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とある夏のひとコマ

作者: 掘井メロ

「あっづう………」

椅子の背に体をあずけ、だらんと天井を見上げながら呟く。

肺を通る空気が熱く感じるから呼吸すらしたくない。少しでも動けば室内の熱気が

肌を焼くために迂闊に動く事すらままならない。

虚ろに泳がせた視線の先で見たくもない数字の温度計が目に入り、反射的に瞼を閉

じてしまう。

見なければよかった。知ってしまえば一層暑く感じてしまう。

「なんでこんな日にエアコンが壊れるんだよ……」

恨めしそうな独り言の宛先は壁に張り付いた物言わぬ白い箱。

冷気を吐き出させる為のリモコンは諦めと共に床に投げ捨てられている。

陽炎すら立ち上りそうな室内に入ろうとするものは何もいない。わずかなそよ風す

らこの部屋を避けているようで、ただ一人、この部屋の主だけが椅子にひっくり返

っていた。



「くそ……このままじゃ蒸し殺される」

部屋の主は覚悟を決めて体を起こし立ち上がると、ふらつきながら浴室へと向か

う。水風呂、いや、この際シャワーでもいい。体を冷やせるのなら、この汗を流せ

るのならばたとえ醤油が出てこようとも喜んで浴びよう。

僅かな望みをかけて蛇口をつかみ、勢いよくひねる。

「……………やっぱダメか」

部屋の主は絶望の言葉と共に浴室の床に崩れ落ちた。

水道工事の為断水。

それが今日だというのは知っていた。だが、もしかしたら工事が早く終わったかも

しれない。そんな一縷の希望に縋ってここまで来たのに、そんな事は関係ないと言

わんばかりに水道は応えてくれなかった。触れられるのを拒むかのように、蛇口す

ら熱かった。

「あ……風呂場の床って以外に涼しいかも」

唯一の収穫がこれだった。



数分後、部屋の主はまた椅子にひっくり返っていた。浴室の床は他より涼しかった

が、汗が流れれば床にたまり、それが皮膚に付いて不快度が増してしまうという新

事実が発覚し、涼を求める場所からは外されてしまった。

床に寝転ばないのも同じ理由で、わざわざ不自由な体勢で暑さと戦っている。い

や、一方的に嬲られている。

「あー……静かだなチクショウ」

気温が高すぎるとセミすらも鳴かないらしい。外で遊ぶ子供の声も聞こえず、たま

に車が通る程度。

うるさければ余計に暑くなりそうなものだが、こんな状況では周りの物全てが彼の

敵だった。

「心頭滅却すれば火もまた涼し。………でも焼けるよな」

日が落ちて気温が下がるまでにはまだ数時間はある。

室温の上昇を少しでも防ぐ為に、全ての家電製品の電源を抜いた。

少しでも風が通るように、窓も玄関も全開にしてある。

外から見えるために最低限は身に着けているものの、できるだけ薄着になってい

る。

「あとは……なんかねえか……」

僅かな涼を求めて暗い方へと椅子を転がしながら、朦朧とし始めた頭でそればかり

考える。

そのとき、彼の目にある物が飛び込んでくる。あれは……あれこそが救世主だ。

部屋の主はばね仕掛けの人形のように椅子から飛び上がると救世主に駆け寄り、手

を伸ばした…………………



「おーい、アイス買ってきたから食べ…って何コレ」

夕暮れが熱気を薄めはじめた頃に友人が訪ねてきた。

開け放たれたドアから顔を覗かせるとすぐに、目の前の異変に気が付いた。

冷蔵庫から身体が生えている。

この部屋の主は冷蔵庫に食われてしまったらしい。

なぜか部屋に入ることもためらわれて、僅かに角度を変えて冷蔵庫の中を覗くと、

冷蔵庫の付属品は、満足げな笑みを浮かべたまま眠っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人が突き刺さっている冷蔵庫。シュールですね。 ……夏。部活が、部活が、炎天下の中行われる。暑いはずなのに寒気がしてきました。
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