親切な干し肉屋
冒険者のカイルは、薄暗い空き家の2階から、向かいにある男の家をじっと見張っていた。
標的は、娘の恋人。
「出て行け! 二度とその汚い刺青を俺に見せるな!」
数日前、カイルは激昂して娘を家から追い出してしまったのだ。
娘が彼氏の名前の刺青『ヘンリー』を彫って帰ったからだ。
それが最後だった。
娘はそのまま帰って来なかった。
彼氏を問い詰めたが、カイルが追い出した日時より後に会ってないという。
あの男が匿っているに違いないと、カイルはここに潜伏している。
娘がいなくなってから十日、張り込みはもう一週間に及んでいた。
胃がストレスで焼け付くように痛む。カイルは気を紛らわせるため、近所の親切な干し肉屋が「元気出しな」と安く分けてくれた干し肉を一つ袋から取り出し、口に放り込んだ。
じわりと広がる、異常なほど柔らかく、濃厚で甘い脂の旨味。
さすが材料の新鮮さが自慢の手作り干し肉だ。店主はよく、他の店は売れ残り肉を干し肉に加工するから不味いんだと、よく自慢していた。
娘にも食べさせてやりたい。
カイルは激しく後悔した。
「すまない……リリィ……俺が悪かった……」
男の家の窓は閉め切られたままだ。人の気配はないが、何かを隠しているのは間違いない。
カイルは怒りを押し殺すように、もう一枚、大きめの干し肉を取り出し噛み千切った。
手に残った残りの干し肉を見るとなんだか汚れていた。
だから安かったのか。カイルは残りを口に入れようとした瞬間、ギョッとした。干し肉に『ヘンリー』の名が彫ってあったからだ。
カイルは意味がわからなかった。
しかしやがて恐ろしい想像がカイルを襲うと、彼は指を口の中に突っ込みゲエゲエと胃の中のもの全部をぶちまけた。
探していた娘は、干し肉袋とカイルの胃の中だった。
全身から血の気が引いていく。
あの男が怪しいと思って、男の家を見張っていた。
だが、違った。
娘を殺したのは、あの親切な干し肉屋の店主なのでは――。
「う、あ、ああああああッ!!」
喉の奥から胃液と一緒に、先ほどまで噛み締めていた、娘の肉の「脂の甘み」が舌に残る。
「あの干し肉屋は一体何がしたいんだ!俺が何をしたって言うんだ!」
カイルは少しだけ冷静さを取り戻すと目を血走らせ「楽に死ねると思うなよ」とつぶやいた。




