英雄召喚――「お前にふさわしい対価を与えよう」
【Aパート:帝国の召喚儀式】
帝都アイゼンベルク——その地下深くにある禁術研究施設は、
外界の光を一切寄せつけない黒曜石の壁に囲まれていた。
ベルトランは、まるで勝利の凱旋と言わんばかりに胸を張り、
その中央へ通される。
「ここが……帝国の魔導研究の中枢か。
ふふ、やはり余を迎えるにふさわしい場だ。」
彼の声には虚勢が混じっていたが、誰もそれを指摘しなかった。
代わりに出迎えたのは、冷ややかな眼差しの魔導長官だ。
「お待ちしておりました、ベルトラン王子殿。
あなたの知識は、帝国にとって実に価値あるものです。」
そう告げられた王子の胸は誇らしさで満ちる。
そのまま皇帝の面前へと通され、
白金の衣をまとった皇帝カール・アルブレイヒト四世と対面した。
「陛下。英雄召喚の秘儀は、
余だけが扱える王家の至宝でございます。
これを帝国が手に入れれば——」
「うむ。我らの勝利は確実なものとなろう。
その時にはそなたにもふさわしい対価を約束しよう。」
皇帝の声は温かいようでどこか空虚だった。
研究施設の会議室では、
古代語班、遺物技術班が魔法陣を囲んでいた。
「今までの我々の召喚術は過去の魔法遺物を対価として、
現在の術者に過去の力の一部を与えるものだった。
ただ、遺物の数も限られており、強化できる程度も限られていた。」
「王国の召喚術は魂を呼び、器へと定着させる魔法だ。
王国の資料によれば……」
ベルトランが自慢げに説明を続ける。
だが帝国側は、彼の知識をすべて解析した上で、ひとつの結論へ到達した。
「こちらの召喚術とそちらの召喚術で過去の魔法を再現できるような
英雄を召喚できる可能性は確かに高かそうですな」
「だが、燃料が足りぬ。」
「英雄級の魂を受け止めるには、
膨大な生命力と知力を持つ燃料が必要だ。」
情報将校が静かに資料を置いた。
「……王子殿下。あなたがたは何を燃料にされたのですが?」
一瞬、空気が停止した。
「そ……それは…………犯罪者や……。」
返答は、冷酷だった。
「ところで、ここ数か月、捕虜交換の提案がないのはなぜでしょうか」
「そ……それは…………アリアだ。あいつが何かしているに違いない。」
それを聞いた皇帝が冷たく断罪する。
「ほほう。つまりは、貴様たちの英雄は我々の仲間を対価に生み出されたと。
よろしい、お前にふさわしい対価を与えよう。我々の英雄の対価となれ!」
「や……やめろ……! やめろ!!」
「我々をなめないでいただきたい。
お前が捕虜を燃料に英雄召還を行った事実ぐらい把握しています。
一人ではさみしかと思いまして、そちらに友達もたくさんご用意させていただきました。
皆様でご一緒の旅路なら、我々の同胞の後を追うのにちょうどよろしいかと」
ベルトランには鉄の枷が打ち込まれて、
魔法陣に放り込まれた。
そこにいる王国捕虜たちの冷たい視線が浴びせられる中、
魔法陣が起動し、その中に吸い込まれる。
同時に拘束されていた王国捕虜たちの生命力とともに、
一斉に光となって散った。
魔法陣が震え、空間が裂ける。
——そして三つの影が現れた。
「この世界の精霊は弱い。しかし私の友として共に戦うには十分だ。」
精霊魔法使い フリューア・ヴァイスリント。
「魂の叫びが聞こえますこと。戦場はわらわを歓迎しております。」
神聖魔法使い ヒルデガルト・フォン・アルマ。
「光の屈折率は元居た世界と変わらないな。観測は容易だ。」
古代語魔法使い ヴァルター・クロイツェル。
皇帝は満足げに頷く。
「——英雄たちよ。王国を帝国へ捧げよ。」
「「「任されたし!」」」
ベルトランはもういない。
ただ燃料として消費された。
【Bパート:勝利の宴と腐敗の始まり】
帝国西方前線基地の巨大天幕。
帝国軍の士気は最高潮——のはずだった。
「乾杯だ! 英雄たちよ、勝利に栄光はあなたがたのものだ!」
魔法派閥の長たちは杯を掲げ、
三英雄に取り入ろうと必死だ。
中央の席にはフリューア、ヒルデガルト、ヴァルターが並び、
周囲を魔導師と官僚が囲む。
一方で、隅の席では前線総司令官グスタフ・フォン・リヒターが
無言で宴を見つめていた。
(……この勝利に、何の祝う価値がある?)
グスタフの目には、軍規を理解しない化け物の宴にしか見えなかった。
「自然こそ真理。そして勝利の源泉よ。」
「面白いことをおっしゃる。
神の恩寵をおわかりになりません?」
ヒルデガルトが鼻で笑う。
「事実を語れ。勝利は正確な観測情報の結果だ。」
ヴァルターが冷たく言い放つ。
三人は互いにマウントを取り合い、
魔法三大派閥の長たちまで火花を散らす始末。
グスタフの眉間には深い皺が刻まれていた。
宴の最中、参謀のひとりが恐る恐る口を開く。
「英雄殿。次の作戦だが——
勝ちの勢いのまま、要塞都市アイアングリップへ進軍していただきたい。」
ヒルデガルトが杯を置く。
「これはご無体な。この世界、マナが薄すぎて、簡単ではございません。」
フリューアも肩をすくめた。
「全力で撃った。あの力を再現するには……二ヶ月はかかる。」
天幕の空気が凍った。
「に……二ヶ月……?」
「あれほどの勝利を得ながら……?」
ヴァルターは淡々と言う。
「我々は強すぎるのだ。大技以外を用いる価値がない。」
「それだけの時間をいただければ、
もっと強く神の意向をお見せすることができますわよ」
「不本意だが、
古代魔術師たちとの連携ももっとうまくやれるはずだ。
その時にはもっと数多くの恐怖を降らせることをお約束しよう。」
そして——おまけのように続けた。
「次は要塞都市だろ。安全確保のため、
護衛として一万人の追加兵を寄越せ。」
軍人たちが一斉にざわめいた。
(一万人……? こいつら、こちらの苦労も知らないで……!)
グスタフは拳を握りしめた。
しかし英雄たちは気にも留めない。
そして、腐敗は即座に始まった。
「退屈だ。酒と女を集めろ。」
「賭博は禁止? なら私が許可する。」
「吟遊詩人の皆様、私の偉業を詠んでくださいませ。
……あーら、大したことありませんこと。」
詩人は報酬もなく追い払われ、一般兵は接待に駆り出される。
「なんだあいつら……」
「強いのは分かるが、人間性が……」
「……同じ陣にいるだけで、心が削られる。」
兵たちの声は、静かに、しかし確実に帝国を蝕み始めていた。
グスタフはその声を聞き、確信した。
(——この勝利は、帝国を滅ぼす毒だ。)
宴は続く。
しかしその中心にいるのは英雄という名の、
帝国の命運を確実に狂わせる三つの災厄だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
基本は書き終わっていますが、今、あとがきで遊んでいます。
もし時間があればブックマークや評価があれば私は喜びます。
たとえしていただけなくても、今後もお楽しみいただければ幸いです。




