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優しい魔王の疲れる日々  作者: n
優しい魔王の疲れる日々8
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第82話:魔王とメイド式訓練

お久しぶりです!生きてますよ!


「私はメイドですので薄汚い卑怯な戦法や暑苦しい肉弾戦は嫌いなので

魅せる戦いと言うのでしょうか

そういった戦い方しかしません」


望月邸の桜の木が中央にそびえたつ庭で5mほどの間隔を空けて、二人は向かい合っていた

風に吹かれて靡く桜の木はその緑色の葉を揺らしながら二人を見守っていた

縁側が東西南北、すべての方向にあることもり望月邸の廊下を囲う状態で形成されている


「立派なお庭ですね

よく手入れをされていますし、余計に腹が立ちますね」


「スティールって時々、すっごい本音を言うよね・・・」


鋳鶴は肩をすくめながらスティールを見つめた

何食わぬ顔で鋳鶴を無視するスティールの手にはすでにナイフが握られていた

そのナイフを見て、鋳鶴は即座に対魔の魔力が込められた武器が発する光を見ると即座に手甲を召喚して自分の腕に装着した


「対魔性の武器を見破るほどにはもう成長していらっしゃるのですね?

ですがまだ甘ちゃんなお坊ちゃんですね」


スティールの見つめる先には鋳鶴の背後に空中固定魔法で配備された対魔のナイフだった

ナイフを見つめた後に不敵な笑みを浮かべるスティールを見て、鋳鶴は急いで次の行動に身を移そうとした

しかし、突如背後から魔法陣が現れ鋳鶴の四肢を白銀の鎖が拘束する

身動きの取れない鋳鶴を見てスティールは笑いを堪えながら口を手で覆っていた


「罠があるなんて聞いてないよスティール・・・」


「それはそうです

言っては面白くないと思いまして、それにマリオネットみたいで可愛らしいじゃないですか」


スティールが言い終わる前に鋳鶴は銀髪に髪を染め、真紅の瞳に変化していた

制服では無く、歪な純白の軍服の様な服に、魔と刺繍されたマントを纏っている


「こんなに魔力を解放していたら何者かにバレてしまいそうだ

それに僕の体は丈夫だけど一日に二回はきついですよ・・・

車はエンジンをかけるときが一番エネルギーを消費すると言います

それと同じで僕の魔力だって有限なので無理な訓練はうぉぉう!」


スティールが間髪入れずに鋳鶴に向かって正確にナイフを飛ばし、事前に空中固定魔法で設置されたナイフを飛ばすことによりさらに回避の難易度を上げている

一つ一つが急所を捉えられるように設置、投擲されている為、常人では回避するのに相当手惑うレベルになっている


「坊ちゃんの魔王化はかなりの魔力を消費されています

まぁご自身の意思に関係なく動く狂戦士か真の魔王にでもなるのであれば低燃費で済みますが周囲に危害が及びます

そしてもうすぐ行われる五大都市校戦ではお坊ちゃんより強いお方たちが数多くいらっしゃいます

そういった方々と対峙するのには坊ちゃんがもっと強くならねばなりません

甘々なお坊ちゃんがこの戦いで生き残れるかというよりも勝ち残れるかと考えてみてもどちらの可能性も0%でしょう

まずは極僅かな魔力でもこのナイフをはじき返せるような魔力のコントロールとパワーも身につけなくては」


ナイフを受け止めた鋳鶴を見てスティールはその場に座り込んだ

そして自分のナイフを自分の周囲に配置すると鋳鶴の方を見た


「こういう状況に陥ってしまった場合、回避するのはとても不可能です

今の私の状況ならまだ、地面を掘って地中に逃げたることができたり

瞬間移動でも容易に使う事が出来るほどの魔法使いや異能使いなら回避することも容易でしょう

ですが坊ちゃんはどちらもできないのでこれから魔力による異物の弾き返しを修行していただきます」


「待って?それじゃあ先に瞬間移動の練習をして方がいいんじゃないの?」


「あのですね坊ちゃん?

これすらできないようであれば瞬間移動の魔法は使えるはずもありません

今の坊ちゃんでは瞬間移動に消費する魔力で疲れ果ててしまう程の魔力を消費するはずです

それに今から行われる修業は悪魔で効率よい魔力の使い方を習得するための修行です

坊ちゃんのお友達さんたちは知りませんが皆さん、修行や武具の手入れもしている事でしょうし

坊ちゃんも小さなことからコツコツとおやりになった方がよろしいかと」


そう言ってスティールは一度目を閉じて即座に見開いた

するとどうだろうかスティールの周囲を包囲していたナイフが次々と逆方向を向くもの地に落ちるもの

割れていくものなど様々な現象を起こした

一瞬の出来事に鋳鶴はスティールの魔力のコントロールの力に驚愕していた


「どうです?息切れ一つしていないでしょう?

いまの坊ちゃんがこの本数を弾こうとする場合、倒れてしまうほどの魔力を消費するでしょう

RPGで例えますが坊ちゃんのMPを500と考えて私の魔力を300と考えましょう

今の私は300の内、このナイフを弾くのに10程度しか魔力を消費していません

私はまだこの弾く技術というものが未熟で10も消費してしまいますが

坊ちゃんの場合は45は消費してしまいます

確かに坊ちゃんは魔王という事もあって魔力の回復量は尋常ではありませんがそれでも次の魔法を撃つのにはまたチャージが必要になってしまうのです

その間をわずかな魔力で敵の攻撃から身を守るだけでは実に心ともないです」


「それにこの異物を弾く魔法を低魔力で使用できるようになればぼっちゃんの大事な人を守る糧にもなるでしょう

そう思えば安いとは思いませんか?時間は有限ですが大事な友人方も有限、友人方に替えは効きません

だったら私は修行をお勧めいたします」


スティールはナイフを取ると鋳鶴に投げつけた

頭の中で念送る事に集中してナイフの形を思い浮かべた

それだけでなく自分が思う大切な人達の顔を思い出しながら、鋳鶴は目をつむって集中力を高めていた

そこに投げられたスティールのナイフは鋳鶴に到達する事無く、彼の目の前で固定された

スティールが空中固定魔法を使うそぶりは無く、おそらく鋳鶴の集中力から生まれたものである


「だぁーっ!」


叫びとともに後ろい倒れこむ鋳鶴、ナイフはその上を通り越して望月邸の壁に突き刺さった

汗が吹き出し、息が乱れている鋳鶴を見てスティールは使い捨てカメラをメイド長からもらった小箱から取り出し、その姿を撮影した


「いきなりでは流石にかわいそうですので

そうですね・・・私たちがメイド界に入る前に行う集中力を高める修行にしましょうか

本来は正座なのですが坊ちゃんは男性なので胡坐にしましょう」


鋳鶴に胡坐をかかせてスティールは銀食器の皿を五枚ほど取り出すと鋳鶴の頭、両肩、両膝に皿を置いた


「いきなり五枚なの!?」


体と声を震わせながら鋳鶴はスティールに向かって叫んだ


「坊ちゃんには才能があると見込んで五枚にしました

ちなみに五枚のレベルになると普通なら一年は修行した者がやっとできる難易度ですね

魔法を使っての固定もよろしいですよ?魔力が持つならばのお話ですが

この修行は集中力か魔力で乗り越えるものです

どちらとも魔法を使う人間にとって必要不可欠なものです

今日のご自宅の家事はお任せ下さい

私にお任せを」


鋳鶴はスティールに会釈を送るとゆっくりとお辞儀をしてスティールは望月邸の玄関に向かった

最初は五枚だった皿がスティールが鋳鶴が割ってしまう事を考えて彼の隣に大量の皿を置いていった




ーーーー三河邸剣道場----




望月邸の隣にそびえる三河邸の裏にある剣道場、掛け軸の右には歩の姉にして三河家の長女進すすみの写真と進が手に入れた剣道の勲章や表彰状が飾られていた

左側には歩の写真と歩の剣道の勲章や表彰状が飾られていた

自分の表彰状を見て歩はゆっくりとため息をついた

隣の望月家には姉と互角の実力の結がいて自分の姉がいる

身近にこれまで自分と力量の差を見せつけられる相手がいては自分は大した事が無いのではないか?と歩は心の中で思っていた

正座をして目をつむって黙想をしようとも浮かぶのは二人の背中と鋳鶴の事だけ

黙想で集中力を乱されてしまう歩の額には汗がにじんでいた

一度、自慢のポニーテールのリボンをほどいて手に持ってみる

ずっと大切にしてきたリボンを見つめていると道場の引き戸がピシャッと音を立てて開いた


「た・の・も・う」


現れたのは結だった

歩は急いで髪形を元に戻そうとしたが結は右手てそのままでいいといった感じで会釈すると剣道場に立てかけられた二人の表彰状を見つめた

体育大会で戦った時とは違ってその瞳には光があった

ふと結の視線に合わせ歩は彼女の見つめる先に進の写真があることに気付く、結と進の二人で剣道大会優勝の楯を笑顔で仲良しそうに手にしていた

結と進が二人で写っている写真はいくつかあるがその中で片方だけ優勝楯を持って写っている写真は一枚もなかった


「私と進はお互いを高め合うライバルだった

君も昔から彼女の事は知っているはずだが、私の方が恐らく君よりも長く彼女と過ごしていたな」


「姉は尊敬するべき方だと思っています

少なくとも私が及ぶレベルの方ではないかと」


他人行儀な歩の発言を耳にして結は歩にゆっくりと詰め寄った


「君も強いじゃないか、十分彼女レベルにはなれると私は思っている

私は弟の為に戦う事で自分の戦闘意欲を駆り立てたり、愛弟の喜ぶ顔を想像しながら戦う

だが君たち姉妹は違う、少なくとも進は誰よりも剣にまっすぐ向き合っていた

正直、恋敵の鍛錬を任されるとは私も思っていなかったのだが、頼まれたからには仕方ないのかそれとも私が頑なに・・・」


結は突然、話すのをおもむろに止めた

そしてゆっくりと竹刀が立てられた道場の一角に向かうと竹刀を取って口を開いた


「君に追い抜かれるのを拒んでいるのかもしれない」


結は竹刀を取ると歩に投げ渡した

自分の竹刀を取ると歩に向かってその切っ先を突き付けた


「私がこれから稽古をつけるというかそうしろと言われてな

陽明のレベルをほかの学園に合わせるためでもあるそしてそれらに勝つ為に私は君を鍛え上げる

君も私も好きな人は同じだ

それにその人の一番好きな表情も同じと私は考えている

君は何本竹刀を使ってくれて構わない

しかし、竹刀とあっては私も手加減はするつもりはない」


「よろしくお願いします!」


がちがちに強張っている歩を見て結は笑顔になった

それは余裕からの現れかゆっくりとステップしながら結は構えた切っ先を遊ばせた

普段の剣道ではやることのない戦い方、それを見た歩は結が本気で自分に稽古をつけようとしていると感じて結に向かって行った




ーーーー城屋家ーーーー




「はぁ・・・!はぁ・・・!」


誠が大量の汗をかき、大の字になって池の真ん前で倒れていた

縁側で誠の様子を茶菓子を食べながら見守る瑞希と沙耶、沙耶の表情には不安の色が見えていた

誠の焦りは分かるのだが、何よりも自分の体を大切にしない彼の事を良く知る沙耶は眉をしかめている

それを見てまぁまぁと宥める瑞希だが、内心彼女自身も不安で仕方がなかったのだ


「そんなに焦る事ないでありますよ城屋殿、無理は禁物であります」


「そうよ誠、沙耶ちゃんの言う通りにしなさい」


「こんなんじゃ・・・立波に笑われちまう・・・

俺は・・・大会までに鬼面の扱い方を極めなきゃならない・・・

お前らや鋳鶴たちに笑われちまうのは勘弁だからよ・・・」


大の字で倒れたままの誠に向かって沙耶はタオルを投げつけた

風に煽られ誠の顔に落ちたタオルで汗をそのまま拭うと誠はその場にタオルを放った

タオルを放った後に見えたのは空では無く、沙耶の顔だった


「なんだよ・・・」


「立波さんという方が吾輩にはわからないでありますが頑張る事はいいことであります

でも自分の体を大切にしていただかないと・・・」


「私が不安で堪らないからな」


沙耶が話の途中で白い光に包まれるとそこには沙耶ではなく刈愛が誠を上から覗き込んでいた

誠は不貞腐れると刈愛から目を反らした

誠の釈然としない反応を見てか、刈愛が無理やり誠の頬を腕で掴んで刈愛と目が合うように顔の位置を元に戻した


「私はお前が大好きなんだぞ?むっ!無論、愛も沙耶もお前の事が大好きだ!」


「それがどうしたんだよ・・・」


「どうしたじゃないわ馬鹿者!

私はお前が大好きだから心配してるし手伝ってやりたいと思ってる!

人の気持ちも知らないで一人で突っ走るな!瑞希さんだって心配しているんだ!

鋳鶴たちにも報告させてもらうからな!馬鹿者!馬鹿者!馬鹿者!」


「だぁれが馬鹿だ!心配しすぎだ馬鹿!だからお前は馬鹿なんだよ!

とりあえずお前は馬鹿だかんな!?馬鹿!馬鹿!馬鹿!」


「それでこそ・・・誠だと私は思う、焦ってるお前の顔なんて見苦しいだけだ

もっと私の好きな城屋誠でいてほしい」


顔を赤くして刈愛はそう言って誠と目を合わせるのをやめて彼の顔が見えない様にそっぽを向いた

そっぽを向いていても赤くなった顔は隠せても頬は全く隠せていなかった

瑞希は両手で自分の顔を覆って二人の事をその指の隙間から覗いていた

刈愛の顔は赤くなっていたのだがそれ以上に誠の顔は赤くなっていた

瑞希は知っていた

誠は自分の周囲の人間が自分を心配する時には彼は顔が赤くなることを、小さい頃から変わらない事なのだが刈愛に心配されると茹蛸の様に赤くなることを指の隙間から垣間見た瑞希は得した気分になっていた

自分の弟の照れるところなど滅多に見れないのもあったが、瑞希はあまり外に出るような性格ではないので頬を赤く染めるという表情を見る事が無い為に興味がわいてしまったのだ


「誠にもこんなに可愛いところがあるだなんて・・・

もう少し、望月君みたいな細マッチョなら着せ替え人形にして楽しめたりしたんでしょうけど・・・

誠はムキムキになっちゃったから」


残念そうにため息をつく瑞希、誠は瑞希を睨むが彼女はうわの空で誠に睨まれている事など気にしていなかった

いつの間にか体力が回復していた事に気付いていた誠はタオルを拾い上げ真っ直ぐ縁側に向かって履いていたサンダルを揃えて脱いだ


「誠?」


「風呂だよ風呂

うるさいのがいるから集中すらできねぇ」


頭をかきながら拾い上げたタオルを肩にかけてまっすぐ風呂に向かう誠を小さい少女がその背中についていくのを瑞希は見た

周囲を見回してみると先ほどまで誠の近くにいた刈愛がいないことに気付いた瑞希はそれが刈愛の話にあった第三の人格だと気付くとホッと息をついて瑞希は誠に手料理を振舞おうと車椅子をキッチンに進ませた




ーーーー普通科生徒会室ーーーー




「皆成長していくのに僕は全く成長しないよね?」


社長椅子の様な椅子にどっしりと腰かけ、コーヒーを啜りながら一平はパソコンに向かって事務作業をしている涼子に話しかけた

涼子は耳栓を装着していて一平の言葉を完全に無視している


「まぁ仕方ないだろう

人間、伸びしろというのはバラバラだし、俺自身も強くなる為の修行とかをしたことがないからな

会長に今以上の力があったとしても便利だが今の会長でも俺は充分に強いと思うぞ」


重い空気を感じてウェザーが二人の間に割って入った

ソファに座って雑誌を手に持っているウェザーはどことなく高校生の風貌には見えない

ウェザーは現在、陽明学園の生徒会室に居候している

生徒会室の隅にテントを張ってその範囲で自由に暮らしている

日々の日課は散歩で鋳鶴たちと戦った公園まで歩いて近隣の住民の方の手助けをしている


「うーん・・・でもね?対抗戦はウェザー君や望月君クラスの敵もいると思うんだよね?

正直ね?僕はもう二人には及ばない気がするんだよね?

でもそれは実力じゃなくて相性の問題だったりするんだけどね?

会長っていう立ち位置だから君らだけには任せておけないんだよ?」


ウェザーはフッと笑うと雑誌をソファの前にある机に置いてゆっくりと立ち上がってコーヒーメーカーに向かった


「確かにそう思われていても会長なら仕方ないかもしれないな

だが、それは本心では無いだろう、たとえ雛罌粟や鋳鶴が表面上ではあなたを非難しようともそれは本心では無い

無論、俺は会長に比べたらすべてにおいて劣っていると思う

何せ俺は一人で戦う事になれすぎていまいちチームワークをとりにくい

そこで会長の指揮が役に立つ、魔法や異能で人を決められるのはおかしいとかどっかの誰かが言っていたな」


コーヒーを淹れ終わるとウェザーはソファに再び腰かけてそれを啜った


「ウェザー君、それブラック?」


「そうだが?」


「苦いコーヒーなんてただの苦いお湯だと思うんだけど・・・?」


「それは違うぞ会長!

ここのコーヒーはどっかの秘書がちゃんと豆から挽いているのかブラックでも極めて美味だ

俺は甘いものはあまり好みじゃなくてな・・・

会長も一度、ブラックで飲んでみるといい雛罌粟が豆の挽き方がいかに上手いかわかる

今は仕事で忙しいようだが」


コーヒーを見ながら一平は涼子を見つめた

いつも文句を言うものの一番の理解者であり一番自分を支えてくれているのがほかでもない涼子だ

普通科をここまで導いたのは自分だけじゃない

寧ろ涼子の助けや支えがあってこそ成し遂げられた事、それを一平は今、痛感していた

誰よりも自分を応援し

誰よりも自分を支え

誰よりも普通科を盛り立てようとする志を持ち

誰よりも自分に突っかかる

それが涼子であり、風間一平がもっとも信頼する普通科のメンバーである

耳栓をつけてまで集中したい事務作業の邪魔をしてはいけないと今更ながら一平自ら感じ取った


「会長、すみません

今、とても手を離せない状況ですし何より会長のやるべき仕事も私が請け負っているので暇がありません

作業を終えたらなんでも聞いて差し上げるので特に面倒な事は起こさないでください」


一平の顔を窺わず、パソコンに向かってままで涼子は話した

本人は一平の表情を確認する必要はなく、ぞんざいな扱いを受けた一平はちゃんと仕事をするのを知っていた

ウェザーはその鶴の一声で自分の机に座って作業をしている一平を見て驚きを隠せない


「できるなら最初からやればいいのに・・・まぁそこが会長らしいというかなんというか」


「私は彼を一応は理解しているつもりです

彼の扱いでは誰にも負けるつもりはありませんし、親以上に彼の事を見ていますから」


雛罌粟はコーヒーメーカーを使ってコーヒーを挽いていた

一平は仕事に夢中なのか雛罌粟の存在に気付いていない


「本当は一番頭が切れるんですよ?私以上に切れる人ですし、何より普通科のメンバーだけでなく普通科の生徒の一人一人を大切にしている人です

ですから尊敬できるんですよ?普段はああですけどね」


「確かにここは面白いな人間関係とかがいろいろこじれているところもあるし、何よりも生徒が会長や鋳鶴を見ていると笑顔になっている

誠や歩は萎縮されたり、少し怖い部分もあるから近寄り難い人もいるだろう

影太と麗花は本当にお互いに素直になれていないな

あの二人が一番、仲がいいようにも見えるしな

鋳鶴は・・・いろんな女性に好かれすぎて歩も辛いというかやりがいがあるというかなんというか

一番のいばらの道的なあれだと俺は思う

桧人と詠歌は本当に一方的な愛をぶつけていて有名すぎるな・・・主に詠歌のせいだが、一番有名なカップルは鋳鶴と歩か桧人と詠歌のいい勝負ってところだな

誠も誠で科の垣根を越えた大変な恋をしているな

金城沙耶・・・彼女の体の中には三つのそれぞれの金城沙耶が存在しているそうじゃないか、誠もある意味苦労をしているんだな」


「いい考察ですね

ウェザー君の観察能力には大変驚かされます」


「ずっと一人だったからな

人間観察は得意というか趣味というかいつの間にか身についてしまったものだな

島暮らしと公園暮らしが続いていたから人間をよく見ていた」


コーヒーを啜りながら涼子はおとなしくウェザーの話を聞いていた

一平は黙々と机に向かって書類の整理をしている

あまり人と話す事の無い二人、しばらくの沈黙が訪れ気まずい空気になっていく、空気に耐えかねて涼子は再びパソコンの椅子に座った


「そういえば、会長の能力は普通にすることだったはず、なぜそれを仕事に使わないんだ?

そうすれば効率も良くなる上に疲労感が違うだろうに基礎能力が高ければあれほどの資料を片づけ終わっているのも普通とでも言ってしまえばわずかな魔力の消費ですむんじゃないのか?」


涼子は椅子を回転させてウェザーに振り返った

眼鏡を一度輝かせると涼子はニッコリとほほ笑んでウェザーに話しかけた


「会長は自分の仕事は自分で片づけようとする方です

自分の能力を使わずに能力を使えばそれこそほんの数秒であの程度の仕事なら終える事ができます

ですが会長は使わないのです

自分の能力に頼りたいとも思う時もあるでしょうがそこは本人のポリシーというものが絡んでくると思うんです

それに会長は・・・皆の為に自分の力を使いたいって日々言っていますからね」


一平の話をしているとき、やけに涼子の瞳が輝くのをウェザーは見逃さなかった

フッと薄く笑みを浮かべるとウェザーは涼子を指さした


「雛罌粟、やっぱり会長の事が好きだろう?俺には分かる

会長の話をしているとき、あんたの目は輝いてる


まるで好きなおもちゃをショーケース越しに目の当たりにしたときみたいに」

ウェザーの発言に涼子は一気に頬を染めるそれを誤魔化す様に涼子はまっすぐ机に向かって急いでパソコンをチェックした


「すまん雛罌粟、少し外の風に当たってくる」


「はいっ!わかりましったっ!」


涼子の話し方もおぼつかないままウェザーは突如、何かを察したのか会長室の窓から飛び出して普通科校舎の屋上に向かった

自分の魔力を駆使して壁に張り付き風の力を利用して自分のバランスを崩すことなく屋上に即座に上り立った

そこには屋上への入り口がある梯子の上に佇む三十郎がいた


「どうされたんですか?」


「別にかしこまらんでいいわい」


「でもいきなり・・・なぜですか!?」


三十郎はゆっくりとため息をついて背伸びをした

緊迫しきった自分の顔をウェザーに見られたくないと思ったのだろうニッコリと笑うと跪いているウェザーの肩をたたいた


「そう急ぐことではない

魔王が復活しようとしているのかもしれんという事を伝えにきただけじゃよ」


「魔王は鋳鶴では!?」


「そうだと思っているんだがの?

しかし、こう時期が経ってしまっていると、魔王も増えているんじゃないかとおもうのじゃよ

じゃからわしが片っ端から片づけようとも思ったのだが・・・それはそやつの人生を滅茶苦茶にしてしまうと思ったの じゃ

魔王になる前は誰しも人間なのじゃよ・・・皮肉にもな」


「でしたら俺が!」


「お前は来なくていい」


「なんでですか!?俺は強くなりました!今の俺なら三十郎さんに手傷を負わせることも自負できるほどに成長したと思っています!」


荒ぶるウェザーを見て三十郎は彼の頭の上に手を乗せた


「お前にはわしの孫を・・・鋳鶴を見守っていてほしいんじゃよ・・・

勿論、友人としてじゃがな」


「三十郎さん・・・」


「お前にはその使命を与えたはずじゃ」


「鋳鶴に挨拶は・・・?」


「まだ行くときではないからの

本当に行くかねばならん時になれば鋳鶴たちにも伝える

じゃがお前の楽しい顔を見れてわしは嬉しかった

ウェザー・フォウ・キャスターいい名じゃのう

もうお前には名前がある

その名前を頼りに呼んでもらえる者たちを守ってほしいんじゃよ

あの頃に比べてお前の起こす風は優しくなった

そよ風も吹かせられるとは成長したものじゃ」


ウェザーの瞳から涙があふれ出した

何よりも自分の名前を憶えられていた事とその名を三十郎が口にした感動からの涙であった

今まで名前の無かったウェザーには名前で呼ばれる事 など無かった

その感動を涙で表現できるほどに今のウェザーは三十郎の言う当時に比べて成長していた

望月の家系に世代を越えて世話になっているウェザーは三十郎と鋳鶴の言ってくれた事を走馬灯の様に思い出していた


「今のお前は涙を流せる価値ある人間になったんじゃ

ただの災害ではない

お前は人間になったのじゃよウェザー」


「本当に・・・鋳鶴と三十郎さんには頭が上がらないよ

俺は・・・本当に・・・本当に・・・!」


「わかっとるよ

お前の気持ちはわしが一番よくわかる

これだけは鋳鶴にも負けんわい!」


高らかに声を上げて笑う三十郎、その三十郎を見てウェザーもいつの間にか微笑んでいた

あけましておめでとうございます!

今年もこの作者と作品をよろしくお願いします

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