決戦の裏側と終わり――「陛下の後ろをついて、散歩ができる」
1.泥沼の巨兵
帝国軍は、先の敗戦で英雄三人を失った後も、
残った兵数は約四万。
平野を埋め尽くすその軍勢は、
英雄はいないとはいえ魔法による強化は行われており、
質・量ともに王国軍を圧倒しているはずだった。
だが――現場の空気は、澱みきっていた。
◆本陣。
総司令官グスタフ・フォン・リヒターは、
地図を拳で叩きつけた。
「……動けん。四万もいて、
しかも魔法使いを総動員しても一歩も前に進めんとはな」
参謀が苦渋の表情で報告する。
「はっ。敵の『二重堀』が厄介すぎます。
外堀を抜けても、その下の泥が深すぎて……。
重装歩兵が足を取られ、そこを狙い撃ちにされております」
「泥沼か。文字通り、足元をすくわれたわけだ」
グスタフは天幕の入り口から、忌々し気に空を見上げた。
遠くで、赤い光弾――信号弾が打ち上がるのが見えた。
また一つ、こちらの別動隊が発見された合図だ。
「裏に回ろうにも、あの光だ。
そこら中に斥候がいる上に、光一発で全軍に位置がバレる。
包囲もできなければ、奇襲も成立せん」
「はい……。逆に、敵の騎兵は地理を熟知しており、
こちらの補給路だけを正確に食い荒らしております。
しかも、騎兵がまさか弓で攻撃してくるとは」
「ああ、騎士道を重んじる今までの王国では考えられん。
異世界人とやらの入れ知恵だろうが、
まったく厄介な。
こちらの英雄は役立たずで終わったのに、
向こうの英雄は魔力もないのに、
こちらの補給路に影響を与え続けておる。
不確かなものより確かなもののほうが重要ということだな」
2.飢えと不協和音
天幕の外から、兵士たちの怒号が漏れ聞こえてきた。
「おい、てめぇ! パンを二つ取っただろう!」
「あぁ!? こっちは最前線なんだよ!
活躍もしてない新兵が、新しい弓矢を要求してんじゃねぇ!」
「なんだと! 俺たちは英雄様の援軍だぞ!」
グスタフが眉をひそめる。
「……また喧嘩か。英雄気取りの新兵と、
冷や飯を食わされた古参兵。
それに加えてこの食料不足だ。
規律もクソもないな」
彼は参謀に向き直った。
「そもそも、なぜここまで補給が滞る?
騎兵の襲撃だけでは説明がつかんぞ」
参謀は声を潜めた。
「おそらく山岳民族の影響ではないかと」
「山岳民族だと? 奴らは王国の仇敵だろう。
なぜ我々の穀倉地帯を荒らす?」
「わかりません。ですが、今までと違い、
最近の奴らの襲撃は執拗だという報告が数多く上がっております。
……まるで、誰かに『報酬』でも約束されているかのように」
グスタフは鼻で笑った。
「王国と山岳民族が手を組んだとでも?
ありえん話だが……今のあの国ならやりかねんか」
3.身内の敵
「それで? 我らが頼みの綱、魔法使いたちはどうしておる」
グスタフの問いに、参謀はさらに顔を曇らせた。
「……最悪です。表面上は協力姿勢ですが、実態はサボタージュに近い」
「責任の押し付け合いか」
「はい。特に古代語魔法班は、
先日の戦いで精鋭十名を失ったことに激怒しており、
『これ以上の消耗は避けたい』と後方に引きこもりがちです。
たしかに、付与魔法で武具防具の強化には
協力してくれておりますが、
そこまでもっていくのが面倒な上に精鋭の魔法でもないので、
あまり実質的には役に立っておりません。」
「精霊魔法班も『この地は帝国よりも精霊の動きが弱い』
の一点張りで……」
「神聖魔法使い達は一部の部隊だけをひいきしているとの噂が。
おそらく賄賂か何かで負傷者の順位付けをしているのではないかと。」
グスタフは吐き捨てた。
「英雄三人がいなくなれば、また小役人根性か。
……勝てば自分の手柄、負ければ兵の責任。腐りきっておる」
4.帝都からの命令
そこへ、伝令兵が泥だらけになって飛び込んできた。
「ほ、報告!! 帝都より早馬です!」
伝令兵は、皇帝の紋章が入った書状を掲げた。
「陛下より勅命!」
天幕にいた将校たちの視線が、一斉にグスタフに集まる。
グスタフは内容を聞くこともなく伝令を見つめた。
「……言わなくてもよい。わかっている。どうせ早く落とせだろう」
「は、はい? しかし返答を……」
「『善処する』とでも伝えておけ。……まったく」
グスタフは腰の剣に手を置き、重く呟いた。
「戦闘は帝都の御前の間で起きているんじゃない。
現場で起きているんだぞ」
その言葉に指令部一同は深く同意した。
不敬ともとれる発言ももはや誰も咎めるものはいなかった。
兵士たちの心は乾ききり、帝国の誇る大軍の士気は、
すでに底をつきつつあった。
5.運命の一日
グスタフ・フォン・リヒターは、
その日も朝の軍議を始める前に頭を抱えていた。
「……こちらが苦しいのなら、あちらも苦しいはずだ。
どこか突破口はないのか……」
その独白の直後だった。
ドォン!!!
魔法使いの詰め所が突然の爆音に包まれた。
「敵襲!? いや、違う……何だこれは!?」
「報告。轟音に魔法使いが呪文を詠唱できなくなっております」
「報告。今のところ、けが人ゼロ!」
「けが人は出ていない!? 落ち着け、ただの音だ!」
グスタフが叫ぶが、兵たちは浮き足立つ。
とくに魔法使いたちは後方にいて気が緩んでいたのか、
完全に虚を突かれて、泣き出す者もいる始末。
そこへ追い討ちのように、
空に 奇妙な紋様を描いた凧 が現れた。
「空のあれは?……!?」
「で、、、伝説の飛行魔法?
それがあれだけの数??」
「山岳民族の文様……
まさか、山岳民族の風の魔法……
百年以上前に失われたんじゃないのか!?」
「王国は我々と違って、
魔法がほぼ滅びていたんじゃないのか?
どうしてあれほど高度な魔法を奴らが!!!!」
司令部内のざわめきが、一瞬で恐怖に変わる。
後方にいた古代語魔法使いの一人が叫んだ
「……あれは!単なる東方の凧だ!
おびえる必要はない。」
だが、周りの魔法使いにその指摘を理解できず、
むしろ爆発が自分たちに届かないかを心配していた。
そのせいか、混乱している中、正確な情報が
前線どころか司令部に届くこともなかった。
さらに、野太いバックコーラスに支えられた
凛とした歌声 が聞こえてきた。
遠くのはずなのに、耳に届く。
魔法か、風か、それとも幻聴か。
なぜ聞こえたのかはわからない。
「なぜ、あんなところで歌を?!あれは誰なんだ!」
「は、、、おそらく女王、その人ではないかと。」
「非常識だ!戦えぬ女王が前線に立つなど!」
「風と共に?やっぱりあの文様は
山岳民族と手を結んだという証拠か!」
戦場という生臭い血が流れる中、
なぜか清らかな、
だが強い意志を感じる心強い風が吹いた感じがした。
それが「敵の優位」を示すものだと、
兵士たちは本能的に誤認してしまった。
6. 騎兵突撃と城門開放
「前線が……ざわついております!!」
その報告と同時に、
王国騎兵が陽光の中を疾走してきた。
「騎兵突撃!? ば、馬鹿な、今まで動かなかったはず……!」
浮足立つ一部の兵士はいまだに上を向いて呆然としており、
騎兵への対応が遅れている。
「ええい、爆発音がうるさくて太鼓も笛も通じん!!!
前線に伝令、すぐに騎兵に対処せよ!」
ようやく、騎兵に意識が向き始めた瞬間!
「あ、敵城門が開きました。」
「馬鹿な、城門を開けただと?
籠城側の自殺行為ではないか
……いや、あの衣装は!?
まさか本当に山岳民族が!?」
味方は完全に誤解する。
「本当に山岳民族が敵に……!?
囲まれるぞ!!」
グスタフは決断した。
「……前線砦まで後退!
隊列を組め! 雪崩れるな、落ち着け!!」
だが、命令が届くより先に――
兵士たちは“恐怖で”後退を始めていた。
「上から魔法か?槍か?
何が降ってくるんだ、いやだーーー!」
「横からも敵?逃げろーーー」
「こっちは堀だ、押すなーーー」
一部は踏みとどまったが、
多くは我先に逃げ、隊列は崩壊。
後ろを向いた瞬間、
彼らはもう 兵士ではなく“敗走者” だった。
「空から何も降っておらん!
轟音だけで誰も怪我すらしておらん!
落ち着け!! 隊列を乱さなければ、
十分安全に後退できる!!」
グスタフは馬に鞭を入れ、必死で指揮を取るが
混乱は止まらない。
「だめだ、止まらん……!」
帝国軍は、完全に崩壊した。
7. 王国側──勝利の裏の悲劇
四人の準備が実り、
帝国軍は総崩れで撤退を始めた。
だが、その時だった。
「——敵将!! 貴様だけは!!!」
追い詰められた帝国兵が、
死を覚悟してダリウスに突っ込む。
ダリウスは反応が遅れた。
剣が間に合わない——!
振り下ろされる刃。
その前に飛び込んだ影があった。
ドスッ!!!
鮮血が舞い、地面に転がる。
落ちたのは―― 右腕。
「ルークス!?!?」
ルークスは左手で傷口を押さえ、
震える脚で必死に立っていた。
「ぐっ……! まだだ……!」
怯んだ敵を蹴り飛ばし、
その隙にダリウスが一撃で斬り伏せた。
「ルークス!! 腕が……!!」
戦場に静寂が戻る。
ただ、ルークスの荒い息だけが響いた。
7. 散歩の続き
指揮所では治療の準備が始まり、
アリアが駆け込んできた。
「ルークス!!
なんてことを……!!」
かつて自分を冷たく扱っていた男が、
今は自分のために腕を失った。
ルークスは、脂汗を流しながら笑った。
「……へっ。泣がないでくださいよ、陛下……
きれいなお顔が台無しです……」
「でも、腕が……! これではもう剣が……!」
「構わないでください……
鉱山で、陛下やこいつらに冷たく当たったツケが……
やっと返ってきただけですから……」
ルークスは左手で 自分の“足” を叩いた。
「足が残っていれば……
まだ陛下の後ろをついて、散歩ができる……です、陛下」
「わ……、わか……りました………………
これからも、絶対散歩についてきて……くること。
怪我を治して…………これは…………
これは…………王命である!!!!」
「王命とあれば……従わざるを得ませんな
全く医者が召喚されていたらもっと従いやすかったのにな」
「歴女で役立たずだからあなたと会えたの。
私が医者だったら最初から英雄で主人公。
あなたは鉱山で今でもくすぶっていたのよ!
陛下と散歩なんてできないんはずだったんだからね!
散歩したいならちゃんと治しなさい!!
治さないなら馬や牛に括り付けてでも
散歩させるから覚悟しなさい!!!!!!!!」
「……へっ。相も変わらず口先だけの子だ。
ま、今日だけは言うこと聞いてやるよ」
ダリウスは嗚咽し、
ハルトもミツキもコージも涙をこらえきれなかった。
かつて彼らを「役立たず」と呼んだ男が、
今はその身をもって彼らの未来を守ったのだ。
8. 終戦と鎮魂歌
戦いは終わった。
王国軍2万人のうち 1800人が死傷し、
帝国側も決して軽くない犠牲を払った。
だが、
王国は辛くも守られた。
戦場に静かに風が吹く。
やがて、コージが指揮した軍楽隊が
国歌と鎮魂歌を奏で始めた。
アリアの歌が、
ミツキの描いた凧が揺れた空に溶けていく。
その歌声は
死者への祈りであり、
生者への誓いであり、
新しい時代の始まりの証だった。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと一話で長いようで短いこの物語は終わりです。
最後までお付き合いください。




