036 危険な街道 <04/04(木)AM 10:49>
はじまりの街[スパデズ]西口広場の片隅のベンチに座って、ヒザの上のミケネコの背中を撫でながら、出会いの街[ヘアルツ]行きのメンバー募集を眺めていた俺は、昨日一緒に探索したユウコさん達3人組から、同行の誘いを受け、一緒に 出会いの街[ヘアルツ]のクリスタルまで行く事となった。
”非アクティブモンスター”の伯爵レグホンLV3が、コケコケ鳴いているだけの西口方面を道なりに進み、断崖絶壁にある”安全地帯”の石橋を渡ると、そこからは大陸側、出会いの街[ヘアルツ]東口までの、俺達のLVでは、まだまだ”危険な街道”が待っていた。
道なりに進む俺達の周囲を”饅頭ひつじ”LV7が、「ウメェ~ウメェ~」と鳴きながら我が物顔でうろついている。見るからに肌はモチモチしている。
良い笑顔なのだが・・・不思議と何故だか殴りたくなる。待て あわてるな、これはヤマコウの罠だ。くっ・・・鎮まれ、俺の右手よ。
などと、どうでもいい事を考えながら、ダンジョンの時と同じ様に3人の後ろをついて歩く。ある意味、当初予定していたストーカーと、やってる事はあまり変わらないのだが、同意の上なのでセーフだろう・・・セーフだよな?
「あそこに盗ゾック達が居ますね、避けて行きましょう」
「そだね~」
「・・・ん」
「了解です」
ユウコさんが指差した方を見ると、かなり前方に”山ゾック”の”緑の一つ目模様の兜”を、「黄色く塗っただけ」に見える”黄色の一つ目模様の兜”を着用したらしき何者かが3体ほど見えた。
「………」本来のゲーム画面では、半径20m範囲ほどしか見えないので、足早に移動などをしていると、モンスターに気付かず接近して、先制攻撃されたりする事があったのだが、リアルになって現在の様に”見晴らしの良い草原の街道”なんかを歩いていると、100mほど先まで見えるので、若干ゲーム性が崩壊している気がする。
おそらく、画面外から、いきなり攻撃というのはフェアでは無い、というヤマコウの判断であろう。ほとんどのアクティブモンスターは、5~15mほどの距離でプレイヤーに反応し、”戦闘状態”にする。(騒音や爆発音などを立てたりなどの場合は、この限りでは無い)
しかし現在100mほど先に見えているので、余裕を持って迂回出来てしまうわけだ。すまぬ盗ゾック達よ。
まぁ[スパデズ]北の森の様に、見通しが悪かったり、夜間だったりすると今まで通りだし、日中は”より安全な場所が増えた”、ぐらいに思っておけば良いのかもしれない。
ちなみに100mより先は、モヤがかかった様になっていて見えないのだが、ひょっとするとゲーム時代、プレイヤーから100m以上先は、プレイヤーのPCや通信の負担を減らすために、”情報が送信されていなかった”とかかもしれない。宝箱のPOP不可能範囲が100mというのも、その辺りが絡んでいそうな・・・まぁ実際の所は、よくわからないのだが。
ともかくそんな嬉しい誤算もあり、俺達は順調に”危険な街道”を進んでいた。俺達の前後のパーティも、特に問題無く”初級冒険者の大移動”が行われていたのだが・・・
「ヒメェェェ!!」
突然、後方のパーティの方から、”饅頭ひつじ”の、わかりやすい”悲鳴”が聞こえてきた。あちゃー、誰か我慢出来なかったかー。気持ちは、まぁわからないでもない。良い笑顔すぎるんだよっ、この羊。
「あ~、やっちゃったんだね~」
「みたいだね」
「・・・おいしい」
「後は時間との勝負ですねぇ」
饅頭ひつじ の”悲鳴”を聞きつけた?盗ゾック達は、一番近い盗ゾックパーティが救援?に向かうらしい。付近に居なければ、ダンジョンである[盗賊のアジト]から出現して、やって来るのだが、到着までに”悲鳴”をあげた”饅頭ひつじ”を討伐出来れば、引き返していく。しかし盗ゾック達の到着までに倒せなければ、饅頭ひつじ+盗ゾック数体とのバトルに突入する。
「あ~ぁ、さっきの盗ゾック達じゃ~ん、これ間に合わないね~」
「饅頭ひつじ”タフ”だからねぇ」
「最初びっくりしますよね」
「・・・むてき」
”饅頭ひつじ”はLV7である、俺達が良い勝負をしていた 山ゾック(斧)はLV6だ。そしておそらく山ゾック(斧)は、STR(攻撃力)に重点を置いていたのだろうが、この饅頭ひつじは どう考えても”VIT極振り”である。HP多すぎワロタwwwなのだ。
さらにユウコさんが”盾”でやっていた様に、角で器用に攻撃を受け流したりする。しかもその間「ヒメェェ」と鳴きつつも、良い笑顔を絶やさないのだ、ほんと殴りたい。く・・・鎮まれ、俺の右手。
「あ、辻ヒールとか、されます?」
「いえ、さすがに同行中は・・・それにソロの青白さんにしか、しない派なので」
一応ユウコさんが気を使ってくれた様だが、パーティならばパーティ内で、どうにかするべきだろう。
「そんじゃ~まぁ~どうしようも無いし?、どんどん進も~」
「そうですね」
「そうだね、行こうか」
「・・・ご~」
俺達の適正LVのモンスターじゃないし、TJOにおいてはパーティ以外の者が、FAを取ったモンスターに攻撃を加えると”横取り行為”と見なされ、3回で善行悪行値がマイナスされてしまう。
つまり救援は辻ヒール、辻バフくらいしか出来ないのだ。戦闘をはじめてしまった以上、他のパーティはすみやかに退散するしかない、彼等の戦いは これからだ。
「………」こういうシステムになっている理由は、おわかりかと思うが、FA〔※1〕を取るとダンジョンでのユウコさんの様に、ひたすら狙われる、だから防御面に不安がある、ツカサさん、シノブさんが思いきって攻撃出来るのだ。
しかし横取り行為に”罰則”が無いと、ユウコさんがFAを取った後で、赤の他人が攻撃して、さらにFBまで取ったりすると、安全に”経験値の横取り”が出来てしまい、狙われ続けたユウコさんは、狙われ損、やられ損になってしまう。
以上の理由で”横取り”、”横槍”には罰則があり、TJOプレイヤーは、他者の戦闘には基本的に関与しない。こういうゲーム性なのであって、別に”薄情”とか、そういう問題では無いのだ。
そんな訳で”戦闘を選択した”後続パーティを置いて、俺達は道なりに西へと進んで行く。初級冒険者の救済の意味もあるのだろうが、元々この辺りは見晴らしが良いため、さらに100m先が見える今となっては「LV9になって、昇格までしておく必要は無かったかな?」とも思えてくる。
しかし、泥棒を捕らえて縄をせずなう(泥棒を捕まえて縛るのも忘れて、ネットで「泥棒捕まえたなう」などと自慢げに つぶやく事?)、・・・まぁそんな感じの言葉がある様に、事が起こってからでは間に合わない、何事も起こらなかったなら、それはそれで良し、と思うべきだろう。・・・ちげぇし、ビビってねぇしっ、こんな道とか超よゆ~だし。
「どうやら見えてきましたね」
「お~、見えてきた~…って、出会いの街[ヘアルツ]でか~い」
「・・・おおきい」
「こうして見ると大きいですね」
はじまりの街[スパデズ]を”村”とすると、正に こちらこそが”街”といった感じだ。しっかりとした東口の門と、石で出来た外壁が正面に見えていて、ずっと北へと続いている。[スパデズ]村の周囲の悲しい柵と、木製の門など比べるまでも無い。
「………」出会いの街[ヘアルツ]は、クリスタルのある4大都市の中で、”繁栄の街”と呼ばれる”第3の都市”に次いで巨大な街である。
”第3の都市”は、大陸の交通の要衝であり港湾も備え、王都にも徒歩で1日かからないという、TJOでも屈指の好条件を備えた”大商業都市”であり、商業系、生産系ジョブを目指す者の中には、LVギリギリで命がけで辿り着き、”弟子入り”や”住み込み”で働きつつ、雇われ店長や自分の店を出す事を目指す、という者も多い。
また王都に最も近いクリスタルのある都市という事で、”王国主催オークション”が毎月行われている。
その反対に、この 出会いの街[ヘアルツ]は、周囲に様々な難度のダンジョン、秘境、遺跡等が点在しており、戦闘系、探索系のジョブの者は、ココを長く拠点とする者が多い。
”出会いの街”と呼ばれるだけあって、一攫千金を求めて冒険者が集い、彼等のもたらす”財宝”や”掘り出し物”などを求めて、目利きの商売人達が集まってくる、そのため冒険者ギルドが”最も活気がある”のも、この街である。
ちなみにゲーム時代の4大都市の、LV帯による おおよその分布は以下の通り、
はじまりの街[スパデズ] …LV1~9
出会いの街[ヘアルツ] …LV5~70
繁栄の街 …LV25~100
探求の街 …LV50~100
また『はじまりの街[スパデズ]以外』の街村では、自分の家や、店を購入出来るため、当然それらを持ったプレイヤーは、その街村を拠点とする様になるのだが、やはり”安全地帯”である”クリスタルの周囲100m範囲内”の人気が高く、気絶しそうなほど高価である。
何故かというと、家も店も自由に売買可能であるため、人気がある場所は売買されるたびに、どんどん値段が上がっていくのだ。ただし1アカウントに付き、家も店も”それぞれ1軒まで”なので、”不動産売買で大儲け”的な事は不可能(多分)となっている。
※誤解の無い様に言っておくと、クリスタル100m範囲外は、周囲が危険だから敬遠されるだけで、家の中も店内も”安全地帯”である。
・・・などと、出会いの街[ヘアルツ]の事について考えている内に、どんどん東口の門が近付いてくる。TJOでは特に”通行許可などは必要無い”ので、そのまま問題無く街へと入っていく。※街村の出入りの話で、他者の住居や庭などに許可無く入れば”不法侵入”である。
「と~ちゃ~く」
「無事に着けたね」
「・・・おおきい」
「遠くまで見えて助かりますねぇ」
はじまりの街[スパデズ]~出会いの街[ヘアルツ]間は、盗ゾックLV8~LV11達という”不確定要素”があって危険なのだが、到着さえしてしまえば、LV5程度でも、どうにかなりそうな南口方面で、じっくりLVを上げていけば良いのだ。それこそ復活さえ出来るなら、低LVで強行軍でやって来てもよい街である。
「ともかく、このままクリスタルへ行きましょうか」
「そだね~、一応?さわっとかないと~」
「そうですね」
「・・・さわる」
クリスタルに触れ、復活ポイントを移動して、ココが新たな拠点である、と記録しておくのが一応のセオリー・・・まぁLV10以上へのLVUPチェックも出来るわけだし。さわっといて損は無いだろう、ちょっとだけよ?
そんな感じで俺達は、そのままテクテク歩いて、出会いの街[ヘアルツ]のクリスタルへと向かったのだった。
LV:9(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:8,465G
武器:なし
防具:布の服
所持品:9/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×24、バリ好きー(お得用)100%、樽(中)100%、コップ(木)、サクランボ×1、鋼のナイフ、鉄の斧、青銅のブーツ
〔※1〕TJOにおいて、最初の攻撃を、ファーストアタック(略されてFAと呼ばれている)という。この最初の攻撃(FA)をしたプレイヤーは、そのモンスター(達)からのヘイト(憎しみ)が一際高く、基本的に生半可な事では、他のプレイヤーにターゲット(攻撃目標)が移動する事はない。(一部に移り気なモンスター等も存在するので絶対ではない)
「ご主人さま~、まんとうってなに~?」
「あぁ、まんじゅうよりも”肉マン”みたいな感じの食べ物だ」
「おいしいの?」
「あ~説明では美味しいって書いてあったが、実際の味は知らないな」
「ふ~ん?」
「そうだな 出会いの街[ヘアルツ]で、買い取って売ってたはずだから、そのうち買ってみよう」
「やった♪」




