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プロローグ

パタパタと走り抜ける三名の足音だけが静かな通路に響き渡る。

やっと歩けるくらいの薄暗い灯り、普段はここを通るものがいないのだから十分なくらいだ。そう、ここは、お城の隠し通路なのだから-


空色の髪をなびかせ、ドレスの裾を蹴散らし、息を切らせながら疾走する少女。右手には何故かネックレスを握り締めている。

その後ろを白いローブの女性と金髪の青年が追う。


「姫様…お待ち下さい…」

息を切らせながら、ローブの女性が呼び止めるが、少女は止まらない。意外にも、少女の足は速く追い付くのも困難だ。

だが、暫く行くとその足がピタリと止まる。扉だ。

少女は迷わず、その扉の取っ手を掴み静かに開いた。


少女の青い瞳に最初に飛び込んできたものは、室内の灯り―


そして…


象牙色の床にうつ伏せで倒れ伏す空色の髪の少年―

ピクリと人差し指を微かに動かす。その身体にはよく見ると背中にキラリと光る刃が突き立てられている。微かだが、その背中は上下に動いていた。それは、その少年がまだ生きている事を証明している。


「わらわの顔に傷を付けた代償、その命で払ってもらうぞ」


こちらに背を向けた漆黒の長い髪の女性が、少年の傍らに立ち見下ろしていた。

ギャア、ギャアと奇妙な鳴き声をあげる魔物、そして、逃げ惑う人々の叫び声に女性は、一瞬視線をそらす。すぐ脇の通路を魔物に追われ、必死で逃げ惑う城の者達が通ったようだ。

少女の所からは、それを確認する事は、出来なかったのだが、チラリと女性の顔が見えた。

その美しい顔には、頬に刃物で切られた傷が薄らと赤く浮かんでいるのが確認できる。白い肌、濡れたような真っ赤な唇。出る所は出、引き締まる所は引き締まった艶めかしい体躯。身体の線が分かる衣服を身に着け、きめ細かな柔肌を惜し気もなく披露している。

周囲の喧騒もあり、女性は、まだこちらに気付いていない。

唇の端を微かに上げ、妖しい笑みをこぼし、再び少年に視線を戻す。


―シャナリ―

金属が擦れる音。

右手首に着けた金色のブレスレットを揺らし、そっと少年に手を近付け、背中に刺された刃の柄を掴む。

楽しそうにクスリと笑い、その手に力を込め押し付ける。


「…うっ…」


少年が痛そうなうめき声を上げた。


「わらわに従えば、こんな痛い思いしなくて済んだのにのぉ。せっかくのチャンスを与えてやったのに台無しにしおって、わらわも残念だ。お前の顔、気に入っておったのだぞ…」


残念と言う言葉とは、裏腹に楽しそうな声音で呟き、更に右手に力を込め、グリグリと容赦なく押し付ける。


少女は叫びながら、その場に飛び出そうとした―


「おに…」

だが、それは叶わなかった。

お驚きに大きく目を見開く。


(声が…声が出ない。それどころか身体が動かないっ)


「姫様、申し訳ございません」


ローブを身に纏った女性が目を伏せ辛そうに頭を下げる。

その言葉で少女は気付く。自分の身に何が起こったのかを…


(魔法を掛けられたのか)


女性の方を振り返り文句を言いたいのだが、身体が動かない。


「姫様まで、無駄に失いたくないのです。どうか…どうか…分かって下さい」


女性の懇願するような哀しい声が耳に届く。その声は、恐怖からなのか、悔しさからなのか、震えている。

分かっている、自分が行った所で何か出来るわけではない。無駄に殺されるだけだと言う事は―。


(それでも…構わなかった…)


動かぬ身体で前を見つめる。もはや、目を反らす事すら許されないのだ。


少年の身体がピクピクと動く。女性の肩が上下する。


「クッ、クッ、クッ…」


洩れ聞こえる押し殺した声。どうやら、笑っているようだ。少年の体を玩具のように弄んでいるのは、誰が見ても明白。

抉るように刃をグリグリ捻ると少年の体が、二、三度激しく痙攣し…そして……止まる。


少年の息は事切れた-


「なんだ、もう死んだのか…」


女性が、つまらなそうにボソリと呟いた。


(そん…な…)


大きく目を見開き、少女は動かない身体を必死で動かそうともがくが、石にでもなったように動かない。

ローブの女性と金髪の青年も耐えるように、爪の痕がつくほどにギリギリと手を強く握り締め、奥歯を噛み締める。

少女がいなかったら、間違いなく命を投げうって、その場に飛び出していただろう。


女性が再び右手に力を込める。今度は刺すのではない。それを引き抜く為に…

真っ赤な血が少年の衣服を染める。見る見る間に床に赤い水溜まりを作り上げ、血の匂いが辺りに広がる。

女性の右手には血に染まった真っ赤な短剣が収まっていた。

赤い血の滴が柄から刃先に流れ、床にポタポタと赤い滴を落としていた。


「その血を持って、わらわの身を浄めよ」


そう言い捨てると、血の着いた刃先を真っ赤な舌でペロリと舐める。その姿は禍々しくも、生々しくもあった。


恐怖で震えながらも、少女はただ成り行きを見守る事しか出来ない。

黒い煙のようなものが漂い、女性の頬の傷を取り囲む。しだいにその煙が薄れ、それがたち消えた時、頬の傷も綺麗に消えていた。

瘴気だ。


(闇の…魔女…!!)


少女達は瞬時に悟る。その女性の正体を…


「伝説の剣さえ見付けださなければこんな目に合わなくて済んだのにねぇ、偽者の勇者様」


そう言い捨てると左手に持つ杖を振るう。


少年の傍らに転がっている鞘に入ったままの剣がパキリと渇いた音をたてる。

それは、紛れもなく苦労して探しだした伝説の剣。木の棒が折れるごとく、簡単に鞘ごと真っ二つになる。

「なっ…」


思わず金髪の青年が小さな声を洩らした。魔女を倒せると称した伝説の剣が一秒も掛からずに魔女に壊される。


「バカな王族どもだ。伝説の剣など手にいれなければ、滅びる事など無かったのに…空色の髪と青い瞳は気に入っておったのに残念じゃ。だがしかし、これで勇者となれる王族も伝説の剣もなくなった。もはや、わらわを脅かすものは何もなくなったのだ。さて、後の掃除は阿奴らに任せて、わらわは先に帰るとしよう。ここは、血生臭くてかなわん」


そう呟くと同時に魔女の姿は、その場所から一瞬にして掻き消えた。後には、空色の髪の少年と折れた剣が一本、そして魔女が放り投げた血塗れの短剣が床に転がっているだけだった。




「お兄様っ!!」


弾かれたように少女は、少年の元へ真っ白なドレスの裾が真紅に染まるのも気にせず走り寄る。魔女が消えた事でローブの女性が魔法を解いたのだ。

少年の背中より溢れ出る血。それを躊躇する事なく、少女は白い手で抑え、出血を止めようとする。


「早く…早く、ナターシャ。治癒魔法で…」

「…っ……」


ナターシャと呼ばれたローブの女性はうなだれ、無言で首をゆっくり横に振った。


少女は、髪を振り乱し半狂乱で悲痛な叫びをあげる。

「イヤよ。お願いだから、ナターシャ、お兄様を助けて―」


少年の息はとっくに事切れていた。誰が見てもそれは明らか。死んだ人間を生き返す魔法は、この世には存在しないのだ。


「イヤよ、イヤよ、イヤよ…」


少女の青い瞳から、涙が溢れ、連呼する声は次第に小さくなっていく。気丈な少女が泣いているのだ。

金髪の青年は、少女の横に屈み背中の傷口を抑える手に触れ、そっと引き離す。


「レイド…」

「オリビア姫様、ファズ王子をもう楽にさせてあげて下さい」


青年は心痛な面持ちで、小さな声で囁いた。そして、ファズをそっと仰向けに動かす。苦痛に歪んだファズの顔が顕になる。


その顔は、驚く事に側に寄り添いむせび泣くオリビアとソックリ同じ顔をしていた。

そう、二人は双子だったのだ。


レイドがそっとファズの顔を優しく撫で、王子の苦悶の表情を消し去る。それが今の彼がしてあげる事が出来る唯一の事だったのだ。

ポタリと何かが落ち、床が濡れる。青年は初めてそこで自分が泣いている事に気がついた。頬を伝う涙の雫。ファズとレイドを黙って見つめていたナターシャが溜まらず嗚咽を洩らす。


「…んック…」


その声にむせび泣くオリビアは気付き顔を上げ、嗚咽するナターシャとレイドの頬を伝う涙を見て息を呑む。


(どうして、こんな事に…)


カタリと左手の人差し指に何か硬いものが当たり、反射的にその物を確かめる。

鞘に入ったままの折れた剣…伝説の剣。


(これのせいで…)


カーッと頭に血が上る。

勇者にしか扱う事が出来ない剣、そしてその勇者は王族にのみ生まれる。しかし、父も兄もその剣を鞘から抜くことさえ出来なかったのだ。


「こんな…こんな……役立たずの剣のせいで…」


ワナワナと唇を震わし擦れる声で叫び、折れた剣を左手で掴み大きく振りかぶった。


その瞬間辺りにまぶしいほどの輝きが散りばめられ三人は思わず瞳を閉じた。



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