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天使と悪魔と

作者: 山田結貴

 ある日、小林という名の少年が人気のない道を歩いていると、財布が落ちているのが目に止まった。

「ん? 落とし物か?」

 拾い上げてみると、思っていたよりもずっしりとした感覚が伝わってくる。

 一体、中にどれくらい入っているのだろう……。

 出来心から財布をそっと開けてみると、そこにはなかなかの量のお札が入っていた。

「うわ、これの持ち主ってかなり金持ちなんじゃないか? でも、このシチュエーションって」

 この時、小林の頭の中にあることが浮かんできた。それは、漫画などでよく使われる王道中の王道な展開であった。

「こういう時って、大体は財布を警察に届けるか、こっそりネコババするかで悩むもんなんだよな。でもって、その二つの中でチンタラ迷っているうちに天使と悪魔が現れて……なーんてな。そんなベタな物語みたいな話、あるわけ」

 そう口走った直後、小林の目の前に、空から一筋の光が降り注いだ。その清らかな光は徐々に形を成していき、やがて白い衣をまとった少女の姿になった。

「私は天使。その財布を、すぐに警察へ届けなさい」

 鈴の音のように美しい声が、小林の善の心に働きかけようと優しく述べる。

「えっ」

 天使? え、マジで天使が降りてきちゃったの?

 小林の脳内が真っ白になりかけたのとほぼ同時に、今度はどこからか黒い霧が溢れてくる。そして、その中から黒ずくめの格好をしたいかつい男が姿を現した。

「俺様は悪魔。どうせ誰も見ちゃいないんだ。財布くらい、こっそりいただいちまいなよ」

 地獄の底から響くような声が、小林の悪の心を絶妙に刺激する。

「えっ」

 小林が呆然とする中で、天使と悪魔はそれぞれの台詞を言い終えたのちに互いを睨みあった。そして、それぞれが小林の方に向き直ってから台詞の続きを話し始めた。

「さあ、小林君でしたね。私と一緒に、財布を届けに行きましょう」

「何を言う。こいつはな、今から俺様とともにその財布の金を使って豪遊するんだよ。な、そうだろう?」

「えっ」

 しかし、当の小林はというと、どうしたものかと戸惑っている。

 それを見た天使と悪魔は、今度はキョトンとしながら顔を見合わせた。

「あら、どうしちゃったのかしら。どちらも選ばずにボーっとしちゃって。私のかわいさに見とれちゃったのかしら」

「それは違うな。きっと、奴は俺のワイルドな魅力に惹かれまくっちまったんだな」

 どっちも違うよ。マジで天使と悪魔が降臨してきたことに度肝を抜かれて何も言えねえだけだよ。いや確かに、ベタな物語とかではよくある展開だけどさあ。

 小林はただ単純に、目の前で巻き起こった事態を素直に受け止めることができずにいるだけだった。

「ねえ、この子ったらどうしたらいいのか困っちゃってるんじゃないかしら」

 お、天使。少しはまともなことを……。

「きっと、私達に何かが足りないから、財布をどうするべきか決めかねているのよ」

 え?

「何かが足りないだあ? 天使、それはどういうことだ」

「いい? こういうシチュエーションって、地上ではベタな展開って奴らしいのよ。こういう風に、天使と悪魔が出てきて人間の心に働きかけるみたいなのが。多分、こういった使い古されたシチュエーションを繰り広げられても、人間にとってはインパクトってのが足りないのね。だから、ベタベタな話にどうやって答えればいいのか。ベタベタ過ぎてわかんなくなっちゃってるのよ、きっと」

 いや、そういう理由でどうしたらいいのかわかんないわけじゃないから。現実に天使と悪魔が出てきちゃって、対処に困っているだけですから。しかも、あんたらインパクトだけなら充分に絶大ですよ?

 小林はすかさずツッコんでやろうかと思ったが、天使のマシンガントークがそれを許さなかった。

「だから、ここは人間にとっての王道をぶち壊すっていうのはどうかしら。そうしたら、きっと私かあんたのことを選んでくれるに違いないわ。例えばそう……私とあんたの他に、助っ人を呼んで選択肢をもう一つ増やしてみるとか」

「なるほど。それはなかなか王道をぶち破る可能性を秘めているかもしれないな。それに、こいつも天使か悪魔の極端の二択しかないから、選びづらいのかもしれないし」

 コラ悪魔。天使の酔狂なアイディアにちゃっかり同意してんじゃねえよ。

 事の中心であるべき存在であるにも関わらず、放置され続ける小林は呆れるばかりである。

 だが、話の矛先は突如として彼の元に向けられることとなった。

「おい、少年」

「はい?」

 悪魔にギロリと睨まれ、つい肩をビクッと震わせた。

「俺様達は、これから一旦引き上げる。だから、お前はもう一度財布を拾い上げて『う~ん。これ、どうしよ~』みたいなことを言いつつアホ面を浮かべろ。そうしたら、俺様達は第三の選択肢を持った助っ人を連れてお前の元に再び舞い降りるからな」

「……」

 何? この「テイク2もよろしく頼むわ~」的なノリは。しかも、さりげなく失礼な発言もちらほら混じってるし。

 小林は文句を言おうと口を開きかけたが、相手はその隙を与えずに「では、よろしくお願いしますー」「頼んだぞ、少年!」などと好き勝手に言ってから去って行ってしまった。


「何なんだよ、あいつら。ずいぶんと軽いというか、何というか。まあ、でもこのままってわけにもいかないし」

 一人取り残された小林は、ブツブツ不満をもらしながら財布をいじっていた。

「うーん……仕方ない。やるか」

 かなり気が進まないが、この際仕方ないか。

 小林は渋々といった様子ではあったが、財布を手に取る真似をしながら「う~ん。これ、どうしよ~」と呟いた。すると、台詞が棒読みであった上に悪魔の要求を無視してアホ面をしなかったというのに、先程と同じような展開が繰り返された。

「その財布を、すぐに警察へ届けなさい」

 と言いながら、光の中から現れる天使。

「どうせ誰も見ちゃいないんだ。財布くらい、こっそりいただいちまいなよ」

 と唆しながら、霧から出てくる悪魔。

 本来なら、ここで役者が全てそろったはずなのであるが、彼らいわくもう一人ここで現れるとのこと。

 一応待っていると、どこからか「ウオオオ……」という不気味な唸り声が響いてきた。

「えっ。な、な、な? うっわあ!」

 これは夢? それとも悪夢? 

 耳をつんざく羽音とともに、巨大なこうもりの化け物みたいな奴が空から降りてきた。

「ふははははっ! 我こそが大悪魔。その財布の中に入っているカードから持ち主の住所を特定し、押し入って財産を全て巻き上げてしまえ。財布だけを奪うよりも、もっと金を得られるぞ!」

 だ、だ、大悪魔⁉ 何か、もっとやばい奴が地上に降りてきちゃったんですけど⁉

 小林はあまりの迫力に腰を抜かし、思わずその場にひっくり返ってしまった。

「ちょっと、何で大悪魔なんて連れてきちゃうのよ! こんなんじゃ、全然助っ人にならないじゃない!」

 当然、これには天使もご立腹のようである。しかし、悪魔はというと悪びれる様子もなく平然と答えた。

「何言ってんだ。俺様の先輩を連れてきて何が悪いっていうんだ。しかも、助っ人としてはだいぶ役に立って下さってると思うぜ。この大悪魔様の恐ろしい提案を聞くことによってだな、人間は俺様の発言に対して『何だ。こいつの言ってることってまだ甘っちょろいんだー』などと思うわけだ。でもって、俺様についていくことを選びやすくなるという」

「何よそれ、最低! この、鬼! 人でなし!」

「俺様は鬼でも人でなしでもねえの。悪魔なの。 バーカ!」

 何故俺は、人様の財布を手に持ったまま出来の悪い漫才を見せられなければならないのだろうか。

 小林はまたもいわれなき放置を食らい、溜め息をついた。

「いい? 今度は私が助っ人を連れてくるわ。こうなったら、とっておきの方に来てもらっちゃうんだから」

「ほう、そりゃあ面白い。お前みたいな小娘に、ちゃんとした助っ人なんて呼べるのかなあ」

「少なくとも、あんたよりはマシよ。小林君、悪いけどもう一度財布を拾うところからやり直して。今度は、ちゃんとした助っ人を連れてくるから」

「は、はあ」

 段々と、話が横道にそれてきているような。ていうか、こいつらは何のために助っ人がうんぬん言ってるんだっけ。

 そう思ったのも束の間、天使と悪魔はガミガミと罵詈雑言を言い合いながら飛び去っていった。

 またも取り残されてしまった小林は、助っ人として呼ばれたのにも関わらず、同じく取り残されてしまった大悪魔の方に目をやった。

「あのー……あなたはこれからどうなされるんですか」

「我はここに呼びつけられただけにすぎぬからな。特に用がないのであれば、これで帰らせていただくぞ」

「そ、そうっスか。お疲れ様でした」

「うむ。では……」

 大悪魔は翼を広げ、現世に何か災いをもたらすわけでもなく、あっさりとどこかへと飛んでいってしまった。

 奴もまた、あのドタバタコンビの被害者にすぎなかったというわけか……。


「あいつら、恐ろしい奴を連れてきやがって。ったく……あ、財布発見。う~ん。これ、どうしよ~」

 一息ついた小林は、注文通りの台詞を口にしながら財布を拾う動作をした。相変わらず棒読みのままであったが、奴らはそんなことは気にしていないのか再び例の寸劇を繰り返した。

「その財布を、すぐに警察へ届けなさい」

 と言いながら出てくる天使。

「どうせ誰も見ちゃいないんだ。財布くらい、こっそりいただいちまいなよ」

 と言いながら出てくる悪魔。

 よくもこいつらは、飽きずにこんなことをやり続けるなあなどと考えていると、突如地面がグラグラと揺れ始めた。

「わっ。な、何だあ⁉」

 小林がパニックに陥っていると、ぬうっと地面に影が差し、ズウーンという凄まじい効果音とともに何者かが空から降ってきた。

「なーっ!」

 天より舞い降りたのは何と、袈裟を着込んだ推定身長数メートル以上の超大男だった。

 男は立派にたくわえられたあごひげをなでながら、ちびりそうになっている小林をギョロリとした目玉で凝視する。その後、遠くの大地をも揺るがすような野太い声でこう言った。

「我輩の名は閻魔。小僧よ、もし現世で悪事を働くのであれば、地獄で貴様の舌を引っこ抜いてくれようぞ」

 え、え、えーっ! ここでまさかの閻魔様ーっ⁉

 色々な意味でビッグにもほどがある助っ人に仰天する小林であったが、ふと横が騒がしいことに気がついた。

 ちらっと目をやると、天使と悪魔がまたも痴話喧嘩を始めていた。

「おい! 閻魔様を連れてくるのは流石に反則だろうが! お前、一体どういう交友関係を築いてやがるんだよっ」

「それはプライベートに関わるトップシークレットだから内緒。それに、さっき大悪魔なんかを連れてきたあんたに、つべこべ言われたくないわ」

「大悪魔先輩にしれっと暴言吐いてんじゃねえよ。あとさ、天使と閻魔様が仲良しって……。しかも、閻魔様が言ってたのって選択肢というよりは単なる脅しだし」

 悲しいかな。こればかりは悪魔の発言の方が理に適っている。

「ほら、小林少年も対処に困っているようだしさ、さっさと他の助っ人を連れてこようぜ」

 おい悪魔。若干褒めたそばから人のことをどこぞの名探偵の助手みたいに呼ぶなっつーの。

 小林がツッコみ損ねている間にも、話は勝手に進んでいく。

「まあ、どっちにしてもこのままじゃどの選択肢も選んでもらえそうにないわね。仕方ない、もう一度やり直しましょう。小林君、さっきと同じような感じでお願いね」

「えっ……いやー……」

 ま、まだやるの? このくだらないコント、まだ続けちゃうの?

 苦りきった表情を浮かべた小林のことなんか全く気にも止めず「じゃ、あとはよろしくー」と言わんばかりに天使と悪魔はいずこへと消えてしまった。

「……」

 小林は、おそるおそるといった感じで閻魔の様子を確認する。

 閻魔はというと、呼ばれるだけ呼ばれて放置されるという粗末な扱いを受けて困惑しているようだ。

「あのー……これからどうなさいます?」

「どうなさいますと言われてもな。もう用がないのであれば、我輩は帰らせていただくぞ。これから、済まさなければならぬ裁きがいくつもあるものでな」

「は、はあ。では……お元気で」

「うむ。達者でな」

 閻魔はその場で勢いをつけると、ぴょんと飛び上がって空の彼方へと去って行った。

「俺も、早く帰りたいなあ」

 小林は、小さくなっていく閻魔の影を静かに見送りながらポツリと呟いた。


「もう、いい加減にしてくれないかなあ」

 小林はふんだんに文句の山を積み上げながら、財布を拾う動作をしていた。

 いっそのこと、財布をこの場に投げ捨てて立ち去れば天使と悪魔によるゴタゴタ劇場の舞台からは降りられるかもしれない。だが、相手は大悪魔や閻魔などといった恐い方々と交流を持つ、とんでもないやからなのだ。もし両方を同時に敵に回すような真似をしてしまったら、下手をすると人生の舞台に幕を下ろすはめになってしまうかもしれない。

「う~ん。これ、どうしよ~」

 拭いきれない一抹の不安から、小林は大根役者を嫌々ながら続ける。

 すると、例のドタバタコンビがまたまた同じ感じで現れた。

「その財布を、すぐに警察へ届けなさい」

 と言いながら出てくる天使。

「どうせ誰も見ちゃいないんだ。財布くらい、こっそりいただいちまいなよ」

 と言いながら出てくる悪魔。

「で、お次は?」

 今度の助っ人とやらは誰だ。神か? 仏か? 今までさんざんぶったまげるようなものを見せつけられたんだ。ちょっとやそっとじゃ驚かねえぞ。

 小林が白けながら助っ人とやらを待っていると、近くにあった電信柱の後ろからスーツをパリッと着こなした男が出てきた。

「ふふふ。そこのあなた、投資に興味はありませんか? さあ、その財布の金を元手にして私と一儲けしま」

「てめえ、ただの詐欺師じゃねえか!」

 何だこりゃ! 大悪魔、閻魔ときて、ここでまさかの詐欺師かよ! ていうか、落差がひど過ぎる。しょぼ!

 あまりにもぶっ飛んだ第三の選択肢に、小林はとうとう耐えかねて絶叫した。

 パクッた財布の金を、詐欺師によってを騙し取られるという選択肢を与える天使と悪魔って。一体どんな神経を持ち合わせているのだ。

「また失敗したみたいだぞ」

 と、淡白に話す悪魔。

「今ので、だいぶ選びやすくなったと思うんだけどな。残念」

 と、微妙に悔しそうにする天使。

「さて、私は頼まれた仕事はきちんとこなしましたからね。これにて失礼しますよ」

 男はそれだけマイペースに言うと、スタコラサッサと走って行ってしまった。

 果たして彼は、本物の詐欺師だったのか。非常にどうでもいいことではあるが、真実は謎である。

「ああ、もう」

 小林はうんざりしながら、天使と悪魔を見て頭を抱える。

 また三文芝居に付き合わされてはたまらないと、二人が再び注文をつけてくる前に先制攻撃を仕掛けることにした。

「あの、もう無理に選択肢を増やそうとしなくていいですから。今、さっさと財布をどうするか決めますから」

 そうすれば全てが解決するし、いい加減こいつらも帰ってくれるだろう。ああ、どうしてこのことに早く気がつかなかったのか。

 小林はそう思ったのだが、これは既に甘い考えになり下がっていた。天使と悪魔の目的の焦点は、とっくに別のところにすっ飛んでしまっていたのだ。

「駄目! それじゃあ私達、このままマンネリの一途を辿るばかりなの!」

「インパクトだ。やっぱり、人間の心に爪痕を残すようなインパクトが、ありふれた天使と悪魔である俺様達には足りねえんだ!」

 お前らのどこがありふれてるっていうんだよ。インパクトだけは、充分過ぎるほど絶大だっての!

 一発ぶちかましてやりたい衝動に駆られる小林であったが、奴らの後ろ盾が脳内にちらついて行動に踏み切ることができない。

 そんな時、天使と悪魔が何やらコソコソと相談し始めた。

「でもさ、さっきの助っ人は結構いい線いってたわよね」

「ああ。鋭いツッコミがズバーッと入るくらいのインパクトはあったらしいからな」

「ならさ、今度はこういう路線はどう? ごにょごにょ」

「……お、悪くないんじゃないか?」

 何だろう。何か、ものすっごく嫌な予感がするのですが。

 小林は彼らと目が合うなり背中にジトーッと心地の悪い汗が噴き出すのをひしひしと感じ取った。

 そして、天使と悪魔がニタッと笑うのを直視するなり、自身の勘が的中してしまったことを悟った。


 ある日、山村という名の青年が人気のない道を歩いていると、財布が落ちているのが目に止まった。

「落とし物か……」

 拾い上げてみると、思っていたよりもずっしりとした感覚が伝わってくる。

 何気なく開けてみると、そこにはなかなかの量のお札が入っていた。

「すごいものを見た気がするな。俺の財布の何倍入ってるんだ? いやあ、よくもこんなに財布に詰め込んだもんだなあ。これを警察に届けて謝礼をもらうのもいいが、このまま全部もらえたら丸儲けだよなあ。いや、でもそれは人としてちょっと。いや、でも誰も見てないし……」

 山村の中で、善の心と悪の心がユラユラと揺れ動く。そんな時、一筋の光と黒い霧がどこからか現れた。

「私は天使。その財布を、すぐに警察へ届けなさい」

 鈴の音のように美しい声が、山村の善の心に働きかけようと優しく述べる。

「俺様は悪魔。どうせ誰も見ちゃいないんだ。財布くらい、こっそりいただいちまいなよ」

 地獄の底から響くような声が、山村の悪の心を絶妙に刺激する。

「な、何だこいつら⁉」

 いきなり現れた珍妙な二人に、山村はすっかり面食らっている。

 本来なら、ここで役者が全てそろったはずなのであるが、このタイミングで電信柱から飛び出した影があった。

「んっ……んっ?」

 山村は、目をさらに丸くしながらそれをじっと確認する。

 電信柱から飛び出してきたもの。それは。

「ど、どうも。初めまして」

 恥ずかしそうにしながら、ぴっちぴちの全身タイツを身にまとった小林であった。

 小林は非常におどおどしながら、山村に向かって与えられた台詞を話し始めた。

「あの、天使の言い分はごもっともですけど、悪魔の言うこともわかりますよねー……。俺としてはですね、一応善良な一市民として天使の意見を」

「はっ……ぎゃっはははは!」

「……」

 話の途中で、先程までポカンとしていた山村が財布を放り出してゲラゲラと笑い始めてしまった。

 「急に誰だよこいつ」だの「何故に全身タイツ……」だのと時折もらしていることから察するに、場違いにもほどがある小林の登場が、彼の笑いのツボにはまりまくってしまったようだ。

 狂ったように笑いまくる山村を前にした天使と悪魔は、何を思ったか手に手を取って歓喜の声を上げだした。

「やったわ! 私達はついに、王道展開の壁をぶち破るのに成功したのよ」

「これだけのインパクトを見せつけたら、絶対どっちか選んでもらえるよな。お前の斬新な作戦、敵ながらあっぱれだったぜ」

「いや、これは彼の衣装をチョイスしたあんたの活躍のお陰でもあるわ。今は素直に、この記念すべきマンネリ打破を喜びましょう!」

 待てコラ! 勝手にハッピーエンドみたいな感じで話を終わらせようとしてんじゃねーっ!

 小林に、あともう少しだけ勇気というものがあれば、きっとこのように叫んでいたことだろう。

 どうして財布を拾ってモタモタしていただけで、こいつらの寸劇に巻き込まれていらぬ恥をかかされなければならないのか。こんな展開、元から王道なんかであるものか。

 顔を真っ赤にして、拳をプルプルと震わせている小林は、この時に強く誓ったのだった。もし今後の人生で他人の財布を拾うようなことがあったら、奴らが出現する前に何かしらの行動に移そうと。

 こんなつまらない寸劇を人生の内に演じるのは、一回だけでも多過ぎるくらいであることは実に明白な話なのだから。

少しでも笑っていただけたのであれば、この上なく嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 天使と悪魔の予想の斜め上のやり取りにクスクスッときて… 様々な助っ人の登場でグググッときて… ピッチピチの小林少年でブハッと噴き出しました!笑 久々に活字で大笑い出来た気がします( ´…
[一言] 小林くん何処に行った?って思っていたらそういう落ちでしたか。 電車の中にも関わらず、最初の大悪魔には盛大に吹き、そのあともニヤニヤが止まりませんでした。小林くんの心のツッコミが的確で面白いで…
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