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抜けない剣

この時代、世界は闇の魔女に支配されていた。

闇の魔女の力により魔物が増え、それがあちこちを徘徊する。その為、国から国へと物資を届けることが困難になっていた。物資が届かない事で、物が不足し値が釣り上がる。その結果、強盗や戦乱が頻繁に起こっていた。

荒れすさむ治安によって、人々の心に闇が芽生え、益々魔女が力をつけ、魔物が増える。それはまるで、負のスパイラル。

そのうえ、魔女は自分より若く美しい女性を妬み次々と何の迷いもなく手にかけていく。その為、男女の比率が変わって来ていた。圧倒的に女性が少ないのだ。残された女性達は、魔女に怯え、隠れるようにして暮らしていた。いや、魔女だけではない。人さらいからも…女性は希少価値が上がり、高値で売買されるのだ。若くて美しい女性は、特に。それは、王族も他ならなかった。そして、伝説の勇者の子孫ターナー国の王族も、その一つであった。





カシャン、カシャン―

金属が激しくぶつかり合う音がお城の中庭に響く。ここは、お城の中でも王族と一部の者しか入る事が許されない場所。


それは、十四年前に王妃が子供を出産した日に決められた。多額の費用と労力を注ぎ込んで、城の大工事を行い、その区域への入口を一つにし、そこに見張りを立てる徹底ぶり。

勿論、外部には決して他言しないように伝達されていた。当時、城内ではもの凄い噂になった。邪教にでも、はまってしまったのではないか、沢山の財宝を手に入れたのではないかなど、様々な憶測が飛び交っていたのだったが、どれも真実ではない。




「お兄様、また負けてしまわれたのですか?」


噴水の縁に座り脚をブラブラさせながら、オリビアがため息混じりに言った。サラサラと空色の長い髪が風に泳ぐ。

持っていた剣を弾き飛ばされ、反撃出来なくなってしまった兄のファズ。流れ出る額の汗を二の腕で拭いながら反論する。その顔は、妹オリビアと瓜二つ。そう、二人は一卵性の双子であった。



「そんな事言ったって、レイドが強過ぎるんだ」

「あら、泣き事ですか?そんな事では、いつになっても闇の魔女を倒せませんわ。…わたくしここから出られるのは、いつの事やら…」


大袈裟に両手を広げ、肩を竦める。そんなオリビアにムッとしたようにファズが言う。


「そんな事言うなら、お前だって護身術ぐらい習っておいた方がいいぞ。何があるか分からないのだから…」

「私には必要ありませんわ。お兄様が勝てないレイドが守って下さいますもの」


オリビアは得意気に鼻で笑う。


(レイドには、ずっと私の側に居てもらいたい)


自分の考えにオリビアはポッと頬を赤らめた。恋愛経験に疎いファズは、それに気付いていない。


「ふん、何が守ってだ。お前が、守ってもらわないといけない程おしとやかに思えないが…年がら年中城内を走り回っているではないか」

「ひ、酷いですわ。私はお父様の言い付けでここから、出られないのに…ストレス発散で走りたくもなりますわ」


青い瞳をウルウルさせて、オリビアは今にも泣きそうな顔で訴えた。


「うっ…」


ファズはオリビアのこの顔に弱いのだ。

生を受けて直ぐにオリビアの存在は消されていた。魔女や人さらいからオリビアを守る為に、王と妃が決めたのだ。

しかし、その代償はあまりにも大きい。

オリビアの世界は、城内のごく一部の場所と家族、そしてほんの一握りの人達だけ。

そんなオリビアが可哀想で、ついつい甘やかしてしまう。


「分かった、分かったから、そんな顔をするな。俺が悪かった」


空色の髪を右手で無造作にガシガシと掻き混ぜながら、ファズは諦め顔で降参する。


(お兄様は、私の泣き顔に弱いのだ)


そんなファズを見ながら、オリビアは満足そうに微笑んだ。





「姫様、王子様。こちらにいらっしゃいましたか」


大きな声を上げ小走りで、ローブを纏った清楚な女性がこちらに駆けて来る。


「ナターシャ!!」


オリビアとファズの声がハモる。彼女もオリビアの世界の住人の一人、お城にお勤めする僧侶だ。大きな声を上げ駆けるなどとは、おしとやかな彼女に似つかわしい行動だ。


「何かあったのですか?そんなに慌てて…」


剣を腰の鞘に収めながら、ナターシャの顔を優しく見つめ、レイドが尋ねた。ファズとは違い、こちらは汗一つ掻いていない涼しい顔だ。

金色の髪が太陽の光を浴び輝いている。


「稽古中、お邪魔をして申し訳ないのですが、王様に急ぎでお呼びするように仰せつけられましたの」

「そうですか…では、私は後片付けを致しますので、お二人はどうぞ」


そう言いながら、芝生に転がっているファズの剣を腰を屈め拾う。


「レイド貴方もですよ」

「えっ!!私もですか?」


ナターシャは、深く頷いた。


レイドは、お城の騎士長の息子である。二十二歳と若いレイドだったが、剣の腕前は、この国で一、二を争う。その腕を見込まれ、四年前に表向きはファズの剣の師として、城に迎え入れられているが、実際はオリビアの護衛である。勿論、この事は父親である騎士長にでさえ、秘密となっていた。


「私もですか?」


レイドが首を捻りながら、不思議そうに、ナターシャに問う。


「…例の剣が見つかったそうです」


ナターシャは声を潜めて言う。三人は、思わず息を呑んだ。




中庭にいたせいか、城内に入るとすごく暗く感じた。先頭を歩くナターシャの後に続くように三人は、広間へと向かう。

限られた者しか入れない区域なので、人の気配が全く無く、通路はシンと静まり返っていた。四人が歩く足音のみがヒタヒタと聞こえる。


暫く行くと前を歩くナターシャが足を止めた。広間に続く扉が目の前に広がる。


―コン、コン、コン―


「ナターシャです」


三度ノックをして、名を名乗る。


「入りなさい」


中から応答が聞こえる。多分、王に使える年配の秘書官の声だ。


「失礼致します」


陽光射し込む明るい広間に入ると、王と王妃が玉座に座り、その横に白髪の気難しそうな秘書官が立ち、そして一人の旅人風の男性が二人の前にかしづいていた。

その後ろ姿に何処か見覚えを感じる。ファズも同じように感じたのか、じっと後ろ姿を見つめている。


(あの後ろ姿…誰だったかしら…?)


首をかしげ記憶の糸を手繰る。


(……あっ!!)


思わずすぐ横に立つファズを見る。ファズも驚き顔でこちらを見た。どうやら、ファズも気が付いたようだ。

二人同時に笑顔で名を呼ぶ。


「ジョーゼ」


その呼び声にジョーゼと呼ばれた男は立ち上がり、クルリと振り返った。

太い眉が印象的な色黒の三十代半ばのガッチリとした体格の男性。ボサボサに伸ばした髪を一つに束ね、無造作に髭を生やし、どこか野性的だ。

以前は、もっと清潔感があったのだが…


「お久し振りです。王子、姫、随分大きくおなりになられて…」


目を細め、懐かしそうに微笑み二人を眺める。変わってしまった外見とは裏腹に、その人懐っこい笑顔は変わっていなかった。


彼は、レイドの前にオリビアが生まれた時より十年間という長い間護衛を勤めていた者だった。

特別なめいを受け、オリビアの護衛という任を降りたのだが、オリビアとファズは、その事を知らない。子供だった二人には何も告げず、突然居なくなったのだった。


「ジョーゼ、今まで何をしていらっしゃったのですか?」

「そうだよ、急にいなくなったから心配したんだよ」

二人は、ジョーゼの元に駆け寄り思い思いの言葉を口にする。


「王子は逞しくなられ、姫はすっかり美しくなられて…ほんの四年なのに子供の成長は早いものだなぁ」


しみじみとした口調で、そう言って二人の頭をガシガシと撫でる。昔のように…

子供あのころに戻ったような感覚に、二人は襲われる。


「積もる話もあるだろうが、先に本題を済まそうではないか」


暫く黙って見守っていた王だが、懐かしむ三人の間に割って入るように口を挟んだ。


「はっ、申し訳ございません」


ジョーゼは、玉座にすぐさま向き直り、再びひざまずく。


(本題…確かナターシャが…)


「これで、ございます」


腰に差してある剣を一本鞘事引き抜き、自分の前に横たえた。それは、何の変哲もない古びた剣だった。


「それが…例の…剣か…?」


拍子抜けしたように、王が尋ねる。その言葉でジョーゼが二人の前から姿を消した理由に気付く。


「はい」


(例の剣…あれが…?)


その場にいた誰もが、そう思ったに違いない。


「間違いありません。持ち主だったドワーフにも確認して参りました。確かに五十年前に盗まれた剣で間違い無いそうです」

「それなら、間違い無いのであろうが…にしても、随分と古びてしまった」

「はい、骨董品屋の倉庫に眠っておりましたもので…」

「よく、そんな物を見付けられたな」

「話すと長くなりますが、私は伝説の剣を探すという王の命を受け、最初に持ち主であるドワーフの所へ行きました。そこで、剣を盗んだ者が窃盗団の赤門一味である事を知りました。内情を探る為に一年以上赤門一味に潜入し、そこで伝説の剣を盗み闇市の武器屋に売った者がいる事を突き止めました。そこから、闇市の武器屋を探したのですが、その者は既に亡くなっており、諦めかけたその時に息子に出会いました。息子は、父親が亡くなった時に全ての武器を売り払ったそうです。その時、鞘から抜けない剣があったと…ただの飾り剣だと思った息子は、それを骨董品屋に無償で譲ったそうです。その骨董品屋も飾りもお粗末で売れる気配がないので倉庫にしまっておりました」

「なんと…骨董品とは…」


嘆かわしそうに王は、ゆっくりと首を振った。

そんな王の姿を見てオリビアは思う。


(ガラクタと思われて捨てられなかっただけ、まだマシなのでは)


それ位、その剣はみすぼらしかったのだ。




伝説の剣―それは、ターナー家に昔から伝わる古い書物による言い伝え。

オリビアもファズも、小さな頃からその話は聞いていた。

その昔、伝説の剣に選ばれた青年が、その剣で闇の魔女を倒したと…そして、その選ばれた青年はターナー家のご先祖。

魔女が居なくなり、世界が平和になる。しかしそれは、永くは続かない。人々の心に闇が生まれ始めると再び闇の魔女は復活するのだ。

そしてまた、勇者の剣に選ばれし勇者が魔女を倒す。現在までに何度も繰り返されて来た。

そのたびに何故だか分からないのだが、勇者の剣に選ばれるのは必ずターナー家の人間だったのだ。





「後は、選ばれし勇者が魔女を倒すのみ。剣をこちらへ」


重々しい口調で、王が口を開く。ジョーゼが素早く立ち上がり、剣を両手で持ち上げる。そして、うやうやしくターナー王の前に片膝を付き剣を献上した。


「うむ」


短く答え、ジョーゼから剣を受け取り、立ち上がる。固唾を呑んで、全員が見守る。



(やっと…やっと、自由になれる時が来たのですわ)


オリビアは期待に満ちた瞳で見守っていた。

皆の視線を一身に受けながら、柄を掴み王はその手に力を込めた…


「!!」


―しかし、その剣は鞘から抜かれる事は無かった。

ギリギリと更に力を込める。余程、力を込めたのか手がプルプルと震えているのが、此処からでも見て取れる。それでも、剣は鞘から抜かれる事は無かった。


「駄目だ…」


ガックリと肩を落として、悔しそうに首を横に振った。


「お父様、僕に貸してみて下さい」


ファズが真剣な面持ちで、ツカツカと王に歩みより、手を差し出した。


「そ、そうだな。お前に抜けるかもしれんな」


気を持ち直すように、ファズに剣を渡した。王の真っ赤なマントが微かに揺れる。ファズは黙って、自分の手に収まった古びた剣を暫く眺めていたが、キッと表情を引き締め左手で鞘を持ち、右手を柄に手を掛けた。

心を落ち着かせるように、大きく深呼吸を一つ。そして、ゆっくり引いた。


「…っ…」


剣は一ミリも動かなかった。まるで、鞘と柄が元より一つの物のように見える。ファズは、黙って剣を下げた。


「どうして、どうして抜かないのですか?お兄様、意地悪しないで、本気で抜いて下さい」


オリビアが思わず声を荒げ、ファズに向かって怒鳴りつけた。ファズが手を抜いている訳ではない。分かってはいるのだが、簡単に認められない。


(冗談ではありませんわ。お父様やお兄様に抜けなかったら、私は一生このまま…)


自分の考えに血の気が引く。


「や、やったさ、本気で…でも…駄目なんだ」


悔しそうに目を閉じ、左手を強く握りしめ、震える声で答える。ファズにもオリビアの気持ちが、よく分かるのだろう。


「嘘です!!では、私はどうすればいいのですか?一生、ここで隠れて暮らさないといけないのですか?ねぇ、どうしたら…」


半狂乱で叫び続ける。剣が見付かるまでの辛抱だと思って生きてきた。なのに、これでは…

王も王妃も、そんなオリビアを見ているのが辛いのか俯いてしまう。


長いスカートの裾を翻し、ファズに詰め寄り肩を掴んで揺さ振った。


「お兄様、どうしたら、どうしたらいいのですか?」

「……」


激しく肩を揺らされながら、ファズは、唇を黙って噛みしめている。ただの八つ当たりだった。自分と伴に生まれながら、自由を手に入れている兄への妬みから、つい矛先が、ファズへと向かう。


「黙ってないで答えて下さい。答えて…」


温かい手が、そっとオリビアの肩に触れる。


「オリビア様、その辺にして差し上げて下さい」


レイドだ。ドレスの布を通して、温もりが肌へと伝わる。それは、とても暖かかった。

その温もりで、オリビアは冷静さをスッと取り戻す。


「まだ、駄目だと決まった訳ではないではないですか」


レイドの言葉の意味が分からず、オリビアは振り返る。レイドは穏やかな顔で微笑みかける。それは、まるで太陽のようだ。暗闇に落ちかけたオリビアの心に、一筋の光を射し込んだ。


「決まった訳ではない?」


オウム返しに問い返す。


「そうです。ファズ様は、まだ十四歳で、若過ぎます。勇者になるには、他に条件があるのかもしれません。例えば、年齢制限や剣の腕など…せめて、十八歳以上《成人》されるまでは、無理だと判断されない方が良いと思います。それにもしかしたら、王族以外にも勇者に選ばれる方がいらっしゃるのかもしれない。偶々、王族になれる方が多くて、他の方に試してないだけかもしれない。何しろ書物に書かれている事しか分からないのですから…」

「あぁ、そうか…確かにそうだな。書物に出て来る勇者は全て成人だった」


王の瞳がキラリと光る。再び強い光を放っている。


「よし、分かった。レイド、まずは城の騎士全員に試させろ。それとこの町の猛者達にも。それで駄目なら他の町からも捜し出せ。それとファズ、お前は剣の腕を磨け。確かにお前はまだ弱過ぎる」

「はい、分かりました」

「それとジョーゼ、お前には申し訳ないが、再びドワーフの元へ行ってくれ。本当に、この剣が本物か確認するのと、他に勇者を探す手掛かりがないか確認して来てくれ。勿論、行く前にお前も剣を試せ」


マントを翻し、テキパキと王が指示を与える。オリビアは、そんな父が頼もしく思えた。


「御意」


ジョーゼもかしこまり、返答する。

そして、最後に真っ直ぐな眼差しでオリビアに言った。「必ずお前に自由を与えるからな」と。


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