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野宿

久しぶりの更新となります。ぜひ、読んでみて下さい。

ネクロファジークロウのねじろになっている、この森に入る者などいない。何故なら、この森を抜けたとしても、近くに町などないからだ。入る必要のない場所、従って道路など最初から存在しない。

荒れ果てた町を通り道路へ出るか、それとも、この森を抜けるのか、レイドは迷った。どちらも危険な道のりだ。

道路には、間違いなく魔女の息が掛かった者が、生き残ったターナー家の血族を根絶やしにする為に待ち構えているはずだ。だったら、森を抜けた方が安全なのではないだろうか?

都合の良い事に、この森の地理に明るい。きっと抜けられる。その先に何がいたとしても闇の魔女に比べればマシなはずだ。

そして、レイドは決断した。森を抜ける事を――

レイドは迷いなく道なき道を進む。意外と体は覚えている者だ。感覚だけを頼りに、突き進んでいく。

幼少期、この森で、お爺様と鍛錬を積んだ時の事を思い出す。木々の音、草の匂い、何もかもが辛く苦しい記憶だ。




「少し……少し、休みま…………休まないか?」


ゼイゼイと粗い息を吐き先頭を歩くレイドを必死に追いかけながら、オリビアが話しかける。

脳に充分酸素が行き渡らないせいか、思わずいつもの口調で話しかけそうになり、慌て訂正する。

ディオが一緒の為、年柄年中、気を使っているから、余計に疲れるのだ。

苛々とした目で、ディオを睨み付ける。何も知らないディオは怯えたように身体を縮込ませた。

そんなディオを見て、オリビアは小さく溜息を吐いた。


(こんな臆病者を一人で行かせる訳にはいかないですわね。それに街に行ったら、益々人目に付く事になりますわ。その前の練習、そう思えばいくらか気持ちは晴れますわ)


苛立ちを押さえるために、必死で自分自身に言い聞かせる。


「仕方ありませんね。本当は今日中にこの森を抜ける予定でしたが、どちらにしても、このペースでは無理でしょう――確かこの辺りに、あぁ、合った。あそこにしましょう」


平然とした顔で、キョロキョロと辺りを見回し、何とか座れそうな場所をレイドが指差した。

そこは枯葉が積もり、お世辞にも綺麗とは言えないが、木の根がなく何とか腰掛けられそうだ。この際、贅沢は言ってられない。


ガサガサと木の枝をかき分け、その場所へと移動する。


すかさずナターシャが自分の羽織を敷物代わりに広げ、オリビアの座る場所を作ってくれる。


「ひ……では、なくて王子様、どうぞ」


さすがのナターシャも疲れているのか、堂々といい間違えを訂正している。

それでも王族を敬う気持ちは、決して忘れずオリビアを一番に考えてくれているのだ。

オリビアは当然のように羽織の上に座り込んだ。それを確認すると、ナターシャも小さなハンカチをオリビアの横に広げ、その上に腰掛ける。


「やはり、高貴な方は違いますね。直接、地べたには座らないんですね」


ニコニコと悪気のない笑顔を浮かべながら、ディオも枯れ葉の上に腰を下ろす。半日歩き通しだというのに、意外にも、疲れ一つ見せない顔をしている。

やはり、男と女では体力の差は否めないのだろうか?


「どうゆう意味ですか?」

ナターシャは聞き捨てならないとばかりに、目を吊り上げ、ディオを睨み付ける。


「す、すみません。お気を悪くしたのなら、謝ります。女性ならともかく男性の方でも服の汚れを気になさるんだなって思っただけで……」


オドオドと怯えた顔で口を開くが、更に鬼のような形相でナターシャに睨まれ、その声は次第に小さくなる。


「当然です。王族たる者、身なりにも気を使わなくてはいけません。常に民に尊敬されるべき存在でなくてはならないのですから」


ナターシャはピシャリと言い放った。

オリビアは、内心ディオの言い出した事に、ヒヤヒヤしていたので安堵する。

よくそんな出任せが、すぐに思い付くなと感心しながら、ナターシャの顔を窺うと、その顔は至極真面目で、本心を言っているようだ。多分、ここにいるのがファズだとしても同じ事をしたのだろう。


ディオは怯えたようにおとなしく話を聞いている。

ナターシャの小言を耳の端に捉えながら、伏し目がちに膝を抱えボンヤリと思う。


(もう、尊敬してくれる民など、どこにもいませんわ)


小柄な身体を更に小さくさせていると、突然、焦げ茶色の物体が視界の角に入って来た。


(何……?)


オリビアは驚いて顔を上げると、レイドが目の前に立ち、水袋を差し出していた。


「ファズ様、どうぞ」


木々の隙間からの僅かな陽を受け、金色の髪が光り輝いている。


(綺麗……)


オリビアは、ほんの一瞬その髪に見惚れた。


「ファズ様?」

「あぁ、すまない」


水袋を受け取り、一口、口に含んだ。えもいわれぬ味が口一杯に広がり、思わずゴホゴホとむせる。レイドが目の前にいなかったら、間違いなく吐き出していた。


「な、何ですの、これっ?」


顔をしかめつつ、オリビアは尋ねる。


「水です」

「それは分かってます!! 何で――」


興奮して話し出したオリビアは、何かに気が付いたように、途中で言葉を切った。ディオが驚いたような顔で、此方を見ていたのだ。どうやら、ナターシャの小言は終わっていたようだ。

(あっ……)


誤魔化すようにコホンと咳払いを一つし、同時に気を落ち着け言った。


「何で、こんなに不味いんだ?」

「ファズ様は、水袋の水を飲むのは初めてでしたね。是は鞣し革で出来ています。長時間入れて置きますと、水に革の匂いが付いてしまいます。本当は竹の水筒が用意出来れば良かったのですが、お爺様の所にはなかったので」

「竹の水筒?」

「えぇ、多少の青臭さが残りますが、此方の方がまだマシです。町に着いたら、購入致しますね」

「あぁ、頼む……」


ガックリと肩を落とし、うなだれた。暫らくは、あの不味い水を飲むしかなさそうだ。


バサバサバサッ――


(!!)


ビクリと肩を窄め、オリビアは頭上見上げた。鳥の羽ばたく音が空から降って来たのだ。しかし、その姿を見出だす事は出来なかった。

ただ、木の枝が揺れ、青空を見え隠れさせているだけだ。


オリビアは、はたとある事を思い出す。


「そういえば、さっき今日中に森を抜けられないとか言っていたな」


その言葉が何を意味するのか、頭の中では分かっている。だが、確認せずにはいられなかった。自分の考えを否定したかった……認めたくなかったのだ。


「えぇ、言いました」


腰に差した剣は、いつでも抜けるように鞘ごと左脇に置き、レイドは腰を下ろす。乾いた枯葉がカサカサと音を立てる。


「……それって……野宿って事か?」


オリビアは顔を引きつらせ再び問うた。


「はい、そうです」

「…………」


外で、しかも、こんな薄気味悪い森の中で眠るなんて無理だ。固まったように黙り込むオリビア。

ナターシャも同じ事を考えたのか、顔を歪める。


「どうしました? やはり、お爺様の所に戻りますか?」


レイドの質問でナターシャが、期待に満ちた目をオリビアに向ける。まだ、魔女の討伐に行くことを、反対しているようだ。

レイドも顔には出さないが、オリビアが諦めることを望んでいる――イヤ確信しているに違いない。



「大丈夫だ」


鼻を膨らませ答える。

ナターシャのその顔が、負けず嫌いのオリビアの心に火を着けたのだ。


「レイド、水を寄越せ」


身を乗り出し、右手に持つ水袋をむしり取り、一気に口に流し込む。古びた革の臭いが、口一杯に広がるが、無理矢理飲み込んだ。

口元より、溢れ落ちた水滴を手の甲で無造作に拭く。


「絶対に帰らないから」


青い瞳でレイドを睨み付ける。


(絶対に二人の思い通りになんかなってやらない)


「…………」


レイドは、その瞳を受け止めた。構わずオリビアは睨み続ける。


(絶対に引かない)


そんな強い思いを乗せて。

「…………」


「どうやら、私達の負けのようですよ、ナターシャ」


肩を竦め苦笑しながら、レイドがナターシャに声を掛けた。


「そんなっ」


貴方ナターシャが期待した時点で負けが決まってしまった」


オリビアが負けず嫌いだという事は、長年オリビアに仕えていた二人は、よく知っている。


「そうですね」


残念そうにナターシャは肯定した。今回はナターシャのミスだ。

疲労のせいか普段より注意力が散漫になっているのだ。普通の状況だったら、絶対にこんなミスはしなかったはずだ――








弾けるように薪がパチパチと音を立てる。真っ暗な森の中、唯一明かりを放つのは、今は焚き火だけだった。

ナターシャになら、魔法で灯りを点す事は出来るだろうが、それを夜通し行うとなると体力的に無理な話だった。明日の事を考えると少しでも体力の回復を図るのが先決だ。

だからこそ、今はオリビア達にとって、この焚き火だけが頼りだった。

物音がする度にオリビアとナターシャは身を縮込ませ、焚き火を頼りに暗い森の中を目を凝らして辺りを見回す。

そして、それが風のイタズラだと知ると胸を撫で下ろすという作業を繰り返していた。

「どうやって、こんなところで眠れと言うのだ!!」そう癇癪を起こしそうになるオリビアだが、グッと堪える。

そんな事を言おうものなら、すぐにでも諦めておとなしくしていろと言われるだろう事が分かっているからだ。


「忘れていました、森の日暮れは早いという事を――でも、良かったです。何とか一晩過ごせそうな場所が見付かって」


安心したようにレイドが焚き火の炎を見つめながら言った。


暗くなりかけた森の中、少し開けた場所を発見したレイドは手早く野宿の準備を始めた。枯葉を除け、薪を集め、火打ち石で焚き火を点す。慣れた手つきで全て一人で行っていた。

オリビア達三人は、何も出来ずにその様子をぼんやりと眺めていたものだ。



「野宿した事があるのか?」


焚き火の前にしゃがみこみ、恍惚と燃える炎を見つめながら、オリビアは疑問に思っていた事を尋ねた。

城に勤めるようになってからは、オリビアに仕えていたのだから、野宿を必要とする仕事はなかったはずだ。

ナターシャはといえば、更に火の近くで夕食の準備を始め、ディオにそれを手伝わせている。そういえば小さな鍋や食器など、重そうな物を、ディオのリュックにナターシャが詰め込んでいた事を思い出す。

既に主導権を握っているようだ。

何処かで時折、鳥の羽ばたくような音が聞こえてくる。恐らく、ネクロファジークロウだろう。今のところ、襲ってくるような気配は感じない。


「えぇ、お爺様に子供の頃、叩き込まれました。意外と覚えているものですね。こうやって焚き火の前で、野宿の仕方や心構えを教えて戴いた事を思い出します。よくお爺様に怒られたものだ」


目を細め、焚き火の炎を見つめる。昔の事でも思い出しているのだろう。


「教えてもらえないか?」


思いもよらないオリビアの言葉にレイドは驚いたように目を丸くし、視線を移す。真剣な青い瞳でジッとレイドの様子を窺うオリビア。

「何を教えてもらうのです?」


湯気を上げる金物のコップを差し出しながら、いつの間にかナターシャがすぐ脇に立っていた。どうやら、食事の準備が終わったようだ。オリビアの言葉が聞こえたのだろう。

食欲をそそる香りに、オリビアは差し出されたコップを奪うように受け取ると、器の暖かさがじんわりと手の平に伝わってくる。

覗き込むように中身を確認すると僅かばかりの野菜を浮かべたスープだった。焚き火を使って作ってくれたらしい。

もう少しまともな食事を期待していたオリビアは、ガックリと肩を落とすが、それでも、一日中歩き通しで、すでにお腹はペコペコだ。美味しそうな香りに、思わず一口飲み込んだ。


「美味しい〜」


野菜の甘味とだしの旨味が絶妙なバランスで溶け込んでいる。

今まで食べたどんな食事よりも、この質素なスープが何故か一番美味しく感じたのだ。

ナターシャは、満足そうにニッコリと微笑んだ。

お爺様の家にいた時も思ったのだが、料理の腕はピカ一のようだ。

ディオが少し遅れ、こんがりと焼き目のついたパンを運んで来る。それをナターシャが取り上げ、手早く配りオリビアの横に腰を下ろす。


「で、何について教わるのですか?」

「野宿の方法」

「それは必要ないのではありませんか? どうせレイドが側に付いているのですから。ねぇ、レイド?」

「そうですね、私が側にいる間は……だけど、万一の事もありますので、おいおい覚えてもらった方が良いでしょう。しかし、今は、ナターシャに指導を仰ぐ方が先決ですね」

「えっ、私に??」


ナターシャが意味が分からないという顔で、目を点にする。

レイドは、スープの入ったコップを口元に運び、ゴクリと飲み込み、微笑んで言った。


「こんなに美味しい食事が摂れなくなります」


「!!」


ナターシャの顔が一気に赤く染まる。焚き火の炎よりも赤いくらいだ。

オリビアは不機嫌そうに、横目でナターシャを睨みながら、もらったパンを一かじりする。


(………………)


「ナターシャ、明日からお願い」


悔しいが、そのパンの焼き加減も丁度良く美味しかったのだ。






夕食が終わるとすぐに寝床の準備をする。こんな森の中では、起きていても他にする事などないのだ。

ディオはリュックを枕変わりに横になり、ナターシャはオリビアの為に、マントを敷き、寝床を作る。

そして、その横にも自分の寝床を作成した。

レイドはと見ると、焚き火の側に腰掛けたまま動かない。オリビアは心配になって、声を掛けた。


「寝ないのか?」

「はい、少し懐かしい思い出に浸ろうと思いまして……少ししたら寝ますので、先にお休み下さい」


(邪魔をしてはいけませんわね)


オリビアは素直に頷いた。一人の方が感傷に浸り易いというものだ。


「分かった。おやすみ」

「おやすみなさい」



固い地面に横たわる。薄い布一枚を通して、冷たさが浸透してくる。それでも、ないよりは全然マシだ。


初めての野宿、しかもこんな森の中では眠れないはず、そう思っていたのだが、意外にもオリビアはすぐに深い眠りに引き込まれていた。

それ程までに、体力を消耗していたという事と、レイドが起きているという安心感が大きかったのだろう。


読んでいただきありがとうございました

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