表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

休憩

「もうすぐ、出口です」


 先頭を歩く、レイドが後ろを振り返り、そう告げた。

 レイドの言葉を受け、期待に満ちた眼差しを、オリビアは前方へと向ける。だが、すぐにガックリと肩を落とした。

 日射しでも見えるのかと、思ったのだが、相変わらず鬱蒼とした木々に覆われ、特に変化は見えなかったのだ。

 こんな時に気休めなどいらない。否、こんな時だからこそ欲しくない。


「何故、そんな事が分かる?」


 唇を尖らせ言い放ち、青い瞳で恨めしそうに睨み付けるが何分森の中は暗い。レイドはオリビアの苛立ちに気付いていないようである。


腐肉食烏ネクロファジークロウの鳴き声がしなくなりました」


「…………」


 言われてみれば、確かに聞こえてこない。

 だが、それが出口と何の関係があるというのか?


 まるで、オリビアの心の声が聞こえているかのようなタイミングで話し出す。


「元来、腐肉食烏ネクロファジークロウは夜行性で、昼間は巣にいる事が殆んどです。その身を闇に紛らわせ行動する。したがって、昼間に森の出入口付近にいる事は普通だったら考えられません」


「普通だったら……」


 レイドの言葉が心に引っ掛かる。そう、あれは普通でない出来事。

 あの日の惨劇が脳裏に浮かぶ。青空を埋め尽くすほどの腐肉食烏ネクロファジークロウの大群を……


「ファズ様、急ぎましょう」


「えっ……?」


 レイドの呼び声で、ハッと顔を上げる。


「急ぎましょう。森を抜けても、村までは、まだ先があります」


「えぇ」






 陽光をその身に受け、一行は一息ついていた。

 レイドの言った通り、すぐに出口へとたどり着いたのだ。

 ここが最後の休憩場所で、後は村まで一気に歩く事になるとレイドは言っていた。

 地べたに座り込み、思い思いに休みを取る。オリビアも、腰を下ろして疲れた足をさする。

 地面との距離が近くなったせいで青い草の匂いを感じる。

 勿論、隣にはナターシャが当然のように座っている。久しぶりの日射しに、多少なりとも、皆の顔も晴れやかだ。

 人間やはり、日の光は必要だと、オリビアは切に思う。




「どこに、行くのです?」


 隣に座るナターシャが、突如キツい声を上げた。

 ナターシャの視線を追うと森の入口付近で立ち止まり、ディオが怯えたような顔を此方に向けていた。


「あの……僕……ちょっと……」


 可哀想に完全にナターシャに、畏縮してしまっているようだ。モジモジと俯いて話すディオの姿は、狼を目の前にしたウサギのようである。


「ちょっとぉ? どこに行くのかって聞いてるんです。何か良からぬ事でも企ててるんではないでしょうね?」


「ち、違います。ちょっと用足しに」


「………サッサと行って来なさい」


「はいっ」


 飛び上がるように返事をし、ガサガサと草むらを分け入り、出たばかりの森へと入って行く。ディオの姿が見えなくなるとオリビアはナターシャに苦言を呈する。


「ナターシャ、ディオに冷た過ぎますわ」


「申し訳ございません、姫様。でも、彼を見てると、ついイライラしてしまって…」


「まぁ、その気持ち分からなくもないですわね」


 オリビアは、青い瞳で遠くを見つめる。大きな白い雲が、青空を泳ぐように、流れていく。


(わたくし)は、ディオがいる事で、言葉遣いに注意しないといけないせいですけど―)


「とにかく、(わたくし)も我慢しますので、ナターシャもお願いしますね。ご両親が亡くなられたのは(わたくし)のせいなのですから…」


「それは、違います」


 先程から、黙って聞いていたレイドが、首を振って諫める。


「オリビア様、()()()()()()()です」


「そう…でしたね…」


 長い睫毛を伏し目がちに答える。


「分かりました。それですっ!!」


 突然、細い人差し指を伸ばし、ナターシャはオリビアをまっすぐに突き付けた。


「えぇっと、それって??」


 ナターシャが何を言いたいのか理解出来ず、小首を傾げる。


「それって言ったら、それです。姫様が、ディオを見るとお心を痛められるからです。何もかも、闇の魔女が悪いのです。姫様がいつまでも気に病んでおいでだと、私もいつまでも冷たく当たってしまいますよ」


 ナターシャが冗談めかしてパチリとウィンクしてみせる。

 ナターシャの優しさに感謝だ。


「ありがとう、ナターシャ」


「いいえ。それにしても遅いわね。後でキツく言わないと―」


「えっ?」


「あっ………」


 慌てて口を左手押さえる。

 オリビアは、疑いの眼差しで、ナターシャを見る。


「嫌だ、冗談ですわ…オホホホ」


 乾いた笑い声を上げるナターシャ。

 オリビアもニッコリと微笑んでみせる。


(今のは、冗談ではないですわね)


 その証拠にナターシャの目は泳いでいた。







「す、すみません、遅くなりました」


 暫くすると、ディオが木々の合間から、ヒョッコリ姿を現すなり、怯えた顔で、謝罪の言葉を口にする。余程ナターシャが怖いと見える。チラチラとナターシャの様子を窺っている。


 ナターシャは、口を開き掛けたが、オリビアの釘を刺す視線に気付いて、特に何も言わず貝のように口を閉ざした。


「………」


 ディオは、黙ってオリビア達から、少し離れた場所に腰掛ける。沈黙を破るように、レイドが言った。


「ファズ様、村へ行く前にお話しがあります」


 レイドに名を呼ばれ、今はファズである事を思い出す。言葉使いに注意が必要だ。


「何だ?」


「村は買い出しだけです。私一人でいかさせて頂きます。どこか村の近くでお待ち頂ければ」


「えっ!!何故?」


 オリビアは、驚きに目を丸くするが、ナターシャもディオも何となく分かっていたようだ。顔色一つ変えない。


「女性は人前にでない方が、何かと危険を回避出来ます。宜しいですね?」


(それ程、城以外(そと)は、女性にとって、危険な世界という事ですわね。(わたくし)は、今、お兄様だから良いですけど、ナターシャは…)


「分かった」


(今日は、ゆっくり眠れると思ったのに、仕方ないですわね)


 そんな思いが顔に出ていたのだろうか、ナターシャが口を開く。


「レイド、私を気にせずに、王子様とお泊まり下さい。私は、ディオと野宿致しますから」


「それは、いけませんナターシャ。いくらなんでも男性と二人きりで、一夜を過ごすなんて…」


「あら、大丈夫ですよ。相手は、ディオですよ」


 ナターシャがチラリと視線を流すと、ディオがビクリと肩を震わす。

 否、ディオが大丈夫じゃなさそうだ。

 慌てたように、ディオが恐る恐る右手を小さくあげながら、別の提案する。


「あ、あの、僕がファズ様と宿に泊まりましょうか。村の中なら、危険もないでしょうし、万が一の時も王子様なら、剣の腕もたけていらっしゃるでしょうから。それに、ナターシャさんも、見ず知らずの僕より、恋人であるレイドさんが、一緒の方が安心だと思います」


 オリビアの耳が、恋人という言葉にピクリと反応する。


(何ですって)


「こ、こ、恋人なんて、変なことを言うのは止めなさい。私達はただの側近です」


「そうです。ただの仕事仲間です」


 顔を赤らめブンブンと両手を大きく振り、ナターシャとレイドは全力で否定をする。

 オリビアは、何だか面白くない。


「えっ、違うのですか?僕はてっきり」


『違いますっ』


三人同時に力強く答える。


ディオは、三人に否定されキョトンとした顔をする。



気を取りなすように、ナターシャはコホンと咳払いを一つし、烈火のごとく怒り出す。どれに転んでも、ナターシャは野宿が間違いない。


「そんな事より、王子様を貴方ごときに、任せられるわけありません。第一、自分が宿でゆっくり休みたいのが、ミエミエです」



「申し訳ないのですが、私もナターシャに同意見です。私は、ファズ様の護衛です。さすがに知り合いになったばかりの貴方に、ファズ様を御願いする事は出来ません」


(二人きりだと、正体がバレる可能性もありますわね。それに絶対レイドとナターシャを一緒に野宿させるわけには、いきませんわ)


「レイドの言う通り野宿でいい。ディオは、無理に俺達に付き合う必要はない。村の宿に泊まればいいし、そのまま村に残ってもいい。ディオの自由だ」


 すかさず、オリビアも同意する。フォローしてくれる者がいないとなると、益々神経を使う事になる。


思惑が外れ、ディオは残念そうに項垂れる。



「宜しいのでしょうか、王子様?」


「当たり前だ。ナターシャは、大事な側使えだ。ライラックまでは、何があっても一緒だ」


「嬉しゅうございます」


 ナターシャはニッコリと微笑んだ。そんな二人から、視線を外し、レイドはディオに言った。


「ディオ、貴方は如何しますか?村に着くまでに、身の振りを決めて下さい 」


「村まで待つ必要はありません。レイドさん、最初の予定通りライラックの町まで御願いしてもいいですか?両親を亡くした今となっては、町の方が仕事が探しやすいはずです」


「分かりました。確かに村は、余所者が住み着くのを嫌がる傾向にあります。いい判断です。そろそろ行きましょうか、太陽が、あんなに高い」


 座ったままレイドは、青空を見上げた。太陽は、既に真上まで昇っている。オリビアもつられるように上を見上げ眩しさに目を細めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ