06 暗闇に灯るは青い光 01
結論からいえば、西條という女官は大変、仕事のできる女性だった。なんというか、サービス業もここまで極めたら名人芸、的な。
過剰な干渉はしないけれど、多々良が相手をしてほしいときは、きちんと相手をしてくれるし、多々良が要望を口に出す前に、察して動いてくれる。おそらく数多くいる女官のなかでもトップレベルに仕事ができるのだろう。そうであるがゆえに、多々良についているのだともいえる。
多々良が蜀にきて、二週間ほどが過ぎていた。その間に多々良がしたことといえば、とりあえず文字を覚え、そうして書物を紐解くことと、蜀を取り巻く世界情勢を西條に教えてもらうことくらい。
幸い、文字は多少の違いはあるものの、漢文の書き下し文といった感じで、いくつか日本では使われていないような独自の漢字を覚えなければならなかったけれど、それほど難しいものではなく、今では割とすんなり文字を読めるようになっていた。
世界情勢としては、どうもタリアがきな臭い、とのことだった。
タリアも蜀も王政というところは同じだが、蜀は科挙と似たような試験である国試に合格し、様々な経験を経たうえで任命される人々や、各地方の代表者からなる議会があるのに対し、タリアは権力集中型であるらしく、議会らしいものはあるものの、単なる諮問機関でしかなく、実質的な権限はすべて王が担っているらしい。
絶対王政なのが悪い、というわけではないが、なにやら第一王女である姫が騎士を手を組んで王権を狙っているとかなんとかで国内は荒れているらしい。タリアでは直系男子のみが王となれるので、姫ではどんなに血筋がよかろうとも王にはなれないんだとか。多々良からしてみれば、自ら王になりたいなんて気違いじみているか、よっぽどの苦労人気質なのかのどっちかだが、権力というものが魅力的に映る人種もいるらしい。ご苦労様なことだ。
と、まあそんなことをつらつらと西條はわかりやすく教えてくれた。本当はほかにも国があったりするのだが、そっちは今のとこ、蜀といい関係を保っている国ばかりなので問題ないらしい。産業やなんかとあわせて、これから教えてくれるとのことだった。
それよりも、だ。
なぜ、王は多々良というなんだか戦争の火種になりそうな存在を自国に招くことに歓迎したのか、という多々良の質問に対して、西條は困ったように笑いながら教えてくれた。
「私もすべてを把握しているわけではないことをご了承ください。多々良様は夢見と呼ばれる者たちをご存知でしょうか。彼らは加護持ちのなかでもとても希少だとされており、また、その能力から国にとっては有用なことから重宝されます。国が手厚く保護をするようになった結果、夢見が生まれた際に誘拐するなどの事件が頻発したことがございまして、以後、生まれた夢見はすべて国の管理下に置かれることが決まりました」
夢見は生まれてすぐに王都にある大神殿に引き取られるらしい。夢見は予知能力がある加護持ちのことだが、彼らは新たな夢見が生まれることも共振によって確実にわかるのだとか。
そこで、夢見が生まれる前に、大神殿へと知らせがもたらされ、その知らせをもとに生まれてくる夢見がいる地区を管轄する神殿へと通達がなされる。それらはすべて内密に行われるため、夢見が新たに生まれたことを闇組織などに知られず、遠見の赤子は王都の大神殿へと連れていかれる。そうしてそこで一生を過ごすのだという。
「夢見の方の安全等考えれば、大神殿で一生を過ごすというのは妥当なのです。しかし、夢見に生まれてしまったがために、そのように一生を定められてしまう夢見はあまりに不憫であるということで、彼らには王に対し、たった一度だけ、よっぽどのことのない限り、願いを聞き届けてもらえる特権を有します。それは誓願という形でなされ、王がその願いを聞き入れたのであれば、かならず叶えなければならないのです」
「そうしてある夢見がわたしの身の保障を願った、と?」
「ええ。夢見の一生をかけた誓願ですから、王がそれを突っぱねることはよっぽどのことがない限り許されません。しかも、今回、多々良様の身の保障を願われたのは、王の妹御であられます朱佳様と伺っております。したがって、多々良様はご自身の御身を心配なさる必要などありません」
「二週間ほど経つが、あれはどうだ?」
「淡々と過ごしていらっしゃいます。我儘を言われるようなこともなく、むしろこちらへの気遣いを忘れない方ですわ」
「ふむ。取り乱すことなどもない、と?」
「ええ。感情の揺れ動きはそれほど大きくはないようです。無表情でいらっしゃることが多いですけれども、無理してそのような顔をしていらっしゃるのではないようです。しかし、言葉が足りないということはなく、要望はきちんとお伝えくださいますし、それに対し感謝の言葉も下さいます。物事を飲み込むのも早いので、おそらくきちんと学習を積んだ方なのでしょう」
「どんな要望が多い?」
「そうですわね、書物に関する要望が多いように思われます。なにかしら得たい情報があるけれども、その情報を得るためにはどういった本を読むべきかわからない、というとこでしょうね」
「わかった。引き続きよろしく頼む」
英彩の言葉に西條は優雅な礼を一つして静かに執務室から出て行った。
人払いをした執務室には英彩以外には誰もいない。異世界からの訪れ人の存在は、いずれ明らかになることがくるだろうが、しばらく知られてはならない事実だった。特に、タリアが何を考えているかわからない間は。
蜀は大国である。それは面積だけに限った話ではなく、経済面や軍事面でも他国へ及ぼす影響は大きい。しかしそれゆえに問題もまた山積みなのである。頭をかかえるしかない。
それに。
大神殿にいる夢見たちは未だ目を覚ましていないと聞く。多々良がこちらの世界に召喚され、タリアから蜀に飛ばされたときからすべての夢見が眠りについた。それは王妹である朱佳も例外ではない。
そもそも、今回は例外尽くしであった。
タリアが異世界人を召喚した、とわかってすぐ、大神殿から速報が入り、朱佳が誓願を申し出ていると伝えられた。それとともに時間がないことも伝えられ、すぐさま王が大神殿に向かい、朱佳と対面を果たしている。
そこで二人が何を話したか、具体的なことを英彩は知らない。王が話したがらないからだ。ただし、誓願の内容だけは、内容が内容なだけに英彩にも伝えられた。
王も何を考えているのやら。
英彩にすれば、魏志が何を憂えているのかおおよそ予想がついている。おそらくは、自分の妹である朱佳が多々良の身の保障を誓願として願い出たのが気に食わないのだろう。多々良が気に食わないとかそういうことではなく、誓願は夢見だけが持つ国に対する切り札だ。それを自分のためにではなく、会ったこともないような他人のために使ったのが気に食わないだけなのだ。なんというか、呆れてしまう。
誓願の内容以外、しゃべりたがらないのも、同じような理由に基づくのだろう。王たる魏志にとって面白くない話だったに違いない。
しかしどうにかこうにか聞き出せたところによると、王との対面途中で朱里をはじめとする夢見たちは一斉に眠りについたという。
夢見が眠りにつくのはおかしなことではない。彼らは夢のなかで未来を見通す力を持つから。しかし、全員が同じ夢を見るということはなく、一斉に眠りにつくというのも今までになかった話だった。
それよりも気になるのは、多々良のことだった。
普通、見知らぬ世界に飛ばされたとなれば、それほど冷静に過ごすことができるのだろうか。多々良は見たところ、16、7歳ではなかろうか。まるっきり子ども、という年齢ではないが、大人と見るには多少無理がある年頃だ。そんな人間がなぜ泣きわめいたりせず、淡々と毎日を過ごせるのかが英彩にはわからない。
問題だらけで頭が痛くなることだ、と英彩はため息を吐いた。