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短編たち

放り込まれた空間で

作者: 山いい奈
掲載日:2015/06/05

 目を覚ました時、タクヤは見覚えの無い周囲の景色に呆然とした。


 ついさっきまで自室にいた筈だ。今日発売したばかりのシューティングゲームをプレイしていた。迫り来るゾンビを撃つというオーソドックスなものだったが、そういう単純なルールの方が返って填りやすい。タクヤは拳銃タイプのコントローラを持っていて、それを巧みに──あくまで本人の主観である──操って、テレビのモニタ越しにグラフィックのゾンビと相対していた筈だ。


 なのに今は、手にしていた筈のコントローラはもちろんテレビも無く、傍らにあった筈のベッドも机も当然無い。


 呆然としたまま辺りを見渡してみると、真っ白い床に、あちらこちらに床と同じ色の白い壁がある、よく解らない空間だった。そしてとても静かだった。シン……という音が聞こえてきそうなほどに。壁の高さはタクヤの身長と変わらないぐらいだろうか。それらの壁のひとつの上の方に、黒い丸が書かれてある紙が張り付いていた。他にもあるのかと幾つかの壁に目をやってみたが、結局最初の1枚以外には見当たらなかった。


 上や目線の高さばかりに行っていた視線を、やっと床に落とす。と、足下にモデルガンとふたつに折り畳まれた紙片が置かれていた。よく蹴飛ばさなかったものだ。タクヤは屈んで、まずは紙片を手にした。



 このモデルガンで、壁に貼られている紙に書かれている黒い丸を撃て。紙は全部で10枚ある。



 そう書かれていた。1枚はついさっき見付けたから、どこかに9枚あるという事か。タクヤはモデルガンを拾い上げた。まずは1枚をやっつけてしまおう。


 それにしても、一体ここはどこで、この行為の意味はなんなのだろうか。紙片の指示を素直に受け入れてしまいそうになっているが、そもそもそれがおかしい。この現状をおかしいと思わなければいけないのだ。紙片を手にした時だって、もっと警戒しなければならなかった。取り乱したりしてもおかしくない。むしろそれが通常の反応なのではないのか。なのに僅かに動揺した程度で済んでいる。


 そして最終的には「ま、いっか」と思ってしまうのだ。なぜだろう。不気味だ。なのにやはり「ま、いっか」と思ってしまうのだ。そしてまた不安になって──

 と、堂々巡りを続けていても仕方が無い。今はとにかく指示された事をするしか無い。タクヤは黒い丸が書かれている紙が張り付けられた壁に向かった。


 近付いてみると、ただの紙だと思っていたそれは、そこそこ厚みのある、感じとしては段ボールに近いものだった。タクヤはゲームで拳銃もどきを撃つ事はあるが、モデルガンとはいえ実際に弾が出るものを撃つのは初めてだった。外さない様に至近距離で、指示の通り弾──正確にはBB弾だ──を撃ち込んだ。そうする事で何か起きるのではと思ったが、モデルガンが発した音が微かに耳に残るだけで、変わらず静かなままだった。壁が動き出したり床が波打ったりもしない。タクヤは少し安堵し、小さく息を吐いた。


「これで……いいのかな」


 しかし呟いたところで誰も応えてくれない。タクヤは次の紙を探す事にした。


 幸いにもここはそう広い空間では無さそうだ。それでも闇雲に探していては効率が悪い。タクヤはまず部屋の隅を目指す。そこから順番に壁を見て行こう。

 黒い丸はそこそこ大きいので、よほどポカをやらない限り見過ごす事は無さそうだ。それでもタクヤは注意深く壁のひとつひとつを見て行った。

 ふたつ、みっつ、よっつと順調に見つけ、その度にBB弾を撃ち込んで行く。いつつ、むっつ──そして最後、10枚目だ。


 それに銃口を向けようとした時、ついタクヤの喉が鳴った。指示されたこの行動を終えるとどうなるのだろうか。それこそこの空間が崩れて埋もれてしまったり、何かが現れて襲われたり……いやいや、考えるのは止そう。どちらにしても今のタクヤには他に出来る事は無いのだ。ここまで来たらやるしかない。タクヤは今までの9枚より強くグリップを握り締めて、弾き金を引いた。

 少し間の抜けた様な発砲音、そして鈍い音がして黒い丸にBB弾がめり込む。と、途端にそれまで眩しいほどに明るかった空間の灯りが消えた。


「な、何!?」


 真っ暗だ。自分の手元すら見えないので、下手に動く事も出来なかった。その場に立ち尽くしたまま慌てていると、それまで物音ひとつ立てる事なかった空間に、女性の声が響いた。


「お疲れさまでした」


 まるで機械の様に抑揚の無い、淡々とした声。そして次の瞬間に、また周りが明るく──



「……あ、寝落ちてた」


 気付いた時、タクヤは拳銃タイプのコントローラを握り締めたまま、ベッドにもたれ掛かっていた。シューティングゲームをしていた途中に、うとうととしてしまったらしい。テレビのモニタを見ると、大きく「GAME OVER」と映され、その後ろではたくさんのグラフィックのゾンビが蠢いていた。寝起きにはなんとも似つかわしくない。


 何か変な夢を見た様な気がする。しかし内容は何も覚えていなかった。


「ま、いっか」


 タクヤは呟いて、ゲーム機本体のリセットボタンを押した。






「きゃ……!」


 自宅のベランダで洗濯物を干していた若い主婦が、強い突風に驚いて小さな悲鳴を上げた。突風に煽られて、干したばかりの洗濯物の一部がバラバラと地面に落ちてしまった。


「やだぁ、もうっ」


 主婦は言うと、それらを拾い上げ、空いたばかりの洗濯かごに放り込んでいく。シャツにパンツに靴下にと、全部で10枚もあった。


「洗い直さなきゃ」


 主婦は命拾いした洗濯物を、これ以上落ちてしまわない様に洗濯ばさみなどでしっかりと留めると、洗濯かごを抱えて室内に戻って行った。






「……え? 洗濯物?」

「そうだよー」


 一連の状況を眺めていた悪魔その1は間抜け面で呟き、悪魔その2はそれにしれっと応えた。


「人間にあんな事させて、洗濯物がダメになっただけ?」

「うん。主婦には結構なダメージだよ!」


 悪魔その2は堂々とそう言い放ち、ふんぞり返る。


「それが悪魔のやる事か! 何かもっとこう、10人殺すとか無いの!?」

「そんなの悲しいじゃない」

「悲しくていいんだよ! 俺ら悪魔なんだからどんどん人間を不幸のどん底に落とせばいいんだよ!」


 悪魔その1が喚くが、悪魔その2は動じない。


「えーやだよそんなの。この前ね、ペットのハシビロコウが死んじゃってさ、もう悲しくて悲しくて。大事な人とかが死ぬのって、こんなにも悲しい事なんだって初めて知ったよ。だから僕もう誰も殺さないんだ」


 悪魔その2は確かに元々残虐な行為が苦手ではあった。だがここにたどり着くとは。確かに彼はあのハシビロコウをとても可愛がっていた。

 悪魔にしておくには惜しい優しさと慈しみの心が、彼にはあったのだった。

 悪魔その1は諦めたという様に溜め息を吐いた。


「ま、いっか」

ありがとうございました!

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