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名も知らぬ恩人

作者: 坂板 通鋏
掲載日:2026/05/24

これは、私がまだ中学生だったころの話だ、

今となってはあの頃が懐かしく思える。

あの時の私はこの話を誰かにする日が来るとは思いもしないだろう。

まあ、今思い出す分にはいいが。

あの頃に戻りたいかと聞かれれば、

絶対にNOだがね。

あんな今からすれば恥ずかしくって目も当てられない、

思い出すだけで思わず顔を背けてしまうあの頃なんて、、、

おっと、いけない話がずれたね。

そう、私がこれから語るのは、

意味もない脅迫観念におびえ、先が見えなく終わりの来ない明日に絶望していた、

そんな中ある女性にすくわれた。

誰にでもある。

少し痛い昔の話だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



中学3年生の夏休み前最後の日だった。

10分歩くのも億劫だったのは天気のせいだったか、

何はともあれ、終業式も終わり、

家に帰らなければならない、

昼には終わるのだから

もう僕しか残っていない、

ここもいつまでもいられない。

僕はそれでも、最後には帰らないといけないことをわかっていながら、

知らない道を選んだ。



どこに行くわけでもなく、

かといってどこにも着きたいわけもなく、ただ知らない道をひたすらに歩いた。

それで何かが変わるわけでも誰かが心配してくれるわけでもないことをわかっていながら。

何もかも捨てたくて、終わらせたくて、どこでもないどこかを目指して進んだ。

知らない道を進み、知らない路地を抜け、知らないシャッター街を通り過ぎた。

昼も過ぎて、すきっ腹も気にならなくなったとき、

見知らぬ人が立っていた。

もう少し詳しく言うと、ガードレールの端の部分に仁王立ちして腕を組んでいた。

なにあれ ?


高校生くらいだろうか?少なくとも同年代ではなさそうだ。

まぁ、同年代でもしないようなことしてるけど、



なに あれ?

まぁ、知らない振りしよ、


「やあ、少年」

うわ

「浮かない顔してどうしたんだい?」

どうしよ。

ほんとにどうしよ。

「お姉さんこそ、そんなところで何してるんですか」

引きつりそうになる顔を何とか抑えながら、何とか言葉をひねり出した。

「私かい?私はねぇ、なにぶん、やることもなくて暇だったもんだから、なんとなくやってみたかったことをしていただけさ。」

あれが? やりたいこと?

あっ、絶対おかしい人だこれ

「じゃあ、僕はこれで。」


「待ちなよ。」

なんで話しかけてくるんだよー

いいだろ、別れさせてくれよ。


「面白いところに連れて行ってあげる。」


「ああ別に何か変なことするわけじゃないよ。」

「ただね、あまりにも退屈そうだったから。」

「沈んだ気分もぶっ飛ばせるようなそんなところに。」

「君を案内してあげる。」

「当てもなく彷徨うより、目的のある旅のほうが楽しいでしょう。」


そんなのいやに決まってるだろ。

思わず出そうになった言葉を抑える。

だけど冷静に考えてもついていく意味はないし、言ってもよかったんじゃないか?

何よりあんなことするくらいだから常識がなさそうだし、

どうしても不信感が拭えない。


けど、

だけど、

今までならありえない選択だけど、

どうせ何も意味がないんだから。

別に いいか、


「わかった。いくよ。」


「ほんと!、よかったー。」

「よし、じゃあ、しゅっぱーつ!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



長い、二つの意味で、

いつまで歩くんだよ!

しかも、人が通らなそうな険しい道を、

平然と歩いてたけど、ほぼ獣道だったんだが!?

もちろん街中も歩いたけど、さびれた裏路地ばかり、

どうなってんだこの女?

果ては、塀の上だとか、俺は猫にでも化かされた来たんじゃないか?

それに話も長い、なんでそんなに話すことがあるんだよ。

息継ぎしてるか怪しくなるくらい

ほんとに何なんだこの女、


もう、日も沈みそうだ、

こんなに歩いたのは生まれて初めてかもしれない。

そもそもなんで、こいつについていこうと思ったんだ?

できるなら、過去に向かって回れ右したい。


「それでね、あ、見えてきた!」

なにが?

「海。」

そういえば、近くにあったっけ、海。

いや、だから何なんだ、わざわざ来るほどのものか?


「もうすぐ来るよ、」

だから、 なにが?

「日の入りだよ。」


人生で初めて見る日の入り、

いや、テレビや写真で飽きるほど見たことはあるから、正確には、

生で見るのは初めてだった。


確かに写真なんかとは比べ物にならない程きれいに見えた。

けど、だから、何?

結局、無意味だったな。

落胆して全身の力が抜ける。

と同時に、ここまで歩いた疲れからか、

そのまま後ろに転んでしまった。

痛みにこらえて体を起こそうとしたが、

やめた、何をしても、今更何も変わらないのだから。

そう思い、ただ目を開けた。


そこには月があった。

まだ夜というには早いから、黄色く光り輝いていたわけではないが、

確かにそこには月があった。

うっすらと青い空の上に、薄く、儚げに、

だけどもはっきりと月はいた。

特別に大きいわけでも満月でもなかったが、

そこが自らの居場所であるべきだと、

明らかに月はそこにいた。

ともに輝く星など一つたりともなくても、

静かにただそこに月がいた。


その時、なんだか僕の世界が広がっていくのを確かに感じた。

なんて、表現したらいいかわからない、

ただ、そう、いうなれば、

スポーツでスーパープレイを決めた後のような、

初めて眼鏡をかけたときのような、

諦めていたテストで満点を取った時のような、

全能感と、満足感が混ざり合わさったような、

上手く言い表せないが、そんな感じだ。


ふふふっ

あっははははは!

あーはっはっはっはっは!


笑った。

こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。

なんだか、今まで悩んできたもの、しがらみだと思ってたもの、

そんなものが全部なくなったみたいで、


分かった。

全部が全部大切にしまい込む必要がないと、

特別なものなどないと、

分かった気がして笑った。


起き上がって見た日の入りはさっきより鮮明に見えて、

あたりが赤く染まっていく。

太陽だけでなく、海が、空が、

それを構成するすべてが等しく美しく見えて、

何より、

それを見つめているお姉さんの顔が、

何よりむじゃきで、

まさしく満面の、と、つけたいくらいには、

純粋な笑顔。


なんで、こんなにも楽しそうに生きれるのか、

少し不思議で、とてもうらやましく思えた。



それからのことはあまり覚えていない。

たしか、どこか行かないといけないところがあると言って、

僕をタクシーで一人家まで送ってもらったはず。

幸運なことにまだ親は帰ってきていなかった。

けど、そんなことどうでもよかった。


お姉さんのあの言葉が頭の中に残っている。


「なんで、どうしたらそんなに生きるのが、明日が楽しそうでいられるんですか?」


「うーん、そうだねぇ、」

「私も別に毎日が毎日楽しいとは思ってないよ。」

「でも、そうだなぁ、」

「しいて言えば、今はまだ知らない何かを見つけようとしてるね。」

「いうなれば、人生は探検。かな?」

「昨日知らなかったちょっとしたことがわかるだけでまるで世界が変わったように見えるからね。」




僕は今日起こった探検を僕はこれからの人生で忘れることはないだろう。

なぜなら、今日、あの時、僕はこの世界に生まれなおせた気がしたから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(なるほど、貴重なお話ありがとうございました。)

(なかなかない、体験をお持ちでしたね。)


まぁ、あの頃はいろいろと緩いところもあったからね、

今では、スマホも普及してるし、こんなこと起こらないよね。


(そうですね。かといって昔に戻りたいか、と言われると微妙なところですよね。)


昔は昔でよくないところもあったからね。


(いいところもそれなりにあったんですけども、それはどの時代もおなじですよね。)

(では、そろそろ時間なので、インタビューはこのあたりで、)

(最後にあなたにとって人生とは何か、一言でよろしくお願いします。)


そうだなぁ、まぁ、しいて言うなら、




「人生は未知への探検」だよ。


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