017 はじめてのダンジョン[山の洞窟] <04/03(水)AM 09:08>
はじまりの街[スパデズ]北口の門から出て、そのまま道なりに北に進むと森が広がっている。森の中をさらに道なりに北にすすむと山に辿り着く、そこには はじまりの街[スパデズ]周辺で唯一のダンジョン[山の洞窟]が存在していて、そろそろ次のクリスタルのある、出会いの街[ヘアルツ]に行こうかという、LV7~9ほどのプレイヤー、パーティが頻繁に探索に訪れている。
一応の本日の予定はあったものの、あまり気乗りしていなかった俺は、ちょうど[山の洞窟]へ行くために”回復職”を募集していた、仲の良さそうな3人組と交渉し、一緒に探索に向かう事にしたのだった。
「………」こういう臨時パーティなどの場合、面倒ごとが起こる前に、とにかく早めに”指揮系統”をはっきりさせておいた方がいい。
「3人の時のリーダーはどなたなんですか?」
なんとなく”募集してた人なのだろう”と思いながらもたずねてみた。
「え?リーダー・・・?」
「ユウちゃんでしょー」
「・・・ユウちゃん」
「え?私?」
「では俺もその指示に従いますね」
「えっ、・・・あ、はい」
ユウコさんは少しオタオタしている。なんとなくで”まとめ役”をしてきた感じなのか?
「いつもど~りでい~よ~」
「・・・いい」
「適当でいいですよ、それと回復は残りHP75%くらいでするつもりですが、いいですか?」
「えっと・・・」
ユウコさんは他の2人の方を伺う、2人は首を縦に振っている。
「はい、それじゃ、それでお願いします」
「了解です」
俺は辻ヒールの場合、大体HPが50%をきったら回復する事にしている。自分でなんらかのアイテムや、スキルで回復できるなら不要だろうと思うからだ。(特にTJOだと治癒スキルの場合、相手の経験値稼ぎの邪魔になってしまう)
しかしパーティに参加するとなると、回復を控えて深刻な状況になったり、死なせてしまったりすると、どう考えても俺(回復職)のせいになって空気も悪くなるので、大まかに”75%をきったら”回復する様にしている。
無論、一撃で90%とか与えてくる強敵の場合は、ダメージがあるたびに即座に回復するのであるが、「そもそもそんな無謀な相手に挑むなよ」と思うので、早めに適当な理由〔※1〕を付けて抜けてしまっていた。
「………」ん?そうか・・・一応紹介しておくべき、なのか?
「あぁそれと・・・俺のペットの”ミケネコ”です」
俺の足元でおとなしく成り行きを伺っていた、ミケネコの脇の下に両手をそえて、顔の高さまで持ち上げて3人に紹介した。
「”三毛猫”ですか~」
「も~ペット買ったの~?」
「・・・」
「よろしくおねがいします~」
「そっか話せるんだ」
「へ~、名前は~?」
「・・・」
「・・・ミケネコ」
「え?名前?・・・なの?」
「・・・・・・ミケネコ・・・です」
「「「・・・・・・」」」
「も~、ご主人さま~、だからミケネコとか、う~~」
ミケネコが持ち上げられた状態のまま俺の方を振り向いて、尻尾をブンブン振り回して不機嫌さをアピールしている。そして終始無言のシノブさんは、その尻尾に釘付けになって、揺れる尻尾にあわせて左右に首を振っている。猫が好きなのだろうか?
「あの・・・抱いてみます?、か?」
シノブさんの方に、すっかり不機嫌になってしまったミケネコを差し出すと、両手でそっとミケネコを受け取ってギュ~ッと抱いてから、ほっぺたをスリスリと押し付けてみたり、匂いを嗅いでみたりしだした。うん、猫好きなんだな。
「・・・暖かい」
「………」そうだよな、俺もあったかかったり、舌がザラザラしてたり、肉球がぷにぷにしてたりで色々と驚いたりしたもんな。・・・いかん、思いきり脱線させてしまった。
「あの、それじゃそろそろ洞窟の方へ」
「あっ、はい、そうですね。それじゃ行きましょう」
「おっけ~」
「・・・・・・うん」
そう返事をすると、シノブさんは少し名残り惜しそうにしながら、ミケネコをそっと地面に降ろした。ミケネコは地面に降ろされると、プルプルプルッと全身を振るわせてから、また俺の足元辺りに戻って来た。少しアゴの下をコショコショとかいてやる。
北口の門を出て、そのまま道なりに北に進む。ユウコさんが先頭で真ん中に2人が、最後尾に俺が続く。おそらく3人の時は、三角形の様なフォーメーションなのだろう。俺は攻撃しないし、後ろに俺がくっついただけなので、問題無く普段通りに戦えるだろう。
こういう時2,3人増えると、割とバラバラになってしまい、かえって普段より効率が落ちたりする事があるので、やはり臨時パーティにはそれなりのリスクがある。
道なりに最後尾を歩きながらついていくと、何にも会わずに[山の洞窟]入り口に到着してしまった。おかしい、イルカモネ山猫は別に「会えたらラッキーなんですよ~」とかいう、天然記念物でも絶滅危惧種でもない、山付近に居る”ただの野良猫”なのだが。なぜこうも出会わないのか?(いつの間にか遭遇した事にはなっているが)
「それじゃ準備してから入りましょう」
「わかった~」
「・・・うん」
「了解です」
視界の右下の方へ意識を向けると<04/03(水)AM 09:47>と表示されていた。
「………」さて3人が武器のチェックや道具の確認をはじめたのだが、俺は素手で布の服である。する事が無かったのでインベントリから樽(中)とコップ(木)を取り出し、コップで一杯分の水を汲んで、ゴクゴクと喉を潤した。
今朝も思ったが、空腹や眠気、喉が渇くというサインを、あまり感じられないので意識して取る事にする。ウォーキングなどをする人も、こまめに水分補給をするべきらしい、今朝の疲労感?の事もあるので色々と気を使ってみよう。少し残ったので掌に移して、ミケネコに飲ませてみる。ピチャピチャと少し飲んだ後、
「やっぱりつめたいよ~」
と不満をもらした、やはりか。一応実験用にサクランボも入れてるが、”インベントリの中は時間が止まってる”と考えていいのかも知れない。そうなると夏場は冷水、冬場はお湯を入れておくと、色々と捗りそうだな。
まぁまだこれは要検証だ、時間がゆっくり、という可能性とか色々ある。腐りやすそうなサクランボがいつまで新鮮なままか、そんな事を考えながら、樽(中)とコップ(木)をインベントリに戻した。樽(中)95%、コップ一杯5%のようだ。
ふと見ると3人の準備も大体終わったようだ。
ユウコさんは”みならい戦士”で、
長身でおそらくスタイルも良い(防具でよくわからない)美人さんで、3人の中での交渉役?で、責任感が強そうなリーダー?っぽい存在の様だ。
武器は”青銅の長剣”で、”青銅の盾”、”青銅の兜”、”青銅の鎧”、”青銅のブーツ”と「青銅シリーズ」で統一している。バランス型だな。装備からして騎士狙いかな?
ツカサさん(マドちゃん?)は”みならい魔法使い”で、
身長は年相応?で、ふわふわの茶髪で口調が軽く、態度や雰囲気もどことなくギャルっぽい?何故だか俺は彼女に、やたら警戒されている気がする。
武器は”樫の杖”で、”シルクの帽子”、”シルクの服”か?防御重視な感じだ。狙いはそのまま魔法使い系だろうか?この装備だけでは、まだわからない。
シノブさんは”みならい斥候”で、
小柄で可愛らしい小動物系?小柄というか小学生にも感じられるが、TJOでは15歳で職に付くので俺と同じ15歳以上なのだろう。
武器は”鉄の刀”で、”青銅の鉢金”、”レザーチェスト”、”レザーブーツ”だ。武器だけ張り込んだのだろう。狙いは忍者かな?
俺?・・・170cm、65kgぐらいのさえない感じで、素手で布の服〔※2〕ですが?
ちなみに有志による攻略サイトの情報では、
”みならい戦士系”で刀を使い続けると侍系に、
”みならい斥候系”で刀を使い続けると忍者系に転職出来るとされている。
ユウコさんに至っては「一例として戦士を選び~、片手に剣、片手に盾を持って戦い続けていれば騎士見習いへ」と半ば答えを”公式発表されている”のでほぼ間違いないだろう。
レア職と呼ばれる職は正確な条件が判明しているモノが少なく、またその職性能もよくわからなかったり、どうしてもギャンブルになってしまう。また1000職というのが誇張で無いなら、未だほとんどの職は判明すらしていない事になる。
例えば「竜騎士になりたい」と思ったところで、どういう行動をすれば竜騎士らしいかわからない、何を使えばいいのかもわからない、なれたところでどんな性能かわからない、そもそも”竜騎士”などという職があるのかもわからない。といった感じだ。
一応の傾向として戦士、斥候の武器戦闘職は”使用武器”によって、魔法、僧侶の術使用系は”使用した術”によって転職出来る職が変わると言われている。彼女達3人は、おそらく最終的には公式発表されている職狙いのようだ、手堅いメンバーなのだろう。
誰もなっていないレア職を求めて試行錯誤するのも、堅実に手堅い職を目指すのも、TJOではどちらが間違いでも正解でもない、それぞれの選択なのだ。
「………」さて、このはじまりの街[スパデズ]で売っている最上級は、鉄、シルクシリーズであるが、言ってみればここは冒険初心者の練習用みたいな場所なので、こんなところで地道にコツコツお金を稼いで”鉄シリーズ”を揃えるくらいなら、さっさと次の 出会いの街[ヘアルツ]に行き、豊富な品揃えから必要な装備を選ぶ方が良い。あちらの方が危険も大きいが稼ぎも良いからだ。
ご存知の通りTJOでは、NPCへの売却価格は本来の20%、つまり1/5である。考え無しに購入して不要だった場合、他のプレイヤーが買ってくれなければ、NPCに売るしかなく大損になってしまう、無駄遣いは禁物だ。
”青銅の長剣”か・・・俺のインベントリには”鉄の長剣”がある。買えば20,000G(20k)であるが、NPCに売れば4kにしかならず、運良く欲しいプレイヤーに売れれば”18kくらい”だろうが手間がかかる。ダンジョン内の宝箱は、フィールドPOP宝箱より若干ランクが上がるのが普通だ。・・・ここは”運だめし”してみるのも面白いかもしれない。
LV:6(非公開)
職業:みならい僧侶(偽装公開)(みならい僧侶)
サポートペット:ミケネコ/三毛猫型(雌)
所持金:525G
武器:なし
防具:布の服
所持品:8/50 初心者用道具セット(小)、干し肉×9、バリ好きー(お得用)75%、鉄の長剣、樽(中)95%、コップ(木)、サクランボ×1、青銅の長剣
〔※1〕いわゆる「フレに呼ばれたので~」という奴である。
これをそのままの意味で訳すと
「友人(フレンド=特に親しいプレイヤー)に呼ばれたので、これで失礼します」
であるが、裏の意味は、
「(ちょっと貴方(達)にはついていけないので)フレに呼ばれた(気がするorという設定で)ので(退散しますね)」
である。困った事に、オンラインゲームでは”両方の意味”で使用されるので、空気を読む能力が試される。さらには気が乗らない場合に「フレに呼ばれた”い”ので失礼します」などと言う事も?。
〔※2〕ちなみにツカサさんも俺も、初期装備?の上履きっぽい布の靴?を履いている。この靴は布の服と違い”装備にカウントされない”(逆に防具:なし だと全裸をイメージさせるので、布の服だけは表示されているのだろう)布の服と同様に防御力も無く、売却も出来ない。
この「布シリーズ」は、初期状態か、特定の敷地内以外で装備を外すと、どこからともなく装備される。これにより”街中で全装備を外して、全裸で歩き回る”等の行為は不可能となっている。救済用というより全裸阻止のためなのだろう。ミセランナイのよ?。
「・・・ご主人さまぁ~?」
「到着はしている、入るとは言っていない」
「・・・・・・」




