表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

人喰いマント

人喰いマント 第二夜   『ピアノのある家』

作者: 久青玩具堂

 三村(しず)の家の裏に(こも)()美咲が引っ越してきたのは、静が十三歳、丁度華族に関する法律の大きな改正があった年だった。

 三村家は郊外の住宅地に在る、大きくも小さくもない、古めかしい造りの平屋である。家屋の大きさの割には庭が広い。静の父の趣味で、いささか派手な色彩の花壇が設けられていた。裏庭には小さな竹林があり、菰田の家が在ったのはその向こう、急斜面の丘の上に当たる。

 これから抄出する日記は、その頃に三村静が()けていたものである。少女らしい控えめな筆致で、内容のほとんどは他愛ない雑事なのであるが、菰田美咲の現れた前後の記述に関する限り、奇ッ怪千万と云わざるをえないものがある。

 彼女の死後、この日記を読む機会があった数少ない身内は皆、それが彼女の創作か悪夢の産物だと断じた。それほど現実離れして、益体もない内容だったのである。だが、それでも日記の読者は一様に不気味の念を禁じ得ず、あの温厚で条理をわきまえた静が何故にこんな日記を残していたのかを訝しがるのであった。




   人喰いマント 第二夜

    『ピアノのある家』




[ 六月四日 日曜日 晴 ]


 今日は花壇の手入れを手伝った。

 いつもはお父様とするのだけれど、お父様は最近、お勤めが忙しくて中々花壇まで手が回らないということなので、お母様と二人して草むしりに精を出した。

 とても暑い。

 空が真っ赤だった。今年は空梅雨らしく花も苦しそうだった。わたしもお母様もたっぷり汗をかいて、雨を補うようにずぶ濡れになった。

 最後にホースを使って水を撒いた。お母様は、その役目をわたしに任せてくれた。わたしは自分でも子供のように喜んで、さっとホースを振るって花たちに雨を降らせてやった。お母様はそんなわたしを見ながら「わたし、ホースって苦手なの。地面に転がっていると、なんだか蛇のよう」と言った。わたしも蛇は嫌い。

 朝早くから始めたせいか、お昼頃には見違えるように綺麗になった。お母様は嬉しそうにぴかぴかの花壇を見回して、「お昼にしましょうか」と微笑んだ。

 菰田さんがやって来たのはその時だった。この辺りでは滅多に見かけない洋傘を差して、真っ赤な日差しの影に居た。影の中でも唇の紅が綺麗だった。まだ二十を越えて間もないような、若い女の人。もう少し飾りが付いていたら夜会に出られそうな服を着ている。ついぞ見かけない麗人が、我が家の庭をのぞいて微笑んでいた。お母様が軽く頭を下げたので、わたしも倣った。

 菰田さんは、人懐っこい微笑みを浮かべて「ごきげんよう」と眠いようなイントネイションでおっしゃった。それから、自分が菰田()(さき)という者で、丘の上の館に引っ越して来たのだとおっしゃった。そう言えば、家のすぐ裏のお屋敷が永らく空き家だと聞いたことがある。なんでも、どこだかの藩のお殿様が末の御児様に買ってやったものの、その後貧窮して大分買い叩かれてそのままになったということだった。何度か前を通ったことがあるけれど、大工さんが無理して組み立てた洋館という感じの建物で、無闇にしゃちほこばって偉そうに思った覚えがある。

 なるほど、あか抜けた装いの菰田さんにはよくお似合いだと思う。菰田さんが行った後で、お母様も同じように言って笑っていた。



[ 六月六日 火曜日 曇 ]


 学校からの帰り道、菰田さんのお宅の前を通った。ピアノの音が聴こえてきた。菰田さんが弾いてらっしゃるのか、それともお家の人だろうか。ピアノなんて学校でしか聴いたことがなかったので、近所で耳にしたのがなんだか新鮮だった。洋館は相変わらずつんと澄ましていた。

 坂を下りて家に帰ると、庭先にお向かいの(しん)ちゃんが来ていた。お母様が通したのか、縁側に腰掛けて、いつものように画帳に向かっていた。熱心に、花か何かを素描しているようだった。わたしは少し悪戯(いたずら)心を起こして、進ちゃんに気付かれないように近寄って、短兵急に画帳をのぞき込んだ。意外にも、そこに描いてあったのは花でも風景でもなくて、誰か女の人の横顔のようだった。まだ輪郭を描いただけだったので誰の顔かは解らなかったけれど。

 進ちゃんはわたしに気付いて、ぱたんと画帳を閉じてしまった。そのあわて方が面白くって、わたしは羽扇を持った軍師さんの気分はこんなものかと思った。

「進ちゃん、誰を描いていたの?」

「知らん、知らんです」

 いくら訊いてみても、進ちゃんは絵のモデルを答えなかった。頬が林檎のように赤かった。まだまだ子供だと思っていたけれど、進ちゃんもなかなか隅に置けない。

 わたしがすねた風をして進ちゃんをからかっていると、お母様が切った西瓜をお盆に載せてやって来た。わたしと進ちゃんの声を台所でお耳にしていたらしく、わたしはこってり叱られてしまった。「はしたない」は、我が家におけるお母様の口癖だった。進ちゃんは聞こえないふりで西瓜をかじっていた。

 進ちゃんが帰って家の中が静かになると、微かにピアノの音が聴こえるようになった。わたしは「菰田さんよ」とお母様に教えて上げた。お母様は「何て曲かしら」と首を傾げていた。わたしも知らなかった。ただ、何か舞踏の伴奏ではないかと思った。



[ 六月十日 土曜日 曇 ]


 じっとりと、蒸し暑い日。

 今日はお父様と花壇の世話をした。お母様は縁側の奥から眺めていた。お父様はいつものように寡黙だったけれど、いつになく固い雰囲気だった。この間の日曜日に花壇を手入れした時、お母様が間違えて大切なお花を一つ手折ってしまったのをまだ気にしているらしかった。お父様は若い頃にはもっと大きなお屋敷に住んでいて、やっぱり大きな花園を持っていたというのを自慢にしている。だから、自分のお花が減ってしまうことには神経質のようだった。

 自然に黙りがちになっていると、菰田さんのピアノの音が聞こえてきた。いつもは聞こえないのに、このピアノは、静寂の耳鳴りの代わりに我が家に降ってくるようだった。

 わたしはしゃがみ込んで雑草をむしりながら、お父様に訊いてみた。お父様はあの曲の名を知っていた。なんだか怖い名前の曲だった。そうして、ゴムホースをむんずと掴みながら、丘の上から聞こえてくるピアノに合わせてハミングした。お母様は軒の陰で、冷えた西瓜に包丁を入れていた。

 そのうちに雨が降ってきて、わたしたちは慌てて家の中に避難した。ピアノの音も、篠突く雨にまぎれて消えた。



[ 六月十五日 木曜日 雨 ]


 ここ数日、雨が続く。ようやく梅雨に入ったのだろうか。

 雨傘を差しながらの帰り道。雨の日の菰田さんの家は、どこか寂しそうだった。ピアノの音も聴こえてこない。昨日お母様に聞いた話では、菰田さんはお一人で暮らしているのだという。理由は近所の誰も知らないらしいけれど、わたしは誰か偉い人のお妾さんなんじゃないかと思った。また怒られそうなので、口にはしなかったけれど。

 途中で進ちゃんに会った。進ちゃんも学校帰りで、小さな頭に制帽を載せて、やっぱり画帳を脇に抱えていた。画帳が濡れないように傘を持っていたので、反対側の肩と鞄がずぶ濡れになっていた。お小遣いのほとんどを使って買っているという画帳が大切なのは解るけれど、あれでは風邪を引いてしまう。わたしは進ちゃんに並んで、傘をかざしてあげた。自分も濡れないように寄り添った。進ちゃんは、何やら馬鹿丁寧な言葉でお礼を言ってくれた。

「どういたしまして。その代わり、進ちゃんが絵描きさんになったら、絵の一枚でもちょうだいね」

 わたしがそう返すと、進ちゃんは奇妙なことを言った。

「そんなに欲しがっちゃいかんです。人喰い外套(マントル)に食べられてしまうです」

「人喰いマント?」

 今にして思えば、進ちゃんは不器用な照れ隠しをしたのだけれど、その時のわたしは気付かずに聞き返してしまった。いや、気付いたとしても聞き返さずにはいられなかったと思う。人喰いマント。なんとも突飛な言葉だった。

「そうです。人喰いマントルは、自分を着た人を食べてしまうのです。でも、食べてしまう代わりに、その人の願いをなんでも一つだけ叶えてくれるです。食べさせてくれてアリガトウって」

 詳しく聞いてみると、なんでも、進ちゃんがお祖母様から聞かされた怖い昔話なのだと言う。進ちゃんが何か我がままを言うと、「人喰いマントルがやってくるぞよ」と脅かされるのだ。聞いたことのない妖怪だけれど、進ちゃんは本気で怖がってるみたいで、「あんまり欲しがりな顔をしていると、人喰いマントルがやって来て喰われてしまうです」と真剣な顔で注意した。

 わたしも釣り込まれてうなずいた。雨のせいか、夏だというのに妙に肌寒かった。わたしは進ちゃんと「人」の字のようにひっついた。



[ 六月十七日 土曜日 晴 ]


 今日は叔父様が家にやってきた。

 わたしはこの叔父様があまり好きではない。普段は腰の低い、丁寧な人なのだけれど、お酒が入ると無闇にひがみっぽくなる。特に、お父様たちと住んでいた昔のお屋敷の話をしてはお父様を苦らせている。お父様は、自分の言いたい時に昔のことを誇るのはお好きだけれど、人に思い出さされるのはお好みでないようだった。

 みんなそのことを知っていたから、母も叔父様にはお酒を振る舞わないように心がけていたのだけれど、生憎と叔父様の方から持ち込んできた。わたしにはまるで解らなかったけれど、割合に上等な洋酒なんだそうで、「良い酒が手に入ったので、今日は兄さんと大いに飲もうと参じた次第です」と叔父様。叔父様は普段から芝居気のある人なので、大儀な物言いも妙に軽薄に聞こえた。

 お母様は、叔父様が用を足している間にお父様に何か言っていた。お父様は叔父様とは別の意味で酒癖が悪くて、お財布の紐が緩くなる。そのことに釘を刺したのだと思う。お父様はじろりとお母様を一瞥した。わたしは居心地が悪くなって、さっさと部屋に引っ込んでしまった。

 この日記を書いている今も、居間から笑い声が聞こえてくる。いつもの喧嘩は無いようだ。安心したら眠くなった。今日はもう寝る。


 用を足したくなって起きたら、居間にはまだ明かりが灯っていた。でも、もう話し声は聞こえてこなかった。真夜中だというのに、ピアノの音が聞こえている。気のせいかもしれない。



[ 六月二十日 火曜日 晴 ]


 今日も暑い。蝉が鳴き始めた。

 暑さにやられたのか、お母様はお元気がない。学校から帰ってみると、お母様はぽぅっとホースを持って庭で立ちん坊になっていた。わたしに気づいた風もなく、漫然と花壇を見下ろしていた。赤い、一際大きな花に、ぷっくりと太った蜂がたかっていた。

 今日はお父様の帰りが遅かった。わたしがベッドに入る頃に帰ってきて、真っ赤な顔をしていた。あまり好きでないはずのお酒を飲んできたようだった。上機嫌で、意味もなくわたしの頭を撫でてくれた。わたしは酒臭さに弱ったけれど、お母様の取りなしで上手く逃げて来られた。

 お酒の匂いがまだ寝間着に残っている気がする。この匂いは何かに似ている。蝉の声、蜂の羽音、真っ赤な日差し、あぶらぎった空、菰田さんのピアノ、エトセトラ。



[ 六月二十一日 水曜日 曇 ]


 学校からの帰り道。神社の階段で、進ちゃんが泣きながらうずくまっていた。お兄様と喧嘩をしたのだと言う。いつものことだった。進ちゃんのお兄様は土地の商売で大分成功したとかで、今は駅前の事務所に居ることが多い。それだから、わたしは二、三回しか顔を合わせたことがないけれども、お父様はしょっちゅう噂をしている。あまり良い印象は持ってないようだった。

 進ちゃんは絵描きさんになるって志をたしなめられて、家を飛び出して来たらしい。進ちゃんのお父様は末っ子の進ちゃんに甘いから、勉強よりも熱心に絵を描いていても笑っておられるけれど、実際家のお兄様にはそれが不愉快なのだという。だから、たまに帰ってくると進ちゃんに当たるのだそうだ。なにせ家で一番稼ぎがあるものだから、お父様より態度が大きいらしい。

 進ちゃんは、お兄様が事務所に帰るまで家に帰らないと言った。わたしは夕方まで進ちゃんの隣に座って、愚痴を聞いたり聞かせたりした。そのうちに進ちゃんのお母様が探しに来て、進ちゃんを伴って帰っていった。進ちゃんのお母様は、わたしのお母様と違ってふくよかな体つきをしていて、いつもにこにこしている。わたしに頭を下げた時の仕草も実に嫌みが無くて、自然だった。本当の意味での(あい)(そう)というのはああいうものだと思う。

 家に帰ると、お母様が庭に水を打っていた。お母様の繊細な手には、ゴムホースより檜の柄杓が似合うと、つくづく思った。わたしは帰りが遅くなったことを謝って、一緒に水を撒いた。「ありがとうね」と言ってくれたお母様の顔。なんだか久しぶりに見た笑顔だった。何代か前にお公家の血が入っているという、お母様の瓜実顔。本当に綺麗だと思う。もっと笑ってほしい。


 外を見ると、雨が降ってきた。少し急いだような雨音は、昼間、進ちゃんと聞いた蝉の声に似ていた。今日はよく眠れる気がする。



[ 六月二十二日 木曜日 晴 ]


 驚いた。昨日の夜中、菰田さんの家に泥棒が入ったという。

 今朝早く家にやって来た警察の人の話では、わたしの家の裏手を通って逃げたらしい。雨音に紛れたせいか全く気づかなかった。お母様が怖がったせいもあって、お父様は仕事を休んで家の周りを確かめた。それから菰田さんの家にお見舞いに行った。進ちゃんのお父様もいっしょだ。わたしも怖かったけれど、近所のお友達と連れだって学校に行った。怖いもの見たさというのか、菰田さんの家の前を通ってみた。さすがの高飛車屋敷もしょげて見えた。

 帰ってから、お父様、お母様と一緒に家の裏手に回ってみた。今日は日差しが強かったので、地面はすっかり乾いていたけれど、すえたような匂いがして気持ち悪かった。ほんの数本だけど竹が倒れていた。多分泥棒が倒していったんだろう。そう警察の人が言っていたと、お母様が教えてくれた。そうして、すぐに植え直さないと地盤が緩んでしまうから、明日にでも買いに行かなくてはとぼやいた。お父様は難しそうに腕組みして、丘の上を見上げていた。

 この斜面を怪我もなく下りて逃げたのなら、泥棒は相当の軽業師だろう。わたしが「警察はサーカスを調べるといいかも知れない」と推理を披露すると、お母様に「余計なこと考えないの」とたしなめられた。別に余計なことではないと思う。そのうち、菰田さんのピアノの音が降ってきた。こんな時でもピアノを弾けるのかと、わたしは呆れるやら感心するやらだった。丘の下から見る空は狭くて、ぎとぎとと黄ばんだ光に塗りつぶされていた。

 夜、お父様とお母様が話しているのを聞いた。菰田さんはどこかに怪我をしたらしい。



[ 六月二十三日 金曜日 晴 ]


 今日もお父様は仕事をお休みした。今度は菓子折を持って、また菰田さんのお見舞いに行ったらしい。わたしが学校から帰った時にはもう帰っていて、植木屋の人を呼んで裏庭を修復する算段をしていた。わたしは邪魔にならないように、お母様と台所で野菜を刻んでいた。裏手の窓から真っ黒いカナブンが飛び込んできて、流し台でつるつる転がった。

 夕方、また警察の人がやってきた。昨日やってきたのとは違う二人組。もう一度裏庭を見せてほしいというので、お父様が立ち会った。わたしも興味があったので、お母様が止めるのも聞かずに遠くから警察の仕事を見物した。

 その時、わたしは丘の上に人影を見た。すぐに行ってしまったので、誰だかは解らなかった。菰田さんだろうか。それとも、別の警官さんが上から見ているのだろうか。まさか泥棒ではないだろう。でも、さすがに警察の人に質問する勇気もなく、わたしは大人しく家の中に戻った。

 夜、菰田さんのピアノが聞こえてくる。あの人影はやっぱり菰田さんだったのだろうか。そういう気もするけれど、自信がない。そもそも、わたしは菰田さんの顔がよく思い出せなかった。洋傘の影で微笑んだ、紅い唇だけしか覚えていなかった。



[ 六月二十四日 土曜日 晴 ]


 終日、お(みね)ちゃんから借りた小説を読んだ。異人さんに恋をする商家の娘さんの物語。面白いけれど、こんな恋愛は疲れてしまうと思った。

 お父様は、連日休んだ埋め合わせに仕事に行った。お母様は今日も沈んでいたけれど、わたしには理由が判らない。

 夕方、気分転換に散歩に出ようとしたら、夕御飯の買い物を頼まれた。お豆腐屋さんに行く途中で、進ちゃんのお兄様とすれ違った。ねずみ色のスーツを張り子のように着込んで、背高帽をかぶっていた。なんとなく気になって振り返ると、菰田さんの家に入っていった。そういえば、土地の売り買いをする人なんだった。菰田さんにあのお屋敷を世話したのは、進ちゃんのお兄様なのかも知れない。今日はピアノが聞こえない。

 帰ってみると叔父様が居た。お父様はまだ帰らない時間。なにかと噂話の好きな叔父様は、菰田さんの家に押し込んだ泥棒のことを根掘り葉掘り訊いてきた。わたしも調子よく喋ってしまった。叔父様は、「うん。確かにサーカスに違いない」と無責任にうなずいていた。今日はお酒を飲まなかったので、鷹揚な叔父様だった。その代わり、お向かいからもらったばかりの西瓜をむしゃむしゃと食べて帰った。お酒を飲まない時の叔父様は、大変な健啖家だった。

 お父様の帰りは遅かった。またお酒を飲んだらしい。赤い顔をして帰ってきたと思ったら、服を脱ぐが早いかふらふらと布団に入ってしまった。いつになくだらしないお父様だった。お体が優れないのだろうか。少し心配。

 こんな時間にピアノの音が聞こえる。菰田さんはどこに怪我をしたのだろう。



[ 六月二十五日 日曜日 晴 ]


 とにかく暑い日だった。灼き払われたように雲が無くて、空一面、光だけがぎらぎらと油のようにうねっていた。外に出るだけで目眩がしそう。そんな中でも蝉は元気に鳴いている。叩き付けるように鳴いている。蝉時雨なんて言葉を真に受ければ、火傷しそうな土砂降りだった。


(※何度も何か書きかけて、何度も消した跡)


 今日はなんだか元気が出ない。もう寝る。



[ 六月二十六日 月曜日 曇 ]


 雷の落ちそうな雲だったけれど、結局雨も雷も降らなかった。

 学校で、お峰ちゃんに小説を返して感想を言ったら「静ちゃんは呑気でいいのね」と笑われた。そんなことはないと、菰田さんの泥棒の話をして、きっと曲芸師の仕業だと決めつけた。お峰ちゃんはやっぱり笑った。「だから呑気なのよ」。算術の先生が、再婚が決まって退職することになった。級内で何か送りたい。何が良いだろうか。

 帰り道、菰田さんの家をのぞいてみた。ひっそりと静まりかえって、ピアノの音は聞こえなかった。蝉だけがかまびすしく鳴いていた。虫の勢いの良さが、かえって寂しいような感じを強めていた。ふと窓に目を遣ると、何か見えた。緑色の何かだった。わたしは気になってもっとよく見ようとしたけれど、ちょうど進ちゃんが通りがかったので目をそらしてしまった。目を戻した時には、それはもう引っ込んでしまっていた。何かの錯覚かも知れない。そういえば、あの小説の中でも主人公が道端に恋人の幻を見るところがあった。

 進ちゃんは、最近お兄様がよく家に寄るのでやりづらいと言っていた。いつでも遊びにおいでと言うと、はにかんで制帽をかぶり直した。

 静かな夜。窓から入ってくる風も涼しい。縁側に出ると、清く欠けた月が鮮やかだった。清明な空気の中、ピアノの音が流れてくる。あの、怖い名前の曲だった。



(※ここで、大きな余白を残したままページが変わる)





(※この余白には、大きな焦げ跡がついている)





[ 六月二十七日 火曜日 快晴 ]


 外はまだ暑い。蝉の声も聞こえている。でも、あの日の蝉ではない。六月の蝉はとっくの昔に死んでしまっただろう。わたしは、あの日の日記を、八月になった今、書いている。

 あの日、わたしは家を失った。

 花壇のあるお家。全て、焼けてしまった。今は、真っ黒になった柱だけが、こびり付いた幽霊のように突っ立っている。花壇はもう、跡形もない。


 六月二十七日、火曜日、快晴。気持ちの悪いくらい白い空だった。学校へ行って、帰って、お花に水をやって。そこまでは、何事もない日常だった。夕御飯の席から、少しおかしくなってきたように思う――いや、そうじゃない。多分、丘の上のお屋敷に菰田さんが引っ越してきたあの日から、少しずつ、少しずつ、何かがずれてきていたのだ。そうして、六月二十七日、火曜日、快晴。あの日があった。

 夕御飯のおかずは魚の煮付けと豆腐のおみおつけ、輪切りの蓮根だった。お父様は、なんだか蒼い顔をしていた。帰ってからずっとそうだった。夕焼けの真っ赤な日差しが、その横顔に焦げた色の影を投げていた。お母様も心配そうにしていたけれど、あの頃はいつもそんな顔をしていたように思う。お父様は何も話さずに、のろのろと魚をつついていたけれど、結局半分も残して奥の部屋に引っ込んでしまった。わたしもお母様も、そういう時に追及すると恐ろしい顔で怒られるのを知っているから、何も言わずに眺めていた。今にして思えば、もっとよく話を聞いておくべきだったのかも知れない。お陰で、今のわたしは、なにがなんだか解らずに毎日ぼうっと過ごしている。

 お皿を洗うお母様を手伝いながら、わたしは今日学校であったことなどを、とりとめもなくお話しした。お母様は、いつものように落ち着いた相槌を打ちながら聞いてくれた。弱い明かりに照らされた、お母様の白いお顔。

 そのうちに、暗くなってきた。八月の今に比べれば日が短かった。わたしは部屋に戻って、課題の刺繍に取りかかった。教科書を見ながら椿の花を縫った気がするけれど、よく覚えていない。別の花だったかも知れない。わたしはお母様ほど上手くないので、一時間や二時間じゃとても終わりそうになかったけれど、課題の提出は週明けだったので適当に切り上げ、寝ることにした。


 なんで目が覚めたのだろう。今となっては思い出せない。


 予感だとか不安だとか、漠然とした理由ではなかったように思う。暑くて寝苦しかったとか、用を足したくなっただとか、そんな、言ってみれば即物的な理由だった。なぜなら、わたしは何の警戒もなく、全く無防備に廊下に出たのだから。

 縁側に出ると、とても濃い紫紺の夜空に、白い月がぱっくりと口を開けていた。周りに夜更かしの家は無いから真っ暗だったけれど、透明な白光が家の輪郭を彫刻して、歩くのに不自由はなかった。

 そして、奇妙なものが月を見上げていた。

 それは、マントに見えた。西洋の王様か何かが着ているような、袖のない、ただ羽織るためのマントだ。でも、何が不思議かって、そのマントには頭巾が付いていたのだけれど、それが首元まですっぽりと下ろされていたことだった。あれでは前が見えない。第一、夜とは言え夏の最中にあんな格好では蒸し暑くて倒れてしまう。

 でも、それは()()()存在じゃなかった。

 わたしは、あんまりにも現実離れした光景に悲鳴を上げるのも忘れて、緑色のマントを見つめてしまった。お峰ちゃんの言う通り、わたしはとんだ呑気者だった。

 マントは、ゆっくりとわたしに向き直った。頭巾は骨が入っているように膨らんでいて、なにかトカゲの頭のように見えた。ぎょろりと、大きな目を象ったような模様がある。わたしはそれに、視線を()()()()()()。それはただ無機質で、透明だった。

「なに……?」

 この期に及んでも、わたしは間の抜けた声を出すことしかできなかった。マントは応えずに、ただ(じっ)として――それから居間の影に溶け込んだ。

 はっとして、わたしは居間に駆け込んだ。その時になって初めて、わたしは菰田さんの家に入った泥棒に思い当たったのだ。曲馬団。

 あのマントが泥棒の正体なのだろうか――だとしたら、早く警察を呼ばなくては。山と言えば川、泥棒と言えば警察。胸が騒いだ。泥棒だとしたら、生まれて初めて接する具体的な「悪」だった。

 わたしは、まずはお父様を起こさねばと思い――そこで初めてぞっとした。お父様が寝ているのは、居間と続きのお部屋だ。お母様もいっしょだった。お二人に異変を知らせるには、この真っ暗な居間に入っていかなければならない。緑のマントが溶け入り消えた、この暗闇に。

 あまりの不吉に、夜気の涼しさにも関わらず汗が噴き出した。寝間着の裾を握る手が震えた。がたがたと震えた。自分の家なのに、大好きな家なのに、あっという間に逃げ場を奪われたことを自覚した。

 いっそのこと、外に助けを呼びに行こうかしら。でも、それもそれで怖い。庭だって――綺麗な花畑のあるお庭だって――暗さでは不吉の居間と大差ない。

 わたしは壁や扉にではなく、暗闇と恐怖に閉じこめられたのだ。

 迷った時間は、実際にはそう長くなかったと思う。でもそれは、やっぱり遅すぎたのだと、今は――六月でない今は――そう思う。

 ともかくもわたしは、無闇としか言い様のない恐怖に駆られながら、居間の中に飛び込んだ。

 数時間前に、家族みんなで御飯をいただいた居間。何も変わるわけがない。

 それなのに、ただ一目、緑のマントを目にしただけで恐怖の巣窟に変わってしまっていた。外地の密林を行くような心地で、少しずつ、少しずつ、歩みを進めていく。行く手が見えないというだけで、歩き慣れた空間をとてつもなく長く感じた。足先に畳の傷が触れただけで背がすくみ、涙がにじむ、道。

 居間も半ばまで来た頃だろうか、闇の奥に――ぼっと光が灯った。

 足下を見ながら進んでいたせいだろう、その光は最初、視界の上の方に現れた。はっとして顔を上げると。

 朱い光が、小さな焔が、揺らいでいた。

「お父様……?」

 思わずこぼした呼びかけに、返事はなかった。お父様もお母様も、そこに居るはずなのに。居るはずなのに――返事はなかった。

 闇に慣れてきた視界が、ふらりと揺れた。そうして、灯火に照らされた二つの影を捉えた。

 灯火の元は、枕頭用のガス灯だった。最近では使っているのを見たことがない、古い照明だ。その右側には、例のマントが佇んでいた。左側に、お父様が居た。

 表情(おかお)は、陰になってよく見えなかった。見えなくてよかった。紺縞の浴衣がだらしなくはだけて、日焼けした肌が、それでも闇に映えて浮かんでいた。もしかしたら、青ざめていたせいかもしれない。

 お父様は死んでいた。

 マントのフードの中から伸びた、夜目にも真っ赤に鮮やかな()()がお父様の体を持ち上げていた。赤さんの腕ほどの太さがある「何か」は、お父様の首にがっちりと巻き付いているようだった。ぶらんと揺れるお父様の脚に力は無く、ただ、お団子のような足先からぽたぽたと血がしたたっていた。

 わたしは即座に理解した。けれど、実感できなかった。

 家族が()んだ。(コロ)された。生まれた時から毎日見ている人が、()(タイ)になっている。今だってよく解っていない。まして、あの夜のわたしは、まだ、人の死などというものを想像したこともなかった。

 だから、お父様の死体を前にして、何もできなかった。逃げることも、叫ぶことも、忘れてしまっていた。

 そうして。

 ただ茫然と立ちすくむわたしに。

 ゆっくりとマントが振り向いて。

 頭巾に描かれた眼のような模様が。

 真っ直ぐにわたしを見つめた時――


 わたしは、悲鳴を上げた。


 それは恐怖だった。貫くような恐怖だった。マントの眼は、暗がりの中でも黄金に光って、でも無感情にわたしを見ていた。

 それは揺らがなかった。

 それは確定していた。

 人を殺して怯えも高ぶりもせず、それを常のこととして()()()()

 運命。恐怖の王。

 わたしの前に現れた、数日来の不吉の顕現。

 わたしの悲鳴は、自分でも驚くほど長かった。息が切れるまで、一つの声を出し続けた。生まれて初めてのことだった。胸の中の空気を使い切って、眩んで、体がよろめいて、柱に手をつく。ぬるりとした感触。目を遣ると、柱は真っ黒。血まみれだった。

 喉が引きつって頭がこんがらがった。咄嗟に、色んなことを考えたように思う。でも、一つも覚えていない。

 どさっと物音。お父様が畳に落とされた音だった。あまりにも無造作なその動作は、捨てたと表現した方が適当かも知れない。

 そうしてマントが動き出す。今度は、わたしから離れるのではなく――迫ってきた。

 反射的に逃げ出そうとしたのは、本能の(たま)(もの)だったと思う。何か考える力があったとは思えない。

 夢中だったせいか、さっきはあれほど時間のかかった居間をあっさりと抜け、廊下に出た。さっと、月明かりが目を刺した。でも、そこまでだった。

 庭に、マントが佇んでいた。後ろから追ってきていたはずなのに、いつの間にか。

 月光を浴びた(すい)の外套は、身じろぎするように一歩、踏み出した。反対にわたしは、立ちすくんだまま少しも動けなかった。そうなのだ。畢竟(ひっきょう)、あれは行き止まり。あれは終点。あれは事実。体が、頭を素通りして勝手に理解していた。

 殺される。あの、ぐったりと力を失ったお父様のように、冷たくなる。死ぬということがよく解っていなかった呑気なわたしが、その瞬間には、自分の死を確信した。

 その時――かじかんだような背中に、光を感じた。

 遅れて熱、そして黒い匂い。

 振り向かなくても判った。()けっ放しのガス灯が倒れて、畳に火が回ったのだ。

 前にマント、後ろに火事。本当に逃げ場がなくなった。

「……あなた、誰?」

 諦めからの開き直りだったのかも知れない。わたしは思わず訊いていた。答えが曲馬団だったら、ちょっとした慰めになるかも知れないと思った。

 だけど、当然――と言うべきなのかどうかも判らなかったけれど――マントは何も答えてこなかった。ただ、目玉模様のフードをゆるりと揺らした。何か、理解できないものを見ているようにも、見えた。その仕草は、動物的な無邪気さを感じさせた。

「わたしを、殺すの?」

 無駄だと思っていても、聞いた。何かしていなければ狂ってしまいそうだったから。

 マントはやっぱり応えなかった。しかし、ゆっくりと近付いて来た。「殺す」という言葉に反応したのだろうか。

 マントに合わせて、一歩退がる。マントが進む、わたしが退がる――何度繰り返したか。

 いつの間にか、マントも庭から縁側に上がっていた。わたしは廊下の突き当たり、厠の前まで追いつめられた。もう退がれない。終点。

 わたしは、へなりと座り込んだ。こうなったら、痛くないようにしてもらおうと思った。本当になんとなくだけど、なるべく力を抜いていた方が痛くなさそうだと思ったのだ。

 マントのフードの中から、赤い、縄のようなものがだらりと垂れた。その時になって初めて理解した――それはマントの、舌だった。お父様をくびり殺した、ひらすら強くて容赦のない舌。その鮮やかな赤さは、なぜか菰田さんの口紅を思わせた。

 その赤い舌が、今度はわたしに振るわれようとしている。それを感じて、わたしは思いついたように目を閉じた。死ぬのはやっぱり怖かった。怖かったから、目をそらした。

 そうして、死は――やってこなかった。


 ゆっくりと目を開く。炎の朱色が見えた。思ったよりも火の回りが速かった。

 その真っ赤な光に照らされて――小さな背中が見えた。死を振り撒くためだけに存在しているかのようなマントを相手に、両手を一杯に広げて、わたしをかばって立ちはだかっていた。

「……進ちゃん……?」

 それは、お向かいの進ちゃんだった。後で聞いたことだけれど、どうにも寝付けなくてぼうっとしていた時にわたしの悲鳴を聞き付けて、考える間もなく飛んできてくれたのだった。垣根を強引に乗り越えたのか、寝間着のあちこちに葉っぱを付けていた。

 進ちゃんは震えていた。顔は見えなかった。がたがたと震えながら、でもピンと張られた男の子の背中だけが見えていた。

 マントは、微動だにせず進ちゃんを見つめた――ように見えた。

 誰も喋らない。さっきまでドキドキ言ってた心臓の音も聴こえなくなっていた。パチパチと、柱に燃え移った火の爆ぜる音だけが耳に溜まっていくようだった。

 やがて、進ちゃんが言った。

「あっちけ……」

 やっぱり怖かったんだろう、かすれてて小さな声だった。

 でも、わたしにははっきりと聴こえたし、いつまでも忘れないと思う。

「あっちにいけ、人喰いマントル!」

 わたしは立ち上がった。後ろから進ちゃんの肩に手を置いて、マントを――人喰いマントを睨み付けた。

 その時になって、卒然と確信できたから。わたしは、死にたくないのだということを。

 進ちゃんは、注意をマントに向けたままわたしを見上げた。そのくりくりした目は、炎を照り返して暖かい色をたたえていた。わたしはうなずいた。その時の進ちゃんがどんな気持ちだったのかは判らないけれど、とにかく、うなずいた。

 マントはやっぱり何も言わなかった。でも、舌を引っ込めて、火の海となりつつある居間の奥に飛び込んでしまった。

 その向こうにはもう、火と死体と竹林があるだけなのに。


 ……それきり、わたしは、今日に至るまで人喰いマントを見ていない。

 八月の今、わたしは叔父様の家で厄介になっている。

 先に書いた通り、家はすっかり焼けてしまった。不思議なことに、延焼はほとんどしなかった。それでもやっぱり被害は出たわけで、お父様の財産のほとんどは弁償に費やされた。

 でも、それだけじゃない。わたしは家族も失ってしまった。

 遺体を目にしたお父様だけではなく、お母様も行方が知れなかった。家の焼け跡からは、男女一つずつの焼死体が発見されたけれど、個人を特定できる状態ではなかったらしい。警察では、二人とも火事に巻かれて死んでしまったと考えているようだ。火事の原因はガス灯の不始末。生き残ったのは、運良く逃げ出せたわたしだけ。

 でも違う。少なくとも、お父様は人喰いマントに殺されたのだ。わたしと進ちゃんは自分たちの見たことを正直に警察の人に話したけれど、子供の言うこと、しかも人喰いマントだなんて信じてもらえるはずがない。わたしは、ただの可哀想な子供として叔父様の家で引き取られることになった。

 叔父様は思いのほか良くしてくれた。お父様ばかりかお母様まで失って抜け殻になったわたしに何かと気を使ってくれて、物置を整理して一人になれる部屋まで用意してくれた――この日記も、その部屋で書いている。そもそも、穀潰しのわたしを進んで引き取ってくれただけでも感謝に限りがない。


 あの後、わたしは一度だけ全焼した家に行ってみた。一通り掃除されてはいたみたいだけれど、まだ真っ黒な残骸が山になっていた。

 悲しかったけれど、泣けなかった。わたしは、あの日の惨劇について、いまだに現実感がない。だから、頭の中では乾いた悲しみと絶望を感じてはいたけれど、涙を流すには水分が足りない。

 付き添って下さった叔父様が近所への挨拶を終えて戻ってくると、しきりに首をひねっていた。どうしたのですかと尋ねると、

「いや、どうも事件が続いているようだね。あの別嬪さん……菰田さんが行方不明だそうだよ。あんな怪我をして、世を儚んだのかねぇ……」

 と言った。その時わたしは、何かしら寒気を感じて自分の体を抱きしめた。菰田さんがよく弾いていたピアノの曲が耳を震わせた。

 なんとなくお向かいの家を見た。進ちゃんには会えなかった。


 叔父様は、菰田さんの失踪に、わたしには解らない強い感傷を覚えたようで、家に帰ってからもしきりに彼女の話をしていた。

「菰田さんは、ああ派手に見えても、可哀想な()()だったんだよ」

 でも、具体的なことになると、わたしには口を濁して、

「女の人にはまだまだ大変な世間だけど、静が大人になる頃にはきっと世の中も変わっているさ」

 そう言って、頭を撫でてくれた。



         *



 この事件は、日記にもある通り公的には何の変哲もない火事として扱われ、誰もがその通りに考えた。三村静も信じてもらうのを早々と諦めたか、あれは悪夢だったと納得したか、ことさらに自身の体験を吹聴することはなかったようだ。

 もっとも、事件当時は不自然な状況や、菰田美咲の失踪が時期を同じくしていることから色々と噂話がささやかれた。だが、それもやはり時が経つに連れて忘れられていった。忘れられた頃に、また事件が起きた。


 藤田進二郎が、周囲の反対を押し切って四つも年上の女と結婚したのである。




Mantle Maneater : Episode 2

 The House Of Cicada Drizzle


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ