表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたに、キスを  作者: 渡辺律
序章 die Quelle
3/8

03 祝福を受けし者

お待たせしましたー。

ようやく三話目。のろのろと進みます。

「王宮、ねぇ」


 フェイの言葉に、多々良は少し考え込んだ。行きたいか、行きたくないか、と聞かれれば、本音としては行きたくない。しかし、おそらく、「行かない」という選択肢はそもそもないのだろう。


「その前に、いくつか聞きたいことがあるのですが、お聞きしても?」


 多々良の言葉に、かすかに目を見張ってから、フェイはもちろん、と答えた。


「では、お言葉に甘えて。まず、一つ目なんですが、なぜ私が異世界人だと?」


 ほんの一瞬、フェイが驚いた顔をした。しかし、すぐに柔和な笑顔になる。

 たぶん、お互いがお互いに油断ならないと感じたのはこのときが初めてだろう。それまで多々良はとりあえず空腹を満たすことに専念していたし、フェイはフェイで、問題の異世界人にあっさり会えた上、原状にあまり疑問を持っていなさそうな多々良を見て、任務の遂行は楽勝だろうなと考えていたためだ。


 フェイの顔を見て、どうやら最初に会ったお姫様と同じくらい、この人は厄介な感じがする、と多々良は内心で己の不運を一心不乱に嘆いていた。

 もともと、面倒くさがりやなところのある多々良だ。異世界トリップは本のなかの話だからこそ、面白いのであって、自分がトリップするかどうか選択できるなら、絶対にしない。留学ですら面倒だ。何が楽しくてわざわざ住み慣れた日本から出なければならないのか。料理だっておいしいし、治安だっていい。生きていく上でなんら問題のない国にいて、それを捨てようとするのは何もわかっていない馬鹿か、困難に挑むのが好き、という奇特な人物だけ。幸せはすぐそばにあるのだ。


「星詠みに聞いていましたから。特徴だとか、会うタイミングだとか。あとは、共振したから、かな」

「共振?」

「ええ。わたしたち加護持ちの人間は、他の加護持ちがわかるんです。反応する、というのかな。それを共振と呼んでいます」


 フェイは、そこでいったん言葉を切ってから、お茶を口に含んだ。


「ただ、共振というのも加護持ちかどうかがわかるだけで、何の加護を持っているかまではわかりません。わたしたちにわかるのは相手が加護持ちかどうか、ということだけ。そして、先ほど、特殊な加護持ちの説明をしましたよね?」


 多々良はその言葉にこくりと頷く。星詠みと遠耳、遠目のことだろう。


「それとは別にもっと特殊な存在がいます。それが祝福を受けし者、と呼ばれる人々です」

「祝福を受けし者?」

「ええ。加護持ちは必ず一つの加護しか持ちません。これは絶対です。これに対し、複数の加護を持っている人間を祝福を受けし者、と呼びます。そして、この祝福を受けし者とは必ず異世界から来た者です。

 我が国における異世界人の記録はおよそ五百年前のものが最新です。もともと異世界人は数が少ないうえ、祝福を受けし者ですから、どこの国もが欲しがるためです。そのため、祝福を受けし者を手に入れようとする国同士で戦争になったこともありました。それが二百年前のことと伝えられています」


 フェイの脳裏に禁書を読んだ日のことが思い浮かぶ。

 あの日、フェイは蜀人として生きることを決めたのだった。薄暗くて埃っぽいあの書庫のなかで。


 しかし、今はそんな感傷にひたっている場合ではないとすぐさま次の言葉を口にする。多々良が微動だにしないのはなぜだか今のところわからない。彼女はよくも悪くもこの世界については無知なのである。この世界について知らないまま、保護できたのは幸いだった。祝福を受けし者は諸刃の剣でもあるから。


「その後、異世界人を巡って国同士が争うことは禁止されました。というよりも、できないことを知った、という方が正しいでしょうか。わたしたちは祝福を受けし者の能力についてはほぼわかりません。と、いうのも、祝福を受けし者についての記述はどこの国においてもほぼないからです。しかし、二百年前に起こった戦争、これは大陸戦争と俗に呼ばれていますが、このとき、戦争の渦中に立たされた異世界人は自己の身柄が国によって良いように扱われることに絶望し、あとちょっとで世界を滅亡に及ぼすほどの力を行使したそうです。それ以来、祝福を受けし者たる異世界人の身柄を争うことは、この世界の滅亡を引き起こすとして忌まれています。なので、現在ではよっぽどのことがないかぎり、そのようなことはありません」


 にこり、とフェイが笑う。

 ついつい、その笑顔につられてこちらもにこり、と笑いたくなるが、それをぐっと我慢して多々良は質問をした。


「でも私が、王宮に行くと紛争の火種になるってことはないの?表面上は異世界人の身柄を争わなくなったとしても、裏でわからないように身柄を確保しようとすることはできるわけでしょう?しかも私はすでにタリア王国の人間にその存在を知られているわよ?」


 ある意味、危険人物ともなりそうな人間を王宮にほいほい連れて行っていいのか、と言外に問うと、フェイは多々良の疑問に軽く頷いてみせ、だからですよ、と言った。


「あなたの存在はすでにタリアに知られています。ですが、公表はされていない。先ほど、共振の話をしましたよね?共振は加護の力が強ければ強いほど、より感じられます。祝福を受けし者に至っては、わかる人間であればすぐにわかります。残念ながら共振の強さも加護の強さなどと関係があるようで、わたしにははっきり祝福を受けし者かどうかはわからないのですが。

 話をもとに戻すと、祝福を受けし者を国で保護する場合、必ず公表がなされます。そうすることで他国からその身柄を奪われる可能性はぐっと減るからです。また、公表だけではなく、お披露目も同時になされるべきだと考えられています。これは、祝福を受けし者は強力な外交武器にもなり得るので嘘などであれば国同士のバランスが崩れてしまうためです。つまり、タリアはあなたがいない限り、祝福を受けし者を自国で保護したとは言えません」


 フェイの言葉に多々良は頷いた。

 つまり、偽物やなんかは加護持ちの人間によってすぐ見破られてしまうので駄目だし、公表だけにとどめてお披露目をしないのであれば、他国から睨まれることになり、利益とはならないということだろう。


「で、お優しい蜀が保護してあげようってこと?」


 ちょっとやさぐれ気味の多々良に、フェイはいいえ、と首を横に振った。


「正直、蜀としては祝福を受けし者の存在はどうでもいいのです。しかし、他国に、特にタリアが保護するのはまずい。なので、あなたが祝福を受けし者としてここで生きていたいのであればまた考えますが、そうでないのであればそのお手伝いをしたい、といったところですね。王宮にお招きするのは、あなたがどういう選択をするか決定するまではあなたの存在を秘密にするための処置、といったところです」


 ふむ、と多々良は考え込む。

 多々良が回避しなければならないのは、面倒事である。しかし、多々良が本当に祝福を受けし者だとすると、そのスペックはそれなりに厄介だ。うまく使えば、交渉の際などには有利になるのだろうけれど、この世界について何ら知識のない今、事を有利に運ぶのは難しい。フェイの言葉がすべて本当だとは思えないが、少なくともタリアよりかはマシであろう。あのバカに付き合うよりかは一宿一飯の恩を返すべきだろうし。





 考えるのもだんだん面倒になった多々良は、なるようになるさ、と言わんばかりに王宮行きを承諾した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ