008 量産型おっさん3号ふたたび
はじまりの街[スパデズ]は、クリスタルを中心に
北側に冒険者ギルド、東側に武器屋、西側に道具屋、南側に宿屋がある。
そして北西にはペットショップがある。俺はそのペットショップにやってきていた。
「よう兄ちゃん、どうした?返品か?」
ペットショップに入るなり量産型おっさん3号がそう言った。
「!? その手が・・・」
「ご主人さまっ!!!」
ミケネコが背中の毛を逆立てて、フーッと威嚇してきた。冗談だよ、そんな青筋立てて睨まんでも。
「いや、ペット用の・・・カリカリした物?を買いに来た」
「カリカリした物?、ペットフードか?」
ペットフードか・・・まんまだな、猫だけに?
「多分それだ、猫用の物を見せてくれ」
「ペットフードは特殊な奴を除いてみんな一緒だ、そっちの棚の上に見本があるだろう、少しずつ食べさせてやってペットが気にいったのを選ぶといい」
左手をあげながら白色の棚を指した。その棚の上の10cmほどの木製の並んだ小皿に、それぞれ0.5cm角ほどのカリカリした物が載っていた。微妙に色が違うがよくわからない。
かなり興奮気味のミケネコを抱き上げて聞いてみる。
「どれがいいのか選「これ」」
喰い気味にミケネコさんが右前足をタンッと台に乗せ、右から3番目の茶色っぽいカリカリした物を指した。
「食べ比べてもい「これ~!」」
「………」そうですか、ミケネコさんを降ろし、棚の下側に積んで置いてある袋を手にとってみる。「猫超好き、バリ好きー」・・・大丈夫か?そしてこのミケネコさん、興奮しすぎてヤバイ感じです。これにはヤバイ成分が入ってる気しかしない。しかしTJOでは悪は栄えないはず。白い粉もただの小麦粉のはず。
・・・とどうでもいい事を考えていると、ミケネコさんが奥の方に「お得用」と書かれた大きな袋があるのを目ざとく見つけてしまった。瞳が爛々と輝いている。これはもうダメぽだ。
「こ、これを貰おう」お得用のバリ好きーをカウンターに置く。
「毎度~、800Gだ」
ぐ・・・昼飯よりも干し肉よりも高い。カウンターに800Gを置いて代金を支払ってから受け取ったバリ好きー(お得用)をインベントリに放り込む。
「………」量産型おっさん3号の役目は今度こそ終わった。ペットショップにもう用は無い。さらばおっさん、ありがとうおっさん、今度こそもう会う事もないだろう。
「おとくようだよ!♪」
「嬉しくてたまらない」というように、うねうねと尻尾をウェーブさせながら俺の足元にじゃれ付いてくる。そんなミケネコをつれ思わぬ出費に肩を落としながらペットショップを後にした。
「ご主人さま!」
「わかってる、北口でな」
「む~」
ミケネコさん必死すぎじゃないですかね、とにかくこの後は北口から探索に出る予定なので街を出る前にバリ好きーを食べさせてあげよう。外では落ち着いた食事は出来ないだろうし帰りは遅くなる予定だ。
「ご主人さま~きたぐちから出るの?ふつうは南からだよ」
バリ好きーで頭が一杯かと思ったミケネコが気になったのか聞いてきた。
はじまりの街[スパデズ]は周囲をもうしわけ程度に塀で囲まれていて東西南北に門がある。南の草原(広くない)にはバルーンラビットLV1(最弱)が群がっていて普通はここからLVUPを目指す。
バルーンラビットは最弱であり非アクティブモンスターである、つまり攻撃しない限り襲いかかってこないのだ。しかし大量に増えては手当たりしだいに植物を食い荒らすので、害獣として、また冒険の初心者の経験用としてギルドでも積極的な討伐を推奨している。
また通常は”風船兎の皮”、稀に”風船兎の肉”をドロップするだけなのだが、極めて稀に”ウサギの足”をドロップする事がある。その確率は1/10000とも言われている。
ドロップしたから幸運なのか、幸運だからドロップしたのかはわからないが”ウサギの足”は隠しパラメータの”運”に補正がかかると言われ”幸運のお守り”として100,000Gほどの高値で取り引きされる。
(なぜバルーンラビットが自分の足のキーホルダーを所持しているのかは不明だが)
しかしバルーンラビットのLVは1、”あまりにLV差のあるモンスターの乱獲は職業選択へ悪影響がある”という公式サイトでの解説と、LVが上がってしまうと100,000Gは普通に冒険していても稼げる額なので高LV者による乱獲はほとんど無く、適正な低LV者が夢見る狩り場となっている。
「きたには”イルカモネやまねこ”がいてあぶないよ」
そう北口の先に広がる森林には”イルカモネ山猫LV5”が生息している。まだ不慣れなプレイヤーの死亡原因No.1の強敵で、このはじまりの街[スパデズ]周辺では唯一のアクティブモンスターである。
つまり発見されただけで襲いかかってくる。バルーンラビットは周囲に何十匹、何百匹居ようが攻撃した1匹としか戦闘にならないが、イルカモネ山猫は発見されると何匹でも襲いかかってくる。もちろん長々と戦闘していると、どんどん囲まれてしまう、ギルドでも初心者注意とばかりに警告の張り紙がしてある。
(”北口には危険な山猫居るかもね?イルカモネ山猫には気をつけよう”等というふざけた張り紙である)
「大丈夫だ、問題ない」
「だから、だいじょうぶそうに見えないってば」
ミケネコが不安そうにヒゲをピクピク動かした。
そうこうしている内に北口前の広場に着いた。他の街もそうだがそれぞれの街村の出口前は大体広場になっていて、待ち合わせ等に利用されている。集合してすぐに出発できるからだ。他にも臨時でメンバーを募集していたり、逆に帰ってきて解散の前に話しこんだりするパーティも居る。
広場の片隅のベンチが空いていたのでそこに座り、インベントリから”バリ好きー(お得用)”を取り出す。両前足を俺の足について立ち上がったミケネコの尻尾が振り切れそうだ、ミケネコさん必死すぎじゃないですかね。犬っぽいし。
・・・しまった、器とか買っておけば良かった。ペットショップで見本として”カリカリした物”を入れて置いてあった10cmほどの木製の並んだ小皿を思いだす。
・・・が、今から買いに行こうとするとミケネコさんの怒りが有頂天になりそうだ。
仕方無いのでとりあえず掌に小盛りにしてバリ好きーをミケネコの前に差し出す。
「ご主人さま!食べていいの?」
「どうぞ」
カリカリカリポリ、カリカリカリポリ・・・凄い勢いでミケネコがバリ好きーを噛み砕いていく。あっという間に掌の上のバリ好きーが消えてなくなった。
ミケネコが少し不満そうに俺の顔を見上げてくる。まぁさんざん”おあずけ”してたしな。
もう一度袋に手を入れ掌に小盛りにしてバリ好きーをミケネコの前に差し出す。
「はい」
「やった♪」
カリカリポリポリ、カリカリポリポリ・・・今度は少し味わうようにミケネコがバリ好きーを噛み砕いていく。しばらくすると掌の上のバリ好きーが消えてなくなった。余韻を味わうかのようにバリ好きーが無くなった後の俺の掌を舐めている。ミケネコの舌はザラザラしていた、うん、猫っぽい?
食べ終わって満足したのか顔を前足で洗い、その前足を舐めて毛づくろいしながら
「しあわせ~」
とミケネコがつぶやいた。ご満足いただけて何よりです。800Gもしたしね。ミケネコのしあわせそうな顔を見ながら”バリ好きー(お得用)”をまたインベントリに放り込んだ。
LV:1
職業:みならい僧侶
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:1,200G
武器:なし
防具:布の服
所持品:3/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×10、バリ好きー(お得用)90%
>「でもさ、いちばんやすいよ?この800Gで、後々なにか助かるかもしれないよ?」
ミケネコさん伏線回収早すぎじゃないですかね、しかも俺なにも助かってないという。