、解説 ▼▼▼▼▼
TJOには『職偽装』…という仕様、システムがある。
ゲームの根幹として『レア職探し』…という目的、目標が存在しているため、自分の現在の職や前の職、LV等が『強制公開されている』と、簡単に条件等が他者に洩れてしまう、推測されてしまうためだ。
しかし、どんな職にでも『偽装』出来てしまうと、それはそれで『詐欺』等に悪用される怖れがあるため、偽装出来る、設定出来る職には条件がある。
まずは全プレイヤー共通で、『みならい戦士』、『みならい斥候』、『みならい僧侶』、『みならい魔法使い』…の4種、つまり『基本4職』を設定する事が出来る。
それから『プレイヤーが一度でも就いた事のある職業』である。
(※ただし『村人』、『前科者』、『賞金首』等の特殊な職業は含まれない)
また『偽装しない』場合は、『公開』を選択しておけば良い。
(※特に設定していない場合は、これが初期状態である)
例として、主人公の場合…
以前に設定した時は、この様であったが、
《表示項目の設定:表示職業選択:公開 みならい戦士 みならい斥候 <みならい僧侶> みならい魔法使い 》
現在では、こんな具合に、公開の後ろに『僧侶』が追加されている。
《表示項目の設定:表示職業選択:公開 僧侶 みならい戦士 みならい斥候 <みならい僧侶> みならい魔法使い 》
『”公開”は常に先頭』で、その後ろに『新しい職』が順々に追加され、『就いた事のある職業』の後ろに『基本4職』…というかたちになる。
プレイヤーはこれらの中から、いつでも任意に選択する事が出来る。
(※ただし『村人』、『前科者』、『賞金首』等の特殊な職業時は不可能)
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……つまり『斥候』と表示されている以上、少なくとも本当に『斥候』か、『斥候』から派生出来る職業である …という事だ。
それの「何がおかしいのか?」…というと、
これまで『みならい斥候』のシノブさん、『斥候』のヒイラギと同行したわけだが、両者とも『みならい斥候』系らしい、格好、装備をしていた。
武器に必要STR、必要DEX等の『装備条件』が設定されていた様に、防具にもそういった『条件』が設定されているからである。
基本的なところは武器の場合と同様であるので、お忘れの方は『061 ”夢”の実現は不可能では無い <04/05(金)PM 02:14>』…を参照していただきたい。
ここでは『武器の場合と異なる点』について軽く解説しておきたい。
――まず、武器に存在した『扱い易さ』だが、『防具の場合』は、
・装備条件を下回る場合、際限無く移動速度、行動速度等が低下する…のであるが、
・装備条件を上回る場合、何の恩恵も無い… のだ。
これはある種、仕方が無い。上昇する様にしてしまうと、DEXの高い『みならい斥候』系等が、装備条件が無い『布の服』になると、目にも止まらぬ速度になってしまうだろう。
(※まさに古のゲーム「魔法使い」の『全裸のクビ狩り忍者』再来である)
その為? 『防具』の場合は、『装備条件を満たした状態』が『最良』で、自分の能力を『十全に発揮できる状態』となる。
よって、『装備条件を満たした防具の中で、一番防御性能が高い(または特殊な性能等が付いた)物を選ぶ』 …というのが、全ての職業での『防具選びの基本』となるのだ。
――また、武器の時には特殊な場合(2刀流等)となるので割愛したのだが、それら『装備条件は累積する』のだ。
つまり『装備条件がDEXのみ』の、
『兜(要DEX2)』、『鎧(要DEX4)』、『篭手(要DEX3)』、『ブーツ(要DEX1)』…といった防具が存在する場合、
「DEX4」あれば、全て装備して『十全』に行動出来る――のでは無い、という事だ。
それら全てを合計した「DEX10以上」あれば、『最良』の状態となる。
だから、『みならい斥候』であるシノブさんは、ほとんど『装備条件がDEXのみ』である……『青銅の鉢金』、『レザーチェスト』、『レザーブーツ』
おそらくSTRにもいくらか振っていて『昇格済み』だった『斥候』のヒイラギは、『装備条件がDEXと多少のSTR』である……『鋼の小盾』、『鋼の鉢金』、『ハードレザーアーマー』、『ハードレザーブーツ』
一番わかりやすいのは『みならい魔法使い』だったツカサさんで、『装備条件がINTのみ』である……『シルクの帽子』、『シルクの服』だけであった。
いわゆる本格的な防具である『鎧』等は、基本的には『強力なSTR補正』を持つ『みならい戦士』系のユウコさんや、『狂戦士』のケイ等が選択する防具となる。
「………」『斥候』にもそこそこSTR補正はあるが、それでもヒイラギの様に軽装?を選ぶのが普通だ。『STR極振り』であれば、彼? の様にフルアーマーでも、多少動きが鈍い…… 程度では動けるだろうが、そんな事をすると『最大の長所』とも言って良い、『宝箱の罠解除』能力がガタ落ちする。
もちろんパラメータの上限は50であるので、LV100でSTR50&DEX50の『斥候』系というのは、ゲーム時代にも多少居た様だが、それでも、まず優先的にDEXを50にしてしまった後で、LV50を過ぎてSTRの極降りに入る…のがほとんどだったようだ。
『宝箱』というのは報酬であり、冒険の主目的でもある。それらを諦めなければならない…という事態は、俺達もそうだったが結構な無念となる。
罠LVの高さ = 中身の期待度 ……であるからだ。
そうで無くても、ダンジョンで高LV罠の解除に失敗すれば、パーティは全滅してしまうかも知れないのである。DEXの低い『みならい斥候』系はTJOにおいて、とびきり異端なのだ。
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…そんな事を考えつつ得意の『牛歩』で、石橋の欄干に腰掛けていた、全身鎧さんに近寄りつつ声をかけてみる……
「あの…… 依頼の方、ですか?」
「………」一応『全く無関係のプレイヤー』という事も考えられるので、とりあえず漠然とした質問をしてみた。「山」、「田ァ」みたいな合言葉とか聞いておくべきだったろうか。
……と、どうでもいい事を考えていると、石橋の欄干に腰掛けて佇んでいたフルアーマーさんの目がカッと開き、チュイ――ン …と機械音を立てて緑色の光を発した(…かの様に感じた)
(※座った状態で「佇む」は、昔風だと間違いの様なのですが、今風だと間違いでは無さそう? なので佇むとしております)
そしてガチョン、ガチョン(ギュォ――ン) …と音を立てながら立ち上がる。
「………」うぉぉ…デカいな。2m近い? ……ヘルメットやブーツの分があるから実際の身長は190cmくらいか? 俺は170cmくらいだから、かなりの威圧感だ。バレーやバスケやると、かなりのハンデだな。
……等と半ば逃避気味にどうでもいい事を考えていると、ガチョン、ガチョン(グォ――ン) …と音を立てながら、大きく伸びをする様に両手を斜め上へと突き上げ
「ふ、ああぁぁぁ~~~…………」
と、大きく長いあくびを一つした。そしてそのまま俺の方へとやって来ると…
「ヨォ~ お前ぇがヒイラギが言ってたマサヨシって奴か~?」
その巨大で重厚? な見かけと違い、かなり軽い感じでフルアーマーさんが問い掛けてきた。
「………」ヒイラギという名前が出たので、依頼人? で間違い無いだろう。
「はい。えっと…詳しい話は「マジで”布の服”のままかよwww イカレてんな~wwww」」
俺の言葉を遮る様にフルアーマーさんが俺の両肩をバンバン叩く。
……あれ? 違った、全身鎧じゃない。『篭手』は装備していないんだな。
「とにかく、お前ぇがヒイラギの言ってた奴で間違い無ぇんだろ?」
と尋ねてきたので、
「えぇ、ヒイラギに聞いてます。『回復だけ』でいいんですよね?」
とりあえず一番重要な条件について、念を押しておく事にする。
「オゥ、回復だけしてくれりゃいいっ。損はさせねぇからよっ」
俺の言葉に満足した様にフルアーマー(篭手無し)さんが、ギャハハハ……といった感じで笑いつつ、再び両手で俺の両肩をバンバンと叩く。
……そしてスッっと兜を近づけてきて、俺の耳元で囁いた。
「ただ―― もろもろ『他言無用』で頼まぁ」
「………」まぁそうだろうな。ヒイラギにも話して無いみたいだし。
「わかりました」
「………」まぁ基本ソロだから話す相手も居ないしな。定期的に会うのは量産型おっさん、おばちゃんと―― レオぐらいか。
ミケネコさんは…… そう言えばそのままだったな。俺の足元で様子を伺っていたミケネコにも、一応釘をさしておく。
「ミケネコ、今日の事は誰にも話しちゃいけないからな?」
「わかった~」
ミケネコは俺の方を見上げて素直に返事をした。う~む、例によって返事は良いのだが… 若干不安だ。まぁいい。
「ところで、詳しいお話は……」
「あ~悪りぃー、悪りぃー。もう1人ツレが居んだわ。 ……チッ、早めに来いっつったのに、何やってんだアイツ」
視界の右下の方へ意識を向けると<04/12(金)PM 11:06>と表示されていた。
すでに約束の11時は過ぎている。全員現地集合の予定だったのだろうか?
フルじゃないアーマーさんは、予定時刻?に、やって来て居ない『ツレ』に対して、ブツブツと不満をもらしていた。
「マジ悪りぃーな。あの馬鹿っ ちんたら何やってんだか……」
「いえ、それじゃ、その方が来てからですね」
そうして、かなりイライラしている様子のフルじゃないアーマーさん。いつもの様にぼ~っとつっ立っている俺。巨大な鎧姿の初めて見るプレイヤーに、若干怯えたままのミケネコさん……の2人と1匹は、石橋の上で『もう1人のツレ』さんの到着を待つのであった。
LV:17(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:18,726G
武器:なし
防具:布の服
所持品:9/50 干し肉×16、バリ好きー(お得用)55%、樽(中)100%、コップ(木)、初心者用道具セット(小)、鋼のナイフ、鉄の斧、サクランボ×1、鬼王丸×2
「本日の昼、夜は特に収穫無しだったが、≪ここ(石橋)に来るまで≫に、色々目新しい素材を入手したから鑑定に期待だな」
「きたい~」
「最初に[スパデズ]からやって来た時は、同行中だったから何も拾って無いからな」
「なんで~?」
「まぁ『レア素材』とかだったら、サッと拾う事もあるが、基本的に『臨時パーティ』とかで同行中は、辻ヒールや素材収集とかは控えるモノ…… まぁこれもゲーム時代の『ローカルルール(暗黙の了解)』だから、別に守る必要は無いんだが―― もう癖になってるしな」
「ふ~ん?」




