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姫の決意

少々短くなってしまいました。年末で忙しいと思いますが、ぜひ読んで下さい。

「ここまで、来ればひとまず安心です」


街外れの小さな丘の上にオリビア達、三人は立っていた。


荒い呼吸を調えながら、今来た方向を眺める。

街も城も業火に包まれ、火の粉が舞い上がる。沢山の魔物が蠢いているのが、ここからでもはっきりと確認出来る。



もう、あそこへ戻る事は出来ないだろう。あんなに出たかった城なのに、今は戻りたくて仕方がない。あの穏やかで楽しかった日々に…


時折、吹く風がオリビアの長い髪をさらう。昼間だというのに相変わらず薄暗い。


(まるで地獄絵巻のようだ…)


真っ赤に包まれた街を見てオリビアはボンヤリと思う。夢の中の出来事のようだと。

しかし、夢ではないことを頬を伝う涙が証明する。

右手に持つ短剣の重み、左手に握りしめる堅くて冷たい質感が、全て現実だとしらしめす。


王と王妃は死んだ…

そして、自分の片割れの兄も……


もう決して戻る事は出来ないのだ。




伝説の剣が突然輝きを放ち出したあの時、それ以外何も起こらず、結局逃げ出す事しか出来なかった。魔物の合間を逃げる最中、それはずっと輝きを放っていた。まるで、オリビア達を守るように…何故だか、その光に魔物は近づく事すら出来ないようだった。おかげで、無事に逃げる事が出来たのだが…

手中に静かに収まる剣を、じっと見つめる。既に光は失っていたが、その姿は折れた剣ではなく、短剣へと何故か姿を変えていた。


(もっと早く力を発揮してくれていれば、皆を守れたかもしれない…少なくともお兄様は…)


ギリギリと悔しさで、下唇を強く噛む。口の中に錆びた味がじんわりと広がる。


「オリビア様っ!?」


驚いたようにレイドが声を発した。オリビアの唇から、真っ赤な血が滴り落ちる。余りにも強く噛みすぎた為に唇が切れたのだ。

だが、今のオリビアにはその痛みすら感じる余裕がなかった。


「大丈夫ですか?オリビア様」


レイドの声ではっきりと意識を取り戻す。そして、自分の唇から血が出ている事に気付き、右手でゴシゴシとこすった。

ヒリヒリとした痛みが唇に残る。


「大丈夫です。これくらい…でも、何故もっと早くに…」


絞り出すように声を紡ぐ。


「何故…」

「仕方がありませんわ。まさか、姫様が選ばれるなんて」

「えっ?!」


ナターシャの言葉に目を瞠る。それは、思いもつかぬ言葉だった。


「選ばれた…わたくしが……」


(あの光は、私が触れたから…私が勇者だから…)


オリビアは、自分が勇者に選ばれたなどと微塵も思っていなかった。ただ、魔女に触発され力が発動したとばかりに思っていた。


わたくしだったのですね」


自嘲気味に唇の端を持ち上げる。


「残るべき人間は、お兄様ではなくわたくしだった…お兄様は…お兄様は、ただの無駄死にという訳ですね」

「そ、そんなっ…」


自分の不用意な一言で、オリビアを追い詰めた事に、ナターシャは気付き青ざめた顔で言葉を詰まらせる。シンと静まりかえったその場所に、街の混沌が届く。


「オリビア様、それは違います」


沈黙を破るようにレイドが首を横に振る。薄暗いというのに、彼の髪は僅かの光を受け、その存在感を示していた。


「もし、あの場にオリビア様が残られても剣の力だけでは魔女を倒せなかったでしょう」


迷いのない真っ直ぐな瞳で、はっきりと告げる。それは、多分事実だ。


「自分の事を他人任せにしてきたその代償というわけですね。お兄様の言う通り、少しは剣の練習をしていたら…」


後悔の念にオリビアは捕われていた。自分が残っていたら…自分も剣を試していたら…自分が剣の練習をしていたら…そして、自分がいなかったら…兄は迷わず逃げる事を選んだだろう。

全てもしもの話しなのに、考えずにはいられない。


「違います、オリビア様」

「何が違うのですか?」


ヒステリックに言葉を返す。ただの八つ当たりと自分でも分かっていた。だが、誰かにあたらずにはいられないのだ。


「違います。例え剣を学んでいたとしても、そう簡単に倒せる相手ではありません。書物にも魔女を倒すまでに何年も掛かったと記されております。オリビア様が責任を感じる必要はありません。剣を見つけ出した時、誰もオリビア様に試されるように言わなかった。非力な女性が魔女を倒した前例が無いからです。誰がオリビア様が勇者に選ばれると予想出来ましょう」


分かっていた、そんな事は。だからといって、自分を責めずにはいられなかった。


「あの時、ファズ様は王として国を、オリビア様の兄としてオリビア様を、そして、人としてこの世界を守りたかった。ファズ様は、間違っておりません。国は守れませんでしたが、勇者でもないファズ様に二つも守る事が出来たのです。オリビア様とこの世界です。オリビア様が、御子を出産なされば、その血は絶えない。いつかは勇者となりえる立派な御子息が誕生いたしましょう」


「ごめんなさい、お兄様…」

(今の自分に出来ること、それは、レイドの言う通り血を絶やさない事だけなのか…)


オリビアは左手に持つネックレスをそっと胸元に握り締めた。

それは、ファズのネックレス――

オリビアは、逃げる寸前に自分とファズのネックレスを交換していた。ファズの形見として…そして、ずっと側にいた片割れが寂しがらないように自分の変わりとして…


父と母、そして兄の無惨な姿を思い出す。

そして、真っ赤に染まる街を…

沢山の人が亡くなった。もう、誰も死んで欲しくない。


突然、強い風が吹き付けオリビアのスカートを煽る。逃げる際についたのか、あちこち焼け焦げた跡。


何かを考えるように青い瞳をそっと閉じた。

遠くで魔物の鳴き声と喧騒の声。きな臭い何かが焼ける匂い。そして、体中に感じる風が吹き付ける感覚と音。

全てに後押しされるように心に決め、カッと目を見開いた。


「決めましたわ」


強い光をその瞳に湛え力強い一言。

レイドとナターシャが不思議そうにオリビアに視線を送る。

おもむろに風になびく空色の髪を束にして、掴み上げ、そして、右手に持つ短剣を振りかざした。


「?!」


風が止んだ―――

二人が驚愕の表情をオリビアに向ける。

それは、一瞬の間だった。

思いも寄らないオリビアの行動を、誰も止める事が出来なかった。

長い髪が二、三本、宙をハラリと舞い、地面に落ちる。青々とした新緑の草と空色の髪のコントラストは綺麗だ。まるで空が地に落ちたようだった。

そう、オリビアは自慢の長い髪を、その短剣で自ら堕ろしたのだった。


「決めましたわ。わたくしが、勇者になりますわ」


そう言って、切ったばかりの髪を街に向けて手放した。踊るように、風に揺らされながら飛ばされていく。


「オリビア様、無理です」

「そうですよ、姫様。女性が剣を持つなんて…」


レイドとナターシャが、慌てふためく。


「何故、オリビア様の存在が秘密にされていたのか知らぬ訳ではないでしょう?この世界は女性にとって、とても危険な世界です。敵は魔物や魔女だけではありません。我々人間の中にも沢山いるのです」


レイドを援護するごとく、ナターシャも凄い剣幕で続ける。その瞳に、恐怖の片鱗が映し出されている。

お城が無くなった今、ナターシャにもその恐怖はのしかかっているのだろう。


「そうです。姫様はお城の中にいらっしゃって実状を知らないと思いますが、女性は街を歩く事すら出来ないのです。家に閉じこもり、それでも尚、魔女と人さらいの恐怖に怯え暮らしているのです」

「分かっています」

「いいえ、姫様は何も分かっていらっしゃらない。いつも、レイドや王子様に守られていらっしゃったじゃないですか。厳しい事を言うようですが、恐怖なんて感じた事ありませんでしょう?」

「…っ…」


悔しいがオリビアは何も言い返す事が出来なかった。確かにレイドと憎まれ口を叩きながらでもファズは側に居てくれ守ってくれていた。


(当然の事と思って、わたくしは何の努力もして来なかった。でも…だからこそ…だからこそ、今度はわたくしが…)


「お二人が何と言おうとわたくしが闇の魔女を倒します。もう国は、無くなりました。お二人がわたくしに着いて来る義務はありません。一人でも行きます。その為に髪を堕ろしたのです。わたくしは、魔女を倒すまで男性として生きていきます」


何の迷いもない瞳で言い切った。二人を自分のエゴに巻き込む訳にはいかない。

―暫くの沈黙―


そして、レイドが諦めたように口を開く。


「分かりました。オリビア様は、こうと決めたら梃子でも意見を変えない」


観念したように、溜息混じりにそう告げた。


「レ、レイド?!」


何を言いだすんだとばかりに、ナターシャはレイドを睨み付ける。


「但し、私も一緒に参ります。ファズ様の最期の命を受けました。オリビア様を頼むと」

「それならば、私も…」

「いけません、ナターシャ」


レイドはナターシャの顔を見ずに冷たく言い放つ。


「どうしてですか?」

「女性の貴女が居れば足手纏いです」

「私も男装します」


レイドは少し顔を赤らめて横に首を振った。


「無理です、貴女には…オリビア様と違い成人した女性の貴女では誤魔化しはききません」


既に大人の体のナターシャには、女性特有の体のラインを隠すのは不可能。


「確か隣町のライラットに親戚がいらっしゃるとおっしゃっていましたね。そこまでお送り致します」

「イヤです。私も一緒に…」


レイドを悲しみを帯びた熱い目で、ナターシャは見つめた。


(ナターシャ…もしかして…)


それは、愛する者を見つめる熱い眼差し。今まで、そんな素振りを一度も見せなかったナターシャ。だが、城が無くなった今、ここで別れたら二度と会えないかもしれない。そんな感情がナターシャを支配しているのだろう。同じ女として、オリビアは直ぐに気付いた。


しかし…


「ナターシャ、これは命令です。この先もターナー家に仕えるつもりならライラットに残りなさい。わたくしは必ずここに戻りますわ。だから、生き残った方達をそこで貴女が支援しなさい。いつか国を再建する為に」

(お父様、お母様、お兄様の仇を取ります。そして、必ずターナー家の一員として責務を果たして見せますわ)


滅びゆく街を眺め、オリビアは決意を固めるのであった。


男として生きる事を決めた姫。どんな苦難が待ち受けるのか?

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