失敗と改善――「軸受けで楽になったのに、最重要のカーブだけが地獄だった」
ハルトも徐々にこの世界で活躍できるようになってきました。
どのように活躍するのか、壁を乗り越えるのかをお楽しみに。
1.成功の裏側で
軸受け改良から一週間。
トロッコは、それまでとは比較にならないほど軽く動くようになっていた。
「押せ押せ! 今日は三往復早いぞ!」
「腕の筋肉が残ってんのが嬉しい日が来るとはな!」
坑夫たちは笑いながら作業していた。
ハルトも嬉しかった。
自分の知識が、こうして誰かの身体を救っている――その実感があった。
だが。
問題は突然やってきた。
「――止まれぇぇぇぇっ!!」
叫び声。
次の瞬間、耳をつんざく衝突音。
ガシャァァァン!!
第三斜坑――もっとも事故が多いあのS字カーブ。
そこにトロッコが横倒しになり、鉱石が四方に飛び散っていた。
「ちっ……またか……!」
「みんな避けろ! 荷台が落ちてくる!!」
坑夫たちが必死で片付けながら、怒りと絶望の声が混ざる。
「なんでここだけいつもこうなるんだよ!!」
「軸受けで軽くなったのはいいけどよ、軽くなったせいで曲がれねぇのは変わんねぇだろ!」
「ここだけはトロッコが暴れるんだよ!!」
ハルトは駆け寄り、崩れた車輪を見る。
(……摩擦が減った分、速度が出る → カーブで遠心方向へ振られる……
しかも寸法がバラバラだから、気まぐれに傾いて……)
理屈はすぐに理解できた。
だが坑夫たちはたまらない。
「ハルト! あんたの軸受け、あれは確かに良かった……でも!」
「ここだけはダメだ! 危険すぎる!」
「楽になったのに、一番重要なとこが使えねぇんじゃ意味がねぇ!!」
その言葉はハルトの胸に深く刺さった。
(……その通りだ……)
軸受けによる作業軽減は明らかに良い。
だが、この最重要カーブに限っては大事故の原因になっている。
ここを解決できないなら、トロッコ改善は失敗だ。
2.ミスを繰り返す
「……じゃあ……レールを……」
ハルトはつい、思いついた元の案を口にしてしまった。
だが。
「「「だぁーーーめだ!!!」」」
坑夫たちが全力で叫んだ。
「前にも言ったろ! レールは無理!!」
「長い木材がねぇ!!」
「大工も時間もねぇ!!」
「お前のレールの話は聞き飽きたわ!!」
ハルトはぐっと口を閉じた。
(そうだ……レールは無理だ……)
この資材、この環境、この人手で――
レールという文化そのものが存在しない世界で、
いきなりその発明を要求するのは、あまりに非現実的。
3.次善の策は?
(じゃあ……この世界でできる方法……)
ハルトは、崩れた車輪と、寸法がまるで違う他のトロッコを見回した。
(……そうだ……トロッコの寸法がバラバラだから……
同じカーブでも、走り方が毎回違う……
だから暴れるんだ……)
ハルトはゆっくり立ち上がった。
「……レールは無理でも……
その前段階なら、できることがあります」
坑夫たちが振り向く。
「前段階?」
「……なんだ?」
「まさかまた呪文じゃねぇよな……?」
ハルトは深呼吸する。
「規格化です」
「……きか……く?」
「トロッコ全ての幅と軸の高さを揃えるんです。
全部を直すのは無理ですけど……
よく使う二台だけでも統一すれば、
曲がり方が安定して暴れにくくなります!」
坑夫たちがざわついた。
「……たしかに、寸法バラバラなのはずっと問題だった」
「幅揃えたトロッコだけで運べば……事故は減るかもな」
ハルトは続けた。
「それと――
危ないところだけ、浅い溝を掘るんです。
全体じゃなくて、ここのS字だけ!」
「浅い……溝?」
「車輪の片側だけがそこに触れれば、
自然に曲がる方向へ誘導できます。
レールみたいに正確じゃなくても、
誘導さえできれば事故は激減します!」
坑夫たちは目を見開いた。
「……誘導……?」
「全部を直せないなら、危険箇所だけ直す……?」
「それなら……俺たちにもできる……!」
4.受け入れられる
次の瞬間、どっと笑いが広がった。
「おいハルト!!」
「ようやく! ようやくまともなことを言えるようになったな!!」
「そうだよ! それだよそのレベル! 最初からそれ言え!!」
ハルトは赤面しながらも、胸が熱くなった。
(……レールを提案する前に……この世界の段階を見ないといけないんだ……)
ディランが隣に立ち、静かに言う。
「ハルト。
理想の先じゃなく、現実の次の一歩を見られたな」
「……はい」
「規格化と溝掘り――これは確かにこの鉱山が今すぐできることだ。
よし、明日の朝から取り掛かる」
「ディランさん……!」
ディランは目を細めた。
「お前の言うレールが何なのかはさっぱりわからんが……
今日のお前の案は、確かに良い」
ハルトは初めて、胸を張ってうなずけた。
5. その夜
規格化の作業方針が決まり、坑道は祭りのように騒がしかった。
その片隅で、ハルトは湯飲みを手に苦笑していた。
(……説明、もっと上手くならないと……)
その“説明の限界”を越えさせる人物が、
しばらくののち、絶望の顔をして鉱山へ降りてくることになる。
――早川美月。
彼女の登場で、鉱山は本当の意味で走り始める。
二人目のオタクの登場です。
彼女がどう活躍するのかはこれからのお楽しみに。




