02 空腹です。
「あ、目が覚めたようですね。気分はいかがですか」
お腹が空きました。
+ + +
目の前には中華丼のような食べ物がででーん、と置かれている。
湯気ほやほやなそれは大変おいしそうである。しかし、これを用意してくれた恩人は、こんなものしかなくてすみませんとなぜか恐縮気味。いや、むしろいきなり食べ物を要求した多々良が恐縮すべきであって、恩人さんが恐縮すべきではないと思うのだが、美味しい食べ物の前にはすべてが無意味。美味しさは世界を救うのだ。
「おいしいれす」
もごもご、口に入れて喋るのは行儀が悪いと知ってはいても、とりあえずこの感動を伝えねば、とその一心で出てきた言葉が、これ。
もっと、こう、グルメレポーターみたいなことが言えたらよかったのに、とがっかりするものの、恩人さんは多々良の言葉に嬉しそうに笑い、よかった、と言ってくれた。
「お口にあったようで何よりです。おかわりもありますから、あわてずよく噛んでくださいね」
なんと!
おかわりまで用意してくれるとは、なんて至れり尽くせりなのであろうか。さては恩人さん、只者ではないな。
「食べながらでいいので、聞いてくださいね。わたしの名前はフェイといいます。昨日の夜、あなたが倒れているのを発見してこちらに運ばさせていただきました。失礼かとは思ったのですが、病気で倒れているならば治療をしなければならないということで簡単な検査をしたところ、どこも具合は悪くないようです。ただ、少しお疲れのようですね」
がつがつ食べる多々良をほほえましそうにフェイは見ている。そうして、飲み物がないことに気が付いたのか、すみません、と言いつつお茶をすっと差し出した。黄緑色をしたそれは、緑茶とよく似ている。
「御馳走様でした。とっても美味しかったです。すみません、見ず知らずの人間のくせにご迷惑ばかりおかけして。ええと、私の名前は多々良と言います」
「多々良さん、ですか。いえいえ、気になさることは何もないのです。食欲もあるようで安心しました。少し、お話をしたいと思うのですが、いかがでしょうか」
フェイの言葉に多々良は無言で頷いた。フェイの言葉によれば、多々良は倒れていただけの人間だ。そんな身元が不確かな人間を親切心から助けたとしても、いろいろ聞きたいことがあるのは当然だろうと思ってのことだ。
「多々良、はどのくらいこの世界について理解していますか?」
多々良はあっけにとられた。
てっきり多々良が怪しい人ではないのだということを示すような質問、つまり職業がどうだとか、なぜ昨日、あんなところに倒れていたのだ、とかそういうことを聞かれると思っていたのに、「この世界についてどれくらい理解してるか」?その質問は多々良が「この世界の人間ではない」ことを知っていなければ、決して出てはこない言葉だ。
多々良が一気に警戒心を強めたのに気が付いたのだろう。
フェイは、苦笑してから、ああ、すみません、と謝った。
「いきなり、こんなことを言っても理解できませんよね。ええと、どこから離せばいいのかな。加護もち、という言葉はわかりますか?若しくは星詠みでもいいんですが」
多々良は無言で首を横に振った。
「そしたら、そこから説明させていただきますね。この世界には加護もち、と呼ばれる人間がいます。たとえばわたしは、癒しの加護もちです。加護もち、というのは、そうですね、人知を超えた力を有する、といえばいいのか。わたしは癒しの加護をもっているので、他人の体に働きかけて、その人に本来備わっている自然治癒力を一時的に増大させることができます」
まさに、ぽっかーん、な話だ。
フェイさんが話してくれたことを、要約すると、こうなる。
この世界には加護もち、と呼ばれる人たちがいて、その人たちは、一般の人より秀でた能力を有するのだという。
たとえば、フェイさんの癒しもそうだし、武の加護もちという人は、怪力だったり、体力がものすごくあったり、身軽であったりと、一般の人では考えられない身体能力を発揮するのだとか。
ただし、加護もちはそう多くなく、しかも加護もちのなかでも、強い加護と弱い加護があるらしい。加護がある人間のほうが一般的で、加護もちの人間は必ず、役所に登録をせねばいけないのだとか。
そして、さまざまある加護のなかでも特殊とされているのが、遠耳、遠目、先見の三つ。
遠耳、遠目はその名が示す通り、よく耳が聞こえる人と、目が見える人。千里眼みたいなものだろう。
先見は未来が見える人のことで、この先見の加護を持つ人を特に星詠みというらしい。星詠みは滅多に生まれることがなく、また、その能力の貴重さから、政治的な争いに巻き込まれることが多かったため、現在では神殿がすべての星詠みを保護しているとのこと。
その神殿で保護されている星詠みたちが、「異世界人」たる私の出現を予言したらしい。現在、神殿にて保護されている星詠みの一人に現王の妹がおり、その王妹が私を助けることを王に願ったとかで、フェイは私を探す役を仰せつかっていたのだという。
「しかし、星詠みといえどもその力は万能ではなく、どこに現れるかもわからない、というのです。辛うじて、多々良が黒髪であるということだけは聞いていて、そのそばにわたしがいる場面が見えたということで、わたしが多々良を迎えにいく役目を負うことになったのですが」
フェイは、苦笑いを見せた。
「こっちの苦労なんか、あのバカ王まったくわかってないんですから困りものです。まあ、あれでも王としての素質はありますから、まだいいのでしょうけども」
ぶつぶつとこぼすフェイは、ただ穏やかなだけの人ではなさそうだ。
多々良は頭のなかの、怒らせてはいけない人のリストにフェイの名を書き込む。
「すみません、話がずれてしまいましたね。それで、多々良が異世界人であれば、ちょっと確認したいことだとかもありますので、ぜひ王宮にいらしていただきたいのですが、どうでしょう」