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### 深淵を覗く覚悟


宿舎の作戦室に、重い空気が満ちていた。中央に置かれたホログラム投影装置が、ポータル内部の歪んだ空間構造を立体的に映し出している。


「影の発生源であるコアを特定した。最深部にその存在が確認されている」


澪が淡々とした口調で説明を進める。投影された図像には、ポータル内部の複雑な空間構造が表示され、その中心に脈動する黒い球体の反応が示されていた。


「これまでの探索で分かったことは、コアが影の増殖を司っているということだ。コアを放置すれば、影の発生は止まらない」


剛志が腕を組んで唸る。


「つまり、あの忌々しいコアを叩く必要があるってことか。問題は、あの場所にたどり着くことだな」


ポータル最深部は、これまでの探索で到達が困難とされてきた領域だった。空間の歪みが極めて強く、魔力の濃度が通常の数倍に達し、影の発生頻度も極めて高い。


コウタは投影された図像を凝視しながら口を開いた。


「最深部に到達するには、影の群れを突破する必要がある。単純な力押しでは消耗が激しすぎる」


澪が頷き、具体的な作戦を提示する。


「提案する編成は、防御と魔術障壁を主体とした先鋒部隊と、後方からの援護を担う部隊の二段構えです。先鋒はコウタとリアを中核とし、影の侵入を最小限に抑えながら前進します。後方では私が魔術による空間制御を行い、剛志が影の増殖を叩く役割を担います」


リアが静かに手を挙げた。


「私の魔術障壁であれば、影の侵食を一定程度は防ぐことができます。ただし、障壁の維持には相応の魔力消費を伴います。最深部に近づくほど影の密度が増す以上、障壁の限界を超える可能性があります」


その言葉に、作戦室に緊張が走った。影の侵食は物理的な攻撃とは異なり、魔術障壁を内部から溶かすように進行する。障壁が破られた場合、直接的な侵食に晒されることになる。


コウタは迷いなく答えた。


「その場合は俺が前に出る。影がリアに集中する前に、可能な限り叩き潰す」


剛志が鼻を鳴らした。


「無茶はするなよ。お前がやられたら、誰があの小娘を守るんだ」


「分かっている。それでも、守るべきもののそばにいるのが俺の役目だ」


リアが小さく息をつき、コウタを見つめた。


「私も、できる限り障壁を維持します。あなたに負担をかけるわけにはいきません」


作戦会議は詳細な進路の決定と、各人の役割分担を詰める形で進められた。影の発生パターンを考慮した進路、障壁の展開タイミング、緊急時の撤退条件――一つ一つが慎重に検討され、決定された。


翌朝、探索隊はポータル入口に集合した。重装備に身を固め、互いに視線を交わす四人。コウタは盾を構え、リアはその傍らに立つ。剛志と澪が後方に控える。


「最深部への到達が最優先だ。コアの状況を直接確認し、可能な手段で封じるか破壊する」


コウタの言葉に、隊員たちが頷いた。


「影の侵食が始まれば、迅速な対応が求められる。無駄な消耗は避け、確実に最深部に到達する」


澪の分析装置が最深部の反応を捉え続けていることを確認し、四人はポータル内部へと足を踏み入れた。


最初のうちは、いつもの探索と変わらない状況が続いた。空間の歪みは徐々に強まり、影の発生頻度も増していく。リアが展開した魔術障壁が影の接触を防ぎ、コウタが接近してくる影を排除する。後方から剛志の打撃と澪の精密な魔術攻撃が援護を加え、隊は順調に内部へと進んでいった。


しかし、一定の深さを過ぎると、状況は一変した。


「影の密度が急激に上昇しています。この先は、これまでとは比較にならない規模の群れに遭遇する可能性があります」


澪の警告が響く中、周囲の空間から影が滲み出す速度が明らかに速くなっていた。壁面から無数の触手が伸び、空間を埋め尽くすように増殖し始める。


コウタは盾を構え、隊の先頭に立った。


「予定通り進む。リア、障壁を頼む」


「はい……必ず維持します」


影の群れが、探索隊を包囲するように迫り始めた。空間全体を覆う闇の奔流が、静かに、しかし確実に彼らを飲み込もうとしていた。


---

###  深淵への一歩


ポータル内部の最深部に到達するまでの道程は、想像を絶する困難を伴っていた。歪んだ空間を縫うように進む探索隊は、次第に濃密になる魔力の圧迫に晒されていた。


「この先が最深部だ。コアの反応が最も強い」


澪の分析に基づき、探索隊は慎重に進路を定めた。コウタとリアは先頭を務め、剛志と澪が後方から援護する形での編成だった。


「魔力の濃度が異常だ。影の発生源に近づいている可能性が高い」


澪の言葉通り、周囲の空間には不規則な揺らぎが生じ始めていた。壁面から滲み出るように漆黒の影が蠢き、触手を伸ばしては再び溶け込む。単体ではさほど脅威とならない影の群れが、空間全体を覆うように増殖していく。


「リア、後ろに下がれ。影の動きが速くなってる」


コウタが盾を構えながら指示を出す。リアは頷き、背後に下がりつつ魔術の詠唱を始める。彼女の周囲に淡い光の障壁が展開され、影の侵入を阻む。


「了解。障壁を維持します」


二人は息を合わせ、影の群れを突破していった。剛志が後方から繰り出す打撃が影を散らし、澪の精密な魔術攻撃が侵入経路を封鎖する。幾度もの攻防を経て、ついに最深部の空間に到達した。


そこに浮かぶのは、巨大な黒い球体――コアだった。


コアの表面には無数の脈が這い、内部で何かが蠢いているのが見て取れた。周囲を覆う影は、コアから絶え間なく供給され続けているようだった。


「これが……影の発生源か」


コウタが息を呑む。コアから放たれる魔力の奔流は、空間そのものを歪ませていた。単純な破壊ではなく、何らかの封印か制御を施す必要がある――そう判断した瞬間だった。


「待ってください。コアの表面に反応が……」


澪の警告も虚しく、コアの表面に亀裂が生じた。次の瞬間、亀裂から膨大な量の影が噴出し、空間全体を埋め尽くすように拡散した。


「何だこれ!?」


剛志が叫ぶ。影はこれまでとは比較にならない速度と密度で動き回り、探索隊を包囲する。


「撤退する! 状況が制御不能だ!」


コウタの指示に従い、一行は後退を試みた。しかし影の増殖速度はそれを上回り、出口を塞ぐように広がっていく。


その最中、影の動きに異変が生じた。


一団の影が、まるで意思を持ったかのようにリアの方へ集中し始めた。彼女の魔術障壁に触れた影は、障壁を溶かすように侵食し、内部に食い込んでいく。


「リア!」


コウタが叫ぶ。影は物理的な攻撃ではなく、魔力を直接蝕む性質を持ち、通常の防御が通用しない。リアの障壁がみるみるうちに浸食され、ついに影が彼女の足元に到達した。


「くっ……!」


リアが後退を試みるが、影はすでに彼女の足を絡め取り、逃がさない。影の表面から無数の細い触手が伸び、彼女の魔力を貪るように侵食を始める。


「離れろ!」


コウタが駆け寄ろうとするが、周囲を埋め尽くす影の奔流がそれを阻んだ。剛志と澪も影の群れに阻まれ、近づけない。


「まずい……このままじゃコウタも飲み込まれる!」


剛志が焦りを滲ませる。澪は冷静に状況を分析するが、解決策を見出せない。


「影の侵食速度が速すぎます。このままでは……」


空間全体を覆う影の奔流が、頂点に達しようとしていた。コアを中心に渦巻く闇は、さらなる増幅を始めている。


「コウタ!」


リアの声が響く。影に絡め取られながらも、彼女は必死に手を伸ばしていた。その瞳には、迫り来る闇に対する明確な恐怖が宿っている。


コウタは迷わなかった。影の奔流がどれほどの脅威であるかを知りながらも、彼女の手を掴むために一歩を踏み出す。


その瞬間――影の渦は暴発した。


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