04 王宮へ
あんまり話が進んでないような気が・・・。
「王宮への行き方ですが」
と、どことなくフェイは申し訳なさそうに切り出した。
「馬車に乗って行きます。ただし、護衛がつきますが」
フェイの沈んだ声音から、なんだかとんでもないことでも言われるのかと思いきや、そうではなかったことに多々良は安堵した。
「よっ」
フェイがまだ何か言おうとして、口を開く前に、男がドアを開けて入ってきた。
「あ、君が異世界からやってきたっていう女の子?おれはねぇ、雲海。おじょうちゃんを無事に王宮まで連れてくのが仕事。よろしくね!」
最後にばちりとウィンクまでされてしまった多々良は茫然とするしかない。フェイはあちゃーとでも言いたげに、片手で顔を覆っていた。
「雲海、あなたいつも言ってるでしょう。もうちょっと場をわきまえて発言しなさいと。あなたの脳みそはぽんこつなんですか?ええ?」
顔は笑っているけれど、目の奥は笑っていないフェイがぐりぐりとげんこつで雲海の頭をしめている。あれって結構痛いよねー、とぼんやり様子を見つつ、さりげなく多々良はあたりを見渡した。
先ほどまで、自分では思ってた以上に冷静ではなかったらしい。今の今まで、自分がいる場所ですら把握していなかったのだから。
今、多々良たちがいるのはログハウスのようなところだった。簡易キッチンのようなものもあるらしい。フェイが出してくれた料理はきっとそこで作られたのだろう。
多々良が寝ていたのは別の部屋だから、いくつか部屋数はあるらしい。寝ていたときの布団はお日様の匂いがしていたように思うので、もしかしたら、隠れ家の一つとかで利用頻度もそこそこあるところなのかもしれなかった。
多々良がぼんやりしているうちに、フェイのお説教は終わったらしい。
すみません、と謝られてしまったのだが、謝られても多々良はどうしようもない。
「で、雲海。もう王宮へ行くことは可能ですか?」
「おうよー。なるべく早く到着して欲しいってことだったぜ」
「あちらでは誰が?」
「西條か、香林が付くんじゃないかな」
「わかりました。多々良、体の調子はいかがですか?悪くなければ早速出発したいと思いますが」
多々良に向けられた言葉に、彼女はこくりと頷くにとどめた。何がどうなっているのかあまりよくわかっていなかったのと、雲海という男のテンションについていけてなかった、というのもある。
とにかくそんなこんなで、三人は王宮へと出発したのだった。
王宮へ行くために用意されていた馬車は真っ黒でこぢんまりしたものではあったけれど、お金はかかってそうだなあ、と多々良は心の中で呟いた。
黒一色のようだが、よく見ると細かい彫刻や透かし彫りが施されており、実に手の込んだものであることがわかる。乗り心地も馬車というからあまり期待していなかったのだが、ふかふかで乗り心地もそう悪くない。
馬車のなかにいるのは、フェイと多々良だけだった。雲海は御者兼護衛なのだという。なんでも、王宮へ向かうための道は訓練を積んだ者にしかわからないらしい。多々良からすればなんともファンタジーな話だ。要は、磁石などが使えないというようなものらしいので、富士の樹海なんかがイメージとしては近いのかもしれない。
「疲れたら遠慮なく言ってくださいね。休憩を取ることは残念ながらできませんが、疲れをとるくらいならできますので」
「えと、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらの都合でいろいろ振り回すことになっているのですからむしろ当然です」
多々良が覚えているのは、そこまで。
緊張続きで身体は疲れていたらしい。
馬車に乗ってすぐ、多々良がうとろうとろしていたのには気づいていた。
彼女がいくつなのか正確にはわからないが、それほど歳は食っていないだろう。どことなく安穏とした生活を享受してきた雰囲気がある。ただ、彼女はあまりにも冷静だった。身体にどこか悪いところがあるわけではないから、きっと緊張の連続で疲れてしまっただけだろう。雲海がいるから最短距離で王宮へ向かうことができるとはいえ、それほど近いものではない。到着はおそらく夜中になるはずだ。それを思えば、多々良には今のうちに眠っていて少しでも体力を回復してもらっておいた方が、フェイとしては有難い。王宮はいろいろと厄介な場所でもあるから。
祝福を受けし者、か。
と、小さくつぶやく。
フェイは、加護もちだ。それも医術系の。医術系の加護持ちは数が少ない。どちらかというと、運動能力が優れているようなのが加護持ちのなかで大多数を占める。蜀の軍人になるには、加護持ちでなければならないという掟があるのも、そういった掟があっても軍人が不足しないからだ。ただし、雲海はまた別だけど。
フェイは王の姿を想った。
「起きてください」
どこからかやさしい声が聞こえる。まだ眠っていたい気持ちと起きなきゃという気持ちが半々。そのうち肩をぽんぽん、と叩かれるのがわかって、はっとした。ここが異世界だ、ということに。
「おはようごさいます。すみません、寝てしまいました」
多々良としてははっきり言いたかったのだけど、寝起きのせいでどことなくもごもごした言い方になってしまった。しかし、フェイはそれを気にするでもなく、にっこりと笑ってお茶を差し出してくれた。
「もうすぐ王宮につきます。多々良が疲れていらっしゃるのはわかるのですが、ほんの少しだけ、王と対面していただけませんか?夜中ですので人もそう多くありませんし、じろじろ見られたりということはないと思います。お疲れのところ、本当に申し訳ないのですが」
多々良が飲み干したお茶の入れ物を受け取りながら、フェイは申し訳なさそうにそう言った。馬車のなかは薄暗く、フェイの表情を多々良が読み取ることはできなかったが、フェイが多々良を気遣っていてくれるのは十分にわかったので、とんでもない、と返した。
「それより、あんまり時間はないかもしれませんが、王様について教えてもらえませんか?あと、やっちゃいけないこととかってあります?私はそういうのあんまりよくわからないので」
「いくつかの礼儀作法についてはおいおい覚えていただかなければならないこともありますが、今回は完全に非公式の面会なので面倒なことは考えなくても大丈夫です。それに王自身、気になさるような方でもありませんし。多々良とは案外歳が近いかもしれませんね。王は御年25歳で名前を円魏志様とおっしゃいます。それなりに賢君なのではないでしょうか。たまにびっくりすることをしでかすこともありますが。あとは、ご自身で判断なされるとよろしいですよ。つきましたし」
馬車が停まり、ドアが開いた。手を差し出しているのは雲海だ。
「さぁて、お嬢ちゃん、ここからは俺が案内するぜ。安心してくれな」
ありがたく雲海の差し出してくれた手につかまり、馬車から降りた。フェイも一緒に来るのだろうと思っていたら、フェイは首を横に振っていた。
「わたしはここでお別れです。後日お会いできるのを楽しみにしております。雲海はがさつなところもありますが、いざというときにはそれなりに役に立つと思いますので」
「そうそう。俺はりきっちゃうもんねー。フェイがいなくてもどーんと安心しといてよ」
雲海はばちり、とウィンクをして見せた。どうでもいいけどマッチョな雲海がウィンクするとどことなくニューハーフのお姉さんに見えるから不思議だ。
本当はフェイと別れるのは若干、不安だったのだけれど、フェイにもいろいろあるのだろうということで、多々良はありがとう、とだけ伝えると雲海とともに王宮へと足を運ぶことにした。
次回、王様とのご対面。