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[前日談]ベルトランの奇策

3/1から連載予定のサイドストーリーの正史として、

今後書く予定の「帝国革命記」の一部を前日談として一部利用します。

この直前、帝国は新たな魔法戦術で、王国の最重要砦を奇襲で落とし、

その勢いで、王国は帝国にかなり攻め込まれています。

帝国の脅威を迎え撃つのが、第一王子ベルトラン。

ベルトランの暴走がどう始まったのか、

ダリウスとルークスがどう巻き込まれたのかを書きます。

これは初陣となります。

1.王子ベルトラン

 天幕の中は、重苦しい沈黙に支配されていた。

 地図の上に置かれた燭台の炎が、帝国領と王国領の境を揺らめかせている。

「――以上が、敵情です」


 報告を終えた参謀の声が消えると同時に、

 王国の若い王子ベルトランは腕を組み、満足げにうなずいた。

「ならば、決まりだな」

 その声には迷いがなかった。

 初陣というまだ戦場の本当の恐れを知らない故でもあったのだろう。

 迷いを許さぬという強さ――あるいは、若さ特有の強がりがあった。

 「未整備の山を越え、最初に失った砦を奪還する。

 我々すらまだ未開拓のルートだ。

 敵は想定すらできないだろう。

 完全に敵の不意を突ける」


 明言はしなかったが、

 それは功をすべて自らのものとするための判断だった。

 天幕の空気が、ぴしりと張りつめる。


「殿下」

 静かに、しかしはっきりとした声がそれを裂いた。

 近衛部隊の副将ダリウスである。

 王子の初陣ということで、

 普段前線に出ない近衛部隊も今回は作戦に参加していた。

「その案は――危険すぎます」


 ベルトランの眉がわずかに動く。


「山は未整備。馬車も使えないので補給路は確保できません。

 仮に砦に辿り着けたとしても、敵が反撃に出れば――退路は断たれます。

 全滅の恐れがあります」

 ダリウスは、感情を抑えた声音で続けた。

「負けた時にすべてを失う可能性があります。

 どうか、正面から戦力を整え――」


「それは“臆病者の戦”だな?」

 ベルトランは、あっさりと言い切った。


 その瞬間、天幕の隅で控えていた三人の中隊長の一人、

 アレンが待っていたかのように一歩前へ出た。

「おお、さすがは殿下!」

 卑屈なほどに腰を折り、顔いっぱいに笑みを張り付ける。

「敵の裏を突く大胆な発想……まさに王者の采配!

 しかし……ダリウス殿は、その慧眼をお分かりにならぬご様子ですな」

 ちらり、と横目でダリウスを見る。

 挑発と媚びが、露骨なまでに混ざった視線だった。

「慎重論は時として、好機を逃します。

 殿下ほどの御方が先頭に立てば、兵の士気も違いましょう!」


 ベルトランの胸が、誇らしげに膨らむ。

「……聞いたか、ダリウス」

 若い王子は、わずかに顎を上げた。

「余は恐れてなどいない。帝国の快進撃を止めねばならぬ今、動かぬことこそ罪だ」


「殿下……!」

 ダリウスは思わず声を荒らげかけ、すぐに押し殺した。

「私は、殿下の御身をお守りするためにおります。

 この進軍は、殿下を――王国を危険に晒します

 どうか、ご再考を」


「もうよい」

 冷たい声が、言葉を遮る。

「おまえは戦場から離れすぎた。

 慎重と臆病をはき違えている」

 その一言が、ダリウスの胸を貫いた。

「……無能な忠告は要らぬ。作戦は決定だ」

 天幕を出る足音が、若く、速く、そして決定的だった。


2.山中強行軍

 進軍は始まった。

 だが、山は王子の想像以上に深く、冷たかった。

 細い獣道はやがて消え、岩と霧に視界を奪われる。

 斥候の報告は食い違い、隊列は次第に乱れていった。


「……殿下」

 ダリウスは馬を寄せ、低く告げる。

「道を誤っております。ここで引き返すべきです。まだ――」


「今さら退くのか?」

 ベルトランは振り返らずに言った。


 その背後で、あの中隊長アレンが口を挟む。

「ここまで来て撤退とは、兵の士気が持ちませんな。

 殿下の決断を信じて進むべきかと」


 霧の中で、兵たちの顔が見えない。

 だが、引き返すという言葉が、もはや許されない空気だけは、はっきりと分かった。

 ダリウスは唇を噛みしめた。

(――若さゆえに、引き返せぬ)

 忠義とは、諫めることだと信じてきた。

 だが今は、共に破滅へ進むことしかできない。


「……進軍を、続けよ」

 ベルトランの号令が、霧に吸い込まれていく。

 こうして王子は、

 そしてダリウスは、

 戻れぬ一歩を踏み出した。

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