異世界でまず困ること
今回も勢いだけです。
見切り発車感ビンビンです。
長閑な日常は朝日と共に始まりを告げる。まだひんやりとした風が頬を撫でる時間ではあるが、既に外を歩き始める人もちらほらと見かける。
そんな人も疎らな早朝において汗を額に滲ませながら走る青年が居た。その青年は、ジャージを着て姿勢よく走っている。
「おぉ、おはよう。今日も朝から精が出るねぇ」
スウェット姿で新聞受けから新聞を取り出した40過ぎ程の男性が、走る青年に気が付いて人の良さそうな笑顔を浮かべながら青年に声をかける。
「おはようございます! この時間が一番気持ちが良いですから」
声をかけられた青年は威勢よく挨拶をし、そのまま足を止めずに走り続けた。
世間はようやく起き始めたかのように少しずつ活気を取り戻し始めたごく普通の一日の始まりであった。
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青年が自宅前に辿り着いたのはあれから三十分後である。青年の早朝ランニングは日課となっており、その時間は朝も早くからたっぷりと一時間以上も確保されていた。時間が長いと言うことは必然的に走る距離もそれ相応に伸びることになる。
日課として続いているランニングのペースは最初は速度も遅く、あまり距離も走っていなかった。もちろん時間も今ほど長かった訳ではない。しかし、長く続けてきた結果として現在では時間もさることながら走る速度がかなり速くなっている。走行距離においては一般の人では考えられない状態になっている。
ランニング後の簡単なストレッチを済ませた青年は家に入ると、学校へ向かう準備に取り掛かろうとした。
そんな時、居間から声が響く。
「あら、帰ったの? 朝ご飯の準備もうできるけど食べるの?」
「マジで? そんなら食べる」
声をかけたのは母であり、内容は朝食を食べるかの確認だった。それに対して、青年は少し驚いてから食べることを伝えていた。
青年が驚いたのには少しだけ訳があった。彼の母親はとんでもないレベルの放任主義だった。むしろ放任主義で終わればそれがよかったのにと思えるレベルである。
彼の母は働いていることもあって夜の帰宅は遅い。その為、朝も起きるのが比較的遅くなっていた。それが理由なのかは分からないが、彼の母は家事全般を早期の段階で青年に叩きこんだ。
結果として一通りこなせるようになってからは家事のほとんどを青年が行っており、必然的に朝食はランニング後の青年が作ることが多かった。
その代わりとしてか、青年の母親の超がつく程の放任主義っぷりは自己判断の尊重を怠らない。青年が何かやりたい時にはやりたいならやればいいじゃないと言わんばかりの勢いで快諾する。放任主義とは言え親は親らしく、金銭的なバックアップはしてくれるので青年は現状を気に入っていなくもない。家事を少しくらいやってくれたって良いじゃないかと思わせる所が放任主義の域を抜くので、そこは如何ともし難い所ではあるのだが。
一方では基本的に自分の行動の責任は自分で取れと言われているが、そこは当たり前のことだと思っているので問題はなかった。
「いただきま~す」
学校へ向かう準備が整った青年は食事を始めた。メニューはごく普通に白米、味噌汁、焼き魚である。しかし、その感想は絶品の一言に尽きる。基本的に手を加えないメニューな上に食材は一般的な物のはずなのに、青年が作る料理とは何段階も違うように思える。食材は最高級の物を隠しているのではないかと疑うほどに。
実の所、青年の母は放任主義+αで家事を滅多にしなくなっただけで家事におけるスペックは最高峰レベルである。見た目も四十半ばにしては若々しく、20代の男からナンパされることもあるらしい。青年曰く彼の母は『現実において現実乖離をしたような存在で僕の中の七不思議にも相当する』とのことだ。
「ごっそさんです」
「お粗末さま」
青年の母が廊下をパタパタと歩きながらそう答えた。母は一足先に食べ終わり、食器を下げるとそそくさと出勤の支度を整えていたらしく玄関に向かっていた。青年が朝食を摂り終わる頃には時計の針が八時を示していた。
「じゃ、後はヨロシク~♪ いってきま~す」
「いってらっしゃい」
青年が食器を下げるのとほぼ同時に母は出勤した。
「今日の講義は二時限目からだからもうちょいゆっくりできるな」
青年は時間に余裕があるのを確認すると食器を洗い始めた。食器の片付けは量が多くない為、すぐに終わった。それから三十分程休んでから青年は家を出た。
「あ、龍くん。ちょうどよかった。」
青年は家を出た瞬間に聞こえた声に反応した。
「ん? あぁ、葵か。何か用でもあったか?」
「ううん、今日は龍くんも二時限目からだと思ったから一緒に行こうと思っただけ」
青年を龍くんと呼んだその声の持ち主、葵は呼び鈴を鳴らす直前で停止していたが、青年は特に反応することもなく受け答えをしていた。
葵は青年の幼馴染であり、小学校や中学校では同じクラスだった。高校では別な学校に行っていたが、大学で再度同じ学校に通うことになった仲である。
葵は青年を“龍くん”と呼んでいるが、青年の本名は“龍矢”である。
葵が龍矢のことを“龍くん”と呼ぶようになった原因は、龍矢の母にあった。あろうことか龍矢の母は、息子の幼い友達に向かって息子のことを「りゅうくんと呼んであげて」とのたまったのである。後になってその理由を聞いた時にはただ「その方がおもしろそうだったから」と返って来た。それを聞いた龍矢が思い切りツッコミを入れたのは言うまでもない。
龍矢と葵の家は比較的近く、歩いて5分程の距離だった。
「ん?」
「なに? どうしたの?」
唐突に声を上げた龍矢に葵が首を傾げている。その姿は妙に葵に似合っていた。
葵は龍矢より頭半分ほど身長が低い一五八センチ程であり、女性の身長の平均そのものだ。一方で目は大きくぱっちりとしており、非常に良く整っている。美人よりも可愛い系に近いだろう。プロポーションも悪くなく、出ているところは出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる。外見は非の打ち所がない“誰もが羨む幼馴染像”を地で行く。
そんな葵が小首を傾げればほとんどの男がコロリと負けるだろう。しかし、そんな葵と付き合いが長い龍矢は慌てることなく返事をしていた。
「いや、どっからか“隣じゃないのかよ”ってツッコミが聞こえた気がしてね……気のせいだよ」
「たしかにそれは気のせいだね。私にはそんな声聞こえてないもん」
「うん。まぁそれが現実ってもんだよな……どんだけの確率だよ」
龍矢は葵の言葉に内心で色んな意味を精一杯無意味に込めながら返した。
龍矢と葵の家から最寄りの駅までは歩いて十五分程である。そこから電車で一時間ほど移動し、さらに歩いて三十分程の所に学校がある。
駅から学校までは一本道であり、その光景は見慣れたものである。途中に五メートル程の小さなトンネルとも言えないようなトンネルがあり、そこを潜ろうとした時にそれは起こった。
頭が白い靄に包まれたかのような感覚を覚えたのである。
一瞬だけ発生した眩暈のような感覚に龍矢は頭を押さえたが、すぐに戻ったのでそのまま学校へ向かおうとした。
しかし、目の前に広がる光景は見たこともない光景だった。
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「あれ……龍くん?」
葵は戸惑った。
トンネルを潜ろうとした瞬間に風が一瞬で過ぎ去った。風の強さは強烈で、砂を巻き上げているように見えた。その為、葵は無意識に目を閉じることでゴミが目に入るのを防いだのだった。
風が過ぎ去ったのを肌で感じ取り、目を開けると龍矢が姿を消していた。
強い風に気が付いて物陰に隠れたのだろうか。そう考えて葵は辺りを見回した。
しかし、五メートルほどしかないとは言えトンネルである。隠れられる場所など見当たらない。そもそも龍矢は葵を置いて一人で逃げるような最低男ではない。
もしかすると龍矢は葵が風で目を閉じている間に立ち止まってしまったことに気づかずに先に行ってしまったのかもしれない。そう考えたが、学校までは一本道なのでここから見えない訳がない。
では、何故龍矢が見当たらないのだろう。マジックを覚えてそれを試したのだろうか。そんな馬鹿なこともありえない。
説明がつかない現状に葵は戸惑うばかりだった。
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龍矢は目の当たりにした知らない光景に対して、しばらく無意味なことを考えていた。その結果として龍矢から一つの言葉が零れ落ちた。
「ここは一体どこなんだ?」
辺りを何度見回しても知っている風景なんてものは存在しなかった。それを再度認識したことで怖くて仕方がないという感情が浮き上がってきた。龍矢は自分が一体何をしたのだろうかと必死に頭を働かせた。が、現実乖離も甚だしい現象に思考は同じことを繰り返すだけだ。
ただ一つ言えることは、何度も同じことをぐるぐると考えたおかげでかなり冷静になれた。そこで、龍矢はボケっとしてても仕方がないと思い直した。
とりあえず人を探してみようと考えた龍矢は少し離れたところに見える建物と思われる場所に向けて歩きだした。
見えていた建造物は想定よりも遥かに大きかったらしく、辿り着くのに一時間を要した。その結果分かったことは、建造物が防壁のようなものであるということだった。
見た感じだとこの壁は円に近い形をしているようなので、龍矢は壁沿いに歩いて行くことに決めた。
それから三十分程歩いたところで入口らしき場所が見えた。そこでは荷車等が出入りしているように見える。
その様子から、時代的には少なくとも龍矢が暮らしていた時代よりも前の時代にあたるのだろう。
「時間移動……? いや、現実にそんなもんは発生しないはずだ」
龍矢は思わず言葉を漏らしていた。
間もなくして龍矢は壁の入口と思しき場所に到着した。そこには剣と思しき物を佩いた外人風の男が何人も立っていた。
その中の一人が龍矢に気が付いて話しかけてきた。
「YuJTyFQqLkQq.NQBSKUEWeHCRtQqU?」
龍矢には全く意味が言っている意味がわからない。そもそも発音すら聞き取れなかった。
これはどうしようもない。龍矢がそう思った時に話しかけてきた男が剣を抜いて突き付けてきた。
「あっ! いやっ! まってくれ!!」
龍矢は思わず制止を表す身ぶり手ぶりを使って伝わらないであろう日本語を紡ぎだした。その瞬間、その場で一番体の大きな男が剣を抜いている男を制止した。
「JW! BSFfTtPoTOUEKT. MDTDQOEPTEKMKTMDLkYU.」
龍矢には相変わらず何を言っているのかがわからなかったが、どうやら斬られることはないようでほっとしていた。
すると、体の大きな男は龍矢の目の前に来ると仁王立ちした。
龍矢は何をされるのかと不安になって一歩後ずさると、後ろには別な男が周り込んでいた。どうやら逃がしてはもらえないらしい。
そうこうしているうちに、龍矢の目の前に仁王立ちした男は何やらブツブツとつぶやいている。
次の瞬間、男の足元が光った。その光は何やら紋章を思わせる模様を描いており、その光景に龍矢は驚いていた。すると、男の足元にあった光の模様は龍矢の足元に移動し、体の真下に来ると光の柱を作りだした。
龍矢は思考が追いつかない中光に包まれ、眩しくて目を細めていた。光の柱に包まれている時間は思いのほか短く、次第に光の柱は足元の光の模様と共に収束するように消えていった。
「これでこちらの言葉は分かるようになったか?」
龍矢の目の前に仁王立ちしている男が豪快な笑みでこちらに疑問を投げかけてきた。
「え? あ……はい」
「ふむ。私はここ、サンズバルスで門番長を務めるクロード・レイ・ブルムだ。クロードと呼んでくれればいい。君の名前を教えてもらえるかな?」
龍矢は間抜けな返事を返してしまったが、クロードと名乗った門番長は気にした様子もなく龍矢の名前を聞いてきた。
龍矢は思ったよりも優しい感じの男に少しだけ警戒心を少しだけ緩めた。
「僕の名前は秋乃瀬です。秋乃瀬龍矢。龍矢と呼んでくださればと思います。あの……ここは一体……」
「そうか、タツヤ。少し長くなるかもしれんがよろしいかな?」
龍矢はクロードにそう言われ、自分の状況がわかるのならばと同意した。
それから一時間程、龍矢はクロードの説明を受けた。
結果として龍矢はクロードの話を概ね理解したが、到底信じられる物ではなかった。しかし、現実には証拠とも言える現象を目の前で見ている。
クロード曰くこの世界は《グランツバンク》と言われる世界であり、龍矢が住んでいた世界とは別な世界であるらしい。大きな違いは分かりやすい所で《魔法》の存在だろう。
龍矢を包み込んだ光の柱の正体も魔法であり、クロードは言語翻訳術式を用いて龍矢を言語通訳を役割とする精霊と契約させたらしい。この術式は門番長には必須の術式だということもおまけで教えてくれた。
とりあえず言えることはすぐに元の世界へ返ることはできないらしく、しばらくは《グランツバンク》の世界で暮らすことになるらしい。その他の違いに関しては暮らしている内に実感するだろうとのことだった。
龍矢は心のどこかでこれは現実ではないと考えていた。しかし、それを証明することもできないことを思うと深く考える意味はないようである。
そして、これが現実であるならばやはりフィクションはフィクションなのだとどうでも良いことを実体験した中から考え始めた。
「異世界において無条件で言語が通じるなんて現実にはないってことか」
と……言う訳で意味もなく勢いだけで始めた小説の実質的な第1話です。
なんかさっそく主人公の人間性がズレてる気がしなくもないですが……勢いだけなので仕方がないですよね。(マテ
ちなみに第3部の内容はプロットをまだ作っていないです。行き当たりばったり見切り発車GO♪GO♪状態ですから。(オイ
小説においてのタブーとかキャラ変わりも下手するとガンガン発生します。できるだけしないように気をつけたいとは思いますが。
と言う訳で次回も不定期でいつ更新するかわかりません。
気に入ってくださった方は気長にお待ちいただければと思います。
もし矢の催促でもあれば優先度上げるかもしれないですけどw(ぇ




