旅立ちの時
久し振りの更新です。時間が経ってしまったので、辻褄が合わない場所があったらすみません。
「レイド、どうして本当の事を言わないのです!!」
レイドに詰め寄り、キツい口調で責め立てる。
爪先立ちになり、背の高いレイドを見上げる格好になるので、少々迫力に欠けるが仕方ない。
自分達の保身の為に、ディオを騙すのは許せなかった。
まさか、レイドがそんな事をする人とは、思ってもいなかった。
何だか裏切られた気分だ。
「言った所で、彼の両親は生き返る事はないのです」
外に出ているとはいえ、ディオを気にしてか、小さな声で返答する。ナターシャに付き添われ、今はお祖父さんの部屋で休んでいるのだ。
「保身の為、都合の悪い事は隠すと言うのですかっ? そんなのは絶対許しません」
オリビアは、思わず声を荒げた。
「オリビア様、落ち着いて下さい。ディオに聞こえます」
「これが、落ち着いていられますかっ!!」
レイドの落ち着き払った態度に、オリビアは怒りすら覚え怒鳴り付けた。
「――ならば、オリビア様は彼をどうなされるおつもり何ですか?」
低い声でそう切り替えされ、視線を投げ掛ける。
オリビアは一瞬ピタリと動きを止めた。
(そんな事、考えてもいませんでしたわ)
「えっ……それは……」
言葉に詰まり、目を泳がせ狼狽える。
(他に生存者がいれば街を建て直す事も出来たかもしれない。でも、あの状態では…………ゼロだ。だとするとお祖父さんとここに残るか、この森を抜けるしかない。だとしたら……)
オリビアはハッとして顔をあげ、レイドを見る。
ディオの事を思うなら、秘密にするしかないのだ。せめて、彼を安全な町へ送り届けるまでは……
オリビアと目が合った瞬間、レイドは黙って頷いてみせる。
(保身の為ではなかった。レイドは誰よりもディオの事を考えていたのですわ)
頭ごなしに怒鳴った事を恥ずかしく思い、オリビアは俯く。
「オリビア様には不便を強いる事になりますが、彼をナターシャと同じ町へ送り届けようと思うのですが宜しいでしょうか?」
(不便……)
レイドが言わんとしている事は分かる。ディオが伴に行くという事は、ずっとファズのふりをするという事。だが、それはオリビア自身が決めた事。今更、文句を言おうとは思わない。
「それが彼にとって最善なら……」
「有難うございます」
怒鳴られた事を気にする風もなく、うやうやしく頭を下げ、大人の対応をする。多分それがレイドの作戦。
(ズルいですわ)
居心地の悪さを覚え、オリビアは素直に謝るしかなかった。
そして、それすらもわだかまりを残さぬようにという、レイドの作戦でもあった。
「私は反対です」
ナターシャがキッパリと異議を唱える。
その夜、ディオが寝静まった頃、三人は今後について話し合っていた。ディオを起こさないように声を落とす。
ディオが現れた事で、予定が微妙に狂ってしまった。
「しかし……」
「レイドは平気なのですか? 素性の分からぬ輩を姫様と一緒に旅をさせて」
「それは……」
「何かあったら、どう責任を取るのですかっ?」
早口で捲くし立て、レイドに発言のチャンスすら与えない。さすがのレイドもタジタジである。
「――ナターシャ、心配しなくても大丈夫ですわ」
先程のお返しとばかりに、少し様子を見てから、オリビアは助け船を出した。
「私はファズのふりを致しますし、第一国が崩壊した王子に何の価値がありますの? 地位も名誉も財産も何もありませんのよ」
「それはそうですが……万一女性とばれたら」
「大丈夫ですわ。あんなひ弱そうな子に何が出来るというのです……もしかしてナターシャ、彼が怖いんですの?」
ナターシャが不安そうに顔を曇らせる。城遣えの僧侶とはいえ、一介の僧侶に身を守る術などない。
オリビアが男のふりをするなら、必然的に彼の意識はナターシャへと向かうはずだ。
「心配しなくても、ナターシャは私が護ります」
レイドの何気ない一言に、ナターシャはみるみる間に頬を赤く染めた。レイドも自分の発言の意味に気付き、つられるように顔を赤くする。
甘い空気が二人の間に流れる。
(何なんですの、このラブラブの雰囲気はっ)
空気を切り裂くように、無理矢理二人に割り込んで質問する。
「レイド、私は?」
眉を潜め、唇を尖らせる姿はまるで子供。
レイドとナターシャは、そんなオリビアを可愛いらしく感じ、思わず唇を緩める。
「勿論、御守り致します」
満足そうにオリビアは頷いていた。
(子供扱いされているのは分かってますわ。今はこれでいいんですの。でも、いつかは……)
子供でなくては、レイドに傍にいてもらえない。オリビアを残し、ナターシャと二人でどこか遠くに行ってしまうだろう。
「それでは、彼も一緒で宜しいですね?」
「えぇ……」
渋々ナターシャは了承する。ナターシャだって、ディオには罪悪感を持っている。他にいい方法を思い付かない今、承諾するしかない。
「ありがとう、ナターシャ」
「いえ」
「それでは、明日の朝ディオに話してみます。後は彼次第。もし、彼が一緒に行く事を承諾したら、町に着いた後はナターシャ、力になってあげて下さい」
「分かりました」
力強く頷くナターシャだが、その瞳は物悲しそうだ。
「それと、明後日には、ここを出発します」
「えっ!!もう?」
「えぇ、長居は無用です」
「それではお祖父さんが……」
また、一人になってしまう――そう、続けようとしたオリビアの言葉をレイドは遮った。
「大丈夫ですよ、お祖父様は。一人には慣れています」
「でも……」
「それに――――別れが辛くなります」
お祖父さんのいる寝室へとレイドは視線を送る。
(レイド……)
「…………」
淋しそうなレイドの視線に、オリビアはそれ以上何も言えなくなり黙り込んだ。
「さぁ、もう夜も遅い。眠りましょうか」
話を切り替えるように、レイドは二人へと視線を戻す。その瞳に淋しさは残っていない。
(レイドは、もう心の整理をつけているのですわ。それなら、私も)
「分かりました。もう、何も言いませんわ。でも、眠る前に一つだけ、私もお願い、いえ、命令がありますの。明日からは私をファズとして扱いなさい」
「姫様――」
ここを出るという事は、遅かれ早かれ、そうしなければならない。それは二人も良く分かっているはずだ。明後日には、ここを出る。いい加減甘えを捨てなくてはならない。
「いいですわね」
有無を言わさぬ命令口調。目を閉じて、あの時の光景をオリビアは思い出す。無惨に魔女に殺害されたファズの姿を……
胸元に掛けられたファズのネックレスをきつく握り締める。
(これから、始まるんですわ)
そう、魔女を倒すまでファズとして生きると決めたのだ。
(この命に代えても、必ず魔女を倒してみせる)
オリビアは、青い瞳に赤い炎を灯すのであった。
出発の朝がやって来た。
何も知らないディオは、やはりオリビア達と行く事を選んだが、それは当然の事だった。
結局、オリビアはお祖父さんに勇者となる事を認めては貰えなかった。あれから、一度も口を利いて貰えない。
だが、それは当然の事だ。
大切な孫を遠くへ導こうとしているのだから――
今も見送りにすら出て来てくれない。
背中に背負った荷物がずっしりと重くのしかかる。
ドア越しからオリビアは声をかける。
「短い間でしたが、お世話になりました」
「…………」
しばらく待つが何の返答もない。ガサガサと何かをしている気配のみだ。
オリビアは荷物を背負ったまま、深く頭を下げた。
それは、謝罪の意味も込めて――
「ファズ様、行きましょうか」
「はい」
レイドの言葉に四人は森へと歩き出す。何だか後ろ髪引かれる思いだが仕方ない。
「忘れものだ」
不意に後ろから声をかけられ四人は振り返った。そこには、杖を片手にお祖父さんの姿がドアの前にあった。
杖をついていない方の手で、こちらに何か放り投げる。
オリビアに向かって綺麗な弧を描き何かが飛んでくる。反射的にそれを掴んだ。固く角張った感触。
オリビアはそっと掴んだ掌を広げる。
開かぬように紐でくくられた古い小箱がオリビアの掌中におさまっていた。
随分と薄汚れ年代物のようだ。
「ずっと昔に、先代の王に仕えていた時、王から預かったものじゃ」
(何かしら?)
オリビアは中身を確認する為、紐を解きそっと蓋を開いた。
何の変哲もないグレーの石が一つ柔らかな布に包まれ大切そうに保管されていた。
指で摘みあげてみると、まるでビー玉のように丸い。
(石ですわよねぇ?)
上下左右からマジマジと見つめるが、形はともかく、どっからどう見てもただの石にしか見えない。
(これが何だと言うのかしら?)
「これは?」
「さぁな、分からん。勇者が見付かった際に、必ず渡すよう言われていたのだが、随分と昔の事なので、すっかり忘れておったわい」
(勇者……)
オリビアの耳がピクリと反応し、その顔がニヤける。今は石の意味より、そちらの方が興味がある。
「勇者と認めてくれる気になったんですね?」
「だ、誰がじゃ……わ、儂もそう永くは生きられん。城が無くなった今、親族のお前さんに返すのが筋と思っただけじゃっ」
明らかに狼狽している。無口なお祖父さんが、いつも以上に喋る。
「そうですかぁ?」
「そうじゃぁ!!」
からかい半分で、オリビアはニヤニヤとお祖父さんの顔を見た。より一層深い皺を刻ませ、お祖父さんは嫌そうに顔を背ける。
「じゃあ、そういうことにしといてあげます」
「ファズ様」
レイドに呼ばれ視線を向けると、その横でディオが不振顔でこちらを見ていた。
(いけませんわ。お祖父さんの反応が面白くて、つい)
慌てオリビアは口をつぐんだ。いつの間にかオリビアの口調に戻っていた。
誤魔化すように咳払いを一つして、背負っていたリュックを下ろし、無くさぬように石をしまう。
ディオは黒い瞳で、その様子を黙って見ていた。
荷物を背負い直し、立ち上がり、声をかける。
「レイド、お別れを」
今度こそ、本当のお別れだ。今生の別れになるかもしれない。
自ずと二人へ視線が集まる。
ほんの数秒、二人の視線がぶつかった。
「いってきます」
「あぁ」
それは、ブラリと散歩に出るかのような穏やかな挨拶。
オリビアは我が耳を疑った。涙を流すとは、思っていないが、もっとしみじみとした何かがあってもいいのでは、ないだろうか?
「では、行きましょうか」
クルリと踵を返し、レイドは先陣切って歩きだす。
薄暗い森へと向かって――
オリビアはレイドに走り寄り、青い瞳で彼を見上げた。
「レイド、いいの?」
「いいんです」
いつもと全く変わらぬ眩しい笑顔で答える。まるで、太陽のような笑顔だ。
「でも……」
「必ず……必ず生きて帰りますから。ファズ様もそのおつもりでしょう?」
(生きて……)
「あぁ、そうだな」
オリビアは力強く頷いた。
読んでいただき有難うございます。