レイドの祖父
今回は少し短いです。
この頃、文章力の無さに苦戦しております。駄文ですが、もっと沢山の人に読んでもらえると嬉しいです。
「オリビア様、この森の中です」
レイドの案内で丘を越え、森へと来ていた。
「ここは…腐肉食烏の森…」
ナターシャが驚き、息を呑む。
「腐肉食烏の森?」
何も知らないオリビアがオウム返しに繰り返した。
「そうです。ここは、腐肉食烏の巣くう森です。普段は、人を襲ったりしませんが、巣に近づく物は敵と視なされ、容赦なく襲って来ます。街の者もそれを知っていますから、決して近付いたり致しません」
何も知らないオリビアにナターシャは事細かく説明してくれる。オリビアはその説明に森を見つめ、不安そうにレイドに尋ねる。
木が鬱蒼と生い茂り、薄暗い。その薄暗さが益々オリビアの不安を掻き立てる。
「レイド、本当にこんな所で人が暮らしているのですか」
キィー、キィーと暗い森の中から奇異な鳴き声が聞こえてくる。それが、より一層不気味さを醸し出している。
「はい。城にお務めするようになってから、お会いして居りませんが、まだ此方にいらっしゃると思います。何かあれば家から、連絡が入る筈です」
「家から連絡?」
「恥ずかしながら、ここで暮らしているのは、私のお祖父様だからです」
レイドの答えにオリビアとナターシャは目を丸くした。
「何故、このような所に?」
「お祖父様は少々人間嫌いな所がありまして…」
「だから、このような所にいるというのですかぁ」
驚きというよりは、呆れたようにオリビアが言った。
「はぁ…」
レイドが困ったように曖昧に頷いたその時、風に吹かれた枝が擦れガサガサと音を立てる。瞬間オリビアは、恐怖で身を縮ませた。
腰の剣に手を掛けて、辺りに気を配るレイド。先程の困りようが嘘のような凛々しい顔。オリビアの心臓がドクンと跳ね上がり、ナターシャは、頬をほんのり赤く染めた。
「風で木が揺れただけのようです。とにかく急ぎましょう。街にいる沢山の腐肉食烏が戻って来ると厄介です」
ホッとしたように剣から手を離して、二人に向かって声をかける。
(そうだわ、こんな時にときめいている場合ではないわ)
オリビアは、気を取り直すようにコホンと一つ咳払いをした。
森の中へ入る恐怖心はあったが、今は一刻も早く身体を休める安全な場所が欲しかった。
普段、運動をしないオリビアの身体は既にクタクタだった。城を抜け、街を駆け抜けて来た足はパンパンだ。
もしかしたら、ナターシャも同じ気持ちだったのかもしれない。慎重なナターシャなら、反対するかもしれないと思っていたのだが、直ぐにオリビアに賛同した。
「分かりました、行きましょう」
暗い森の中、レイドを先頭に三人は分け入った。
「レイド、まだですの?」
何度目かの問いをレイドにぶつける。
オリビアは、すぐに森へ入った事を後悔していた。人の入らぬ森は道などという物は存在せず、木々をかき分けて進む。ドレスを何度も枝に引っ掛け転びそうになる。おまけにあちこちを細い枝で擦り傷を作る始末だ。
「もう少しです、オリビア様」
先程から何度も同じセリフを聞いているような気がする。
息も切れ、着いて行くのがやっと。ナターシャも何も言わないが、同じような状態だと言う事は、呼吸の荒らさでよく分かる。
それなのにレイドは一人平然としていた。途中、何度か腐肉食烏に襲われ、全て倒したというのに呼吸一つ乱れて居なかった。やはり、鍛え方が違うのだろう。
どれくらい歩いたのだろうか。随分と長い間歩いていたような気がする。実際、ほんの三十分程度なのだが、道の悪さがそう感じさせる。オリビアは、自分の甘さを痛感していた。
(もう、ダメですわ。もう、一歩も歩けませんわ)
既に、我慢の限界で、その場に崩れるようにオリビアは座り込む。
スカートに泥がつくが、そんなの気にする余裕もない、というよりは既に泥まみれで、気にもならない。
歩き疲れて棒のようになった足を擦りながら大きな声で宣言する。
「誰が何と言おうと、もう一歩も歩けませんわ」
「それは、ちょうど良かった」
レイドは顔だけ後ろを振り返り、自分の前方の木を払うように手で除けて見せる。
地面にへたりこむオリビアにも、それを確認する事が出来るように。
それは、少し拓けた場所に、小さな、小さな木造の家が建っていた。
ドン、ドン、ドン
木のドアをレイドは容赦なく叩き、声をかける。ベルなどという洒落た物はついていないので、こうするより他はない。
「お祖父様、いらっしゃらないのですか?」
ドン、ドン、ドン
「お祖父様ー」
ドン、ドン、ドン
レイドは顔を強張らせ、執拗にドアを叩くが、返事すらない。襲われた形跡がなさそうだが、もしや、ここも魔物に襲われたのでは?誰もが、そう思った時だった。
「誰じゃ、一体。ワシの家を壊す気か」
不機嫌そうな言葉と伴にドアが開く。白髪のおじいさんが、杖をつきながら、ヒョッコリと顔を出す。その気難しい顔には深いシワが刻まれている。
「お祖父様、お久しぶりです」
「なんじゃ、レイドか……んっ、そっちは?」
レイドの後ろに立つオリビアとナターシャの姿をみつけると、顔を更にしかめた。
(随分と怖そうな方ですわ)
「ワシが人が嫌いなのは知ってるじゃろうに…」
ブツブツと聞こえるように悪口を言う。オリビアとナターシャは思わず首をすくめた。
「すみません、お祖父様。今は、そんな事を言っている場合ではなくて…」
鋭い瞳を光らせてオリビアとナターシャを一瞥した。
「二股か?」
真顔で言う、お祖父さん。オリビアは、自分の耳を一瞬疑った。
(じょ、冗談かしら…?)
しかめっ面のその表情からは、とてもそんな風には、見えない。
「ち、ち、違います」
声を裏返し、レイドは顔を真っ赤にして大袈裟な程、首を大きく振っていた。
オリビアには、それが冗談なのか、どうか分からなかった。
「そんな事があったのか。どうりで、腐肉食烏の姿が少ないと思っておったのじゃ」
あの後、何とかお祖父さんの家に入れてもらい、レイドは事の成り行きを説明した。話を聞いたお祖父さんは、一人頷き納得していたが、ふと思いついたように尋ねる。
「で、クラウドは?」
「すみません、分かりません」
唇を噛みしめレイドは口惜しそうにうなだれる。
クラウドとは、お祖父さんの息子、つまりレイドの父親の事だ。人間嫌いといっても、やはり自分の子は心配とみえる。
騎士長達が魔物を食い止めていた事はナターシャに聞いた。しかし、その後はどうなったのか分からない。
(本当だったら、騎士長の元に駆け付けたかったに違いない)
悔しそうに唇を噛むレイドを見て、オリビアは申し訳なく思った。
(私のせいですわ。私がいたから…)
オリビアは、その時初めて気が付いた。辛い思いをしたのは自分だけでない事に。自分だけが大切な家族を無くしたわけではないのだ。
(レイドは、どんな思いであの業火を眺めていたのだろう…)
オリビアはレイドの悲しそうな顔を、辛そうに見つめた。その表情から、生きている確率が低い事を悟ったのだろう。
「結局、無駄死にというわけか…」
お祖父さんが誰に言うでもなく、ポツリと洩らす。
「…無駄って…無駄って何ですかっ」
オリビアは思わず怒鳴りつけていた。三人が驚いたように注目する。
数時間前には、オリビアも同じ言葉を吐いていた。だが、それは違うとレイドが教えてくれた。
唇の端を歪めお祖父さんが、忌々しそうに言葉を返した。
「無駄死に以外の何がある?勇者になれもしない王や王子を守り、挙げ句に剣まで壊されて、最終的に、こんな小娘が勇者だと、女に魔女が倒せる訳がない。何十年、何百年先になるやもしれん勇者の誕生の為に命を落とすなんて、笑わせるではない」
自分の意見に反論され、お祖父さんはジロリと上目遣いで睨み付けながら言った。その目にオリビアは一瞬たじろぐが、直ぐに負けじと応戦する。
「わ、私は、間違っていませんわっ。騎士長も、お父様もお母様も、そしてお兄様も無駄死にではありません。彼らのおかげで私達の生命は、助かりました。きっと、他にもいらっしゃいますわ。私は無駄なんて絶対認めません。そんなの悲し過ぎます」
これだけは、一歩も引けない、イヤ引いてはいけない。
「役立たずの人間がなっ」
皮肉るように付け足すお祖父さん。オリビアは、瞳に怒りの炎を浮かばせた。
二人は睨み合う。レイドとナターシャは緊迫した空気に身動ぎ一つ出来ない。
どれくらい睨み合っていたのだろうか。
「ならば、お前が証明してみぃ」
「言われなくてもそのつもりですわ。見てなさい、私が魔女を倒してみせます。彼らは勇者の…いえ、世界中の人の為に命を落としたのです」
嫌味を言うお祖父さんをビシッと指差し、オリビアは瞳に決意を燃やし宣言するのであった。
読んで下さってありがとうございました