番外編:虹野瀬縒佳の愛すもの2
神宮寺との会話を終えて
僕は虹野瀬の部屋に向かっている
はずだったというか今もその途中
今僕が会いたかった本人に道の途中で会えたのは
非常に喜ぶべき事だろうが今は喜べない
「神宮寺と何を話していたの?」
と声を後ろから
背後から細く掠れた声がした
僕は相手の正体は声で把握したが
同時に嫌な事も思い出した
「やっと来たようね
待ちくたびれたわそれに貴方が来るまでに準備も出来た
歩いてここまで来た事を貴方は後悔しなくちゃならないわね
そして魔王になった貴方には何があるのかしら
希望?それとも破壊衝動?罪悪感?悲しみ?喜び?怒り?」
というラスボスじみた台詞
「動かない方が身のためだと思うけど?」
虹野瀬の二言目を聞いた途端
僕の右頬わずか数mm離れた所に
どこから出したか分からないチェーンソーが突き刺されていた
僕の後ろにあるコンクリートの壁に向けチェーンソーは串刺しになっている
それも先端だけ
そしてチェーンソーが僕の右頬に触れる
「・・・・・・・・・・!?」
「あぁ動かない方が死ぬ確率が1%でも減ると言った方が良かったかしら?」
体育大会の時よりも遥かに強く恐怖を感じた
何にも変えられないような恐怖を心と体で感じた
この世に生を受け15年、久し振りに本気で死ぬと思った
そして彼女の目を見る
チェーンソーの刃が抜かれたり潰されていないことに僕は気づく
「人間とはどうして人の嫌がる事を気にしたがるのかしらね
人の知られたくない事を知ろうとする
まったく滑稽で鬱陶しいと思わない?物好き君」
「ぼっ!僕は物好きでは無く望月ですっ!」
「何?私に刃向かう気なの?
そうねぇじゃあなたの左頬近くに」
チェーンソーを持った左手をそのままに彼女は右手を振り上げた
ビンタでもされると僕は察しチェーンソーに触れないぎりぎりで避けるふりをしようとした
彼女は振り上げた右手を勢いよく振り下ろしに服の裾から日本刀を取り出した
あまりの日本刀を構える速さに自分の全身を右に回避させようとしたが
回避させてもらえず動くこともままならなかった
そして日本刀とチェーンソーが僕の視認出来る所まで斜めにくると
彼女はそれを僕の首もと付近でXを作るように日本刀とチェーンソーを動かした
そして優しく僕の首に当たる位のところでピタッと手が止まる
「ちょ・・・」
ちょっと待ってと言いたい所だが言う事もジェスチャーで示す事も
首を振ることも出来ない
首にギリギリ触れる程度で鋭利な刃物を当てる
なんて恐ろしい拷問の一種だろうかと僕は思った
正直に言ってこんな死亡フラグまっしぐらな状況
中学2年の頃に母親と喧嘩した時以来だ
あれから二度とそんな事おこすまいと
毎日、毎日家の家事をきちんとこなして
まぁまぁ勉強もしてたくさん親孝行というものをして
人を殴るのを避けていたのに
なんなんだろう僕の人生ってやつは
いつもより激しい死亡フラグが立っている
僕のこの壁の向こうが神宮寺の部屋とはこの人は分かっていないのかとしみじみと思う
現実ではあまりにもあり得ないこの状況が陽明学園という学校の中、魔法科高等部の廊下でおきている
神宮寺・・・・・・・
何が珍しい名字だ!
思いっきり珍しいを通り越してる!
あれで2年間同じクラス!?本当にあいつは副会長か!?
「神宮寺に私の中学生時代を聞いてどうするつもり?
次は氷室?それとも火日ノの所に行くのかしら?」
「・・・・・・・・」
喋る事さえままならない
そんな目の前にいる僕を見て虹野瀬はどう思っているのか
虹野瀬は大きくため息をついた
「どうやら私もお馬鹿さんだったようね
窓際にいるのは人一倍気を使っている事なのに
まったく本当に体重の重いのは嫌な事だわ」
自分の体重を重いというのか!
とツッコミを入れたいがそれも許さぬこの状況
それに体型とか重さとか気にする花も恥じらう十代が言うことかと
反論を持つ僕は案外頭がいいんじゃないかと思った
「まさかギャグマンガ日和に夢中で
詩織を落としてしまうなんて」
僕は十代女子高生女子がギャグマンガ日和を読むなんてという思考が頭をかけめぐる
というか本当になぜその本をチョイスしたと聞きたい所だ
「物好き君は気づいているんでしょう?」
虹野瀬は僕の目を真剣に見つめ問う
しかしその真剣な目の奥にはなにやら殺人的なものを感じた
何が優しいだよ!これが優しいどこがだよ!
「そう
私は重いこの地球上の誰よりも
そして性格や女としても重いという事を」
「といっても人間が持ち上げられないレベルではないわ
私の身長体重だと50キロ前半という所なのだけれど」
あの重さが50キロ
右頬が押し出され左の頬が場を失っていく
「ちょ・・・・・・!」
「物好き君は変態ね
私の裸だけではなくあんな事やこんな事まで考えるなんて」
物好きでは無い
まぁ美人をみて裸を想像することを想像するのはどうかと思うが
「50キロ前半というのが普通の私の適正体重かしら
172cm50キロ前半」
と彼女は主張した
「でも実際、今此処にいる私の体重は、300kg後半」
300kg後半
クレマンという発明家が開発した重飛行物体に取り付けるエンジンと同じ重さ
という豆知識を思い出している暇じゃない
300kg
これほどの重みが彼女のあの細い身体の中に詰まっていると思うとゾッとする
「正確には389kg
体重計では測れない
自覚は無いわ普通の人間と一緒に隣を歩く事が出来るのだから」
389kgまず人間ではそんな物を背負うまたは持った状態で歩ける筈がない
そんな事が出来るのはおそらく僕の母親、全国統一を成し遂げた元ヤン長女しかいないおそらく人間の中では
二人を除いたら誰もいないんじゃないかと思う
それに彼女はあの華奢な身体の中にどう389kgのおもりのような成分が入っているのだろう
「あら物好き君、
私の身体を食い入るようにじろじろ見ていやらしい」
「別に食い入るようには見ていない」
「結局見ている事は否定しないのね」
「・・・・・・・・!」
そんな事は微塵も考えていない!
どうやら魔法科の会長さんは自意識過剰で被害妄想の激しいお方だそうだ
まぁ様付けされて男共から呼ばれるのも無理も無いが
自分のうえに立っている人間が本当は酷い人間なんだと壁の向こう側の神宮寺家の人と語り合いたい
「これだから普通科の人間は」
まぁ何を言っても素直に受け止めてくれそうにもないので僕はしばらく無言になろう
ともかく、虹野瀬は病弱でもなければ心身に以上は無い
与えられた立場を忠実に誠実に真面目にこなしているんだろう
しかしその立場には似合うにはほど遠い重さの性格と体重
体重389kg
それを一日中、四六時中、365日、24時間で背負い続けている
病弱でなければ逆に疑問を持つし人間としておかしい
僕の家族の様に
病気でなければ多分重力か何かが影響しているんだと思う
彼女は宇宙人なのかそんな事は基本的に現実ではあり得ない
それにこの重さと重みを背負って歩く事が出来ているし
少なくとも運動能力は高いはずだ
中等部では体育会系のさまざまな助っ人にも出ているのだから
「魔術師になってからよ」
虹野瀬はそう呟いた
「それに中学を卒業して高校生活に入るまでの春休みに
そんな中途半端で区切りのよくない時期に私はこうなった
1人の黒魔術師に出会った事によって」
黒魔術師・・・?
黒魔術師か・・・自分じゃないか!
僕は今日は我慢してばかりだがさらに我慢を続ける
呪術で悪霊を召喚したりする魔法使いの事か
「私は背負わされたのその人に
その人の黒魔法のすべての
記憶と術式と禁忌魔法の全てを」
「・・・・・・」
「別に言ったところで何も変わらないわ
これ以上私の事を知られたくないし知らせたくもないし
ただ単に1人で壁に向かって話していただけ
物好き君、物好き君」
虹野瀬縒佳はわざとらしく二度僕をそう呼び繰り返した
「私は重いのよ
この世界の中のどんな人間よりも心も体も性格も
こんな物を背負っているなんて全く困ったものだわ
世にも奇妙な物語っていう番組
ああいうオカルトちっくな番組好きかしら?」
「まぁ・・・嗜む程度には・・・」
「この事を知っているのは
この学園内では学園長と保健室病院にいる貴方の元カノさんだけ
中央保健室病院代表の貴方のお姉さん
世界のDr雅そして担任の白神先生、学年主任か知らないけど松江先生も知らないわ
あと貴方だけよ物好き君」
「そう・・・か・・・」
「さてと私はどうするべきかしら
私は貴方に私の秘密を黙ってもらいたいから何をすればいいかしら?
どっかのライトノベルの主人公の様に口の中をホッチキスで挟んでほしい?
それとも口を裂いてしまおうかしらそれかいまここにある私のチェーンソーと日本刀で
スパンッ!ていうのもいいかもしれないいいかしら?」
日本刀
チェーンソー
正気なのか・・・?
それともライトノベルの読み過ぎ・・・?
普通科の中学生に対してなんて追い込み方をするんだ!
こんなガハラさんじみた黒魔術師がいていいのか!
こんな恐ろしい人間と同じ学園内の敷地内にいたと思うと背筋が氷る
それに僕はアホ毛の生えた彼の様な人生は若干送りたいが送りたくもない!
「学園長も高橋さんも原因不明、理解不能だったわ
私の身体を隅から隅まで調べ上げ汚れた手で触れて
屈辱?それじゃあ足りないわ陵辱的に弄って
その結論が原因不明?理解不能?
私を散々弄くって拘束してでた結論がこれよ?
もとからそうだったとしか言えないかのように」
虹野瀬は目を細めて言う
「私、中学3年生までただの可愛い女の子だったのよ?
ただの可愛い、純粋で無垢な屈託の笑みを毎日人に向けていたのに」
「・・・・・・」
自分で自分の事を可愛いという人間という事なのだろう
でもとにかく病院に通っているのは本当だった
遅刻、早退、欠席、自室での読書
それに自分の身体を弄くり回された
検査された気分
どれだけその行為が彼女に目を細めさせる程辛くさせる
彼女の気持ちを考えてみる
僕のようにみんなが認め驚かなくなる時間を
冗談だと言われる事を彼女はおそらく知らない
ただ中学3年からこの2年間
彼女は
自分の大好きなスポーツを
人との関わり合いを持つ事を
人の上に立ち人の為に活躍する事を
ありとあらゆる事をこの短い2年間の中で捨ててきた
今まで培ったモノを努力をその重みが無惨に潰していく
「同情してくれるの?優しいのね
流石、優しい魔王と言われている事だけはあるわね」
虹野瀬は僕の心の中をまるで透かし見るように
地面に唾を吐き捨てるかのようにそう言った
「でも私には優しさも友達も仲間も家族もいらないの」
「・・・・・・」
「私が欲しいのは無関心と1人の時間だけ
貴方にもあるなら分けて欲しいのだけれど
まだ髭も生えていないニキビが一つもシミすらもない
その柔らかくて美味しそうなほっぺにメスを入れて欲しい?」
虹野瀬はそう言うと
微笑んだ
「それを約束してくれる
分けてくれるのなら一度だけ首を振って
縦にね物好き君それ以外の動作、行動をとってみなさい
貴方の綺麗なお顔は今に血まみれになるわ」
僕は頷こうとした
縦に彼女の命に従い縦に
しかし僕は彼女の持っていた日本刀を右手で掴んでいた
まるで僕が日本刀を持つ事が分かっていたように虹野瀬は微笑む
そして僕は首を縦に振ろうという行動と思考を止め
気づけば彼女の目を見ていた
冷たく、遠い物を見つめる彼女の眼を
「虹野瀬さんはやっぱり放っておけませんよ
僕は知っています貴方の病気を治せる人間が」
「貴方のお顔を切り刻ませてもらうわ
悪いのは貴方よ?私の命に従わなかったのだから」
彼女が壁に突き刺さったチェーンソーを引き抜こうと左手を振り上げたが
その前に僕の右手が彼女のチェーンソーを握っていた
痛みは感じない人を救うのには慣れている勿論、傷つくことも
「あら中々握力が強いわね何kgかしら
私の重みを使ってもまったく引き抜けないなんて
でもこれはどうかしらね」
そう言うと彼女はチェーンソーを手から離し、スカートの中からホッチキスを取りだした
「はぁ・・・まさかこれを使う時が来るとは私も思ってもみなかったわ
本当に彼のようになりたいのね?吸血鬼の様に
それとも紙ヤスリでやすってあげましょうか?ちょうど今所持しているから」
女子高生のする事じゃない
それ以前にガハラさんを意識しすぎだろう・・・
あと女子高生がポケットの中に紙ヤスリ!?
そう思っている僕に間髪入れず彼女は紙ヤスリを構えた
「魔王でも内側は痛いのでしょう?
それに貴方はあらら君じゃないもの私はガハラさんみたいなSじゃないわ
私にも慈悲の心ぐらいはあるのよ?」
内心ホッとすると彼女は妖しく微笑んだ
「ただし彼女を陵駕してしまうかも」
心が青ざめた
体温も下がっていく急激に手と足の感覚がみるみるうちに無くなっていく
そして彼女は僕の口の中で
がしゃこっ
という音を響かせた
「・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!」
「そのままのたうち回ってなさい」
彼女はそう言うとホッチキスをしまい
まるで四次元ポケットでも内蔵しているかのようにチェーンソーと日本刀を制服の中に入れた
というか押し込んだ
彼女は僕の前から消えようとしていた
重い足を一歩一歩上げて僕の前を歩く
その足を反射的に僕の右手が掴んだ
「何?まだお口の中に針を入れ込まれたいの?
優しさも同情も敵対行為とみなすわよ?
ここで叫んでもいいわ貴方は次こそ火だるまになるから
それとも私の下着でも見たいのかしら?」
恐ろしいことをよくもこう淡々と言えるな
僕はホッチキスの芯を口から引き抜いた
血の味と激しい痛みが口の中で嫌と言うほど蠢く
吐血するほどに血が噴き出している
「絶対に・・・救いますよ
誓いますよ・・・此処に・・・
貴方に!」
「そこまで自信があるの?
自分に?その異能力に?それじゃあ話は別ね
戦争をしましょう魔法科と普通科で科と科の国境を越えて」
そう言うと彼女は四次元服の中から様々な武器を取り出した
刀、日本刀、小刀、懐刀、脇差し、斧、レイピア
信じられない数の刃物が金属音をたてて
「せっ・・・戦争はしないっ!
あくまで講和にしよう・・・!」
誰だってあれだけ見せられたら怖じ気づいてしまう
家の人間以外は・・・
「どうせ魔王なのだから傷は塞がっているのでしょう?
それじゃあ、戦争を・・・」
「僕は人間だ
吸血鬼の主人公でも無ければ魔王じゃない
ただの人間だ」
「嘘でしょう・・・?」
虹野瀬はハッと眼を見開き
両手に持っていた武器を地面に落とした
なぜなら僕の口の傷が全くもって完治していなかったから